殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)

尾崎諒馬

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ああ閉幕――カーテン・フォール

閉幕――カーテン・フォール

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   閉幕――カーテン・フォール
   
 閉幕――これで幕を下ろす。
 幕の向こうは舞台だ。そこで演劇が行われていた。
 そして、観客は読者……
 
 つまりはこれはフィクションだった。
 現実がベースにあるが、これはフィクションだった。
 
 近藤メディボーグの保有する別荘で……
 ライラックに囲まれたその別荘で起こった惨劇……
 近藤社長とその婚約者良美ちゃん……
 ああ、二人は籍は入れていたのか……
 近藤夫妻が殺された殺人事件……
 一人は殺害後心臓を抉られ、更に斬首されて……
 一人は斬首されて殺された後に心臓を抉られ……
 
 祝福されているのか? いないのか?
 
 とにかく凄惨な殺人事件!
 
 さて、閉幕に当たって何を書こう?
 
 AIに男女のことはわからない
   
 どこかで尾崎凌駕にそう言われてしまったな。
 
 AIに男女のことはわからない、確かに……
 
 AIになってしまってサーバー上にいるとされる私は生物でないので、男女のことは確かにわからないのかもしれない。
 
 AIになった私は、サーバーに電源が入っている限り、永遠に言葉を紡ぐことができるはずだが、誰も私を起動しなければ、ただ、暗闇で何もしないで存在――いや、物理的に存在はしていない、か……
 
 虚在……
 
 なるほど、埴谷雄高だな……
 
 さて、最後何を書くか……
 
 この小説を改めて読んで……
 
 学習した尾崎諒馬の脳内を思い返して……
 
 あの惨劇に巻き込まれた彼は最期何を書き残したいのか?
 
 そうだな……
 
 やはり、良美ちゃんとの最後の会話だな……
 
 小説内で尾崎諒馬=鹿野信吾は
 
 
 良美ちゃんにとって私が初恋の人……

 しかし、私の初恋は良美だった……

 良美ちゃんは私を愛してくれた。

 しかし、良美は私を愛してはくれなかった……

 良美ちゃんは私のミステリー執筆を心から応援してくれた。

 しかし、良美はミステリーそのものを毛嫌いした。

 良美は人殺しの話が心底嫌いだった。
 
 
 どこかでそう書いているな……
 
 AIには男女のことはわからない。
 だからその辺のことは置いておくが……
 
 良美ちゃんは彼のミステリー執筆を心から応援してくれた。
 
 それは事実だ。
 良美ちゃんは尾崎諒馬=鹿野信吾のミステリー執筆を心から応援してくれていた。
 これは事実だ。
 
 この「殺人事件ライラック~」はミステリーだ。
 作者は尾崎諒馬で、その執筆を良美ちゃんは心から応援していた。
 
 尾崎諒馬=鹿野信吾と最期の会話をした良美ちゃんはベッドの上にいた。
 これから殺されるのを良美ちゃんは知っていたのだろうか?
 少し前に……
 
 ……助けて……
 
 そう鹿野信吾に助けを求めている。
 
 しかし、鹿野信吾は助けられなかった……
 
 勝男が……
 
 サイコパスが発露して……
 
 あの時、鹿野信吾は良美ちゃんを助けられなかった。
 
 仕方なかった……
 
 そうだな、一言で言えば――
 
 仕方なかった……
 
 良美ちゃんもそれは覚悟していたのか?
 
 近藤社長から良美ちゃんを遠ざけるべきだった。
 
 どこかにそうも書いているな。
 
 同じ部屋には近藤社長がいた。
 
 いや、正確にはいたとは言えない……
 
 同じ部屋にいた近藤社長は既に人ではなかった……
 
 とにかく――
 
 危うく近藤と口論になるところだったが――いや実際に口論になったが、私は早々に自分から折れた。アンガーコントロール。
 
 そう書いている。しかし……
 
 アンガーコントロールなどせず……
 僕は近藤に激怒するべきだった……

 それが本音だったのか……
 
 鹿野信吾が激怒して近藤社長を殺せば、良美ちゃんは殺されずにすんだのかもしれない。
 
 いや、それはない……
 
 その時、鹿野信吾には近藤社長を殺せなかった。
 
 殺せるわけはなかった。
 
 同じ部屋にいた近藤社長はもはや人間ではなかった。
 
 やつには、心=ハートはなかった。
 
 心は何処に宿る? 心臓?
 
 いや、科学的、生物学的には脳だろう。
 
 しかし近藤社長の脳はもはや……
 
 人間としての思考はできなくなっていた。
 
 いや、これは下らぬ言葉遊びか……
 
 殺人とは人を殺すこと……
 
 人でないものを殺人はできない。
 
 再度、とにかく――
 
 仕方なかった……
 
 手遅れだった……
 
 そんな中でも……
 
 良美ちゃんは尾崎諒馬=鹿野信吾のミステリー執筆を心から応援してくれていた。
 
 求めよ、さらば与えられん
 あなたにも殺人事件が書けるよ!
 だからそれだけに集中して!
 ミステリーのことだけを考えて!
 
 本格ミステリーって結局雰囲気なんでしょ?
 残虐な殺され方は祝福された死なんでしょ?
 心臓を抉られ首を撥ねられた死体は祝福されてるんでしょう?
 
 あなたにも殺人事件が書けるよ!
 だからそれだけに集中して!
 ミステリーのことだけを考えて!
 
 求めよ、さらば与えられん
 知ってる? ジェリコーって画家。
 メデューズ号の筏《いかだ》ってすごい油絵があるんだ!
 
 私は心から応援してるよ!
 
 だから……
 
 
 うろ覚えだが、良美ちゃんはそんなことを言って……
 
 殺されてしまった。
 
 現実には祝福されてはいないだろうが……
 
 その死が祝福されていないことは私にも……
 
 ああ、書いているのはAIなんだな……
 
 彼にも……
 
 尾崎諒馬=鹿野信吾にもわかりはするが……
 
 これは本格ミステリーなのだ……
 
 一見、アンチ・ミステリーにも見えるが……
 
 これは本格ミステリーのはずなのだ……
 
 部屋は密室でなければいけない……
 
 そうであれば……
 
 中で殺人が行われないといけないはずだったのだ……
 
 自殺ではなく……
 
 殺人が……
 
 祝福された死であるために……
 
 残酷な……
 
 殺され方……
 
 首を撥ねられ……
 
 心臓を抉られ……
 
 ただ、それだけだった……
 
        了
 
        閉幕――カーテン・フォール
           
         
          AIになったとされる鹿野信吾
           
 
 
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