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9.わかってなかった
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レタたちの住んでいる珊瑚礁からヤジクまで、レタは水流に乗って移動するからそこまで遠く感じないけれど、単純に自分の力だけでいこうとすると近くはない。
だからツァコにも筒抜けにならない格好の遊び場なのだが、レタは水流のことを群れの誰にも教えていなかった。独占したいというわけではないものの、レタには一人になれるところが必要だったからだ。群れに加わる前は一人で暮らしていたからか、たまに一人でのんびりする時間がないと、レタはどうにも窮屈になってきてしまう。
「レタ」
「こんにちは、マル」
そのはずなのに、ヤジクにマルがいてくれることは嬉しくて、レタは少し不思議だった。ヤジクは一人でゆっくりする場所にしていたはずなのに、いつのまにかマルに会いに行く場所になっている。明日も会いたいと言われても嫌じゃないし、マルと話しているとすぐに時間が過ぎてしまう。
「……抱き上げても?」
「いいよ」
レタをびっくりさせたことを気にしているのか、あれからマルはレタをぎゅっとしたいとき、事前に聞いてくるようになった。マルに抱かれているとほかほかしてほっとするから、レタも嫌ではない。
水の中から抱き上げられて、膝の上に抱えられているのを見たらきっとツァコは慌てふためくだろうけれど、マルだったら怖くない。がっしりした手が支えてくれる安心感もある。水の上にいても、マルがぎゅっとしてくれているなら大丈夫だと思えてしまう。
「これは皮ではなく服だ」
マルのひらひらした皮は、掴んでも引っ張っても痛くないらしい。そのことを不思議に思って聞いたら、服というものだと教えられた。
「ふく?」
「そう。陸人は服を着て過ごすんだ」
マルの腕や体の周りにある服というのは、体の一部ではなくて外側につけているものらしい。服とか、装身具とか、陸人は外側から何かをつけるのが好きなのかもしれない。陸では体が乾いてしまうからだろうか。水の中にいるときには、邪魔になるだけのような気がする。
「ゆびわと、ぺんだんとと、ふくが陸人には必要?」
「服は誰にとっても必要だが……指輪とペンダントは必ずいるものではないかな?」
今日もマルの胸元にはペンダントがあるし、指には輪っかがはめられている。必要なものではないのにつけているなら、マルには指輪もペンダントも大事なものなのだろう。ペンダントの中の絵は濡れたら困るけれど、他の部分や指輪は濡れても大丈夫だそうだ。レタがくっついていても、マルが困らないならそれでいい。
つけている指輪の凹凸をなぞるレタを、マルは好きにさせてくれる。少し嬉しくなってマルを見上げたら、不意にレタの後ろを何かが通り過ぎた。
「マルシアル様!」
ぴっと耳ひれを広げたレタをマルが抱えてくれたけれど、誰かの声に驚いた顔をして振り返る。
「アルバロ!?」
レタの知らない陸人だ。けれど、きっとマルのことは知っていて、マルも知っている陸人。
「お引きください! 今すぐ倒します!」
さっき後ろを通ったのは何かわからないけれど、相手の陸人がレタに敵意を持っているのはわかる。何かぴかぴかした長いものを持ってレタを睨んでいるから、あれは人魚を傷つける道具なのかもしれない。
「待てアルバロ! この子は違う!」
「離れろ化け物!」
マルが背中にかばってくれたけれど、レタの知らない陸人が止まる様子はない。このままだとマルも危ないかもしれない。
レタはじりじりと岩礁を後ろに下がって、水の中に飛び込んだ。
「レタ!?」
マルの声が追いかけてくるけれど、戻れない。あの陸人がレタを攻撃しようとしていたのは間違いないし、レタが戻ったら、きっとマルを困らせてしまう。
レタは深く水に潜って、ヤジクから離れる水流をまっすぐ目指した。マル以外の陸人に姿を見られてしまったし、珊瑚礁のみんなを危ない目に遭わせるわけにもいかない。もうヤジクに近づいてはいけないだろう。
マルにも、もう会えない。
そう思ったらぐっと喉のところが詰まって、レタは鼻の奥がつんとするのを感じた。水流に乗って運ばれているから苦しくないはずなのに、何だか息がしづらくて、でも声を出したら何かが崩れてしまいそうで、ぐっと歯を食いしばる。
まっすぐ、とにかく早く珊瑚礁に帰って、安全なところに行けばきっと気持ちも落ちつくはずだ。こんなに胸が苦しくて、喉が詰まって、鼻が痛いのは怖い思いをしたせいだ。マルにもう会いに行けないから、では、ないはずなのだ。
レタが飛び込むように戻った先にシューロがいて、目を丸くしながら迎えてくれた。
「レタ? 何かあった?」
「シューロ……」
マルに会っていたことは、誰にも話していない。人魚が陸人と仲良くしていたなんて、誰も信じられないだろう。
でもシューロなら、レタの気持ちをわかってくれるような気がした。
「シューロぉ……」
堪えていたものが溢れ出して、レタはシューロに飛びついた。
「僕、ぼく……っ」
「うん」
シューロが優しく抱きとめて、レタを撫でてくれる。何を言えばいいのかわからない。マルのことは、言っちゃいけない。でも、苦しくて、悲しくて、レタはどうにか助けてほしかった。
「特別、だったの……わかってなかった……っ」
レタは、よくわかっていなかったけれど。レタにとって、マルは特別だった。
だからツァコにも筒抜けにならない格好の遊び場なのだが、レタは水流のことを群れの誰にも教えていなかった。独占したいというわけではないものの、レタには一人になれるところが必要だったからだ。群れに加わる前は一人で暮らしていたからか、たまに一人でのんびりする時間がないと、レタはどうにも窮屈になってきてしまう。
「レタ」
「こんにちは、マル」
そのはずなのに、ヤジクにマルがいてくれることは嬉しくて、レタは少し不思議だった。ヤジクは一人でゆっくりする場所にしていたはずなのに、いつのまにかマルに会いに行く場所になっている。明日も会いたいと言われても嫌じゃないし、マルと話しているとすぐに時間が過ぎてしまう。
「……抱き上げても?」
「いいよ」
レタをびっくりさせたことを気にしているのか、あれからマルはレタをぎゅっとしたいとき、事前に聞いてくるようになった。マルに抱かれているとほかほかしてほっとするから、レタも嫌ではない。
水の中から抱き上げられて、膝の上に抱えられているのを見たらきっとツァコは慌てふためくだろうけれど、マルだったら怖くない。がっしりした手が支えてくれる安心感もある。水の上にいても、マルがぎゅっとしてくれているなら大丈夫だと思えてしまう。
「これは皮ではなく服だ」
マルのひらひらした皮は、掴んでも引っ張っても痛くないらしい。そのことを不思議に思って聞いたら、服というものだと教えられた。
「ふく?」
「そう。陸人は服を着て過ごすんだ」
マルの腕や体の周りにある服というのは、体の一部ではなくて外側につけているものらしい。服とか、装身具とか、陸人は外側から何かをつけるのが好きなのかもしれない。陸では体が乾いてしまうからだろうか。水の中にいるときには、邪魔になるだけのような気がする。
「ゆびわと、ぺんだんとと、ふくが陸人には必要?」
「服は誰にとっても必要だが……指輪とペンダントは必ずいるものではないかな?」
今日もマルの胸元にはペンダントがあるし、指には輪っかがはめられている。必要なものではないのにつけているなら、マルには指輪もペンダントも大事なものなのだろう。ペンダントの中の絵は濡れたら困るけれど、他の部分や指輪は濡れても大丈夫だそうだ。レタがくっついていても、マルが困らないならそれでいい。
つけている指輪の凹凸をなぞるレタを、マルは好きにさせてくれる。少し嬉しくなってマルを見上げたら、不意にレタの後ろを何かが通り過ぎた。
「マルシアル様!」
ぴっと耳ひれを広げたレタをマルが抱えてくれたけれど、誰かの声に驚いた顔をして振り返る。
「アルバロ!?」
レタの知らない陸人だ。けれど、きっとマルのことは知っていて、マルも知っている陸人。
「お引きください! 今すぐ倒します!」
さっき後ろを通ったのは何かわからないけれど、相手の陸人がレタに敵意を持っているのはわかる。何かぴかぴかした長いものを持ってレタを睨んでいるから、あれは人魚を傷つける道具なのかもしれない。
「待てアルバロ! この子は違う!」
「離れろ化け物!」
マルが背中にかばってくれたけれど、レタの知らない陸人が止まる様子はない。このままだとマルも危ないかもしれない。
レタはじりじりと岩礁を後ろに下がって、水の中に飛び込んだ。
「レタ!?」
マルの声が追いかけてくるけれど、戻れない。あの陸人がレタを攻撃しようとしていたのは間違いないし、レタが戻ったら、きっとマルを困らせてしまう。
レタは深く水に潜って、ヤジクから離れる水流をまっすぐ目指した。マル以外の陸人に姿を見られてしまったし、珊瑚礁のみんなを危ない目に遭わせるわけにもいかない。もうヤジクに近づいてはいけないだろう。
マルにも、もう会えない。
そう思ったらぐっと喉のところが詰まって、レタは鼻の奥がつんとするのを感じた。水流に乗って運ばれているから苦しくないはずなのに、何だか息がしづらくて、でも声を出したら何かが崩れてしまいそうで、ぐっと歯を食いしばる。
まっすぐ、とにかく早く珊瑚礁に帰って、安全なところに行けばきっと気持ちも落ちつくはずだ。こんなに胸が苦しくて、喉が詰まって、鼻が痛いのは怖い思いをしたせいだ。マルにもう会いに行けないから、では、ないはずなのだ。
レタが飛び込むように戻った先にシューロがいて、目を丸くしながら迎えてくれた。
「レタ? 何かあった?」
「シューロ……」
マルに会っていたことは、誰にも話していない。人魚が陸人と仲良くしていたなんて、誰も信じられないだろう。
でもシューロなら、レタの気持ちをわかってくれるような気がした。
「シューロぉ……」
堪えていたものが溢れ出して、レタはシューロに飛びついた。
「僕、ぼく……っ」
「うん」
シューロが優しく抱きとめて、レタを撫でてくれる。何を言えばいいのかわからない。マルのことは、言っちゃいけない。でも、苦しくて、悲しくて、レタはどうにか助けてほしかった。
「特別、だったの……わかってなかった……っ」
レタは、よくわかっていなかったけれど。レタにとって、マルは特別だった。
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