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児童誘拐殺人事件 篇
デュラン・フローズヴィトニル
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都心部から少し離れた所にそれはある。
悪党の都エデンの中でも特に選りすぐりの悪党共。クズの中のクズが集まる最低最悪の無法地帯。名をジェイルタウンという。
元々は低所得者たちの団地やアパートなどが立ち並ぶ居住区域だったのだが、開発に失敗してそのまま長年放置されスラム化した場所である。人がいなくなった廃ビルや家屋にエデンの悪党たちが好き勝手に住みついたのがきっかけで、今では住民の九割が極悪人という超が付くほどの危険区域で、まさにジェイル(監獄)の名に相応しい悪人博物館と呼ぶべき場所。銃を持った連中が昼間から平然と徘徊する都心部より治安が悪いとされている理由は、偏にここが虎皇会の縄張りの外だからである。
強力な組織が統括しているエデンでは、いくら犯罪件数が多いとはいえ彼らが抑止力となっている為、仮に事が起こったとしても、金なり武力なりである程度は収拾がつく。
しかし、ここには余程の事が無い限り虎の威光は届かない。不当な暴力や無益な殺人はもちろん、マフィアでも扱わないような本当に危険で粗悪なドラッグが売買され、医師免許を持たないものが抜き取った臓器の売買がゴミのポイ捨てと同じ頻度で起こっている。
故に地元警察でさえもこの区域へ立ち入ることを避ける。ここで死傷したとしても保険が適用されないからだ。挙句の果てには、他国はおろか自国でさえも街の内情をまったく把握していないときている。
全てに見放され、まともとはかけ離れた《ならず者の巣窟》ジェイルタウンに、ただ一軒だけまともに営業している店がある。その店の店主、デュラン・フローズヴィトニルは空を見上げ、何をするでもなくただぼんやりと煙草を吹かしていた。
「遅え」
呟いた独り言が煙草の煙と共に四角い空へと昇っていく。無駄に高いビルだらけのこの街は太陽の光があまり差し込まない為、いつも暗くどんよりしている。
いっそ、この辺りのビルを全部ブッ壊してしまえば少しは辛気臭い雰囲気も払拭できるかもしれないと考えるが、面倒この上ないので行動には移さない。ただ、誰かがやってくれるのなら別段止めはしないと思った。
一服終えて仕込みに戻ろうと思ったが、肝心の材料が足りてないことを思い出し、舌打ちを一つして頭を掻く。肉のない餃子など、その辺に立ち並ぶ邪魔な廃ビルと同じくらいの価値しかない。魚介類での代用も考えたが、やはり焼き餃子には肉が好ましい。買い出しに向かった相棒の帰りをただ座して待つしかデュランには出来なかった。
材料を業者に配達させることができればどれだけ楽だろうかと、幾度となく考えたことがある。こんな危険区域にまでやって来れる配送業者は限られるが、決してゼロではない。ただ、そういった類の所謂プロの運び屋に頼めば、一回の配送で注文した品の五十倍近い金銭を支払わねばならないため採算が取れないのだ。
もどかしさを噛み締めながら六本目の煙草に火をつけようとした時、ようやく待ち人が現れた。しかし、何やら息急き切ってこちらへと走って来る。また性懲りもなくどこぞの女に手を出して面倒事に巻き込まれたのだろうと思った。
「肉買ってくるのに一体どこまで行ってやがった」
ウィリアムは肩で息をしながら答える。
「はぁ、はぁ、ちょっ、ちょっと三途の川の船着き場までってね」
軽口を叩けるくらいの余裕があるなら問題は無いのだろう。だが、ウィリアムにしては振るっていない。ここはその先にある地獄と大差のない場所だというのに。
「で、肉はどうした?」
「いや、それなんだけどさ……」
ウィリアムは、ばつが悪そうに小脇に抱えていたモノを地面に下ろし、お得意の愛想笑いを浮かべた。デュランにはそれがどう見ても頼んでいた品には見えなかった。
「俺はお前のストライクゾーンの広さを見せてもらう為に金を渡したつもりはなかったんだがなァ」
「ちょ、ちょっと待ってって! それは誤解だよぉ!」
怒りに震えた拳を握るデュランを慌ててなだめ、ウィリアムは事の経緯を話した。
「捨ててこい!」
ウィリアムから一通りの説明を受けたデュランはそう一蹴した。
「おいおい、デュラン。そりゃいくらなんでも可哀相だろ。あのままあいつらに渡していたらこの娘、殺されていたかもしれないんだよ?」
「そんなん、この街じゃ日常茶飯事だろ。自分で生きていく力も無え奴は強いものに喰われていく。それが嫌なら強くなるしかねぇんだよ。大人もガキも」
「そうは言っても、女の子だよ? それに――」
「それにもへったくれもねえ。考えてもみろ。お前がこのガキを助けたことで、お前はそいつらの怒りを買っちまった。顔も覚えられただろうよ。きっと奴らは血眼でお前を探すぞ。お前とガキがどこで死のうが構いやしねえが、俺までそいつらに殺されるかも知れねえだろうが」
「いや、それは無いでしょ」と喉元まで出掛かったが、ウィリアムはそれを慌てて飲み込んだ。
「とにかくダメだ。今すぐエデンに置いてこい。んで、とっとと肉を買ってこい。代わりにそのガキを餃子の材料に使っていいなら別だがな」
「ヒドイ! デュランの鬼! 外道!」
「お前が具になるか?」
「返してきまーす」
子犬を拾って親に咎められた子供のように、しゅんとしたウィリアムは少女の目線の高さまでしゃがみ、申し訳なさそうに謝った。
「ごめんよ。君を助けようと思ったんだけど、力になれそうにないや」
そう告げられても少女は顔色一つ変えず、ウィリアムを見つめていた。
「向こうに着いたら出来るだけ賑やかなとこへ逃げるんだよ。繁華街はこわーいおじちゃんたちの縄張りだから、余所者は目立った行動は出来ないだろうからさ」
「……」
少女は一言も話さず、小さくコクリと頷いた。その直後、少女の腹からは「きゅるるる」と、可愛らしい音が聞こえた。
小さな腹の虫が呼んだ沈黙。ウィリアムは屈んだままデュランの方を見る。デュランは後ろを向いたまま立ち止まっている。
そして、少女は初めて口を開いた。
「おなかすいた」
デュランは後ろを向いたまま、大きな溜息を吐いた。
「ちょっと待ってろ」
デュランはそう言うと、がしがしと頭を掻きながら店の中へと戻っていった。
悪党の都エデンの中でも特に選りすぐりの悪党共。クズの中のクズが集まる最低最悪の無法地帯。名をジェイルタウンという。
元々は低所得者たちの団地やアパートなどが立ち並ぶ居住区域だったのだが、開発に失敗してそのまま長年放置されスラム化した場所である。人がいなくなった廃ビルや家屋にエデンの悪党たちが好き勝手に住みついたのがきっかけで、今では住民の九割が極悪人という超が付くほどの危険区域で、まさにジェイル(監獄)の名に相応しい悪人博物館と呼ぶべき場所。銃を持った連中が昼間から平然と徘徊する都心部より治安が悪いとされている理由は、偏にここが虎皇会の縄張りの外だからである。
強力な組織が統括しているエデンでは、いくら犯罪件数が多いとはいえ彼らが抑止力となっている為、仮に事が起こったとしても、金なり武力なりである程度は収拾がつく。
しかし、ここには余程の事が無い限り虎の威光は届かない。不当な暴力や無益な殺人はもちろん、マフィアでも扱わないような本当に危険で粗悪なドラッグが売買され、医師免許を持たないものが抜き取った臓器の売買がゴミのポイ捨てと同じ頻度で起こっている。
故に地元警察でさえもこの区域へ立ち入ることを避ける。ここで死傷したとしても保険が適用されないからだ。挙句の果てには、他国はおろか自国でさえも街の内情をまったく把握していないときている。
全てに見放され、まともとはかけ離れた《ならず者の巣窟》ジェイルタウンに、ただ一軒だけまともに営業している店がある。その店の店主、デュラン・フローズヴィトニルは空を見上げ、何をするでもなくただぼんやりと煙草を吹かしていた。
「遅え」
呟いた独り言が煙草の煙と共に四角い空へと昇っていく。無駄に高いビルだらけのこの街は太陽の光があまり差し込まない為、いつも暗くどんよりしている。
いっそ、この辺りのビルを全部ブッ壊してしまえば少しは辛気臭い雰囲気も払拭できるかもしれないと考えるが、面倒この上ないので行動には移さない。ただ、誰かがやってくれるのなら別段止めはしないと思った。
一服終えて仕込みに戻ろうと思ったが、肝心の材料が足りてないことを思い出し、舌打ちを一つして頭を掻く。肉のない餃子など、その辺に立ち並ぶ邪魔な廃ビルと同じくらいの価値しかない。魚介類での代用も考えたが、やはり焼き餃子には肉が好ましい。買い出しに向かった相棒の帰りをただ座して待つしかデュランには出来なかった。
材料を業者に配達させることができればどれだけ楽だろうかと、幾度となく考えたことがある。こんな危険区域にまでやって来れる配送業者は限られるが、決してゼロではない。ただ、そういった類の所謂プロの運び屋に頼めば、一回の配送で注文した品の五十倍近い金銭を支払わねばならないため採算が取れないのだ。
もどかしさを噛み締めながら六本目の煙草に火をつけようとした時、ようやく待ち人が現れた。しかし、何やら息急き切ってこちらへと走って来る。また性懲りもなくどこぞの女に手を出して面倒事に巻き込まれたのだろうと思った。
「肉買ってくるのに一体どこまで行ってやがった」
ウィリアムは肩で息をしながら答える。
「はぁ、はぁ、ちょっ、ちょっと三途の川の船着き場までってね」
軽口を叩けるくらいの余裕があるなら問題は無いのだろう。だが、ウィリアムにしては振るっていない。ここはその先にある地獄と大差のない場所だというのに。
「で、肉はどうした?」
「いや、それなんだけどさ……」
ウィリアムは、ばつが悪そうに小脇に抱えていたモノを地面に下ろし、お得意の愛想笑いを浮かべた。デュランにはそれがどう見ても頼んでいた品には見えなかった。
「俺はお前のストライクゾーンの広さを見せてもらう為に金を渡したつもりはなかったんだがなァ」
「ちょ、ちょっと待ってって! それは誤解だよぉ!」
怒りに震えた拳を握るデュランを慌ててなだめ、ウィリアムは事の経緯を話した。
「捨ててこい!」
ウィリアムから一通りの説明を受けたデュランはそう一蹴した。
「おいおい、デュラン。そりゃいくらなんでも可哀相だろ。あのままあいつらに渡していたらこの娘、殺されていたかもしれないんだよ?」
「そんなん、この街じゃ日常茶飯事だろ。自分で生きていく力も無え奴は強いものに喰われていく。それが嫌なら強くなるしかねぇんだよ。大人もガキも」
「そうは言っても、女の子だよ? それに――」
「それにもへったくれもねえ。考えてもみろ。お前がこのガキを助けたことで、お前はそいつらの怒りを買っちまった。顔も覚えられただろうよ。きっと奴らは血眼でお前を探すぞ。お前とガキがどこで死のうが構いやしねえが、俺までそいつらに殺されるかも知れねえだろうが」
「いや、それは無いでしょ」と喉元まで出掛かったが、ウィリアムはそれを慌てて飲み込んだ。
「とにかくダメだ。今すぐエデンに置いてこい。んで、とっとと肉を買ってこい。代わりにそのガキを餃子の材料に使っていいなら別だがな」
「ヒドイ! デュランの鬼! 外道!」
「お前が具になるか?」
「返してきまーす」
子犬を拾って親に咎められた子供のように、しゅんとしたウィリアムは少女の目線の高さまでしゃがみ、申し訳なさそうに謝った。
「ごめんよ。君を助けようと思ったんだけど、力になれそうにないや」
そう告げられても少女は顔色一つ変えず、ウィリアムを見つめていた。
「向こうに着いたら出来るだけ賑やかなとこへ逃げるんだよ。繁華街はこわーいおじちゃんたちの縄張りだから、余所者は目立った行動は出来ないだろうからさ」
「……」
少女は一言も話さず、小さくコクリと頷いた。その直後、少女の腹からは「きゅるるる」と、可愛らしい音が聞こえた。
小さな腹の虫が呼んだ沈黙。ウィリアムは屈んだままデュランの方を見る。デュランは後ろを向いたまま立ち止まっている。
そして、少女は初めて口を開いた。
「おなかすいた」
デュランは後ろを向いたまま、大きな溜息を吐いた。
「ちょっと待ってろ」
デュランはそう言うと、がしがしと頭を掻きながら店の中へと戻っていった。
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