EDEN's Order(エデンズオーダー)

後出 書

文字の大きさ
19 / 62
児童誘拐殺人事件 篇

オオカミの故郷

しおりを挟む
 どこの飲食店もそうであるように、ここ香龍飯店もまた昼ともなれば同様の賑わいを見せる。ジェイルタウンの住人は夜型人間が大半を占める為、昼を少し過ぎた時間に起床するものが多い。

 ランチタイムはディナーよりもメニューが少しだけ安価である為、腹を空かせた極悪人共が食事を取りにやって来る。しかも、今日は一年でも稀に見る大入り。ジェイルタウンの住人がほぼ雁首そろえて集まっていた。この地球上でここまで正義と秩序の二文字が欠如した場所も珍しい。見れば見るほど、世紀末だった。

 昼前に虎皇会の送迎リムジンでエデンからジェイルタウンへ戻ったデュランは、涙目のウィリアムに捕まるや否やすぐさま厨房へと押し込まれ、かれこれ三時間近く調理の手を止められずにいた。

「うおっ、なんだこりゃスゲェな。今日はやけに忙しいと思ったらこういうことかよ」

 オーダーのラッシュが一旦止まったのを見計らって厨房から出て来たデュランは、外の光景を見て唖然とした。

「いやー、僕もびっくりしたよ。シリアルキラーのチョップマンやテロリストのムハマンドまでいるんだよ? 注文で呼ばれる度に生きた心地がしないよ」

 普段なら滅多に店に来ないような珍しい顔ぶれもちらほら見られた。そんな連中がわざわざ足を運んだ理由はただ一つ。

「いらっしゃいませ。何名様ですか? こちらのお席へどうぞ」

 無表情で淡々と接客をする少女の一挙一動に合わせて口笛と歓声が上がる。アイドルのコンサートさながらの盛り上がりぶりだ。

「あいつら、ここを何の店だと思ってやがるんだ」

「まぁまぁ。暴動や乱闘が無いだけ良いじゃない」

 普段なら死人が出ても何ら不思議ではない人数が集結しているにも関わらず、未だ流血騒ぎすら起こっていないのは奇跡に近い。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 香龍飯店の新顔。噂のアイラを一目見ようと昼の開店から既に大賑わいだ。

「ったく、ここはマディソンスクエアガーデンじゃねぇんだぞ」

 客は皆、アイラに夢中でしばらく注文は入りそうにない。そう判断したデュランは煙草を取り出し、おもむろに咥える。オイルライターを着火させて煙草を近づけようとした瞬間、隣から吹きかけられた甘い香りの息でライターの火は消えてしまった。

「たまには禁煙したらどうだい? デュラン」

 いつの間にか隣にはイルミナが立っていた。彼女の神出鬼没ぶりはいつものことなので今更デュランもウィリアムも驚きはしなかった。

「ほっとけ。こちとら、もう半日近くも禁煙してんだよ。そろそろ死んじゃうぞコラ」

「あれ? 珍しいですね。イルミナさんがお昼に来るなんて」

 むさ苦しい男連中の中に妖しく咲き誇る一輪の花、イルミナの存在に気付いたウィリアムはすぐさま駆け寄る。彼が言うように、普段イルミナは滅多に日中は出てこない。こうして彼女がランチ時に店へ顔を出すことはかなり稀なことである。

「ちょっと気になって様子を見に来たのさ。あの子、上手くやってるみたいだね」

 イルミナはアイラの方へ目をやる。

「そうなんですよ。あの子、覚えるのも早いし要領も良い。何より賢いですよ。お金の計算なんかも早いですしね。多分、ここの連中よりは数倍頭が良いと思いますよ。欲を言えば、可愛らしいスマイルの一つでも出来ればすぐにでもCAAに売り込みに行きますよ」

「ふうん。でも、店主の方は納得されていないようじゃないか。何か御不満かな?」

 デュランは険しい表情でアイラの様子を見ていた。

「ひょっとして、今朝のドタバタで面倒みるのが嫌になっちゃったの? でも、あれはさ――」

「んなことはわかってんだよ。ああ、わかってるさ」

 アイラの今朝の行動はみんな自分たちの為に行ったことだとデュランもウィリアムも理解していた。

 朝食を作ろうとしたのも二人に食べてもらいたかったからで、パンをちゃんと三人分用意していたのがその証拠だ。少しでも食卓の見栄えを良くする為に萎れていた花の水を取り換えようとしたのもちゃんと知っていた。

 少女の行動の全てが純粋な善意。それは、この街のどこを探しても決して見つからない尊いもの。そして、シャボン玉のように無垢で儚いもの。しかしそれは、この街に染まるにつれて汚れ、弾けて、消えてしまうかもしれない。デュランには、そんな気がしてならなかった。

 心の中にあった形容し難いわだかまりが決意に変わったのは、虎皇会の事務所で氷室から聞いた謎の連続子供変死事件。このアイラは、間違いなくこの件に関係していると直感的に理解出来た。

 デュランは火のついていない煙草を地面に吐き捨てて言った。

「やっぱりあいつはここにいるべきじゃねぇよ。ここは環境が悪過ぎる。あいつはもっと陽があたる場所で普通の生活をした方が良いに決まってる」

 どこか遠い目をして語るデュランを、ウィリアムとイルミナは驚いたように見つめた。

「んだよ、何見てやがる」

「いや、何ていうかさ……」

「キミにしては随分似合わないことを言うなと思ってね」

 空いたテーブルを黙々と拭き、食器を片づけるアイラ。彼女に近づく不審な二人組がいた。連続強姦殺人犯のニコルと食人鬼のリチャードだ。彼らは下賎な笑みを浮かべながらゆっくりと背後からアイラに忍び寄り、小さな肩へ触れようと手を伸ばした。直後、デュランはまだ食べている最中の客から箸を一本ふんだくると、ものすごい速さでブン投げた。

 高速で放たれた木製の箸はニコルの頬を掠めた。そのまま勢いを殺さずに向かいのコンクリートの壁に突き刺さり、箸はようやく止まった。ニコルの頬はナイフで斬られたようにパックリと裂け、鮮血が伝った。

「よー、悪ぃな。手がすべったわ」

 金色に光る瞳が雄弁に語る。「それに触れたら殺す」と。

 デュランの殺気に戦慄したニコルとリチャードは早々に退散していった。ここはジェイルタウン。あの二人のように性根が腐った連中は、文字通り腐るほどいる。

「なら、孤児院にでも預けてみたらどうだい? 君が育ったあの場所にさ。ここよりは一兆倍はマシだろう?」

 イルミナはそう言うと、デュランの方を見て微笑んだ。

「……お前、本当に何でも知ってやがんだな」

「ふふん、伊達に《街の物知りお姉さん》はやってないのさ」

 デュランは早々に閉店の看板を出すと客を全部追い払い、アイラとウィリアムに出掛ける準備をさせた。

 向かう先はジェイルタウンとエデンの境にあるセントライミ教会。デュラン・フローズヴィトニルが育った第二の故郷だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...