小さな国の王子さま

いがらし みき

文字の大きさ
上 下
2 / 5
第二章 カナリヤのゆくえ

小さな国の王子様

しおりを挟む
第二章 カナリヤのゆくえ

 森の美しさに、王子様は目を見張りました。
「なんてきれいなんだろう。木も、草も、すべて、なんていきいきしているんだろう。」
王子さまは生まれて初めてお城以外のものを見たのです。木々のあいだからもれ、ちらちらと踊っている光。制の喜びを歌う小鳥。何もかも、王子様には新鮮に見えました。本当はお城のにわとたいしたかわりはなかったのですけれど。
 美しい森の中を、白い馬に乗った王子さまはゆっくりと進んでいきました。子馬のループも楽しそうに目を細めています。どのくらいいったでしょうか。王子さまは森の外れに近づきました。その時、彼は気づいたのです。森の出口のところの切り株に、老婆が腰かけているのに。その老婆は、周りの空気と浜卓そぐわないかんじでした。太古の昔から彼女はそうしているようにみえました。そして、これからも永遠にそうしているようにみえました。老婆は、王子様のほうをじいっと見ているようでした。普通の人だったら、思わずぞっとしたでしょう。けれども、王子様は生まれてからずっとお城のそとにでたことがなかったので、恐怖というものをしりませんでした。それで、王子様はその老婆に、にっこりと微笑みかけました。老婆はきをよくしたようでした。王子様が老婆のそばを通り過ぎようとしたとき、彼女は彼をよびとめました。
「お待ちなされ、私は実は、魔法使いなのじゃ。めったに占いはしないが、私はあんたが好きだから、占ってあげよう。何か心配ごとがあるじゃろう?」
王子様はうなずきました。
「僕は北のほうへ飛んで行った、僕の友達のカナリヤのペーをさがしにいくんです。僕は、カナリヤにめぐりあえるかしら。」
老婆は気の毒そうなかおをしました。
「それは何か月もかかるだろう。ずっとあんたはさがしつづけるだろう。そうしてあんたはカナリヤにめぐりあうだろう。だが、かえってくるときは、あんたひとりじゃ。その白い馬も、カナリヤもあんたといっしょにはかえらない。そしてあんたは城をみただけで、中へははいらず違う道をいくであろう。」
王子様はおどろいて、だまりこんだあと、こう言いました。
「あなたのいうことはよく、わからない。でも、僕はきっとカナリヤをつれて帰ってくるよ。」老婆は、なにもいわずに遠くをみた。少し間をおいてから、王子さまは、老婆へ別れをつげました。
「とりあえず、うらなってくれて、ありがとう、おばあさん。さようなら。」
森をでると、王子さまは白い子馬のループの背からおりました。
「僕たちは、友達だから、いっしょに歩いていこうね。だって、お前はまだ小さいから人を乗せるのは、きっとむりだもの。」
馬のループはうれしそうに鼻をヒヒンと鳴らしました。馬は、あまりものを言いません。特に、ループはそうでした。
 王子様は、時々、鳥たちに、カナリヤのペーのことをききました。けれども、ペーのことを知っている鳥はいませんでした。王子さまはそれでもがっかりしませんでした。
「あの魔法使いが、いつかきっと会えるって言ってくれたよ。そうさ、いつかきっと僕はペーに会えるんだ。」

お日様きらきら光ってる。
川はさらさらながれてる。

どこからか、歌が聞こえてきました。王子さまはなんとなくそれをきいていました。

白いはとはわらってる。
黄色いカナリヤわらってる。
二羽はとおくへとんでった。
おひさまきらきら・・・・

王子様ははっとしました。
「あの歌は、だれがうたっているんだろう。ループ、あれは僕のカナリヤのことだよ。あの歌を歌っている人は、ペーの事をしっているにちがいない。早くその人をさがさなくちゃ。」
歌は、風に乗って聞こえてきていました。
「あれは、きっと、東のほうだ。」
王子様は、そういって東のほうへあるいていきました。 

おひさまきらきらひかってる。
川はさらさらながれてる。
森のフクロウはなしてた。
二羽の小鳥はどこいった・・・・

「そうか、歌っている人は、フクロウからきいたんだ。」
少し行くと川がながれていました。そして、川のそばで一匹の牛と女の子が緑のやわらかい草の上にねころんでいました。牛は、口をもぐりもぐりと、ゆっくりうごかしています。
王子さまは女の子に近づいて、きいてみました。
「ねえ、さっき歌を歌っていたのは、きみかい?」
女の子はおどろいたように王子様をみました。
「あんだ、だあれ?」
「僕はフルール。でも、みんなは王子様とよぶよ。僕は、王子だからね。」
王子さまはじこょしょうかいをしてから、つけくわえました。
「となりにいるのは、ループ。僕の友達さ。」
「あんたが王子ですって?名前どおりばか(フール)ね。」
「僕は、フールじゃないよ、フルールだよ。」
王子様はむっとして言いました。
「どっちだってたいしたちがいはないわ。」
「もういいよ、わかったよ。ところで、さっき、きみ、うたをうたっていたよね。」
「歌?あたしはいつも歌をうたっているわ。どんなうた?」
女の子はうさんくさそうにききました。
「白いはとと、黄色いカナリヤの歌だよ。おひさまきらきら・・・っていうやつ。」
「思い出したわ。私が歌ったいちばん新しい歌ね、それがどうかしたの。」
「僕のカナリヤだったんだよ。その歌のカナリヤは。君、黄色いカナリヤのことをしっているだろう。おしえてくれないかな。」
「あたしは何もしらない。でも、白い森もフクロウなら、知っているわよ。そのこと。白いはとと、黄色いカナリヤに会ったそうだから。しばらく北に行くと、白い森がすぐ見えてくるわよ。」
「ありがとう。」
王子様はお礼を言って歩き出そうとしました。
「ちょっとまって、あんたにいいたいことがあるわ。」
女の子は、はじめて立ち上がって、王子様をよびとめました。
「あんた、これからもたくさんの人と会うだろうけど、自分は王子だ、なんて言わないほうがいいわよ。そんなことをいうのは、ばかか、本物の王子だけだからね。」
「僕は、本物の王子だよ。」
「てにおえないわね、あんた。」
王子さまは首をすくめました。
「まあいいさ。わざわざ心配してくれてありがとう。君って、本当はしんせつなんだね。少しばかりうたぐりぶかいけれど。」
王子様は、そこから立ち去ろうとしました。すると、女の子は大声でいいましt。
「どうして、カナリヤなんかさがしにいくの?カナリヤはずっと遠くへ行っちゃってるわ。」
「でも、ぼくの友達なんだよ。何年かかったって、僕はさがすんだ。」
「あんたはまだ子供じゃないの。」
「君だって僕と同じぐらいのくせに。」
「だって・・・・。」
女の子は、くちごもりました。そうして、恥ずかしそうにいいました。
「あたしじゃだめ?あたし、あんたのいい友達になると思うわ。」
王子様はくすっとわらいました。
「いつか、そうだね、ぼくが、友達のカナリヤを連れて帰るときにここへもう一度くるよ。そしたら、君は、ぼくについてくるんだ。」
王子様は歩き始めました。
「さよなら、またあおうね。」
「さようなら。」
女の子は、少しさびしそうにいいました。日はもう、しずもうとしていました。
王子様は、北のほうへ進み始めました。馬のループといっしょに。白い森のフクロウにあいに。
 日はあっというまにしずんでしまいました。はじめてお城の外で迎える夜に、王子さまはおびえていました。
「白い森へいかないうちに日が暮れるなんて、運がわるいんだなあ。仕方ない。ここで、野宿しよう。」
 暗闇はしんしんとあたりをおしつつみます。その底知れない暗さの中で、王子さまは生まれて初めて恐怖を感じたのです。
「お城の外ってたのしいことばかりじゃないんだね。ろうそくもってくればよかったかな。」王子様はループのそばにうずくまりながら心細そうにつぶやきました。ループは、安心なさいというように、ブルンと鼻をならしました。
「ループのからだってあったかいんだなあ、ぽかぽかしているよ。」
王子さまは、ループの首を抱きながら、自分の友達はいなくなったカナリヤのほかにもいるんだと思いました。
「ごめんよ、ループ。僕は君のことをわすれてるわけじゃないんだ。でも、あのカナリヤも僕の友達なんだ。」
 王子さまは言い訳のようなことをいいました。それから、彼は馬によりそtったまま眠りに落ちました。空には星が優しくまたたいていました。
 次の日、王子さまはまたある生真面目増した。すると、まもなく向こうのほうに、白い森が現れました。その森は、遠くから見ると、氷の柱が立っている王でした。おじさまは不思議に思いました。
「なぜあんなに白いんだろう。見ているだけで心が冷たくなってしまう。」
 王子様たちが白い森についたのは、午後になってからでした。その森はすべてのものが真っ白でした。動物たちも、木も、草も。王子様はとてもいやな感じがしました。ループもだまりこくっていました。王子さまは、早くフクロウにあいたくなって、大声でどなりました。
「フクロウさあん、白い森の、フクロウさあん。聞きたいことがあるんです。」
 王子様の声は白い冷たい森の中にむなしく響き渡りました。一瞬の沈黙。それから、ばたばたという羽音。いっしょにせわしいいきづかいも聞こえてきました。
「あんたかね、私をよんだのは。」
それは、フクロウだったのです。森の中のすべてのものと同じように、フクロウの体も真っ白でした。
「ええ、僕です、白いはとと、カナリヤの行方がしりたいんです。あのカナリヤは僕の友達なんです。僕のかわいいペーの事を教えてください。」
「ああ、その小鳥たちのことなら、わしは知っている。その庭は北のほうへ行くと言っていた。」
ここでフクロウはため息をつきました。
「ばかな小鳥どもだ。北のほうへ行く小鳥はみな北の魔女につかまって氷漬けにされてしまうのだよ。北の入り口に行ったらね。」
「ええっ。」王子さまはおどろいて思わずさけびました。
「ああ、僕のペー、哀れな、友達!」
王子様は頭をたれました。彼はしばらく考えた後、フクロウに聞きました。
「その魔女は、どのくらいおそろしいのですか?」
フクロウは、また、大きなため息をつきました。
「あんなおそろしい魔女は他にはいまい。この森がしろくなったのも、北の魔女の怒りをかったからだ。あの魔女のつえのひとふりで、この森のすべてのものに霜がついて、しろくなってしまったのだよ。」
「すごい、魔女なんだな。」
王子様はすっかり気を落としてしまいました。
「でも、僕は友達をたすけなくちゃ。たとえ、どんなに危険でも、魔女のところからペーを助け出すんだ。」フクロウは、目の玉がとびださんばかりにおどろきました。
「およしなさい。ばかなことは。あなたまで殺されてしまいますよ。いくら、前は仲のいい友達だったからって。第一、そのカナリヤはあなたをすてていったのでしょう?助けることなどないじゃありませんか。」
「たとえ、僕を捨てていったとしても、僕はペーがすきだよ。ペーみたいにりこうでかわいいカナリヤは、ほかにはいやしないんだ。僕は、ペーと一緒にいたいんだよ。」
王子様は、きっぱりといいました。そのとき、ループのからだが、ピクッとしました。
ループは、思ったのです。自分より、ペーのことを、王子様がたいせつにしていると。
王子様のことばが、ループのむねをえぐりました。
王子様は、フクロウに別れを告げました。
「さようなら、フクロウさん、教えてくれてありがとう。」
王子様と白い子馬は、北へ向かいました。後ろから、フクロウの声がおいかけきました。
「おーい、ぼうや、おやめよ、死にたいのかい?薄情な友達などほおっておけ!」
 その夜、馬のループはひとりで泣いていました。王子様は、ループがどんなにさびしい思いをしていたか、気が付かなかったのです。王子様が、カナリヤのことしか見ていないことが、とてもループをかなしませました。
 何日も、何日も、二人は旅をつづけました。王子さまは、北の入り口がどんなに遠いところなのか、知りませんでした。ペーを助けるためには、思っている以上に長い旅をつづけなくてはならなかったのです。
 王子様はときどき、そっとつぶやきました。
「ぺー、お前はなぜぼくのところから、はなれたの?」

しおりを挟む

処理中です...