23 / 155
第二部 太陽が眩しかったから
一章
しおりを挟む
一
さて、少しややこしくなってしまったこのミステリー「殺人事件ライラック~」であるが、話を事件当日に戻し、先に進めるとしよう。
実際に二人の手記があるし、主治医なる人物もいるので、このまま話を進めてもよいのだが、読者の混乱は増すばかりに違いない。なので――
例えば、こう考えてみてはどうだろうか? そうした手記やらをデータとしてAIに与えて、こう指示を出す。
これらを読み解いて、読みやすい小説――ミステリーにしてください。可能なら真相を語る前に「読者への挑戦状」を挿入してください。
と――
AIはまず複数の登場人物の視点が交錯するのを整理したいと考える。そこで神の視点を導入する。つまり仮定として別荘のあちこちにカメラを設定する。
いや、実際にカメラはあったのだ。そして、そのカメラの映像をじっと見ていた複数の観測者がいたのだ。
シュレディンガーの猫よろしく、猫すら観測するまでは重ね合わせの状態にある。いわんや人間をや。
鹿野信吾はブリキの花嫁のバケツを引っぺがしたのか否か? 観測されるまでそれは重ね合わせの状態にある。観測して初めてどちらかに決定される。
ただ――
カメラの観測者はすべてを見てはいない。いや、見ていたとしても書けないこともある。書いてしまうとミステリーにならないからだ。読者には、それはご理解いただいて……
では階段の踊り場にバケツを被ったブリキの花嫁が現れたあの場面から――
* * *
深夜、別荘の階段の踊り場にウェディングドレス姿の人物が立っていた。手にバケツを持っている。
そのシーンをカメラを通じて映像を見ている観察者の一人が呟く。映像には人物の顔がハッキリ映っている。
「会長、御子息です」
「ああ、あのバカ息子……」会長と呼ばれたもう一人の観察者がそう嘆く。「これで近藤グループもお終いか……」
「流石にもうどうしようもないです」そういう声も出る。
観測者は三人以上はいるようだ。
「サイコパスは病気……」会長が苦しそうに「逮捕されても心神喪失で無罪になるのかもしれないが……」
「ご指示があれば……ご決断を……なんなりと」
会長の息子が手にしたバケツを頭に被った。
「会長……ご決断を。これ以上、犠牲者を出すわけには……」
「わ、わかった」
促されて会長が立ち上がり、更に全員が立ち上がる。そしてそのまま退室する。
カメラの映像は続いているが、観測者がいない。しかし、AIは登場人物の顔を認識できる。なので読者になり代わってAIにこう訊ねてみよう。
水沼はいますか?
AI:わかりません。映像には映っていません。
いちりとせは聴こえますか?
AI:残念ながら映像のみです。音は聞こえません。
いや、AIへの質問はここまでにして物語を先に進める。
バケツを被った近藤――ウェディングドレス姿のブリキの花嫁はそのまま階段を駆け降りると、玄関を開け、離れの方に走っていく。バケツのままでは前が見えず走りにくいのか、バケツは手に持ち、顔にはいつの間にか鬼の面を被っている。
そのあとを鹿野信吾と水沼が追いかけるが、追いつかず近藤は離れの玄関の扉を開けて中に飛び込んでいった。
鹿野と水沼の二人は何やら話をしていたが、鹿野はスマホを出して何やら操作している。どうやら離れで寝ている良美にメッセージを送ったようだが、返事はないらしい。
まずいな。これでは無声映画だ。マイクがあるわけではないが、少しは声も拾っておくことにする。
いや、母屋の裏から、じっと二人を窺う何者かがいたとでもしておこう。時代劇なら忍びの者とも言えるようなすっかり気配を消した、その者がいたとしておこう。顔にはサングラスとマスク。そういう者が聞き耳を立てている。とぎれとぎれにしか聴こえないが、踏み込むかどうかで悩んでいるようだ。
離れでの二人の会話。概略だけ書いておくと……
水沼:「で、どうするんだ? 中に入るのか?」
鹿野:「踏み込む……しかし――」
水沼:「良美ちゃん、離れじゃなくて二階の寝室で寝てるんじゃないか? 俺たちはふざけた近藤に遊ばれてるだけじゃないのか?」
鹿野:「いや、そんな……」
水沼:「じゃあ、俺がちょっと見てくるよ、二階の寝室を」
水沼は母屋に引き返す。
それでは水沼に着いて行ってみよう。気づかれないよう――忍びのようにそーっと、気配を消して……
母屋に戻った水沼は二階に上がっていくと近藤の寝室をノックした。返事はなく、水沼はそっと寝室のドアを開く。
「良美ちゃん、寝てるな」水沼はそう呟き、そのまま扉を閉めた。
しばらく水沼は寝室の外で立ち尽くしていたが、
「すると殺されるのはやっぱり近藤の方か。まあ考えればわかるか」
確かに水沼はそう呟いたのだった。
* * *
いや、小説――ミステリーだとしてもこの書き方は少し無理がある……
ただこの章に嘘は……ない……
* * *
ミステリーとしてかなり無理があるのだが、やはり敢えてこれは書いておく。二階の寝室にも実はカメラがあった。そして水沼が覗いた入り口からのアングルでは見えなかったが、カメラはしっかり別の角度から映像を捉えていた。
しかし、その映像を見ている観察者は今はいない。だがほんの数分前、ブリキの花嫁が寝室を出る前に、観測者である会長がその映像をハッキリと見ていたのだ。そしてハッキリこう嘆いた。
「どうしようもないバカ息子、勝男が妻を殺して首を撥ねた。首さえ撥ねなければまだ助かったかもしれず、また仮に死んでしまったとしても過失による事故だと言い逃れることはできた。近藤グループの力をもってすれば優秀な弁護士をつけてやれる。だが、もうどうしようもない。首を撥ねてしまったらもうどうしようもない。良美さんをサイコパスの息子が殺して首を撥ねてしまった。恐れていたことが現実になった。いや、恐れてはいなかった――よかれと思ったことが逆効果――我々が愚かだった、浅はかだった……。いや……」
やはり会長のこの地獄の嘆きを読者にも伝えておこう。
繰り返すが、この章に嘘はない……
……はず……
書いているこれがミステリーとすれば……
いや、これはミステリー……
の……はず……
さて、少しややこしくなってしまったこのミステリー「殺人事件ライラック~」であるが、話を事件当日に戻し、先に進めるとしよう。
実際に二人の手記があるし、主治医なる人物もいるので、このまま話を進めてもよいのだが、読者の混乱は増すばかりに違いない。なので――
例えば、こう考えてみてはどうだろうか? そうした手記やらをデータとしてAIに与えて、こう指示を出す。
これらを読み解いて、読みやすい小説――ミステリーにしてください。可能なら真相を語る前に「読者への挑戦状」を挿入してください。
と――
AIはまず複数の登場人物の視点が交錯するのを整理したいと考える。そこで神の視点を導入する。つまり仮定として別荘のあちこちにカメラを設定する。
いや、実際にカメラはあったのだ。そして、そのカメラの映像をじっと見ていた複数の観測者がいたのだ。
シュレディンガーの猫よろしく、猫すら観測するまでは重ね合わせの状態にある。いわんや人間をや。
鹿野信吾はブリキの花嫁のバケツを引っぺがしたのか否か? 観測されるまでそれは重ね合わせの状態にある。観測して初めてどちらかに決定される。
ただ――
カメラの観測者はすべてを見てはいない。いや、見ていたとしても書けないこともある。書いてしまうとミステリーにならないからだ。読者には、それはご理解いただいて……
では階段の踊り場にバケツを被ったブリキの花嫁が現れたあの場面から――
* * *
深夜、別荘の階段の踊り場にウェディングドレス姿の人物が立っていた。手にバケツを持っている。
そのシーンをカメラを通じて映像を見ている観察者の一人が呟く。映像には人物の顔がハッキリ映っている。
「会長、御子息です」
「ああ、あのバカ息子……」会長と呼ばれたもう一人の観察者がそう嘆く。「これで近藤グループもお終いか……」
「流石にもうどうしようもないです」そういう声も出る。
観測者は三人以上はいるようだ。
「サイコパスは病気……」会長が苦しそうに「逮捕されても心神喪失で無罪になるのかもしれないが……」
「ご指示があれば……ご決断を……なんなりと」
会長の息子が手にしたバケツを頭に被った。
「会長……ご決断を。これ以上、犠牲者を出すわけには……」
「わ、わかった」
促されて会長が立ち上がり、更に全員が立ち上がる。そしてそのまま退室する。
カメラの映像は続いているが、観測者がいない。しかし、AIは登場人物の顔を認識できる。なので読者になり代わってAIにこう訊ねてみよう。
水沼はいますか?
AI:わかりません。映像には映っていません。
いちりとせは聴こえますか?
AI:残念ながら映像のみです。音は聞こえません。
いや、AIへの質問はここまでにして物語を先に進める。
バケツを被った近藤――ウェディングドレス姿のブリキの花嫁はそのまま階段を駆け降りると、玄関を開け、離れの方に走っていく。バケツのままでは前が見えず走りにくいのか、バケツは手に持ち、顔にはいつの間にか鬼の面を被っている。
そのあとを鹿野信吾と水沼が追いかけるが、追いつかず近藤は離れの玄関の扉を開けて中に飛び込んでいった。
鹿野と水沼の二人は何やら話をしていたが、鹿野はスマホを出して何やら操作している。どうやら離れで寝ている良美にメッセージを送ったようだが、返事はないらしい。
まずいな。これでは無声映画だ。マイクがあるわけではないが、少しは声も拾っておくことにする。
いや、母屋の裏から、じっと二人を窺う何者かがいたとでもしておこう。時代劇なら忍びの者とも言えるようなすっかり気配を消した、その者がいたとしておこう。顔にはサングラスとマスク。そういう者が聞き耳を立てている。とぎれとぎれにしか聴こえないが、踏み込むかどうかで悩んでいるようだ。
離れでの二人の会話。概略だけ書いておくと……
水沼:「で、どうするんだ? 中に入るのか?」
鹿野:「踏み込む……しかし――」
水沼:「良美ちゃん、離れじゃなくて二階の寝室で寝てるんじゃないか? 俺たちはふざけた近藤に遊ばれてるだけじゃないのか?」
鹿野:「いや、そんな……」
水沼:「じゃあ、俺がちょっと見てくるよ、二階の寝室を」
水沼は母屋に引き返す。
それでは水沼に着いて行ってみよう。気づかれないよう――忍びのようにそーっと、気配を消して……
母屋に戻った水沼は二階に上がっていくと近藤の寝室をノックした。返事はなく、水沼はそっと寝室のドアを開く。
「良美ちゃん、寝てるな」水沼はそう呟き、そのまま扉を閉めた。
しばらく水沼は寝室の外で立ち尽くしていたが、
「すると殺されるのはやっぱり近藤の方か。まあ考えればわかるか」
確かに水沼はそう呟いたのだった。
* * *
いや、小説――ミステリーだとしてもこの書き方は少し無理がある……
ただこの章に嘘は……ない……
* * *
ミステリーとしてかなり無理があるのだが、やはり敢えてこれは書いておく。二階の寝室にも実はカメラがあった。そして水沼が覗いた入り口からのアングルでは見えなかったが、カメラはしっかり別の角度から映像を捉えていた。
しかし、その映像を見ている観察者は今はいない。だがほんの数分前、ブリキの花嫁が寝室を出る前に、観測者である会長がその映像をハッキリと見ていたのだ。そしてハッキリこう嘆いた。
「どうしようもないバカ息子、勝男が妻を殺して首を撥ねた。首さえ撥ねなければまだ助かったかもしれず、また仮に死んでしまったとしても過失による事故だと言い逃れることはできた。近藤グループの力をもってすれば優秀な弁護士をつけてやれる。だが、もうどうしようもない。首を撥ねてしまったらもうどうしようもない。良美さんをサイコパスの息子が殺して首を撥ねてしまった。恐れていたことが現実になった。いや、恐れてはいなかった――よかれと思ったことが逆効果――我々が愚かだった、浅はかだった……。いや……」
やはり会長のこの地獄の嘆きを読者にも伝えておこう。
繰り返すが、この章に嘘はない……
……はず……
書いているこれがミステリーとすれば……
いや、これはミステリー……
の……はず……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる