ママが呼んでいる

杏樹まじゅ

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【第八章.魔女の書】

【三十九節.亡霊】

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「あなたは本当によく頑張った」

 真っ白な空間。とても良いにおいと心落ち着く心音。安らぎに満たされたこの場所で、『愛情』が話す。

「わたしが乗り移る為の依代まで用意してくれた。おかげで接近も容易だった」
「依代……?」
「新田ヒナだよ。マコトくんの心の隙間になってたからね。わたしが入り込むのに、ちょうど良かった」
「じゃあ、ずっと俺がヒナだと思っていたのは……」

 光に溢れるこの空間でも、相手が笑っているのが伝わる。

「うん、わたし。サクラの愛情だけが残った精神体。魔女『愛情』でした」

 けらけらと、いたずらがバレた子供のように笑う。
 そうか。彼は独り言つた。今までずっと恋人と過ごして、話していた、愛し合っていたと思っていたのは、全てこの子だった。アイがしきりに心配していたのも、『アイには見えない存在と話すマコト』そのものであったという訳だ。

「マコトくんは自分の罪を再認識した。あなたは穢れを持っている。わたしと同じ。後はわたしを邪魔するモノを排除してくれれば」

 マコトは首を傾げる。この全能の神に等しい存在を邪魔するものなんて、想像もつかなかった。

「邪魔するモノ?」
「うん。教団のニンゲン達がわたしを封じるために呼んだ魔のモノ。そいつをやっつけてくれれば、わたしは晴れて地上に上がることが出来る。ママを地上に降臨させることが出来る」

 明かりが弱まった。そして、目がきくようになると、廃墟のような所にいる事がわかった。この場所、マコトは知っている。
 あの廃ホテルだ。自分が愛する女の子を手に掛けた、呪われた場所。

「さあ、マコトくん。ママが呼んでいるよ」

 そして、その向かいに、上半身だけの巨大なビスクが居ることに気がついた。

『キィィィ──ッ!』

 その姿は、新田ヒナの顔そのものだった。



 ピピピピ。
 電子体温計のアラームが、未だ夢の中に居る彼の頭にじんわり染み込む。
 ──もう、朝か。
 まだ目をつぶっていたくて、寝返りを打つ。そうしてようやく、隣でベッドに入っていたはずの愛してやまない片割れが、温かい体温だけ残して居なくなっていることに気がついた。
 薄い毛布一枚。裸で眠る彼は、欠伸をひとつ吐いて、目を覚ました。

 ──ピピが鳴ってるよ。

「あいがとー。きょうはー。三十六度一分……と」

 マコトは電子体温計のアラームを、肩を優しく叩くことで教えてあげる。もう、何も言わなくてもこの恋人には伝わるし、愛する女の子の気持ちも、伝わってくる。リンゴのマークのスマートフォンを優しくタップする音が、耳に心地よい。

 彼女を殺してから、二ヶ月が経った。
 心のバランスを崩して、心療内科に通い始めた。
 捜査する警察に重要参考人として、マークされた。
 所属するオカルトサークルのみんなと、真理弥村に来た。

「ママ。ママ。ヒナがママになれますように」

 何も着ていない恋人が、その白い透き通る肌に唯一身につけている『蛇と林檎の絡まる十字架』のロザリオを握って、お祈りをしている。

 もう、決して叶うことのない、祈りを。



「そうだ、マコトくん」

『愛情』が巨大な亡霊と対峙するマコトに、声をかけてくる。

「これ、また貸してあげるよ。前にアイさんに捨てられちゃったでしょ?」

 ふと、気がつくと手に何か握っている。見ると、ヒナが、否、『愛情』がずっと身につけていたロザリオがその手にあった。剣になれと念ずると、あの長剣に変化した。

 ──うん、あのムカデ人形とやったときと同じにやれば良いわけだ。

 マコトは自分の胸に、自信と勇気が湧いてくるのを感じた。
 が、しかし。

「あ、危ない」
「えっ?」
「前、前を見て」

 だーん。

 思いっきり振り下ろされた巨大なビスクの手により、マコトはすり潰されて床のシミになった。

 ……。

「はっ!」

 マコトはまた光に包まれて、目を覚ます。

「ダメだよ、マコトくん。目の前の敵に集中してないと……まあ、こっちには村中のビスク達から吸い取った命があるから、何度でも起こしてあげられるけれどね」

『愛情』は、けらけらと、鈴を転がしたように笑った。

「さ、もう一度だ。マコトくん。頑張って」
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