蒼い春も、その先も、

余花と春霖

19-2

　慣れた院内を見舞いという形で歩くのは、人生で初めての事だ。

　何度か入院した自分の元に訪れていた、葉月や父親もこんな気持ちだったのだろうか。
　今更申し訳なくなって、惨めさに顔が歪む。

　鬱々としたまま病室のドアをノックする。予想通り、椿からの返事は無かった。

「……椿、穂希だよ。また来るね」

　小声で残し、体を翻す。
　ちょうどその時、静かにドアが開いた。

　慌てて振り向いた先には、やけに落ち着いた雰囲気の中年男性が立っている。

「君が穂希君か」

　男性は柔和な顔をさらに綻ばせて、そう言った。

「椿の父です。お見舞いに来てくれてどうもありがとう。……せっかく来てもらったけど、今は誰にも会いたくないみたいなんだ。本当にすまないね」
「あ、いいえ」

　会話が続けられず、戸惑う。椿の父親も起きてしまった現実にまだ困惑しているのか、僅かに言葉を詰まらせている。
　居た堪れなくなり、帰るタイミングを見計らっていると、彼はもう一度笑みを浮かべた。

「……穂希君さえ良ければなんだが、もし時間があれば私と少し話さないか？　君と話をしたいと思っていたんだ」

　予想外の言葉に目を円くするが、断る理由は無かった。
　椿のことを今以上に知ることの出来る良い機会だ。穂希は父親の方に向き直り、躊躇うことなく頷いた。