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児童誘拐殺人事件 篇
エデン・オブ・エデンズ④
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ミケーネファミリーとはナポリに本拠地を構えるイタリアンマフィアであり、カモッラと呼ばれる組織から分かれた一派である。
ファミリーを束ねる首魁ドン・ミケーネことミケーネ・グレゴリーは、半年前よりこのエデンへやって来た。もちろんエデン署でもいち早くその情報を得ており、ミケーネの行動や身辺を徹底的にマークしていた。最も危惧されていたのは、女帝メイファンとの接触。国際的な犯罪組織の頭目同士がテーブルを囲み、仲良く歓談して終わるなんてことはあるはずもない。
ミケーネは本国イタリアでは〝人さらい(ハンニバル)〟の異名で恐れられており、カタギのみならず同業者からも頭のネジがブッ飛んだイカれた男と忌み嫌われていた。
カルタゴの英雄ハンニバル・バルカがその名の由来とされ、イタリアではブギーマン、日本で言うところの〝なまはげ〟に相当する意味合いを持つ。言うことを聞かない悪童らに対して「ハンニバルに連れて行かれるよ」と躾に用いる言葉なのだが、ミケーネはこれを地で行く正真正銘の狂人なのだ。
児童誘拐、未成年に対する猥褻暴行。その名の通り人身売買や売春斡旋、ポルノフィルムの販売でのし上がってきた下衆と呼ぶに相応しい最低最悪な男。彼の悪名と異常性が裏社会に轟くキッカケとなった事件がある。
かつて敵対していた同じイタリアンマフィア、コーサ・ノストラの幹部が、酒場で彼の部下を酔った勢いで撃ち殺したことから始まった。
敵の幹部はその場で逮捕されたが、組織が雇った優秀な弁護士の働きによって執行猶予付きの実刑判決となった。しかし、ミケーネはそれを決して許さなかった。彼は報復を自分の手で行なうことを決意。あろうことか、幹部本人ではなく彼の娘に対して制裁を加えたのだ。そしてそれは、幹部の誕生日の夜に決行された。
夜の十時を過ぎてもミドルスクールから戻らぬ娘の捜索願いが出されてすぐ、幹部宅に届けられたバースデーカードと血の付着した小包み。その中にはリボンで飾り付けられた一本のビデオテープ。警察の立ち会いの元で再生すると、そこにはミケーネファミリーの顧客である異常者どもの奴隷となっていた憐れな娘の姿が収められていた。パパと泣き叫ぶ幼い娘とケダモノの喘ぎ声をBGMに、ロウソクが一本だけ刺さったケーキの前で楽しげにハッピーバースデーを歌うミケーネの姿。ロウソクの火を消したタイミングで響く銃声。テープはそこで終わっていた。
翌朝、ヴォルトゥルノ川に浮かぶ女児の死体が発見された。犯行の一部始終を収めた証拠映像が警察の手元にあったので、身元の特定に時間は掛からなかった。その後、父親である幹部も自宅で頭を銃で撃ち抜き自殺を図るという大惨事を作り上げたのだ。
その日のうちに逮捕されたミケーネは取調室にて、刑事に対してこう証言している。
『俺は映画監督だ。最高の演出を考え、女優を引き立て、クライマックスで一気に作品を盛り上げる。観客も目が離せなかったはずだ。アカデミー賞総ナメの最高傑作さ。きっと涙を流して食い入るように観てくれたことだろうよ』
あまりにも常軌を逸脱したミケーネの言動にすぐさま精神鑑定が行われた。裁判は当初、重度の精神疾患による責任能力の有無に焦点を当てて行われる予定であった。しかしその後、実行犯を名乗る複数名のグループが自首してきたことによってミケーネは自殺した幹部と同じく執行猶予付きの実刑判決が下る結果となる。それが偶然か計算かは、ミケーネ本人以外に知るものはいない。
そんな狂人ミケーネだったが、近頃は人身売買よりも利回りの良いドラッグ類を中心に商うようになり、コロンビアやブラジルといった南米辺りでコーヒーやカカオ豆農園を隠れ蓑にしてMDMAやコカインを売り捌いていると専らの噂だ。
ミケーネがこの街にやってくる狙いとは何か。真っ先に疑われたのが、ディアブロ・カルテルがかつて築いていた麻薬市場の再興。それにはまず、現支配者の虎皇会との接触が不可欠だと警察は睨んでいた。ミケーネとメイファンの会合の現場に踏み込めれば、上手くいけば犯罪組織二大勢力をまとめて検挙出来る。虎皇会に至っては、メイファンの祖父であり虎皇会総本部の頂点に君臨している大頭目ワンフーの身柄を挙げることに繋がる可能性が現実味を帯びる。この機会を逃す手はないとエデンのみならず、ヨーロッパやアジア諸国の警察機関の間での緊張は最高潮にまで高まっていた。
しかし、そんな警察らの思惑と警戒とは裏腹にミケーネがメイファンに接触する素振りは一切無かった。寧ろ、まるで虎皇会を避けるような動きを見せている為、エデン署の捜査一課内にも動揺が見られていたほどだ。泳がせれば泳がせるほど、目的が一向に見えてこない。狂人の気まぐれか、はたまた策略か。どちらにせよ、有力な手掛かりには違いない。氷室はすぐさま捜査一課に連絡し、ジョージア埠頭周辺の監視カメラの映像をすぐに確認するよう指示を出した。
これまで目立った動きも無く警察も迂闊にミケーネへ手を出せなかったが、ホランドの証言により捜査に進展の兆しが見えた。カメラの映像次第では、身元不明児童連続殺人事件の容疑者として身柄を拘束出来る。そしてもし、ミケーネがレーヴァテインと何らかの関係があるのであれば有益な情報を保持している可能性が極めて高い。
「ミケーネの情報についてまた何か仕入れたらすぐに知らせろ。それと、念のためにターバン野郎と十字架の坊さんなんかの宗教オタクたちの情報は捜査一課のトニーという男に伝えておけ。これがそいつの連絡先だ」
氷室はそう言うと、メモを書き記してホランドへと渡した。
「もしガセネタなんか掴ませやがったら、たっぷりと親孝行させてやるから楽しみにしてろ」
煙草を取り出して火を付けた氷室は、それだけ伝えるとアシュリーと共にテオドールを後にした。
ファミリーを束ねる首魁ドン・ミケーネことミケーネ・グレゴリーは、半年前よりこのエデンへやって来た。もちろんエデン署でもいち早くその情報を得ており、ミケーネの行動や身辺を徹底的にマークしていた。最も危惧されていたのは、女帝メイファンとの接触。国際的な犯罪組織の頭目同士がテーブルを囲み、仲良く歓談して終わるなんてことはあるはずもない。
ミケーネは本国イタリアでは〝人さらい(ハンニバル)〟の異名で恐れられており、カタギのみならず同業者からも頭のネジがブッ飛んだイカれた男と忌み嫌われていた。
カルタゴの英雄ハンニバル・バルカがその名の由来とされ、イタリアではブギーマン、日本で言うところの〝なまはげ〟に相当する意味合いを持つ。言うことを聞かない悪童らに対して「ハンニバルに連れて行かれるよ」と躾に用いる言葉なのだが、ミケーネはこれを地で行く正真正銘の狂人なのだ。
児童誘拐、未成年に対する猥褻暴行。その名の通り人身売買や売春斡旋、ポルノフィルムの販売でのし上がってきた下衆と呼ぶに相応しい最低最悪な男。彼の悪名と異常性が裏社会に轟くキッカケとなった事件がある。
かつて敵対していた同じイタリアンマフィア、コーサ・ノストラの幹部が、酒場で彼の部下を酔った勢いで撃ち殺したことから始まった。
敵の幹部はその場で逮捕されたが、組織が雇った優秀な弁護士の働きによって執行猶予付きの実刑判決となった。しかし、ミケーネはそれを決して許さなかった。彼は報復を自分の手で行なうことを決意。あろうことか、幹部本人ではなく彼の娘に対して制裁を加えたのだ。そしてそれは、幹部の誕生日の夜に決行された。
夜の十時を過ぎてもミドルスクールから戻らぬ娘の捜索願いが出されてすぐ、幹部宅に届けられたバースデーカードと血の付着した小包み。その中にはリボンで飾り付けられた一本のビデオテープ。警察の立ち会いの元で再生すると、そこにはミケーネファミリーの顧客である異常者どもの奴隷となっていた憐れな娘の姿が収められていた。パパと泣き叫ぶ幼い娘とケダモノの喘ぎ声をBGMに、ロウソクが一本だけ刺さったケーキの前で楽しげにハッピーバースデーを歌うミケーネの姿。ロウソクの火を消したタイミングで響く銃声。テープはそこで終わっていた。
翌朝、ヴォルトゥルノ川に浮かぶ女児の死体が発見された。犯行の一部始終を収めた証拠映像が警察の手元にあったので、身元の特定に時間は掛からなかった。その後、父親である幹部も自宅で頭を銃で撃ち抜き自殺を図るという大惨事を作り上げたのだ。
その日のうちに逮捕されたミケーネは取調室にて、刑事に対してこう証言している。
『俺は映画監督だ。最高の演出を考え、女優を引き立て、クライマックスで一気に作品を盛り上げる。観客も目が離せなかったはずだ。アカデミー賞総ナメの最高傑作さ。きっと涙を流して食い入るように観てくれたことだろうよ』
あまりにも常軌を逸脱したミケーネの言動にすぐさま精神鑑定が行われた。裁判は当初、重度の精神疾患による責任能力の有無に焦点を当てて行われる予定であった。しかしその後、実行犯を名乗る複数名のグループが自首してきたことによってミケーネは自殺した幹部と同じく執行猶予付きの実刑判決が下る結果となる。それが偶然か計算かは、ミケーネ本人以外に知るものはいない。
そんな狂人ミケーネだったが、近頃は人身売買よりも利回りの良いドラッグ類を中心に商うようになり、コロンビアやブラジルといった南米辺りでコーヒーやカカオ豆農園を隠れ蓑にしてMDMAやコカインを売り捌いていると専らの噂だ。
ミケーネがこの街にやってくる狙いとは何か。真っ先に疑われたのが、ディアブロ・カルテルがかつて築いていた麻薬市場の再興。それにはまず、現支配者の虎皇会との接触が不可欠だと警察は睨んでいた。ミケーネとメイファンの会合の現場に踏み込めれば、上手くいけば犯罪組織二大勢力をまとめて検挙出来る。虎皇会に至っては、メイファンの祖父であり虎皇会総本部の頂点に君臨している大頭目ワンフーの身柄を挙げることに繋がる可能性が現実味を帯びる。この機会を逃す手はないとエデンのみならず、ヨーロッパやアジア諸国の警察機関の間での緊張は最高潮にまで高まっていた。
しかし、そんな警察らの思惑と警戒とは裏腹にミケーネがメイファンに接触する素振りは一切無かった。寧ろ、まるで虎皇会を避けるような動きを見せている為、エデン署の捜査一課内にも動揺が見られていたほどだ。泳がせれば泳がせるほど、目的が一向に見えてこない。狂人の気まぐれか、はたまた策略か。どちらにせよ、有力な手掛かりには違いない。氷室はすぐさま捜査一課に連絡し、ジョージア埠頭周辺の監視カメラの映像をすぐに確認するよう指示を出した。
これまで目立った動きも無く警察も迂闊にミケーネへ手を出せなかったが、ホランドの証言により捜査に進展の兆しが見えた。カメラの映像次第では、身元不明児童連続殺人事件の容疑者として身柄を拘束出来る。そしてもし、ミケーネがレーヴァテインと何らかの関係があるのであれば有益な情報を保持している可能性が極めて高い。
「ミケーネの情報についてまた何か仕入れたらすぐに知らせろ。それと、念のためにターバン野郎と十字架の坊さんなんかの宗教オタクたちの情報は捜査一課のトニーという男に伝えておけ。これがそいつの連絡先だ」
氷室はそう言うと、メモを書き記してホランドへと渡した。
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