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児童誘拐殺人事件 篇
神と悪魔とドーナッツ②
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見渡す限り派手なピンクが目に入る。内装の壁紙から店員。更には、来店した女性客に至るまで。それはまるで遊園地や夢の国。あるいは、ドラッグ漬けになった人間が見るハイな幻覚。いずれにせよ、俗世とは中途半端に隔離された環境にいた聖騎士のアシュリーにとって、眼前に広がるケミカルかつ異次元的な光景は非常に斬新過ぎるものであった。
店内のイートインスペースは、すっかりカップルや若い女性でいっぱいになっていた。各々が身体に悪そうな色をした食べ物や飲み物のカップを手に、楽しそうに談笑したりスマートフォン片手に写真を撮ったりしている。笑顔や笑い声が溢れる素敵で可愛い空間。しかし一度正面に視線を戻すと、不気味で無愛想な男がコーヒー片手に現代アートさながらの派手な着色が施されたドーナッツを黙々と食べている。見れば見るほど世紀末だった。
「ドーナッツは良い。手軽にエネルギーを摂取出来るし、片手で食えるから場所も選ばん。それに、安価だから緊急時に捨てるのに躊躇しなくて済む。お前も派遣とは言え仮にも刑事の仕事に従事するなら覚えておけ。ドーナッツの持つポテンシャルとその有能性を」
真顔でどんな講釈を垂れているのかと思ったアシュリーだが、実際にアメリカの警官の間ではこのスタイルは割と常識とされている。ステレオタイプの警官のイメージではあるが、それが定着するには相応の理由があるものだ。氷室がそのセオリーに則っているかどうかは不明ではあるが、氷室は無表情のまま三つ目のドーナッツにかぶりついた。
「うん。この新作のドーナッツは美味いな。昼と夜の分もテイクアウトしていくか」
「えっ、もしかして今日は三食ドーナッツで済ませるつもりですか!?」
「〝今日は〟じゃない。〝今日も〟だ」
「えぇっ!? いつもドーナッツしか食べてないんですか!? ダメですよそれじゃ。栄養偏りまくりじゃないですか。身体壊しちゃいますって」
「その他の栄養素は全部サプリで補っている。体調の管理は問題ない」
ドーナッツを食べ終えた氷室はそう言うと、コートの内ポケットから次々とサプリのボトルを取り出してそれらを大雑把にボトルから直に口に入れるとスナック菓子のように小気味良い音を立てて咀嚼し、すっかり冷めたブラックコーヒーで流し込んだ。
「いやいや、問題だらけですよ! 食は生活の要なんですから。そんな食生活は許せません! ランチは私がご馳走しますから、一緒に食べに行きましょう」
「大きなお世話だ。私生活まで関与される筋合いは無い」
「そうは行きません。私はあなたのバディである以上、あなたに何かあっては私の仕事にも支障が出ます。体調管理も立派な仕事です。そして、体調の基本は食にあります。油と砂糖の塊とサプリメントだけだなんて、ただでさえそんな危ない武器使っているんですからいつかホントに倒れちゃいますよ。それに、サプリでは補えない栄養素もあるんですから私と組んでいる以上、今後の食生活は改めて頂きます——って、な、なんですか人の顔をじっと見つめて……」
「いや、ただ、少し懐かしくなってな」
アシュリーは気付いていた。氷室の目は実際には自分を見ているわけではない。自分を介して、記憶の幻影を重ねて見ているのだと。
「署長が仰っていた、妹さんのことですか?」
「フッ、さてね。ただ、俺にドーナッツの食べ過ぎを注意してきた奴はお前が二人目だ」
仏頂面の氷室が、僅かに笑ったように見えた。ただ、その笑顔はどこか寂しげで今にも消え入りそうなほど儚いものにも見えた。
「氷室さん……」
「っと、俺としたことが長居し過ぎたな。そろそろ行くぞ」
「あの、行くって何処へ?」
「聞き込みだ。刑事の仕事の基本中の基本だから、よく見ておけ。幾つか今回の事件で目星を付けてある。ここからそこまで遠くないから、順調に行けば昼までには終わる」
〝昼までには〟とそれとなく強調した彼の言葉。不器用ながらも多少なりとも歩み寄ろうとしてくれているということを、アシュリーは氷室の態度から感じた。
「それじゃあ、さっさと終わらせてランチに行きましょう! 美味しい中華料理屋さん知ってるんですよ」
氷室の三歩後ろを歩き、二人はカラフルな店を後にした。
店内のイートインスペースは、すっかりカップルや若い女性でいっぱいになっていた。各々が身体に悪そうな色をした食べ物や飲み物のカップを手に、楽しそうに談笑したりスマートフォン片手に写真を撮ったりしている。笑顔や笑い声が溢れる素敵で可愛い空間。しかし一度正面に視線を戻すと、不気味で無愛想な男がコーヒー片手に現代アートさながらの派手な着色が施されたドーナッツを黙々と食べている。見れば見るほど世紀末だった。
「ドーナッツは良い。手軽にエネルギーを摂取出来るし、片手で食えるから場所も選ばん。それに、安価だから緊急時に捨てるのに躊躇しなくて済む。お前も派遣とは言え仮にも刑事の仕事に従事するなら覚えておけ。ドーナッツの持つポテンシャルとその有能性を」
真顔でどんな講釈を垂れているのかと思ったアシュリーだが、実際にアメリカの警官の間ではこのスタイルは割と常識とされている。ステレオタイプの警官のイメージではあるが、それが定着するには相応の理由があるものだ。氷室がそのセオリーに則っているかどうかは不明ではあるが、氷室は無表情のまま三つ目のドーナッツにかぶりついた。
「うん。この新作のドーナッツは美味いな。昼と夜の分もテイクアウトしていくか」
「えっ、もしかして今日は三食ドーナッツで済ませるつもりですか!?」
「〝今日は〟じゃない。〝今日も〟だ」
「えぇっ!? いつもドーナッツしか食べてないんですか!? ダメですよそれじゃ。栄養偏りまくりじゃないですか。身体壊しちゃいますって」
「その他の栄養素は全部サプリで補っている。体調の管理は問題ない」
ドーナッツを食べ終えた氷室はそう言うと、コートの内ポケットから次々とサプリのボトルを取り出してそれらを大雑把にボトルから直に口に入れるとスナック菓子のように小気味良い音を立てて咀嚼し、すっかり冷めたブラックコーヒーで流し込んだ。
「いやいや、問題だらけですよ! 食は生活の要なんですから。そんな食生活は許せません! ランチは私がご馳走しますから、一緒に食べに行きましょう」
「大きなお世話だ。私生活まで関与される筋合いは無い」
「そうは行きません。私はあなたのバディである以上、あなたに何かあっては私の仕事にも支障が出ます。体調管理も立派な仕事です。そして、体調の基本は食にあります。油と砂糖の塊とサプリメントだけだなんて、ただでさえそんな危ない武器使っているんですからいつかホントに倒れちゃいますよ。それに、サプリでは補えない栄養素もあるんですから私と組んでいる以上、今後の食生活は改めて頂きます——って、な、なんですか人の顔をじっと見つめて……」
「いや、ただ、少し懐かしくなってな」
アシュリーは気付いていた。氷室の目は実際には自分を見ているわけではない。自分を介して、記憶の幻影を重ねて見ているのだと。
「署長が仰っていた、妹さんのことですか?」
「フッ、さてね。ただ、俺にドーナッツの食べ過ぎを注意してきた奴はお前が二人目だ」
仏頂面の氷室が、僅かに笑ったように見えた。ただ、その笑顔はどこか寂しげで今にも消え入りそうなほど儚いものにも見えた。
「氷室さん……」
「っと、俺としたことが長居し過ぎたな。そろそろ行くぞ」
「あの、行くって何処へ?」
「聞き込みだ。刑事の仕事の基本中の基本だから、よく見ておけ。幾つか今回の事件で目星を付けてある。ここからそこまで遠くないから、順調に行けば昼までには終わる」
〝昼までには〟とそれとなく強調した彼の言葉。不器用ながらも多少なりとも歩み寄ろうとしてくれているということを、アシュリーは氷室の態度から感じた。
「それじゃあ、さっさと終わらせてランチに行きましょう! 美味しい中華料理屋さん知ってるんですよ」
氷室の三歩後ろを歩き、二人はカラフルな店を後にした。
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