嫁に来た転生悪役令嬢「破滅します!」 俺「大丈夫だ、問題ない(ドラゴン殴りながら)」~ゲームの常識が通用しない辺境領主の無自覚成り上がり~

ちくでん

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祭りの前に

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「さてみんな、豊穣祈願祭が一週間後に迫っている」

 屋敷の執務室。俺だけが机についた状態で、皆を見渡した。
 ミューゼア嬢、ガリアードレ、セバスの三人が緊張した面持ちで俺を見返してくる。

「地下室から逃げたルナは、きっとこの祭りの喧騒に乗じてミューゼア嬢を狙ってくるに違いない。予定通り祭りを決行し、警備を固めてルナを再確保する」

 幾つかの目撃情報から、ルナがまだライゼルに潜伏していることはわかっている。
 逃げていない以上、目的は明白だ。ならばこの機会を活かして彼女を捕らえたい。

「セバス、警備の手筈は?」
「はいギリアムさま。冒険者ギルドに依頼した冒険者たちを意図的に配置して、ルナ嬢の襲撃可能コースを制限する予定です」
「よし。ガリアードレ、部下たちの様子は?」
「聞くまでもない。皆、同じ魔族の為じゃと張り切っておる。物量だけでもルナを確保できる可能性は十分じゃ」
「無理はさせないでくれ? あくまでルート誘導の人員であってくれればいいんだ、警備も必ず複数人で行うこと。隙を見せて、ルナに『とりかえしの付かないこと』をこの町でさせないように」
「わかっておる」

 ガリアードレの頷きに、俺も頷いた。
 そして続ける。

「イカロスを使うルナは強い。セルベール家から遣わされた、間違いなく強力な刺客だ。だが俺たちは、それくらいのことで彼女を諦めない」
「そうですな。ギリアムさまがそう望まれるのでしたら、このセバスもそのお手伝いをするのみです」
「うむ、これはわしの問題でもある。奴隷にされ傷ついてる魔族一人救えなくて、なんの魔族の王か」

 それぞれがそれぞれの気持ちを口にしたあと、部屋を後にしようとする。
 俺はミューゼア嬢に声を掛け、残ってもらった。

「浮かない顔をしていますねミューゼア嬢」
「え?」
「囮になるが不安、というわけじゃないと思うのですが、なにをそんな心配してらっしゃるのですか?」

 俺は席を離れ、ミューゼア嬢の横に立つ。
 しばらく沈黙して俯き加減の彼女だったが、黙って待っているとやがて顔を上げる。

「……また捕まえたとして、私はどうしたらよいのかと。ルナさんの絶望を、私は受け止める自信がないのです。あの子に語り掛けられる言葉を持っていない」

 彼女の言葉に、ルナの目を思い出した。
 なにもかもを諦めたような瞳の底に、暗い炎だけを宿したあの目。
 確かにあの子の心を氷解させるのは難しいかもしれない。だが。

「そんなの、一歩一歩行けばいいんだよ」

 俺はあえて笑ってみせた。

「ミューゼア嬢もそう思ったからこそ、あの日、ルナの首輪を外す方法を探そうと言い出したんだろ? だったら、まずはそれから試そうぜ?」

 奴隷の呪縛から解放されたら、気持ちに変化が生まれるかもしれない。生まれないかもしれない。だけど俺たちにやれることなんてたかが知れている。やれる範囲で色々試していくしかない。

 大事なことは前を見ながら進むことだと思っている。ルナに俺たちの気持ちが伝わるように、時間を掛けて。

「心配するなって、彼女のことは必ず救う。これまでもどうにかしてきた俺を信じろ、信じてみてください」
「ギリアムさま……」
「そして俺を信じてくださるなら、俺が信じている貴女のことも、もう少し信じてあげてくださいミューゼア嬢」
「私のことを?」
「そうです貴女自身のことを。必ず貴女の力が必要になるときが来ます。その時にベストを尽くせるように」

 驚いたような顔をする彼女。
 そうですよミューゼア嬢、貴女自身のことをです。わかってないのかな、自分の強さを。彼女には、自身が大事だと思ったことをやり抜く力がある。そんな不安になることはないんだ、少しだけ自分を信じてあげれば、貴女は貴女の期待に応えてくれるはず。

「……私、ルナさんに請われてもなに一つ言葉を返せなかった自分を不甲斐なく思ってました。首輪の呪いを解こうと言い出したのも、もしかしたらそんな自分の心を守ろうとしただけなんじゃないかって、自分勝手な都合だったのかもって」

 どこか呆けた声で言葉を口から零すミューゼア嬢。
 あっけに取られたかのような表情で、続ける。

「でも違うんですね、本当に不甲斐なかったのは、ギリアムさまに鼓舞して頂かないと、自分のことすら信じられなくなってた自分だったんです」

 ああ。
 彼女はこの数日、一人でツラい思いをしていたんだな。
 せっかく首輪の呪いを解く方法を見つけたのに、それを試すこともできずにルナに逃げられ、といって自分にそこからなにが出来るわけでもなく。無力感に苛まれていたに違いない。

「ミューゼア嬢はお強いですよ。不甲斐なくなんてありません」

 彼女、ふふ、と小さく笑った。

「ありがとうございますギリアムさま。……信じてみます。私が信じる貴方の言葉を。私は私にやれることを、やってみます!」

 その意気です、と俺も笑ったのだった。

 ◇◆◇◆ sideミューゼア

 私って単純なのかもしれない。
 ギリアムさまの言葉一つで、さっきまでからは想像もできないほどやる気が充実していた。

「あんなに塞ぎ込んでいたのに」

 込み上げてくる笑いを堪えながら、小声で独りごちてしまう。
 信じられる人が居て、その人が自分を信じると言ってくれる。こんな幸せなことはない。この幸せな気持ちを行動力に転嫁すれば、頑張ることなど造作もない。

「そうですよね。たとえルナさんに答えられる言葉がなくても、してあげられることは他にもあるはずなんです」

 わかっていたはずなのに。
 無力感や不安で気持ちが強張ると、そんな簡単なことさえ忘れてしまう。人の気持ちって、難しいものだ。
 私は書庫へ向かいながら、今更にそんなことを考えさせられてしまったのだった。

 さて書庫だ。
 今、私にやれることは一つ。調べること、です。

 たとえば『イカロス』のこと。
 あれだけ強力なアイテムなのだから、古い魔道具かもしれない。文献に記述がある可能性だってある。追うことができれば、ルナさんの言う『あの人』に繋がる情報が得られるかもしれない。

 たとえば『原初の骨』のこと。
 ガリアードレさまの言う「宝具」である破魔の指輪について、扱いの間違いがないか。ルナさんの首輪に掛かった『外せない』という呪いを解く為の方法を再精査。デカールさんが送ってくれた書物を読み直して確認。
 強力な魔道具は扱いを違えると大きな害も出てくる。念入りに調べておくに越したことはない。

 この本と、あの本と。それとあっちもかな。
 メモの用意をしながら順番に手に取っていく。読み始めるとまた知識が派生を呼び、新しい本を本棚から探す作業。単純な行動の繰り返しだけど、どうしても時間が掛かる。一週間後にはもう豊穣祈願祭、調べられることは急いで調べないと。

 気持ちが急く。
 原初の骨の使い方に関して、本によって記述が食い違っていたりして難儀している。確認のために一度、実際になにか強力な呪いを解いてみたい。屋敷の宝物庫に赴いて、ちょうどよく呪われたアイテムがないかと目録などを眺めてみたり。

 あれこれ調べ始めて二日ほど経った頃、いつも通り私が夜遅い時間まで書庫に入り浸っていると、セバスさまがお茶を持ってきてくださった。

「調子はどのような塩梅ですか、ミューゼアさま」
「はい。……正直、順調とは言い難いですね」

 苦笑しながら答えた。時間が足りないな。との焦りがある。
『イカロス』を破壊してルナから外すだけなら簡単そうだったが、首輪としての形を保ったまま外すには、ちょっと手間が掛かりそうなのだ。破壊してしまうことをルナさんは望まないだろうから、そこをうまくやれるように整えないと。

「セバスさまの方はどうです? 警備の方は」
「まずまずですな。ガリアードレさまが貸してくださった魔族の方々と合わせて、正直人員もギリギリですが、町のパトロールなども行うことでルナ嬢の潜伏場所もコントロールできてそうではありますし」
「ご苦労さまです。ライゼルは急速に人が増えた状態ですしね、いろいろご苦労があると思います」
「なんのこれくらい。暗中から答えを模索なさっているミューゼア嬢の作業に比べたら然したる労力でもございません」

 そう言うと、セバスさまはお茶を注ぎなおしてくださる。
 あら、気がつかないうちに飲み干してしまったいたようです。喉が渇いていたことにすら気づいていなかった自分を、反省。

「お疲れのようですな、ミューゼアさま。よろしければ私にも手伝わせてください」
「いっ、いえ! そんなわけには! セバスさまもお忙しいのに!」
「なぁに、魔族の中で優秀な者に引継ぎをしてまいりました。しばらくは大丈夫です。それに」

 セバスさまは楽しげな笑いを閃かせ。

「ミューゼアさまが一人で無理をなさっていますと、ギリアムさまも心配なさりますからな。あれであの方は心配性なところがありますから」
「ふふ。ギリアムさまはお優しいですから」
「なるほど、そういう解釈も、まあ」

 こういう話をしたときに私の心の中に浮かぶギリアムさまは、困った顔でテレ笑いをして頭を掻いている。それが微笑ましく思えて、つい私も笑顔になった。セバスさまと目が合ってお互い苦笑してしまう。――ああ。セバスさまも私と同じように、ギリアムさまのテレ笑いを想像してしまったのでしょうね。

「おーいミューゼアよ、調子はどうじゃー!?」

 けたたましく書庫の扉を開けて、ガリアードレさまが飛び込んできた。

「大変そうじゃの、わしも手伝いに……って、おう? セバス?」
「ははは、ガリアードレさま。考えていたことは一緒のようですな」
「ふん、お主も自分の仕事を早く済ませてミューゼアの様子を見に来た、というわけじゃ」

 ニカッと笑いながら、テーブルの上に甘そうな菓子をバラ撒くガリアードレさま。

「疲れておるじゃろ? そういうときに食べると力が出る物を持ってきた。ちょうどセバスが茶の用意もしておるようだし、少し摘まもうではないか」
「ほほう。気が利きますなぁ、ガリアードレさま」
「くはは、実はギリアムに持たされた。疲れたときは、甘い物、だそうじゃ」

 それはギリアムさまのお父上の口癖ですな、と言ったセバスさまの笑顔は、しみじみとしながらも嬉しそうなものだった。
 ギリアムさまとお父様の関係が垣間見えるような気がして、少し微笑ましい。いつか、そちらの話も聞いてみたいな、と思った。

 三人で砂糖菓子を摘まみながら、笑った。
 一緒に笑うことができる。これはきっと、素晴らしいこと。
 私を気遣ってくださる皆に感謝の気持ちで一杯だ。

 ああ、ルナさんに伝えたい。こういう場所もあるんだよ、って。
 なぜだろう、強くそう思う私がいたのだった。

 セバスさま、ガリアードレさまに手伝って頂きながら、本を精査する。
 その結果、『原初の骨』で『イカロス』本体を破壊せずに、首から外せない呪いだけを解く方法はどうにか確定できた。

 原初の骨を指に嵌めた者が、魔道具『イカロス』の製作者の名か、それに準じる言葉――製作者の魂の形をなぞれるワードを唱えながら、イカロスに触れれば良い。

「……つまりミューゼアさま。結局のところイカロスの出自なりがわからないと、原初の骨であっても尋常には外せない、ということですか」
「はい……セバスさまの仰る通りです」
「ふむ。じゃあもうひと調べじゃの、わしは『鏡』をつこうて魔族領のデカールにもこのことを伝えてくる」
「そうでございますな。頑張りましょうミューゼアさま、あれほどの魔道具、どこかにも情報が残っていないなんてことはありませぬよ」
「そうですね。やりましょう皆さん、まだ時間はあります。諦めるには早いですから!」

 しかし調査は難航。
 古い文献をどこまで遡っても、飛行魔道具の本を調べても、イカロスの記述はない。焦ってはいけない、と私は自分を鼓舞した。私にやれることがこれな以上、これを頑張るしかないのだから。

 他に、と言われてできることは、記憶に潜ってゲームの知識を探るくらいか。
 だけど、魔道具イカロスはただの『強力アイテム』としてゲーム内で出てくるだけ。イベント付随のアイテムではあるものの、多くを語られたりはしていない。

 頑張ろう。頑張ろう。
 哀しい目をしたルナさんを救う為に。
 私を信じてくれたギリアムさまの期待に応える為に。
 そしてなにより、自分で自分を信じきれるようになる為に。

 自分の為が、皆の為になるように。

「……しかし、大したものでございますなミューゼアさまは」
「はい?」

 隣で文献を読んでいたセバスが、ふと顔を上げて私に微笑み掛けてきた。

「まだお若いのに、これほどまで他人の為に心を砕き、知恵を絞られておられる」
「いえ……この程度。それにまだ、結果も出せておりません」
「それであってもです。ギリアムさまが良い伴侶を得られたこと、このセバス、心から嬉しく思います。貴女のような方がギリアムさまの隣に居てくださることが、ライゼルの宝です」
「あ……」

 セバスさまの言葉が、私の中に沁み込んできた。
 視界が滲む。何故だろうか、突然零れてきた涙が止まらない。

「ふむ……茶を淹れてまいりますかな。しばし失礼を」

 セバスさまは、突然涙を零し始めた私に「どうしたのですか」などと聞かなかった。
 ただ、一人にしてくれた。それがあの方の温かさだ。

 ああ、いま私は、温かさに包まれている。
 セバスさまが淹れてくれたお茶の湯気が、冷えた指先を優しく撫でる。ガリアードレさまがくれたお菓子の甘さが、疲れた心に沁みていく。ギリアムさまの、あの不器用だけど真っ直ぐな言葉が、今も胸の奥で灯火のように燃えている。

 ――良いのだろうか。
 こんなにも温かいものを、私が受け取ってしまって。
 こんなにも真っ直ぐな信頼を、私が信じてしまって。

 資格なんて、ないはずなのに。

 止まらない涙が、視界を歪ませる。
 その歪んだ景色の中に、忘れようとしていたはずの光景が、まるで昨日のことのように蘇ってくる。

 それは私の、生前の記憶。

 冷たいピアノの鍵盤。
 叩きつけられるだけの、数字が書かれた紙。

「よく出来ました。さすがは私の最高傑作」

 ――そう言って、母は一度も、私の頭を撫でてはくれなかった。

「期待しているぞ。お前は我が家の誉れだ」

 ――そう言って、父は一度も、私の目を見てはくれなかった。

 誰も、私自身を見てはいなかった。
 私が成し遂げた「成果」だけが、そこに在った。
 成果を出せなくなった私はきっと、壊れた「物」のように、捨てられていただけだったんだろう。

 そうだ。
 私は両親から、「物」のように扱われていたのだった――。
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