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山科啓介28歳、夏
しおりを挟む田んぼと畑に挟まれた田舎道路を、窓を開けた軽トラで走っていた。
窓からの風が耳に運んでくる蝉の声が、夏を感じさせる。
死んだ祖父の家土地と畑を継いだ俺は、脱サラしてこの田舎の町に越してきたばかりだった。
まだ慣れないことばかり。
そんな中で俺は、少し離れた郊外のホームセンターで、畑の草取りに使う道具を買ってきたのである。
山科啓介28歳、農業従事志願者。
そろそろ畑の準備をしなくちゃな、と思ったのだった。
「よし、始めるかぁ」
家まで戻り、道具を整理した俺は畑へと出た。
まだ午前中なのにだいぶ暑く、帽子が欠かせない。
少し離れた場所にあるその畑は、草がぼうぼうに生え散らかした耕作放棄地だ。
とんでもない広さがある。ここをまずは除草から始めないといけない。
俺は買ってきた新品のエンジン式の草刈り機を手にした。
とにかくまずは、腰を優に超える丈の雑草を刈らないと話にならない。
ザー、ザリザリザリ。
炎天に焼かれつつ、むせ返る草の匂いに包まれながら耕作放棄地を順に切り拓いていく作業。
バッタが飛び交うなか、俺は草刈り機を動かす。
……なかなか大変だな。汗が止まらない。
たまに背伸びして水を飲んだり塩飴を舐めつつ、俺は黙々と作業を続けた。……のだけど。
「いやこれ想像以上に大変だぞ……!」
草刈り機の刃が石に当たると、ガツンと衝撃が手に伝わり、思わずたじろぐ。
密集した草むらには、何度刃を往復させてもキリがない。
広大な土地を前に、一人で立ち向かうことの心細さを感じずにはいられなかった。
「せめてもう一人、一緒に作業してくれる人がいたらな……」
思わずため息が漏れる。だが、すぐに頭を振った。
いかんいかん、弱音を吐いてる場合じゃない。じいちゃんが遺してくれたこの畑、絶対立派な野菜を育ててみせるんだ。
そう自分に言い聞かせ、再び草刈り機を握りしめた。
だが、大勢で行った農業研修とは勝手が違う。
あの時は仲間がいたし、そもそもこんなに荒れ果てた耕作放棄地を相手にしたことなんてなかった。
「はぁ……、先は長いな」
でもまあ、やるしかない。
嫌いな仕事をやっとの思いで辞めて田舎にやってきた。
俺は、じいちゃんから譲り受けたこの畑を、昔みたいに綺麗な野菜で一杯にしたいんだ。
「じいちゃんは言ってたもんな。畑は手を入れただけ応えてくれるものだって」
――まあ、まだ畑にもないってない状態だけど。
それはそれとして。
「休憩、はい休憩!」
ふぅぅ、やっぱり持たないわ! 都会っ子はこれだから、と言われそうだけど仕方ない。
だって暑くて体力削られまくり、昼になる前にはもうグッタリだよ。
思わす一人、苦笑してしまう。
疲れた。はぁふぅ、水、水、水。
と、水筒の蓋を回そうとした、そのとき。
「ん?」
視界の端に、なにか光る物が見えた。
耕作放棄地とは名ばかりの茂みの中に、である。
なんだろう、ガラス瓶でも捨てられているのか?
水を一口飲んでから茂みを進んでいくと、木で出来た杖が落ちていた。
杖? 杖だよな。頭の部分に、拳大の大きさもある赤い宝石がくっついている。
いややまあ、宝石というには大きすぎるし、オモチャのガラス玉だとは思うんだけど。
なんだこれ?
ゴミというべきか、落とし物というべきか。
悩みながらそれを手にしてみれば、案外しっかりした作りで重みもあった。
妙に本格的だなぁ。
そう首を捻っていると、さらに先の茂みになにか落ちてることに気が付いた。
靴……? いや……。
違うぞ、『足』だ!
茂みの奥から、靴を履いた足首が見えていた。
人が倒れている!
「お、おい! 大丈夫か!?」
思わず声を掛けた茂みの中に倒れていたのは、まだ若い女の子。
金髪だ、外国の人か? こんなところに?
どうも気を失っているらしい。
「確かに『もう一人居たらな』とか言ってみたけど、こういう意味じゃない!」
抱き起こそうとして上半身を支えてみると、なんだろう違和感を覚えた。
厚みのある衣服が、あまり現実感のない見た目だったのだ。
ファンタジー世界から抜け出してきたかのような中世ヨーロッパ風のチュニックは分厚くて、ちょっとした防具でも着込んでいるかのよう。
なんだこれは。
困惑して頭を巡らせるけど、意味ある答えは見つからない。
もしかして、コスプレイヤーという奴か?
東京ビックサイトや幕張メッセによく居るという、アレ。
でも、ここは全く関係ない田舎も田舎、超田舎だぞ。
場違いすぎないか?
疑問には思うが、それどころじゃない。
ひとまず彼女を畑脇の木陰まで運んで横たえる。
「失礼」
と、しゃがみ込んで片腕で彼女の上半身を支えた。
「起きろ、おい。起きてくれ」
軽く、ペチペチと頬を叩くも反応がない。
だいぶ汗を掻いてるな。うーん、仕方ない。
俺は気付けの為と熱中症対策も兼ねて、彼女の頭にペットボトルの水を掛けた。
するとその子の眉間にシワが寄り。
「んっ」
と、唇から声が零れた。
よかった、意識を取り戻したぽい。
「ほら大丈夫か、気をしっかり」
もう一回その頭に水を掛けながら、彼女の身体を揺すってみると、薄っすらと目が開く。空の青にも似た、吸い込まれそうなブルーアイ。って、――あ。
このときやっと最初に覚えた違和感の正体に気が付いた。
「耳が……長い……?」
金髪から突き出るとんがった耳が、妙に長い。
知ってる、これはエルフという奴の耳だ。
良く出来た付け耳、と言いたかったところだけれど、彼女の反応に合わせてピクンピクンと動いているし、どうやらしっかり血も通っているみたいに見える。
「ほ、本物……? 本当のエルフ?」
エルフってのは長い寿命を持ち、森の中で隠遁に近い生活をしていると言われるファンタジー小説などの定番種族。
ははは、と笑ってみせた俺の顔は、きっと引きつってたに違いない。
いや、だってそんなこと、あり得る!?
俺の理性が下す判断は、もちろん否だ。ありえるはずがない。なのでこれはなにかの間違いか、ドッキリの類だ。
そう考えると、めちゃくちゃ美人なのだって怪しく見えてくる。
鼻筋の整い方や適度に彫りがある目まわりは、モデルのようにしか見えない。
細めの眉は形よく、瞑られた目はスッと切れ長だった。
エルフ云々以前に、こんな美人の行き倒れだってありえない。
いかにも画面映えが考えられているようで、怪しさ炸裂だ。
俺は頭を伸ばして周囲を見渡してみた。
だが人の気配はなく、あるのは風にザアとなびく丈の高いの雑草のみ。
「おい、イタズラなんだろう? 返事しろって」
抱えた腕で、その身体を揺する。
すると彼女は、なにか口をパクパクさせた。俺は耳を近づけて問いかける。
「なんだ? 聞いてるぞ、イタズラならイタズラと言ってくれ」
「……こは?」
彼女は弱々しい声と震える唇で言った。
「ここは……」
「ウチの荒れ地の中だよ、なんでこんなところに倒れてるんだ」
「ダンジョンの中……では、ない……のですね?」
はあ? ダンジョンてなんだ?
俺は眉をひそめながら問い返した。しかし彼女は空を見上げ。
「ああ、太陽。よかった、脱出できました……」
それだけ言って、カクン、と頭が落ちる。
「おいおいおい、最後まで意味がわからないんだけど!」
彼女は答えない。
代わりに応えたのは、彼女の寝息だった。
気絶というよりは、力尽きて寝てしまったという風に見える。
「困るぞ、そんな」
どうしよう。こんな時代に行き倒れ?
俺は困惑した。
このときまだ、彼女との出会いが俺の人生を大きく変えていくことになるだなんて、想像もしてなかったのだった。
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