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短編・番外編
光希の過去
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「みっちん?」
警察署へ向かう途中、見知らぬ男に声をかけられた。男は光希に視線を向けている。
当の光希は清の腕に強くしがみついて相手を見ていた。知り合いだろうか。しかし、清の影から男を見る光希の表情は困惑が強く出ている。見知らぬ相手なのだろう。
清は眉間に皺を寄せて男を見た。もしかしたら光希が忘れているだけで、あまり良い相手ではないのかもしれない。
男は清を見てびくりと体を揺らした。今、清の存在に気づいたようだ。もしかしてナンパだったのだろうか。いっそそうであってほしい。
追い払おうとした時、光希が声を上げた。
「…はせやん?」
「そっ…そう、そうだよ!俺!長谷川!品川だよな?品川光希、だろ?同じ小学校だった…」
「ハセヤンだ!うん、おれ、光希!もう品川じゃなくて、鈴木なんだけど…あっ!ドッチボールする?休み時間だから!あ、やっぱり、鬼ごっこ!」
「ははっ!休み時間の、ドッチボールな!みっちん、鬼ごっこ超強かったよなぁ~すげぇ、小学生に戻ったみたいだ」
光希は清の腕に捕まったままぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
長谷川と名乗った男は顔をくしゃくしゃにして笑った。目尻に涙が浮かんで見える。
どうやら二人は小学生の頃の知り合いらしい。彼は清が知らない頃の光希を知っている。
「お~い」
声をかけられて横を見ると、助手席の窓を開けた車が止まっていた。運転席から刑事の高輪が手を振っている。
「みっちゃん、清君、ちょうど良かった。送ってくよ」
「あっ…」
警察署に向かう途中のこの道で、高輪は光希と清を見つけたらしい。今日は警察で光希が聴取される。権田と約束をしていた日だ。
光希は高輪と長谷川を見比べて、迷っているようだった。久しぶりに再会した長谷川と、もっと話がしたいのだろう。
長谷川はそんな光希に首を傾げているが、高輪は少し眼光鋭く長谷川を見ていた。
清の祖父の家から越してきて数年。光希にはこの土地に知り合いはほとんどいない。警察か病院の関係者くらいで、その交友関係を高輪は全て把握している。事件の関係者であるか否か。高輪は今推し量っているようだ。
清は長谷川に向き直った。
「長谷川さん。少し時間、ありますか?光希は用事があるんで、俺が代わりに話できたらと思うんすけど」
「えっ?あ、えっと、大丈夫です、時間。バイトまで暇で、ぶらぶらしてただなんけで…あの、あなたは…」
「俺は光希の弟です。光希、俺が長谷川さんと話しておくから。車乗って、行けるか?」
光希は、今度は清と高輪を見比べて頷いた。少し残念そうだが、先約である高輪を優先するべきだと判断したようだ。清は光希の頭を撫でた。
「後で俺も向かう。長谷川さんの連絡先聞いとくから。長谷川さん、そこで少し話してもいいっすかね」
「あ、はい、大丈夫っす…」
「うん…ハセヤン、またね」
清は長谷川に、すぐ傍にある喫茶店を指差して訊ねる。長谷川は清に少し怯えた顔を見せながら承諾してくれた。
光希は長谷川に手を振って車に乗り込む。清は高輪に目配せをしつつ、光希を乗せた車を見送った。
清は長谷川を伴って喫茶店に入った。レトロ、というのだろうか。チェーンのコーヒーショップとはまた趣の違った店内は、混雑というほどではないが客が入っている。
店員に注文を伝え、その合間に高輪にメッセージを送る。
『光希の小学生の頃の知り合いらしい。話聞いときます』
すぐさまOKという文字を抱えた愛らしいキャラクターのスタンプが送られてきた。スマホをいじれるということは、もう警察署についたということだ。無事に光希が到着したようで内心安堵する。高輪のスタンプは無視した。
「あの、みっちんの…品川君の弟さん、て…」
長谷川はやや遠慮気味に清に問う。
「自己紹介が遅れてすみません。俺は光希の義理の弟で、鈴木と言います。親が再婚して、光希は俺の姓を名乗ってます。光希と俺は同い年なんで、長谷川さんとも…」
「おじさん、再婚したんだ!良かった…おじさん、もう元気なんすね。今どうしてるんすか?つか、鈴木さん、タメなんだ!なんか年上に見えたから」
「光希の父親も俺の母親も、亡くなりました。それぞれ、病気と事故で」
どうしてそんなに怯えているのかと思っていたが、どうやら清が年上に見えて怖かったらしい。最初に不審者かと睨みつけたのも良くなかったのだろう。
清は顔が怖いと言われる。過去に知り合った男性達からは『男らしい』だの『ワイルド』だの言われてもてはやされたが、見る人から見たら怖い顔だったようだ。
ぐっと押し黙った長谷川に、清はなるべく眉間に皺を寄せないように心がける。
「あいつの父親…父さんは、どんな人でしたか。中学の頃に再婚してすぐ病気になって、元気のない姿しか印象になくて」
「あ…そうなん、ですか…」
長谷川は暗い顔のまま少し黙った。
よくまぁ、ペラペラと嘘が出るものだ。清は自分で自分が嫌になった。詐欺まがいのことをしていた親の血がしっかりと引き継がれているのだと思い知らされる。
しかし、ここは嘘をついてでも長谷川を納得させて安心させて、光希の話が聞きたかった。清の知らない、光希の話を。
長谷川の伺うような視線に清は気づいた。両親のことを思い出すと自然と眉間に皺が寄ってしまう。清が眉間を指先で押さえていると、長谷川は『みっちんの、お父さん』と小さく呟いた。
「授業参観の時、ビデオカメラ持ってきて…うちの学校は授業参観、撮影は駄目なのに。でも、お父さん知らなかったみたいで。先生にカメラはご遠慮下さいって言われて、お母さんに怒られてて…優しくて、ちょっとぼんやしてる、っつーか。みっちんに似てるお父さんだったよ。みっちん、見た目はお母さんの方が似てるけど」
会ったことのない光希の父親の姿がぼんやりと浮かぶ。光希の中身は父親似らしい。
光希の両親は揃って授業参観に来てくれていたようだ。
清の両親は来たことがあっただろうか。一度くらいは見に来てくれたことがあったような気がする。
優しい父親と、しっかり者の母親と。清の憧れを絵に描いたような家族だ。光希は愛されていた。幼い光希が幸せだったことに安堵する。その分、清と出会った後の辛い現実に、気持ちが落ちた。
「みっちんのお母さん、美人だったなぁ。あ、お父さんの前の奥さんの話だから、しないほうがいいかな」
「いや。教えてほしい。光希のことも」
清の返事に、長谷川は頷いた。
「みっちんのお母さん、美人だった。みんなの憧れっつーか、羨ましいって思ってた。みっちんはお母さんに似てて、イケメンで、足が速くて。女子からすげーモテてたんだ。でもみっちん、あんま気づいてなくて、それも、羨ましくて…それが、お母さん亡くなってから、お父さん、元気なくなって、その、なんか…変わっちゃったみたいで。あんま、帰ってこなくなったって…宗教に、ハマったって、聞いた、けど…」
「本当だ。そこで俺の母親と出会った」
光希の母親について、初めて他人から話を聞けた。光希の容姿は母親に似ているそうだ。美しい女性だったのだろう。
知らなかった幼い光希の輪郭も、少し見えた気がした。整った顔で足が速い、秀でたものの多い子供。それは異性からに限らず、注目を浴びたことだろう。
清の知らない、清と出会う前の光希。中学生の頃も光希は走るのが得意だった。長谷川の話す光希は、やっぱり光希だ。
長谷川は少しほっとした顔をした。
「そっか…その宗教、悪いことばっかじゃ、なかったんだ」
清の母親と再婚したとでっちあげたが、長谷川の中で光希の父親と清の母親との再婚は幸せなものであったと信じているらしい。
「お父さんが元気なくなって、みっちんも少しずつ…その、おかしく、なってて。あんまりみんな、言えなかったけど。帰ったらお母さん待ってるんだ、とか、昨日はお母さんとお父さんと一緒に出かけた、とか、その…嘘を、つくようになって…」
長谷川は目を逸らしながら話した。
長谷川や他の人間から見たら、光希の変化は父親の宗教信仰のせいだと思うだろう。その宗教は悪いものなのだ、と。実際、悪だった。そもそも宗教ですらなかった。反社会組織の収入源の一つに過ぎなかった。
光希の頭の中で話を作ってしまう癖のようなものは母を失い、父が宗教にのめり込んだ頃から始まったようだ。次の通院の時に、医師に伝えたほうがいいだろう。
清は頷いて長谷川に答える。
「それに関して、詳しくは言えないが、光希は今治療をしてる。次に光希と会った時、違和感があっても聞き流してくれると助かる」
今回、両親のことを嘘をついて伝えている。光希には申し訳ないが、例え光希が長谷川に、清と兄弟になった正しい経緯を伝えても信じてはもらえないだろう。
だが、そのほうがいい。
長谷川は小学生の頃の、何も知らない同級生だ。引っ越しでの別れのあとに何があったのか、詳しく話すには凄惨なことがありすぎた。それに今、清と長谷川との関係は希薄だ。どこまで話していいのか計りかねた。真実を知らせるよりも、長谷川には綺麗な思い出のまま、光希と接してやってほしかった。
「治療…さっきの人も、その関係で?今みっちん、何して、どこにいるんすか?」
「光希は今、俺と暮らしてる。治療に専念するために。さっきの人は俺達の保護と世話をしてくれている」
「…あの時、なんかできなかったのかなってみんな、気にしてたんすよ。女子なんか、泣く子もいて。ほんと、お母さんが亡くなるまでは、モテるけど普通、で…あんな、ひっつくぐらい、みっちんが鈴木さんに懐いてる。鈴木さんが弟で、良かった」
長谷川は遠くを見つめている。光希は母親が亡くなるまではごく普通の家庭で愛されて育ってきた。それに、光希のクラスメイト達は心配してくれていたらしい。光希はたくさんの人に愛され、大事にされていた。
清が弟で良かったと言われて、清は何も言わなかった。兄弟でよかったと思うこともある。しかし、本当に清と兄弟になって良かったのかという懸念はまだ残っている。義理だが兄弟でありながら、恋人同士でもある。あまりに歪な関係に、やはり兄弟が自分でなければと思わずにいられない。
「みっちん、今は、幸せ、だよな?」
「…本人に、聞いておく」
清は目を逸らして答える。長谷川の縋るような視線を、清は受け止めきることができなかった。
清は長谷川と連絡先を交換して別れた。
いくつか嘘も織り交ぜての話だったので、後日また会う時には光希と話を合わせなければならない。しかし、過去を知る長谷川と会わせても良いのか。これもまた医師と相談しなければならない。
足が速くて、女子にモテる。授業参観には共に学校にやって来る、美人な母親と優しい父親。
普通の家庭だった。清には想像するしかできない、理想の家族だ。
しかし母の死をきっかけに、少し抜けたところのある優しい父親は沼にハマって抜けなくなった。そのまま帰らぬ人となった。
光希が記憶を作り変えてしまうのは幼い頃から始まっていた。幸か不幸か、今日の光希は小学生くらいの年齢だった。朝から清と学校に行くと楽しそうにしていた。だからきっと、長谷川にすぐに気づいた。
記憶を作り変えて精神年齢が変わってしまうことは珍しくない。休み時間だと笑う光希に、長谷川は淀みなく話を合わせていた。
清が警察署につくと、通された部屋に権田と光希がいた。
「清、すまねぇ。今日も少し、光希さんがしんどそうだ」
光希は暗い顔で清に歩み寄り、無言で抱きついた。光希の背中を撫でる。
「今日、何食いてぇ?なんか食って帰るか?」
「………パンケーキ。デミーズの。あと、清の卵焼き」
「わかった。ゆっくり食えよ」
頭を撫でてやると、光希はやっと、小さく笑った。聴取のあとの光希はいつもとても疲れてしまう。
清は高輪と目が合った。
「清君」
「はい。詳しくはあとで連絡します。光希、長谷川さんの連絡先聞いといたから。今度一緒に会いに行こう」
「はせが、わ?」
「さっき会った、長谷川さん…ハセヤンだよ。覚えてないか?」
高輪は黙って頷いた。清は後ほどメッセージで今日のことを伝えるようと思っていた。口裏を合わせてもらうためにも。
光希は首を傾げて視線をうろつかせる。ここに来る前に会った長谷川を、光希はもう覚えていなかった。清は光希の頭を撫でる。
「ゆっくりでいい。わかんないなら、今は考えなくていいから。パンケーキのことだけ考えとけ」
「うん」
光希はやっと肩の力を抜いたようだ。清の胸にぐりぐりと額を擦り付けている。
「はは…みっちゃん幸せそう~」
「ふふふ。うん。幸せ」
「光希、今、幸せか?」
「うん。清がいるから」
『だから幸せ』と即答されて清は鼻の奥が熱くなった。光希はぐふぐふと声をあげている。
長谷川の問いに、今なら答えられるだろうか。光希は、幸せらしい。
この幸せが少しでも続くように。光希が笑っていられるように。清は光希を抱く腕にぐっと力を込めた。
END
警察署へ向かう途中、見知らぬ男に声をかけられた。男は光希に視線を向けている。
当の光希は清の腕に強くしがみついて相手を見ていた。知り合いだろうか。しかし、清の影から男を見る光希の表情は困惑が強く出ている。見知らぬ相手なのだろう。
清は眉間に皺を寄せて男を見た。もしかしたら光希が忘れているだけで、あまり良い相手ではないのかもしれない。
男は清を見てびくりと体を揺らした。今、清の存在に気づいたようだ。もしかしてナンパだったのだろうか。いっそそうであってほしい。
追い払おうとした時、光希が声を上げた。
「…はせやん?」
「そっ…そう、そうだよ!俺!長谷川!品川だよな?品川光希、だろ?同じ小学校だった…」
「ハセヤンだ!うん、おれ、光希!もう品川じゃなくて、鈴木なんだけど…あっ!ドッチボールする?休み時間だから!あ、やっぱり、鬼ごっこ!」
「ははっ!休み時間の、ドッチボールな!みっちん、鬼ごっこ超強かったよなぁ~すげぇ、小学生に戻ったみたいだ」
光希は清の腕に捕まったままぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
長谷川と名乗った男は顔をくしゃくしゃにして笑った。目尻に涙が浮かんで見える。
どうやら二人は小学生の頃の知り合いらしい。彼は清が知らない頃の光希を知っている。
「お~い」
声をかけられて横を見ると、助手席の窓を開けた車が止まっていた。運転席から刑事の高輪が手を振っている。
「みっちゃん、清君、ちょうど良かった。送ってくよ」
「あっ…」
警察署に向かう途中のこの道で、高輪は光希と清を見つけたらしい。今日は警察で光希が聴取される。権田と約束をしていた日だ。
光希は高輪と長谷川を見比べて、迷っているようだった。久しぶりに再会した長谷川と、もっと話がしたいのだろう。
長谷川はそんな光希に首を傾げているが、高輪は少し眼光鋭く長谷川を見ていた。
清の祖父の家から越してきて数年。光希にはこの土地に知り合いはほとんどいない。警察か病院の関係者くらいで、その交友関係を高輪は全て把握している。事件の関係者であるか否か。高輪は今推し量っているようだ。
清は長谷川に向き直った。
「長谷川さん。少し時間、ありますか?光希は用事があるんで、俺が代わりに話できたらと思うんすけど」
「えっ?あ、えっと、大丈夫です、時間。バイトまで暇で、ぶらぶらしてただなんけで…あの、あなたは…」
「俺は光希の弟です。光希、俺が長谷川さんと話しておくから。車乗って、行けるか?」
光希は、今度は清と高輪を見比べて頷いた。少し残念そうだが、先約である高輪を優先するべきだと判断したようだ。清は光希の頭を撫でた。
「後で俺も向かう。長谷川さんの連絡先聞いとくから。長谷川さん、そこで少し話してもいいっすかね」
「あ、はい、大丈夫っす…」
「うん…ハセヤン、またね」
清は長谷川に、すぐ傍にある喫茶店を指差して訊ねる。長谷川は清に少し怯えた顔を見せながら承諾してくれた。
光希は長谷川に手を振って車に乗り込む。清は高輪に目配せをしつつ、光希を乗せた車を見送った。
清は長谷川を伴って喫茶店に入った。レトロ、というのだろうか。チェーンのコーヒーショップとはまた趣の違った店内は、混雑というほどではないが客が入っている。
店員に注文を伝え、その合間に高輪にメッセージを送る。
『光希の小学生の頃の知り合いらしい。話聞いときます』
すぐさまOKという文字を抱えた愛らしいキャラクターのスタンプが送られてきた。スマホをいじれるということは、もう警察署についたということだ。無事に光希が到着したようで内心安堵する。高輪のスタンプは無視した。
「あの、みっちんの…品川君の弟さん、て…」
長谷川はやや遠慮気味に清に問う。
「自己紹介が遅れてすみません。俺は光希の義理の弟で、鈴木と言います。親が再婚して、光希は俺の姓を名乗ってます。光希と俺は同い年なんで、長谷川さんとも…」
「おじさん、再婚したんだ!良かった…おじさん、もう元気なんすね。今どうしてるんすか?つか、鈴木さん、タメなんだ!なんか年上に見えたから」
「光希の父親も俺の母親も、亡くなりました。それぞれ、病気と事故で」
どうしてそんなに怯えているのかと思っていたが、どうやら清が年上に見えて怖かったらしい。最初に不審者かと睨みつけたのも良くなかったのだろう。
清は顔が怖いと言われる。過去に知り合った男性達からは『男らしい』だの『ワイルド』だの言われてもてはやされたが、見る人から見たら怖い顔だったようだ。
ぐっと押し黙った長谷川に、清はなるべく眉間に皺を寄せないように心がける。
「あいつの父親…父さんは、どんな人でしたか。中学の頃に再婚してすぐ病気になって、元気のない姿しか印象になくて」
「あ…そうなん、ですか…」
長谷川は暗い顔のまま少し黙った。
よくまぁ、ペラペラと嘘が出るものだ。清は自分で自分が嫌になった。詐欺まがいのことをしていた親の血がしっかりと引き継がれているのだと思い知らされる。
しかし、ここは嘘をついてでも長谷川を納得させて安心させて、光希の話が聞きたかった。清の知らない、光希の話を。
長谷川の伺うような視線に清は気づいた。両親のことを思い出すと自然と眉間に皺が寄ってしまう。清が眉間を指先で押さえていると、長谷川は『みっちんの、お父さん』と小さく呟いた。
「授業参観の時、ビデオカメラ持ってきて…うちの学校は授業参観、撮影は駄目なのに。でも、お父さん知らなかったみたいで。先生にカメラはご遠慮下さいって言われて、お母さんに怒られてて…優しくて、ちょっとぼんやしてる、っつーか。みっちんに似てるお父さんだったよ。みっちん、見た目はお母さんの方が似てるけど」
会ったことのない光希の父親の姿がぼんやりと浮かぶ。光希の中身は父親似らしい。
光希の両親は揃って授業参観に来てくれていたようだ。
清の両親は来たことがあっただろうか。一度くらいは見に来てくれたことがあったような気がする。
優しい父親と、しっかり者の母親と。清の憧れを絵に描いたような家族だ。光希は愛されていた。幼い光希が幸せだったことに安堵する。その分、清と出会った後の辛い現実に、気持ちが落ちた。
「みっちんのお母さん、美人だったなぁ。あ、お父さんの前の奥さんの話だから、しないほうがいいかな」
「いや。教えてほしい。光希のことも」
清の返事に、長谷川は頷いた。
「みっちんのお母さん、美人だった。みんなの憧れっつーか、羨ましいって思ってた。みっちんはお母さんに似てて、イケメンで、足が速くて。女子からすげーモテてたんだ。でもみっちん、あんま気づいてなくて、それも、羨ましくて…それが、お母さん亡くなってから、お父さん、元気なくなって、その、なんか…変わっちゃったみたいで。あんま、帰ってこなくなったって…宗教に、ハマったって、聞いた、けど…」
「本当だ。そこで俺の母親と出会った」
光希の母親について、初めて他人から話を聞けた。光希の容姿は母親に似ているそうだ。美しい女性だったのだろう。
知らなかった幼い光希の輪郭も、少し見えた気がした。整った顔で足が速い、秀でたものの多い子供。それは異性からに限らず、注目を浴びたことだろう。
清の知らない、清と出会う前の光希。中学生の頃も光希は走るのが得意だった。長谷川の話す光希は、やっぱり光希だ。
長谷川は少しほっとした顔をした。
「そっか…その宗教、悪いことばっかじゃ、なかったんだ」
清の母親と再婚したとでっちあげたが、長谷川の中で光希の父親と清の母親との再婚は幸せなものであったと信じているらしい。
「お父さんが元気なくなって、みっちんも少しずつ…その、おかしく、なってて。あんまりみんな、言えなかったけど。帰ったらお母さん待ってるんだ、とか、昨日はお母さんとお父さんと一緒に出かけた、とか、その…嘘を、つくようになって…」
長谷川は目を逸らしながら話した。
長谷川や他の人間から見たら、光希の変化は父親の宗教信仰のせいだと思うだろう。その宗教は悪いものなのだ、と。実際、悪だった。そもそも宗教ですらなかった。反社会組織の収入源の一つに過ぎなかった。
光希の頭の中で話を作ってしまう癖のようなものは母を失い、父が宗教にのめり込んだ頃から始まったようだ。次の通院の時に、医師に伝えたほうがいいだろう。
清は頷いて長谷川に答える。
「それに関して、詳しくは言えないが、光希は今治療をしてる。次に光希と会った時、違和感があっても聞き流してくれると助かる」
今回、両親のことを嘘をついて伝えている。光希には申し訳ないが、例え光希が長谷川に、清と兄弟になった正しい経緯を伝えても信じてはもらえないだろう。
だが、そのほうがいい。
長谷川は小学生の頃の、何も知らない同級生だ。引っ越しでの別れのあとに何があったのか、詳しく話すには凄惨なことがありすぎた。それに今、清と長谷川との関係は希薄だ。どこまで話していいのか計りかねた。真実を知らせるよりも、長谷川には綺麗な思い出のまま、光希と接してやってほしかった。
「治療…さっきの人も、その関係で?今みっちん、何して、どこにいるんすか?」
「光希は今、俺と暮らしてる。治療に専念するために。さっきの人は俺達の保護と世話をしてくれている」
「…あの時、なんかできなかったのかなってみんな、気にしてたんすよ。女子なんか、泣く子もいて。ほんと、お母さんが亡くなるまでは、モテるけど普通、で…あんな、ひっつくぐらい、みっちんが鈴木さんに懐いてる。鈴木さんが弟で、良かった」
長谷川は遠くを見つめている。光希は母親が亡くなるまではごく普通の家庭で愛されて育ってきた。それに、光希のクラスメイト達は心配してくれていたらしい。光希はたくさんの人に愛され、大事にされていた。
清が弟で良かったと言われて、清は何も言わなかった。兄弟でよかったと思うこともある。しかし、本当に清と兄弟になって良かったのかという懸念はまだ残っている。義理だが兄弟でありながら、恋人同士でもある。あまりに歪な関係に、やはり兄弟が自分でなければと思わずにいられない。
「みっちん、今は、幸せ、だよな?」
「…本人に、聞いておく」
清は目を逸らして答える。長谷川の縋るような視線を、清は受け止めきることができなかった。
清は長谷川と連絡先を交換して別れた。
いくつか嘘も織り交ぜての話だったので、後日また会う時には光希と話を合わせなければならない。しかし、過去を知る長谷川と会わせても良いのか。これもまた医師と相談しなければならない。
足が速くて、女子にモテる。授業参観には共に学校にやって来る、美人な母親と優しい父親。
普通の家庭だった。清には想像するしかできない、理想の家族だ。
しかし母の死をきっかけに、少し抜けたところのある優しい父親は沼にハマって抜けなくなった。そのまま帰らぬ人となった。
光希が記憶を作り変えてしまうのは幼い頃から始まっていた。幸か不幸か、今日の光希は小学生くらいの年齢だった。朝から清と学校に行くと楽しそうにしていた。だからきっと、長谷川にすぐに気づいた。
記憶を作り変えて精神年齢が変わってしまうことは珍しくない。休み時間だと笑う光希に、長谷川は淀みなく話を合わせていた。
清が警察署につくと、通された部屋に権田と光希がいた。
「清、すまねぇ。今日も少し、光希さんがしんどそうだ」
光希は暗い顔で清に歩み寄り、無言で抱きついた。光希の背中を撫でる。
「今日、何食いてぇ?なんか食って帰るか?」
「………パンケーキ。デミーズの。あと、清の卵焼き」
「わかった。ゆっくり食えよ」
頭を撫でてやると、光希はやっと、小さく笑った。聴取のあとの光希はいつもとても疲れてしまう。
清は高輪と目が合った。
「清君」
「はい。詳しくはあとで連絡します。光希、長谷川さんの連絡先聞いといたから。今度一緒に会いに行こう」
「はせが、わ?」
「さっき会った、長谷川さん…ハセヤンだよ。覚えてないか?」
高輪は黙って頷いた。清は後ほどメッセージで今日のことを伝えるようと思っていた。口裏を合わせてもらうためにも。
光希は首を傾げて視線をうろつかせる。ここに来る前に会った長谷川を、光希はもう覚えていなかった。清は光希の頭を撫でる。
「ゆっくりでいい。わかんないなら、今は考えなくていいから。パンケーキのことだけ考えとけ」
「うん」
光希はやっと肩の力を抜いたようだ。清の胸にぐりぐりと額を擦り付けている。
「はは…みっちゃん幸せそう~」
「ふふふ。うん。幸せ」
「光希、今、幸せか?」
「うん。清がいるから」
『だから幸せ』と即答されて清は鼻の奥が熱くなった。光希はぐふぐふと声をあげている。
長谷川の問いに、今なら答えられるだろうか。光希は、幸せらしい。
この幸せが少しでも続くように。光希が笑っていられるように。清は光希を抱く腕にぐっと力を込めた。
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