殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)

尾崎諒馬

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解決編

尾崎諒馬AIによる独白(首猛夫との邂逅)

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   尾崎諒馬AIによる独白(首猛夫との邂逅)
   
 邂逅とは仰々しいが、首猛夫にとって私との出会いは思いかけず嬉しいものであったのかもしれない。そうであれば私にとっても嬉しいことなのかもしれない。ただ彼――首猛夫が会長に雇われた殺し屋で、会長の息子を殺しに来たついでに私も水沼も殺す命令を受けてきたというのは厄介なことだが……
 
 さて、事件当時の事を思い出して書いてみよう。彼と初めて会ったのは小説でいうと、
 
 第五部 すべてを燃やし尽くせ!
 
 丁度私が意識を取り戻した、あのシーン……

 まずはそこから――
 
 別荘の離れの前でナタとハンマーで水沼と相撃ちになって一旦気絶したが、やがて意識が戻ると、サングラスとマスクで顔を隠した人物が目の前にいた。
「ひょっとして尾崎諒馬さんですか? ミステリー作家の」
 そう訊かれたのでコクリと頷き、
「倒れているあいつは?」と訊かれたので、
「ミステリー作家の坂東善です」と答えた。
 すると彼は誰かに電話を掛けた。てっきり警察に通報するのか? と思ったが違うようだ。
「会長、どうされますか?」
 そういう声が聴こえたので、相手が誰なのか? それはすぐにわかった。電話先の会長の声は聴こえないが、彼の声はハッキリと聴こえた。
「一人は尾崎諒馬です。私は彼の顔を知っています――。もう一人は――ミステリー作家でペンネームは坂東善だそうです――。どうしますか? 命令を……。わかりました。何とかします――。わかってます。三人の首は持ち帰ります。勝男と二人の……おそらく良美」
 電話が終わったあと、彼に、
「あなたは?」と尋ねると、
「首猛夫、殺し屋です。会長に雇われた――」確かにそう言った。「勝男はサイコパスです。その彼が現実に殺戮者となった時、彼を始末するよう命じられています」
「殺し屋? 始末? あなたが……」
 彼は何も答えずだた黙って私を見つめる。
「私も殺すのですか?」訊くと――彼は悲しそうな顔をして何も答えなかった。
 それで私はすべてを悟った……
 
 ――私も始末されるのだろう……

「坂東善は生首はおもちゃで、首のない死体は人体模型だと思っていたようです。そう私に説明していました。それで、おもちゃと信じて離れの生首を二つゴミ袋に入れて片付けた……。確かに彼はこの別荘での殺人の犯人ではない。でも、彼は殺人者です。彼は会長の娘の良美を殺したようです。そう良美ちゃんから聞いています」
「坂東善はペンネームですよね。本名は佐藤稔?」
「ええ」
「私も佐藤稔の自宅で彼女が殺されて首を撥ねられているのを確認しています。首は恐らく勝男がこの別荘に……」彼はそう言った。
「やはり、そうでしたか……」
「殺し屋の仕事はすべての後始末――会長はこの別荘は燃やせとも命じました」
「いえ、すべては私が責任をとります。この手で全部燃やします」
「その前に教えてください。生首は? 勝男がポリ袋に入れて離れに持ち込んだ。誰の生首ですか? おもちゃじゃなかったんでしょう? 坂東善はおもちゃだと思ったとのことですが」
「ええ」私は頷いた。「良美――会長の娘の良美の生首でした。母屋の二階で社長が殺して首を撥ねた良美ちゃんではなくて――。社長は坂東善の自宅で会長の長女、良美の首を撥ねてクーラーボックスに入れて別荘に持ってきていた。私は恐らくそれを見てしまった……。でも信じたくなかった。それを見てしまってからの私はずっとおかしい。自分でも何が何だかわからなくなっていた。まるで夢を見ているかのような……。でも――」
「でも?」
「離れで社長の首のない死体の頭の部分にセットされたバケツの中に良美――破局したとはいえ、愛していた良美の生首を確かに確認したんです。それで夢から醒めた。でも、すべては私が悪い。私がミステリー作家になんてなったから……。この別荘は私が書こうとしていたミステリーの舞台にそっくり……。すべては私の責任です。この世界の悪意のすべては私が一身に引き受けないと……」

 ――私も殺されるのだ。であればやはり自ら責任を取って……
 
「裏の小屋に灯油やら、ガソリンがたっぷりあります。私が撒いて、ライターを一つあなたに預けます」
 彼は私が何を考えているかわかってくれたようだ。
「私が『針金の蝶々』なんて本格ミステリーを書こうとしたのがいけなかったんです。いや、駄作でもいいからササっと書いてしまえばそれでよかったんです。でも私は殺人事件が書けなかった。どうしても現実と非現実がごっちゃになってしまう。ここは夢の国のはずだった。それなのに――。とにかく、すべては私が一身に……」
 それで沈黙が訪れる。
「私は――」彼がポツリと言う。「あなたのファンでした。あのインタービュー記事であなたの顔を知っています」
「ああ、あの記事ですか? 確か、地元で殺人事件が起こるかもしれませんよ、そう答えた記憶が……。そして実際に起こってしまった……」
「この事件をミステリーとして書くんですか?」
 彼のこの質問に私は答えなかった。
「離れは密室でしたか?」彼が重ねて訊く。
 私は答えなかったが、彼は察してくれたようだった。
「やはり密室でしたか……」彼が納得したように「ドアチェーンという少し不完全な密室ですが……。確かに僅かしか開かないドアの隙間から、勝男がポリ袋――生首の入ったポリ袋を床に置いてドレスを床に広げているのを確認してます。そして今はその勝男が首のない死体になってベッドに仰向けに横たわっている。勝男の身体の特徴は知っています。男性器の少し上に傷がありました。バスルームのあれが人体模型だというのも確認してます。これは正に本格ミステリーです」
 私は苦し気に首を横に振る。
「あなたは本格ミステリー作家。つまり創作上の殺しのプロ……。社長を? どうやって? 密室で……、しかも僅かな時間で……。どうやって? つまりハウダニット――。是非書いてください」
「私は殺人事件が書けない……。書いたことがない……。私はミステリー作家失格です」私は激しく首を横に振る。
「そうですよね。ミステリー作家が現実に殺人事件に巻き込まれてもそれをミステリーに書けるなんてことは……。でも、例えば二十年後なら書けるのではないですか? いや、やはり書けないですよね。書くなんて無理がある」
 彼は勝手に独りで納得したように頷いていた。
「とにかく、私はあなたに感謝しています」彼は真っ直ぐ私を見て「ありがとう」そう付け加えた。
 彼は裏に回り、灯油のポリタンクとガソリンのスチールタンクを持ってきた。
 私は母屋に戻り、自分の部屋と坂東善の部屋から車のキーを持ってきた。彼も母屋にしばらく……
 
 
 いや、この辺でやめておこう。
 一番需要なのは、殺し屋首猛夫と名乗った彼は、私がドアチェーンを破壊して密室を破った時、どこにいたのか?
 
 外で私がナタを振うのを見ていたのか?
 
 それとも密室の中――離れの床下に隠れていて見ていなかったのか?
 
 要は殺し屋首猛夫は密室が破られた時、密室の中にいたのか? 外にいたのか?
 
 それは私にはわからない……
 
 ただ……
 
 B.首猛夫が嘘の記述をした
 
 で、考えるんだったな。
 
 それは記述者が実は首猛夫ではなかった、という推理から……
 
 第五部 しばらく経った頃、外にいた
 
 は、藤沢さんが首猛夫だと名乗って執筆している。しかし、実際は藤沢さんは首建夫ではなく、見ていなかったことを、さも見ていたかのように、記述した、と――
 
 藤沢さんは、
 
 第五部 すべてを燃やし尽くせ!
 
 も執筆している。
 私=尾崎諒馬=鹿野信吾との会話を執筆している。
 この章、私が書いたシーンと会話の中身が微妙に異なるが、誤差範囲だろうか?
 となると……
 
 藤沢さんはこのシーンにいた。
 しかし、首猛夫ではない。
 
 別の誰か……
 
 いや、すると――
 
 A.もう一人殺し屋がいた
 
 それが藤沢さん?
 
 いや、Aは捨ててBで考えようとしていたのだけれど……
 
 このシーンにいた誰か……
 
 そうか!
 
 水沼=坂東善!
 
 彼は気絶していたはずだが、実は意識を取り戻していたのかもしれない!
 
 第四部 水沼の手記 4
 
 に、
 
 サングラスとマスクで変装したため、鹿野信吾に疑われ、最後、やるか? やられるか? の大立ち回りをナタとハンマー――信吾がナタで、俺がハンマーだったな――とにかく物騒な決闘だったわけだが、小説では詳しく書かれていない。
 まあ、俺は信吾のナタが頭に当たった記憶があって、そこで記憶が途切れているが、俺にも手ごたえはあったはず――つまり信吾にも俺のハンマーが当たったはずだ。そうだ、確かに当たった!
 信吾の最初の一振りが空ぶって、逆に振ったニ撃目と、俺の最初のハンマーの一撃が、丁度クロスカウンターのようになって……。
 信吾の二撃目はナタの刃の方ではなく、背の方だったから俺は死なずにすんだんだろうな。とにかく相撃ちだったはず――
 
 水沼=坂東善はそう書いている!
 
 丁度クロスカウンターのように――
 
 そうだ! お互いの凶器の柄がぶつかって、威力がそがれたのだ。
 私が意識を取り戻したのなら、水沼も意識を取り戻していた可能性が高い!
 水沼はあの時の私と首猛夫の会話を聞いていたのかもしれない!
 
 そうであれば……
 

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