君の傷はさめざめと

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1話

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 君は僕を目の前にして、いつも『さみしい』と言う。
 昨日も、今日も、同じように。

「僕がいるでしょ?」

 そう言ってみても、返ってくるのは味気無い相槌だけ。
 こんな会話をする時、君はいつも傷だらけの左手首を握る。
 何かを否定したい時に出る、君の癖だ。
 何度目かの漠然とした拒否が、今日も僕の心を深く突き刺した。




 君と付き合い始めてから、もう4年になる。

 転勤先で知り合った君と意気投合し、両性愛者だった僕たちの関係はやがて恋愛へと発展した。

 その後はまるでドラマのように滞りなく事は進み、三年前に同棲を始めた。
 何もかもが順調だった。
 ちょうど一年前の今日、君の手首の傷を見つけるまでは。



「ねぇ、それやめなって。また貧血酷くなるよ」

 呆然としている君の左手首で、出来たばかりの切創がぬらりと光っている。
 そんな光景を見ても、もう驚きはしない。
 繰り返される惨状を、僕は見慣れてしまったのだ。

「……昼ごはん、置いとくから食べてね」

 君の分の昼食をトレーごと机に置き、会話を交わすこともなく退室する。
 ドアの外で、深い溜め息を吐いた。



 君に異変が起きたのは、約一年前の事だ。
 初めは単なる体調不良なのだと思っていた。しかし、次第に君の目の色は無くなっていった。
 キスをしても、ベッドに誘っても、以前のような反応はなく、僕は困惑していた。

 ――――リストカットが発覚したのは、そんな日々の中での事だった。
 何故なのかと訊ねても、君は精神が病んでしまった原因を、一切話そうとはしなかった。

 心当たりがないわけではない。だが、君が何も言わないのだから、当然明確な理由も分からない。

 好きだから支えたい。

 ただそれだけを活力にして、僕は君に寄り添い続けた。
 一方で、この関係に疲れてきているという自覚もあった。 
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