殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)

尾崎諒馬

文字の大きさ
71 / 155
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?

懸命に思い出す鹿野信吾

しおりを挟む
 
    懸命に思い出す鹿野信吾
    
 僕は二階で近藤社長が良美ちゃんを殺して首を撥ねるのを呆然と見ていた?
 神の視点を持つ、青服と黒服がカメラの映像を見ていたが、それが佐藤稔だったとしかわかっていない。水沼の可能性もある。しかし、首猛夫もそのシーンを後で見ており、その佐藤稔が離れで首のない死体の胸に牛刀を突き立てているのを見ている。
 離れの首のない死体は人体模型だったわけで、牛刀を突き立てたのは僕だった。それは記憶がある。あれは人体模型だとわかってたわけで……
 いや、それが問題なのではなく、僕は本当に二階で近藤社長が良美ちゃんを殺し、首を撥ねるところを見ていたのだろうか?
 確かに、僕は二階に上がっていった。あの「いちりとせ」の前に……
 そこで近藤社長に小説が売れないのなら別の道を探した方が……、そんなことを言われて……
 丁度、第一部の……
 あった、ここだ……八章
 
 いちりっとせ、わかるでしょ?
 今、二階にいます。
 
 良美ちゃんからそうメッセージが届き……
 深夜に二階に行った僕は……
 寝室でバケツを被った良美ちゃんを近藤と間違え……
 
 女装して仮面を付ければ、近藤と良美ちゃんは入れ替わることが可能――。そういうトリック。それをあの時、僕自身が証明した。
 
 その後、近藤と話をした。
 何を話したんだっけ?
 
 机に上に何かあった気が……
 何があったんだっけ?
 
 九章はなくて十章……
 
 近藤と口論になった……
 そうだ、小説が売れないのなら別の道を探した方が……、そう言われて……
 
 私は早々に自分から折れた……
 アンガーコントロール……
 そうだ。特に喧嘩にはならなかったはずだ。しかし……
 
 謂わば自発的に意識を失うタナトーシス、狸のように……
 一体何があった?
 
 ……のこと、絶対に許さない。
 ……助けて……
 
 良美ちゃんはそう言っていた?
 助けて?
 
 僕は助けられなかった?
 ただ、呆然と見ていた?
 
 そう言えば、水沼の手記に瀉血処理の話があった。
 そうだ、あの時も……
 
 自分のアンガーコントロールで近藤とは喧嘩にならなかった。それでそのまま僕は自分の部屋に戻るつもりだった。が……
 良美ちゃんが目で僕に訴えてたかもしれない。
 ……助けて……
 彼女はそう訴えていた?
 
 彼女は近藤社長に瀉血処理を施していたはずだ。400ccほど血を抜いて、血液バッグに血液を採取する。
 それで、二人は交代して?
 近藤社長が良美の瀉血処理を?
 
 ……助けて……
 
 良美ちゃんは僕に助けを求めていた?
 しかし、僕は怯えて動けなかったのか?
 そのまま血が抜かれ続けて……
 
 謂わば自発的に意識を失うタナトーシス、狸のように……
 僕は立ったまま気絶していた?
 
 しかし、最後、良美ちゃんと話をして自分の部屋に戻ったはずだ。

 第一部の十章でこう書いている。
 
 良美の言葉が頭の中でグルグル繰り返されていた。
 
 ……助けて……
 
 その言葉……
 
 確かに二階であの時良美ちゃんは助けを求めた。
 俺は……
 私は……
 僕は……
 鹿野信吾は……
 尾崎諒馬は……
 良美ちゃんを救うことだけを考えた。
 
 二階ではなく離れで一人で寝ること……
 
 僕はそう助言した。
 
 やはり、離れで寝ます。おやすみなさい。
 
 良美ちゃんはそうメッセージくれた。
 
 わかった。おやすみなさい。
 
 僕はそう返事をした。
 
 すぐに駆け付けるから……
 きっと助けてあげるから……
 ――今、近藤がそっちに行ったんだが――
 そう、メッセージを送ったら、すぐに飛び出して来い!
 そう、良美ちゃんに言い聞かせていたはずだ。
  
 しかし……
 ひょっとして僕が会話していた良美ちゃんは顔を隠していた?
 近藤社長の変装?
 バケツなのか? 仮面なのか? マスクとサングラスなのか?
 聞いた声はボイスレコーダー?
 
 僕は近藤社長に催眠術でもかけられていたのか?
 
 わからない……
 
 未だにわからない。
 
 あっ!
 
 そうか!
 
 やはり水沼……
 
 いや……駄目だ……
 
 やはり、何もなかった……
 そうだ。そういうことにしてくれ!

 殺人も何も起きなかった。
 近藤社長、良美ちゃん、水沼がサプライズで殺人事件を演出する――つまり僕にドッキリを仕掛ける!
 その話を二階で近藤社長は僕に暴露したんだ。きっとそうだ。
 
 第一部の十章の続きはこうだ。
  
 あの時、アンガーコントロールなどせずに近藤と喧嘩をした方がよかったのかもしれない。しかし過ぎてしまったことは仕方ない。近藤は「あることをする予定だったが結局やめる」そう言っていた。
 
 結局やめる!
  
 そうだ! 僕へのドッキリは中止された!
 しかし――
 ドッキリのターゲットを水沼に変更する!
 生首のおもちゃはよくできた本物そっくりなものが実は別にあった。それを水沼は知らない。
 そうだ!
 それで、良美ちゃんの胴体の人体模型と精巧な本物そっくりの生首のおもちゃを使って二階で……
 それが近藤社長が良美ちゃんを殺して首を撥ねるシーンだ。
 それを僕が見ていた。
 僕と近藤社長は逆に水沼をドッキリに……
 そうだ!
 精巧な本物そっくりの近藤社長の生首のおもちゃで離れで密室を……
 水沼にドッキリを仕掛けて!
 つまり逆ドッキリ!
 
 しかし、水沼はすっかり本当に殺人事件が起こったと思い込んで……
 僕が犯人だと思い込んで……
 ハンマーで僕を……
 
 いや……
 
 もうそれでいいだろう?
 楽になりたい……
 
 これはアンチミステリーで……
 
 良美ちゃんはまだ僕を想っていてくれていた。
 僕は良美ちゃんの初恋の人なんだろう。
 僕は良美ちゃんを連れて逃げるべきだった……
「近藤! お前に良美ちゃんは渡さない!」
 そう言って遠くに逃げるべきだった。
 
 ……助けて……
 彼女の心の声を僕は……
 離れよりもっと遠くに……
 近藤社長から良美ちゃんを遠ざけるべきだった。
 アンガーコントロールなどせず……
 僕は近藤に激怒するべきだった……
 そのまま良美ちゃんをカルディナに乗せて別荘を去ればよかったのだ。
  
 でも……
 
 結局……
 僕は良美ちゃんを助けられなかった。
 僕が良美ちゃんを殺してしまったのだ。
 そういうミステリーを僕は書きたくない……
 
 僕はミステリー作家失格……
 僕には殺人事件は描けない……
 もう、それで許してほしい……
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...