62 / 62
ディアブロ・カルテル 篇
新たな生活を告げる朝
しおりを挟む
朝の四時。起床を告げる目覚まし音が鳴り響く。但し今朝流れているのはいつものアナログ的な目覚まし時計のベルの音ではなく聞き慣れぬアラーム音。枕元に置いたスマートフォンからけたたましくリビング中に響き渡る。
「うおっ、なんだもう朝かよ。いつもの音じゃねーからビビるだろうがチクショウ」
慌てて飛び起きたデュランはスマートフォンを掴み取りアラームの解除を試みる。
「スヌーズ? なんだそりゃ。いや、その前にロックの解除だったか? どうやりゃいいんだっけ? あぁクソっ! 全然止まらねーじゃねーか! だぁーめんどくせぇ! ブッ壊してやらぁ!」
思い通りにアラームを止めることが出来ず、しびれを切らしたデュランは壁に目掛けてスマートフォンをブン投げた。
「うぉぉぉい!? 昨日買ったばっかなのに何してんのさ!!」
タイミング良く起きて来たウィリアムが壁にぶつかる寸前でデュランのスマートフォンを見事に掴んだ。千ドル以上の品をたった一日で破壊されては堪ったものではない。パジャマのままで起き抜けにダイビングキャッチをやるハメになるとは夢にも思わなかったウィリアムは立ち上がるとアラームを解除してデュランに返す。
「勘弁してくれよデュラン。通話とアラームの操作だけ覚えてくれればいいから壊さないでよね。それと、アイラはまたここで寝てるの?」
頭をポリポリと掻きながらウィリアムはデュランの腹の上に目をやる。そこには今し方の騒ぎでも目覚めることなく可愛らしい寝息を立てているアイラがいた。
「毎朝気付いたら俺の上で寝てやがるんだよ。これじゃあ寝室を譲ってやった意味がねーぜ」
「ふむ……確かにそれは困ったね。そうかそうか、なるほど。まずはそこから変えていく必要があるか」
ウィリアムは顎に手を当て、一人でぶつぶつと呟きながらあれこれ思案を巡らせている。デュランは知っていた。コイツがこういう仕草をする時、決まって面倒な提案をしてくるということを。そしてそれはいくら反対したとしても理論武装でこちらの反論を悉く退けてくるということも。あまつさえ、口先だけでなくきちんと順序立てて計画通り遂行するということも。
「お、おい。今度はなに企んでやがるんだウィリアム」
デュランの問いは耳に入っていないようで、ウィリアムからの返事はない。しばらく一人で考えた末、顔を上げたウィリアムはデュランの目を見てこう答えた。
「よし決めた。この家を建て直そう」
ウィリアムの意見はこうだ。
元々誰が住んでいたかわからぬ空き家だったここは、デュラン一人だった頃は問題ない広さだったがそこにウィリアムが転がり込んだことで手狭になり、更に年頃の女の子が加わったということも考慮するとプライバシーの観点からもアイラ専用の部屋を作る必要がある。また、外壁にも無数のクラックやコーキングの劣化が顕著に見られる為、時期的にも足場をかけて外壁や屋根の補修を行なう必要がある。で、あるならば増改築を行なうよりいっそ上物を全て取り壊して一から設計、建て直しをした方が良いと言う。
「お前の意見は尤もだがよ。そんな大金あるわけねーだろ。それに空き家ならこのジェイルタウンにゃ腐るほどあるだろうが。手狭なら住まいだけ近場に引っ越しゃいいじゃねーか」
「なにいってんのさ。アイラの為にも綺麗な新築にして可愛い子供部屋を用意してあげなきゃ可哀想だよ。それに一階の店舗も弾痕だらけだし設備も古いしこれを機に全部新しくした方が良いって。それに僕が経理やってるんだよ? お金に関してはノープロブレム。問題があるとしたらジェイルタウンまで建設業者を招き入れる手筈くらいかな。でもその点は虎皇会の息がかかったエデンの建設業者を使えば解決すると思うんだよ」
「ここを取り壊したとして、その間俺たちは何処に住むんだよ。それに店がしばらく開けれねーなら収入源が無いじゃねぇか」
「竣工までの間はエデンに仮住まいを探すよ。そんで、それまでの繋ぎの仕事としてキッチンカーでの移動販売をやろうと思うんだ。この間の事件でエデンには復興事業で工事関係の業者が他所からも多く集まっているはずだから、サンドイッチや屋台で食べられているメニューは飛ぶように売れるはずだよ。もしくはメイファンさんの持ってるレストランで臨時で働かせてもらう手もあるけど、それはイヤでしょ?」
「わかってんなら聞くなよ。それだけは死んでもお断りだ」
「じゃあそれ以外ならOKってコトだよね」
これがウィリアムの話術である。
メイファンの店で働くことを死ぬほど嫌がっているデュランの心理を逆手に取り、エデンへの仮住まいを通したのだ。そもそもデュランはエデンという街自体を嫌っているため、この提案に関しては滅多なことでは首を縦に振らないことは分かり切っていた。そこで敢えてメイファンへ借りを作る案をぶら下げて不満をそこにだけ集中させたのだ。
実際のところ、デュラン自身も「それならまだ幾分かマシか」という心境になっている。しばらく経ってから、またしても口車に乗せられたと気付くのだが時既に遅し。更に言えば〝男に二言無し〟を信条としているデュランの性格上、一度認めたことを覆すというのは恥ずかしくて出来るはずもない。事実上、ウィリアムの提案は可決したに等しいというわけだ。
ウィリアムは交渉の順序や相手の性格を加味して言葉を紡ぐ。加えて、英語以外にもイタリア語、ドイツ語、フランス語、中国語など様々な国の語学も堪能である為、メイファンの依頼で何度か虎皇会と別組織の取引の場でネゴシエーターを務めたこともあるほど弁が立つ。単細胞なデュランを言い包めることなど造作もない。ウィリアムにもお手上げな相手がいるとすれば話すらまともに出来ない程にイカれた奴か、対話が不可能な動物や災害くらいのものだ。
「というわけで、今日からしばらく店は休業ね。朝食を済ませたら僕は早速エデンのハウスメーカーや不動産屋を回ってくるよ。一応メイファンさんのとこにも挨拶ついでに事情を説明してくるから、留守番はよろしくね」
ウィリアムはそう言うと食パンに苺ジャムとピーナッツバターをアホほど塗りたくった、所謂ピーナッツバター&ジェリーサンドイッチをオレンジジュースで流し込み、高級ブランド、イード&レイヴェンスクロフトで仕立てたというオーダーメイドスーツとネクタイで身支度を整えてそそくさと出掛けていった。
そんな忙しないウィリアムの様子をソファーで見ていたデュランはスマートフォンの画面で時刻を確認する。もう間も無く五時。いつもなら店にて仕込みをしている時間ではあるが、急遽決まった臨時休業。そしてアイラはまだ夢の中。
「ったく、こんな朝っぱらからやってる不動産屋なんてあるわけねぇだろうが。しゃーねぇ……寝るか」
特にやることもなくなったデュランはアイラを腹の上に乗せたまま久方振りの二度寝を満喫したのだった。
「うおっ、なんだもう朝かよ。いつもの音じゃねーからビビるだろうがチクショウ」
慌てて飛び起きたデュランはスマートフォンを掴み取りアラームの解除を試みる。
「スヌーズ? なんだそりゃ。いや、その前にロックの解除だったか? どうやりゃいいんだっけ? あぁクソっ! 全然止まらねーじゃねーか! だぁーめんどくせぇ! ブッ壊してやらぁ!」
思い通りにアラームを止めることが出来ず、しびれを切らしたデュランは壁に目掛けてスマートフォンをブン投げた。
「うぉぉぉい!? 昨日買ったばっかなのに何してんのさ!!」
タイミング良く起きて来たウィリアムが壁にぶつかる寸前でデュランのスマートフォンを見事に掴んだ。千ドル以上の品をたった一日で破壊されては堪ったものではない。パジャマのままで起き抜けにダイビングキャッチをやるハメになるとは夢にも思わなかったウィリアムは立ち上がるとアラームを解除してデュランに返す。
「勘弁してくれよデュラン。通話とアラームの操作だけ覚えてくれればいいから壊さないでよね。それと、アイラはまたここで寝てるの?」
頭をポリポリと掻きながらウィリアムはデュランの腹の上に目をやる。そこには今し方の騒ぎでも目覚めることなく可愛らしい寝息を立てているアイラがいた。
「毎朝気付いたら俺の上で寝てやがるんだよ。これじゃあ寝室を譲ってやった意味がねーぜ」
「ふむ……確かにそれは困ったね。そうかそうか、なるほど。まずはそこから変えていく必要があるか」
ウィリアムは顎に手を当て、一人でぶつぶつと呟きながらあれこれ思案を巡らせている。デュランは知っていた。コイツがこういう仕草をする時、決まって面倒な提案をしてくるということを。そしてそれはいくら反対したとしても理論武装でこちらの反論を悉く退けてくるということも。あまつさえ、口先だけでなくきちんと順序立てて計画通り遂行するということも。
「お、おい。今度はなに企んでやがるんだウィリアム」
デュランの問いは耳に入っていないようで、ウィリアムからの返事はない。しばらく一人で考えた末、顔を上げたウィリアムはデュランの目を見てこう答えた。
「よし決めた。この家を建て直そう」
ウィリアムの意見はこうだ。
元々誰が住んでいたかわからぬ空き家だったここは、デュラン一人だった頃は問題ない広さだったがそこにウィリアムが転がり込んだことで手狭になり、更に年頃の女の子が加わったということも考慮するとプライバシーの観点からもアイラ専用の部屋を作る必要がある。また、外壁にも無数のクラックやコーキングの劣化が顕著に見られる為、時期的にも足場をかけて外壁や屋根の補修を行なう必要がある。で、あるならば増改築を行なうよりいっそ上物を全て取り壊して一から設計、建て直しをした方が良いと言う。
「お前の意見は尤もだがよ。そんな大金あるわけねーだろ。それに空き家ならこのジェイルタウンにゃ腐るほどあるだろうが。手狭なら住まいだけ近場に引っ越しゃいいじゃねーか」
「なにいってんのさ。アイラの為にも綺麗な新築にして可愛い子供部屋を用意してあげなきゃ可哀想だよ。それに一階の店舗も弾痕だらけだし設備も古いしこれを機に全部新しくした方が良いって。それに僕が経理やってるんだよ? お金に関してはノープロブレム。問題があるとしたらジェイルタウンまで建設業者を招き入れる手筈くらいかな。でもその点は虎皇会の息がかかったエデンの建設業者を使えば解決すると思うんだよ」
「ここを取り壊したとして、その間俺たちは何処に住むんだよ。それに店がしばらく開けれねーなら収入源が無いじゃねぇか」
「竣工までの間はエデンに仮住まいを探すよ。そんで、それまでの繋ぎの仕事としてキッチンカーでの移動販売をやろうと思うんだ。この間の事件でエデンには復興事業で工事関係の業者が他所からも多く集まっているはずだから、サンドイッチや屋台で食べられているメニューは飛ぶように売れるはずだよ。もしくはメイファンさんの持ってるレストランで臨時で働かせてもらう手もあるけど、それはイヤでしょ?」
「わかってんなら聞くなよ。それだけは死んでもお断りだ」
「じゃあそれ以外ならOKってコトだよね」
これがウィリアムの話術である。
メイファンの店で働くことを死ぬほど嫌がっているデュランの心理を逆手に取り、エデンへの仮住まいを通したのだ。そもそもデュランはエデンという街自体を嫌っているため、この提案に関しては滅多なことでは首を縦に振らないことは分かり切っていた。そこで敢えてメイファンへ借りを作る案をぶら下げて不満をそこにだけ集中させたのだ。
実際のところ、デュラン自身も「それならまだ幾分かマシか」という心境になっている。しばらく経ってから、またしても口車に乗せられたと気付くのだが時既に遅し。更に言えば〝男に二言無し〟を信条としているデュランの性格上、一度認めたことを覆すというのは恥ずかしくて出来るはずもない。事実上、ウィリアムの提案は可決したに等しいというわけだ。
ウィリアムは交渉の順序や相手の性格を加味して言葉を紡ぐ。加えて、英語以外にもイタリア語、ドイツ語、フランス語、中国語など様々な国の語学も堪能である為、メイファンの依頼で何度か虎皇会と別組織の取引の場でネゴシエーターを務めたこともあるほど弁が立つ。単細胞なデュランを言い包めることなど造作もない。ウィリアムにもお手上げな相手がいるとすれば話すらまともに出来ない程にイカれた奴か、対話が不可能な動物や災害くらいのものだ。
「というわけで、今日からしばらく店は休業ね。朝食を済ませたら僕は早速エデンのハウスメーカーや不動産屋を回ってくるよ。一応メイファンさんのとこにも挨拶ついでに事情を説明してくるから、留守番はよろしくね」
ウィリアムはそう言うと食パンに苺ジャムとピーナッツバターをアホほど塗りたくった、所謂ピーナッツバター&ジェリーサンドイッチをオレンジジュースで流し込み、高級ブランド、イード&レイヴェンスクロフトで仕立てたというオーダーメイドスーツとネクタイで身支度を整えてそそくさと出掛けていった。
そんな忙しないウィリアムの様子をソファーで見ていたデュランはスマートフォンの画面で時刻を確認する。もう間も無く五時。いつもなら店にて仕込みをしている時間ではあるが、急遽決まった臨時休業。そしてアイラはまだ夢の中。
「ったく、こんな朝っぱらからやってる不動産屋なんてあるわけねぇだろうが。しゃーねぇ……寝るか」
特にやることもなくなったデュランはアイラを腹の上に乗せたまま久方振りの二度寝を満喫したのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる