英雄は背を向けられない

99万回死んだ猫

文字の大きさ
2 / 15
1章:城塞都市フランセーズ編

幼馴染の日常

しおりを挟む
「やっと着いた……。やっと着いたなアリア……」

 林道を抜けてあたりが開ける。
 そして、眼前に見える城壁。魔物との闘争の証。それすなわち辺境都市の誇りの形。

 予言が下ったあの日。この国の都の近くにある草原で夜を越したあの日。その日から準備を始めて、その日に旅立ったというのに……。

「……ええ」

 ウィリアムは道中の悲劇を思い出す。ついでに指で数える。
 1つ、盗賊に追われる少年を助けたこと。
 1つ、ゴブリンの群れに殺されそうな商人を助けたこと。
 1つ、……。

「ウィル。指で数えるのをやめて。思い出すとイライラしてくるから」
「ごめん」
「わかったならいいわよ」

 一歩踏み出すのも億劫であろうに。アリアは何でもないかのように足を進める。
 結局、悲劇を起こさないために奔走した二人。本来徒歩三か月で着くはずだったものが一か月で着いたことは吉報ではあるが、疲労で彼らは死にそうになっていた。

 彼らが悲劇に遭遇しやすい理由はウィリアムの二つの異能に起因する。ひとつは未来視の力。未来と呼称はするものの避けられない運命の意味の未来ではない。
 世界の動きから考えられる未来である。天気予報、合格予報、エトセトラ、エトセトラ。未来は予想しようと思えば確定的な未来を予想することはできる。ただ、計算方法が明らかにされていないだけで。
 その予測を未来視のレベルになったものがウィリアムの異能のひとつである。

 ふと、首筋に虫の知らせが。
 わずかな痛みと引き換えに近くで発生する悲劇の予感を知らせてくる。これがもう一つの異能である。

「アリア。来た」
「クソが!!休ませなさいよ!!こっちは強行軍なのよ!!!!」

 アリアがいらだち紛れの抜剣を行う。
 未来視が下った日。一人の少女が巨悪と相対する未来を潰したいと願い、本来徒歩で3か月は必要な道のりを1か月で踏破したもののアリアの機嫌は最底辺。

「こないわね」
「それ、フラグって————」

 音の炸裂。
 背後で鳴り響く鉄と怒号のオーケストラ。

「背後!」

 炸裂した方向へ先行するはアリア。その両手で持つ剣で彼女は世界の悲劇を戦ってきた。
 彼女が向かう先にはオークから一人の少女が逃げまどう。
 逃げている少女はいかにも初心者の様子で人の数倍の大きさのオークと戦えるというなりではない。それに対して少女を追いかけているオークは幾何の刀傷を身に刻み、歴戦であることを示していた。

「た、助けてください!」

 駆け抜けざまに一言。

「ええ。喜んで」

 次の瞬間。
 剣と拳がぶつかり合う。両雄はじかれ、必然、間合いができる。アリアはしかめっ面。オークは喜色を顔に浮かべる。
 剣と拳の衝撃は逃げていた少女を吹き飛ばし、ウィリアムの足元まで転がした。

「ウィル!」

 アリアの声が届くころには少女を担いで逃げ出していた。
 背を向けるのは信頼の証。最初から二人の目的はオークの討伐ではなく少女の救出。つまり、逃げるが金。戦うは銀。
 そのことがわかってなおアリアがオークに飛び込んだのは飛び込まなければ少女が殺されていたから。

「逃げるぞ!」

 アリアは一切の迷いなく後ろを向ける。拳で戦っているオークに飛び道具はないと踏んでいるから。そして、ウィルが安全圏まで逃げきれていることが確認できたから。

 オークは追わない。これ以上追撃をすれば自分の命が危ういことを理解していたから。それはアリアが命懸けで戦えば、ということももちろんだ。

 しかし

 オークの10メートル前。
 土が吹き飛ぶ。
 土煙が晴れれば、一本の大型のやりが刺さっていることがわかる。城塞都市フランセーズの防衛機構。バリスタ砲。
 かの砲あれば歴戦の魔物は城塞都市に近寄らない。近寄れば命が危ういことを経験で知っているから。

 そして、悲劇は幕を下ろす。
 失敗。途中終了という形で。

 舞台は終了なれど、アリアと歴戦のオークはともに思う。

 “次会ったらぶっ殺す”と



「休ませなさい。これは命令よ」
「命令か。なら我らが英雄は先に宿で休むがよい」
「ぶち殺すぞ。ワレ」
「……なんでだよ。疲れてるんだろ?」
「宿探しをクソオークのせいで疲れている、私にやれ、と?」

 いまにも抜剣しそうな雰囲気を醸し出すアリア。悲劇にまみれた道中で疲れた体と頭は、目の前の奴を切ればいいんじゃないかとサインを出している。
 それでも抜剣をしないのは幼馴染の情けか。

「俺もクソオークのせいで全力疾走をする羽目になったのをお忘れなく。ついでにこのお荷物を背負って」

 そう。オークから逃げてきた少女。あるいは世界が書いた脚本では死ぬかもしれなかった少女。
 彼女はウィリアムの背中で寝息を立てて眠っている。規則正しい寝息を吐き、時折にへらと笑いながら。その顔をみてアリアは、戦ったかいがあったかな、と思った。ささくれた心に少し心の余裕が戻る。

「やめましょ。この不毛な言い争い」
「ああ。すまん。気が立ってるらしい」
「そうね。私もよ。ごめんなさい」

「まあ、道中休む暇なしだったもんな」
「ええ。いつもいつも旅に出れば悲劇の見本市だもの。特に今回の見本市はひどかったわね」
「ああ。連日開催というのがいただけない」
「そうね。それもいただけないわね。でも、もっといただけないのがあったじゃない」
「連日開催以上に嫌なことあったか?」
「あの馬を持ってた盗賊もどきよ」
「あー。あのクソ盗賊かー……」

 この盗賊が徒歩3か月の道のりを1か月に短縮した大体の原因である。馬を持っていたというのはめったにある話ではない。だいたい馬なんか人生で触ったことがないものがなるのが盗賊である。世話ができないんだから利用もできない。しかし、時折馬房で働いていた盗賊がいることがある。
 ただ、それだけなら時折いる厄介な盗賊という話で終わる。

 道中、二人を苦しめた盗賊はいたるところで二人の乗っていた乗合馬車を襲い続けてきたのである。
 なぜなら、この盗賊が人さらいの依頼を受けていたからだ。依頼を達成させるために護衛もいない少年をさらおうと試みた。そんなことが目の前で起こるのは見過ごせないと二人は妨害。

 そして、この因縁が3週間続いた。二人の進路と狙われている少年の進路が合致してしまったことが運の尽き。
 あの手この手で誘拐しようとする盗賊に対抗し、道なき道を歩むことにした三人。本来山脈を大回りして進むにもかかわらず山脈を登って大幅なショートカット。
 しかし、報酬が破格だった盗賊は山脈までついてきて山脈の中でも鬼ごっこが勃発。

 結局、少年が目座いていた町で捕物合戦を繰り広げたのち、盗賊を捕縛という結末に至った。

「なんで山脈の中まで追いかけてくるかね……」
「しかも結局捕まえる羽目になるなら最初からそうしとけばよかったものね」
「言うなよ……。あの捕物が終わった後に同じこと思ったけど黙ってたんだから」

「ていうか、なんでギルドのほうに向かってるのよ」

 ウィリアムは無言で後ろの少女を親指で刺す。察せと言わんばかりの行動を見てアリアも気づく。

「そういえばこの少女の名前すら知らないものね……」
「そういうこと。帯剣しているから冒険者か兵士。でも、城壁の検問で止められなかったから冒険者かなと」
「冒険者ならギルドに連れていくのがいいわね。あそこなら救急用のベッドもあるし」

 ウィリアムはアリアをじっと見つめてから口を動かす。

「それに、だ」

「寝起き知らない人が目の前にいるんだ。人さらい扱いされるかもしれない」

 アリアはことさらにいやそうな顔をした。
 この時、二人の脳裏には三週間ともにした盗賊の顔がよぎっていた。

 その後、ギルドにつくまで疲れ果てている二人は両者無言で歩を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

幼馴染を溺愛する婚約者を懇切丁寧に説得してみた。

ましろ
恋愛
この度、婚約が決まりました。 100%政略。一度もお会いしたことはございませんが、社交界ではチラホラと噂有りの難物でございます。 曰く、幼馴染を溺愛しているとか。 それならばそのお二人で結婚したらいいのに、とは思いますが、決まったものは仕方がありません。 さて、どうしましょうか? ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

処理中です...