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児童誘拐殺人事件 篇
暴力讃歌
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花嫁は己に対して敵意と狂気を向ける両雄をヴェール越しに見下ろし、こんなにも熱烈なアプローチを受けたのはいつぶりだっただろうかと追懐していた。
最も記憶に強く残っているのは遥か昔の神代の頃。館に訪れたヘルモーズがバルドルを蘇らせて欲しいと懇願してきた時。その次に覚えているのは今から数百年前。〝彼岸花〟と呼ばれ、長い刀身の聖剣を携えた女聖騎士にたった一撃で細切れにされた時。
いずれも共通しているのは強い信念が篭った視線。ヘルは自身に向けられる視線を何よりも好む。深く暗い冥界に君臨している神であるにも拘らず、視線を独占することに何よりも喜びを感じる自己愛性の権化でもある。
俗的な言い方をするなら、魔神たちの中で最も〝見られたがり〟なのだ。故に、魔術に明るくない者の術式であっても呼び出すことが出来てしまう。しかし、呼び出し易さと従え易さはまるで違う。見た目通り腐っても冥界の神。気位の高さや傲慢さを含め神格はトップクラス。彼女を従えた者は長きレーヴァテインの歴史の中でも片手で数えられる程度だと言われている。
こんなに美しいのだから見られて当然。畏怖、畏敬、憎悪、殺意。どんな視線でも構わない。その結果、自身に危害を加えようと不敬を働こうともその愚行すらも愛そう。汝ら罪なし。罪深きは汝らを惑わした妾の美貌。何故なら汝らは人であり、妾は神なのだから。
「グゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!」
醜女神が悪臭を撒き散らしながら不気味に笑う。牛と雌鳥と猿を数十匹ほど地の底へと落とし、生きたまま足元からミキサーにかけていくとこのような声になるだろうか。聞いているだけで精神がどうにかなってしまいそうな狂喜に満ち溢れた不協和音が辺りに響き渡る。
「うるせぇよドブス。取り敢えずその臭ぇ口を閉じろ」
突如眼前から話しかけられヘルは困惑した。先程まで足元にいたちっぽけな人間風情が何故自分と同じ高さまで頭を揃えているのか。その疑問に答えを導き出すよりも速く無数の冷たい煌めきがヘルの眼前を走る。
氷室が巨神の顔面へ斬り込めたカラクリは至ってシンプル。デュランの拳を発射台とし、上空まで飛び上がったのだ。デュランは意図してそうした訳ではない。単に近づいてきた輩の顎を無意識にカチ割ろうとしただけである。氷室はただ、発熱すら伴うほどの激しい怒りに理性を焼かれ、間合いに入る者を見境無しにブン殴る獣にまで成り下がったデュランを利用したに過ぎない。
氷室の放った無数の斬撃は薄汚れたヴェールごとヘルの顔面をズタズタに斬り裂く。しかし、氷室の攻撃はまだ終わらない。
「勝手に利用しておいてなんだが、片道切符とは随分迷惑な話だな。おかげで少々手荒な着地をせにゃならなくなった。文句や恨み言は下にいる俺を打ち上げた男に言ってくれ」
氷室はそう言うと、百鬼薙の刃を上向きにしたまま切っ先をヘルの喉元へと突き刺した。
ヘルの腐った身体は柔らかすぎる。刃を突き立てれば落下の速度をそのままに斬り裂いていき、地面へ強打はまず免れない。そこで氷室は切れ味の鋭い刃ではなく峰を下に向けて突き刺すことを選んだ。刀の峰でヘルの身体を多少の抵抗を柄越しに感じながら氷室は緩やかな速度で重力によって下へと降りていく。
「アギャァァァアアアアアア!!」
スパッと切断されるのではなく力任せに肉を引き剥がされているのだ。例え神であってもその苦痛は耐え難いのだということが叫び声からも伺い知れる。
ヘルの身体を引き裂きながら減速し、無事に着地した氷室は刀身にべっとりと付着した血肉や蛆を刀を振るって払い落とす。ヘルはと言えば、両手で顔を押さえて呻き声を上げながら蹲っていた。その仕草は顔の傷を庇っているというより素顔を晒すことを頑なに拒んでいるようにも見えた。氷室の攻撃によりヴェールはバラバラにされ、ドレスも縦に真っ二つにされてしまっていた。ヘルの喉から下腹部まではパックリと割れており、ドス黒い液体と蛆が絶えず流れ続けている。
「ほう、これだけ斬ってもまだ死なんとは。なら次は首を刎ねても生きていられるか試してやる」
首を垂れたまま顔を伏せて蹲るヘルに近づき百鬼薙を再び鞘から抜こうとした直後、氷室の背筋にぞくりと悪寒が走る。
「調子乗ってるとこ悪いんだが、今そいつを殺されたら困るんだよ」
ほぼ真後ろから耳元で何者かが囁く。
これほどの間合いにまで敵の侵入を許すなど思っても見なかった氷室は、ヘルに向けようとしていた斬撃を思わず背後にいると思しき何者かに向けて放った。しかし、刃が触れた感触は人のそれではなく、刃こぼれを危惧するほど硬く冷たい無機質のような感触であった。
「おいおい、危ねェだろ。なんの躊躇もなくいきなり首を狙ってくるとか殺す気満々じゃねぇか」
氷室の鋭い斬撃を右腕一本で防いだのは一人の男。黒い髪をオールバックにしており、黒いライダースジャケットとシルバーアクセサリーを身につけていた。身の丈は氷室より少しだけ高く、冷たい視線が真っ直ぐ氷室を見下ろしていた。
「まぁ、その方がわかりやすくていいがな。俺様的には大歓迎だ」
ニヤリと笑ったその男から感じる異質で異様な雰囲気は氷室の警戒心を大いに掻き立てる。
冥界の神と対面しても波立たなかった氷室の心がざわつく。それほどの脅威を突如現れたこの男から強く感じる。氷室よりも恐怖の色をより濃く表に出していたのはミケーネだった。
「な、なんでアンタがここに!?」
あの狂人が怯えている。その事実だけで、目の前の男が如何に危険であるかが窺えた。
「なんでって、神父からの命令だ。お前一人じゃ荷が重いだろうってよ。ったく、面倒かけんじゃねぇよ、殺すぞ」
男はミケーネから氷室に向き直ると、右手でガードしていた百鬼薙の刃を素手で掴んでみせた。
「んで、次は何を見せてくれんだ? サムライ野郎」
殺意の込められた男の眼光が氷室を射抜く。これに対し即座に斬撃で応えるかと思われたが、意外なことに氷室は掴まれた刀の柄を手放したのだ。
「刀を折られたらかなわん。すぐ取りに行くから大事に持ってろ」
「あ? なに言って——」
ゴキン、という重く鈍い音と共に氷室の前から男の姿が消えた。
「フシュウゥゥ……」
こめかみに位置する人体急所、霞に掌底を打ち込まれ吹っ飛ぶ謎の男。攻撃を放ったのは怒り狂ったデュラン。もちろん、氷室を助けたわけではない。無意識で近くにいた相手に攻撃しただけに過ぎない。
そして暴力の矛先は次に身近にいる人物へ狙いを定めていた。咄嗟の出来事とはいえ刀を手放してしまった氷室はため息を一つ吐くと、懐から煙草を取り出した。
「……一本吸うか?」
最も記憶に強く残っているのは遥か昔の神代の頃。館に訪れたヘルモーズがバルドルを蘇らせて欲しいと懇願してきた時。その次に覚えているのは今から数百年前。〝彼岸花〟と呼ばれ、長い刀身の聖剣を携えた女聖騎士にたった一撃で細切れにされた時。
いずれも共通しているのは強い信念が篭った視線。ヘルは自身に向けられる視線を何よりも好む。深く暗い冥界に君臨している神であるにも拘らず、視線を独占することに何よりも喜びを感じる自己愛性の権化でもある。
俗的な言い方をするなら、魔神たちの中で最も〝見られたがり〟なのだ。故に、魔術に明るくない者の術式であっても呼び出すことが出来てしまう。しかし、呼び出し易さと従え易さはまるで違う。見た目通り腐っても冥界の神。気位の高さや傲慢さを含め神格はトップクラス。彼女を従えた者は長きレーヴァテインの歴史の中でも片手で数えられる程度だと言われている。
こんなに美しいのだから見られて当然。畏怖、畏敬、憎悪、殺意。どんな視線でも構わない。その結果、自身に危害を加えようと不敬を働こうともその愚行すらも愛そう。汝ら罪なし。罪深きは汝らを惑わした妾の美貌。何故なら汝らは人であり、妾は神なのだから。
「グゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!」
醜女神が悪臭を撒き散らしながら不気味に笑う。牛と雌鳥と猿を数十匹ほど地の底へと落とし、生きたまま足元からミキサーにかけていくとこのような声になるだろうか。聞いているだけで精神がどうにかなってしまいそうな狂喜に満ち溢れた不協和音が辺りに響き渡る。
「うるせぇよドブス。取り敢えずその臭ぇ口を閉じろ」
突如眼前から話しかけられヘルは困惑した。先程まで足元にいたちっぽけな人間風情が何故自分と同じ高さまで頭を揃えているのか。その疑問に答えを導き出すよりも速く無数の冷たい煌めきがヘルの眼前を走る。
氷室が巨神の顔面へ斬り込めたカラクリは至ってシンプル。デュランの拳を発射台とし、上空まで飛び上がったのだ。デュランは意図してそうした訳ではない。単に近づいてきた輩の顎を無意識にカチ割ろうとしただけである。氷室はただ、発熱すら伴うほどの激しい怒りに理性を焼かれ、間合いに入る者を見境無しにブン殴る獣にまで成り下がったデュランを利用したに過ぎない。
氷室の放った無数の斬撃は薄汚れたヴェールごとヘルの顔面をズタズタに斬り裂く。しかし、氷室の攻撃はまだ終わらない。
「勝手に利用しておいてなんだが、片道切符とは随分迷惑な話だな。おかげで少々手荒な着地をせにゃならなくなった。文句や恨み言は下にいる俺を打ち上げた男に言ってくれ」
氷室はそう言うと、百鬼薙の刃を上向きにしたまま切っ先をヘルの喉元へと突き刺した。
ヘルの腐った身体は柔らかすぎる。刃を突き立てれば落下の速度をそのままに斬り裂いていき、地面へ強打はまず免れない。そこで氷室は切れ味の鋭い刃ではなく峰を下に向けて突き刺すことを選んだ。刀の峰でヘルの身体を多少の抵抗を柄越しに感じながら氷室は緩やかな速度で重力によって下へと降りていく。
「アギャァァァアアアアアア!!」
スパッと切断されるのではなく力任せに肉を引き剥がされているのだ。例え神であってもその苦痛は耐え難いのだということが叫び声からも伺い知れる。
ヘルの身体を引き裂きながら減速し、無事に着地した氷室は刀身にべっとりと付着した血肉や蛆を刀を振るって払い落とす。ヘルはと言えば、両手で顔を押さえて呻き声を上げながら蹲っていた。その仕草は顔の傷を庇っているというより素顔を晒すことを頑なに拒んでいるようにも見えた。氷室の攻撃によりヴェールはバラバラにされ、ドレスも縦に真っ二つにされてしまっていた。ヘルの喉から下腹部まではパックリと割れており、ドス黒い液体と蛆が絶えず流れ続けている。
「ほう、これだけ斬ってもまだ死なんとは。なら次は首を刎ねても生きていられるか試してやる」
首を垂れたまま顔を伏せて蹲るヘルに近づき百鬼薙を再び鞘から抜こうとした直後、氷室の背筋にぞくりと悪寒が走る。
「調子乗ってるとこ悪いんだが、今そいつを殺されたら困るんだよ」
ほぼ真後ろから耳元で何者かが囁く。
これほどの間合いにまで敵の侵入を許すなど思っても見なかった氷室は、ヘルに向けようとしていた斬撃を思わず背後にいると思しき何者かに向けて放った。しかし、刃が触れた感触は人のそれではなく、刃こぼれを危惧するほど硬く冷たい無機質のような感触であった。
「おいおい、危ねェだろ。なんの躊躇もなくいきなり首を狙ってくるとか殺す気満々じゃねぇか」
氷室の鋭い斬撃を右腕一本で防いだのは一人の男。黒い髪をオールバックにしており、黒いライダースジャケットとシルバーアクセサリーを身につけていた。身の丈は氷室より少しだけ高く、冷たい視線が真っ直ぐ氷室を見下ろしていた。
「まぁ、その方がわかりやすくていいがな。俺様的には大歓迎だ」
ニヤリと笑ったその男から感じる異質で異様な雰囲気は氷室の警戒心を大いに掻き立てる。
冥界の神と対面しても波立たなかった氷室の心がざわつく。それほどの脅威を突如現れたこの男から強く感じる。氷室よりも恐怖の色をより濃く表に出していたのはミケーネだった。
「な、なんでアンタがここに!?」
あの狂人が怯えている。その事実だけで、目の前の男が如何に危険であるかが窺えた。
「なんでって、神父からの命令だ。お前一人じゃ荷が重いだろうってよ。ったく、面倒かけんじゃねぇよ、殺すぞ」
男はミケーネから氷室に向き直ると、右手でガードしていた百鬼薙の刃を素手で掴んでみせた。
「んで、次は何を見せてくれんだ? サムライ野郎」
殺意の込められた男の眼光が氷室を射抜く。これに対し即座に斬撃で応えるかと思われたが、意外なことに氷室は掴まれた刀の柄を手放したのだ。
「刀を折られたらかなわん。すぐ取りに行くから大事に持ってろ」
「あ? なに言って——」
ゴキン、という重く鈍い音と共に氷室の前から男の姿が消えた。
「フシュウゥゥ……」
こめかみに位置する人体急所、霞に掌底を打ち込まれ吹っ飛ぶ謎の男。攻撃を放ったのは怒り狂ったデュラン。もちろん、氷室を助けたわけではない。無意識で近くにいた相手に攻撃しただけに過ぎない。
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