異能力と妖と短編集

彩茸

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中編『狩人と護人』

七話

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―――それから三日後のことである。
黄昏時、静かな湖畔に、人が斬り付けられる音が響いた。

「っ・・・!」

 血を吹き出し、ふらりと倒れそうになる人影。だがその目は爛々と目の前の標的を
 捕らえていた。

「ばけ、もの・・・」

 血に染まった刀を持った人物が、斬った相手を見て恐怖に顔を歪ませる。
 その目に映っていたのは・・・狂気的な笑みを浮かべる、静也だった。

「あははっ」

 静也は笑う。目の前にいる修哉を、獲物を狩るような眼で見つめる。
 その隣には、血塗れでぐったりとしている晴樹が居た。

「あーあ、地雷踏んだ~」

 その様子を遠巻きに見る妖が一人。光を映さない深淵のような目をした妖は、
 目の前の状況を楽しむかのように言う。

「・・・雨谷、頼む」

 口元に笑みを浮かべながらそう言った静也に、妖・・・雨谷はヘラヘラと笑うと
 言った。

「シズちんに頼まれたら断れないじゃんか~」

 雨谷は数歩前に出ると、ニッコリと笑う。そして、静也に向けて言った。

「任せて~。、止めてあげるから」



―――静也と修哉の刀がぶつかり合う音がする。
『能力で気配を消していた修哉が、後ろから静也に斬りかかった。斬られそうに
 なった静也を咄嗟に晴樹が庇い、血を吹き出して倒れた。』
全てはそこから始まる。
妖刀の納品帰りだった雨谷は、静也の殺気に気付き急いでその場に向かった。
面白いものが見れそうだ、そんなことを考えながら。
・・・そして、現在。

「何で、何で動けるんだ・・・!」

 能力により一方的に攻撃を当てている修哉が、震える声で言う。

「はははっ!!」

 静也は攻撃が当たらないことを気にしていないのか、笑いながら急所を狙って
 攻撃を続ける。

「それが妖刀の意思か」

 恐怖で震えている体を無理矢理動かしながら、修哉は言う。
 すると、静也はキョトンとした顔をして修哉から距離を取った。
 静也は何かを考える素振りを見せると、クスリと笑って言った。

「これは、夜月の意思じゃない。意思だ」

 修哉は息を呑む。何なんだこいつは・・・狂ってる。そんなことを考えながら、
 静也に突っ込む。

「もっと楽しませろよ!」

 静也はそう言うと、修哉の攻撃を避け、斬りかかる。修哉は能力を発動させ、
 夜月が空を切る。
 静也の蹴りが、修哉の体をすり抜ける。能力を発動させた静也が消える直前に、
 修哉が静也の腕を斬り付ける。
 能力が解けた静也の腹に、修哉が刀を突き刺す。口から血を吐きながらも、静也は
 笑う。
 楽しそうな顔で再び斬りかかる静也を見ながら、修哉は思い出していた。
 ・・・あの日、自分の家族が妖刀使いに殺された日。妖と戦っていた妖刀使いが、
 突然他の祓い屋を斬り付けた。妖刀使いと共に戦っていた両親も、修哉と共に偶然
 両親の仕事現場に居合わせていた弟も、妖と妖刀の餌食になった。
 咄嗟に能力を発動させ、気配を消し、息を殺し。ただ茂みに隠れてその惨劇を見て
 いることしか修哉にはできなかった。
 全部全部失って、祓い屋の死骸の山から拾った退魔の刀を持ち、フラフラとした
 足取りでその場を立ち去る。妖の手によって死体となった妖刀使いが、視界の端に
 映る。・・・妖刀使いは、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべていた。

「何でオレだけがっ・・・!」

 怒りが、憎しみが込み上げてくる。静也の攻撃を受け流し、修哉は斬りかかる。
 攻撃を当てる直前に能力を解く。・・・その時、静也がニヤリと笑った。

「っ・・・!」

 修哉の刀は、静也に掴まれていた。
 素手で刃を掴んでいる静也の左手から、ボタボタと血が流れ落ちる。

「捕まえた」

 静也はそう言うと、刀を掴んだまま夜月を振り上げる。能力を発動させようとした
 修哉の足を、静也は思いっ切り踏む。
 痛みに顔を歪めた修哉に、夜月が迫る。・・・ヤバい、死ぬ。修哉がそう思った
 瞬間、静也の腕が雨谷によって掴まれた。

「はーい、そこまで~」

 雨谷がそう言うと、静也はハッとした顔になり刃を掴んでいた手を離す。
 その隙にと斬りかかろうとした修哉の刀を、雨谷が手元に出現させた刀で弾く。
 驚いた顔で雨谷を見た修哉の目をじっと見ながら、雨谷は言った。

「まあちょっと落ち着きなよ~。話をしよう、修哉」

 修哉の視線は雨谷の目に釘付けとなり、全身の力が抜けたかのようにその場に
 へたり込む。大人しくしててね~と言ってヘラヘラと笑った雨谷は、今度は静也の
 目を見ながら言った。

「シズちん、痛い?」

「・・・痛い」

「そっか、良かった」

 静也の言葉に雨谷はそう言うと、ニッコリと笑う。
 血を吐きながら地面に座り込んだ静也を見て、何で生きてるんだ・・・と修哉が
 呟く。

「雨谷、晴樹が、晴樹が・・・!」

 泣きそうな顔でそう言った静也に、雨谷は言った。

「大丈夫大丈夫、気絶してるだけだよ~。見た目よりも傷は深くなさそうだし、まあ
 どうにかなるって~」

「なら良かった・・・」

 安心したように笑う静也を見て、修哉は既視感を覚える。
 動かない体、回らない頭。それでも、何となく分かった。
 こいつ、オレに。弟がまだ生きていた頃、怪我をした弟を心配して
 いた自分。あの時、周りになんて言われたんだっけ?
 確か・・・。

「自分の方が重症なのに、何で弟の心配してるのさ~」

 ケラケラと笑いながらそう言った雨谷に、修哉は目を見開く。
 ・・・そうだ、それだ。全く同じことを言われたんだ。
 雨谷から視線を外すと、静也と目が合う。

「・・・妖刀使いってさ、二種類いるんだよ」

 突然そう言った静也を、は・・・?と修哉は睨みつける。静也は気にしていない
 のか、修哉から視線を外すことなく言った。

「妖刀を無理矢理使ってる奴と、妖刀に選ばれてる奴」

 静也は口元の血を拭い、言葉を続ける。

「妖刀を無理矢理使うと、代償が発生して・・・代償が払えなければ、妖刀に意思を
 乗っ取られる。お前の家族を殺した奴は、多分妖刀を無理矢理使ってた奴だ」

「だったら、何だ・・・!」

「お前言ってたよな、家族が目の前で殺されるのを見たことがあるのかって。
 ・・・俺は、ないよ。でも、晴樹は、弟は見てるんだよ」

「何が言いたい」

「・・・俺達もさ、殺されてるんだ、家族」

 妖に殺されてるんだよ。悲しそうな顔でそう言った静也に、修哉は言葉を失う。

「晴樹の目の前で両親が襲われた。俺が家に戻った時には、母さんは死んでて、
 父さんは死にかけてた。・・・結局、父さんも死んじゃったんだけどさ。晴樹は
 失踪してて、家に残ったのは俺一人・・・」

「・・・意味分かんねえよ、じゃあ何でお前は妖と一緒にいるんだ」

 修哉がそう言うと、静也は柔らかい笑みを浮かべて言った。

「知ってるから。・・・妖には、良い奴もいるって」

「ばっかじゃねえの・・・」

 修哉は呟くように言うと、雨谷を見る。雨谷はヘラヘラと笑うと言った。

「修哉が妖刀使いを憎んで、殺そうとする気持ちも分かるけどさあ。悪いのは妖刀を
 無理矢理使っている奴であって、妖刀に罪はないんだよ~。つまり、妖刀が選んだ
 妖刀使いは何も悪くないって訳~」

 君がやってるの、ただの八つ当たりだよ?そう言った雨谷に、修哉は何も言えず
 俯く。

「別に、全ての妖や妖刀使いを憎むなって言いたい訳じゃない。・・・実際、被害者
 だしな」

「・・・僕達は運が良かった、君は運が悪かった。それだけなんだよ」

 静也の言葉に続くように聞こえてきた晴樹の声に、静也と修哉は驚いて晴樹の方を
 見る。
 晴樹は地面に倒れ込んだまま、目を開けて静也達を見ていた。

「晴樹、大丈夫か?!」

 静也が言う。

「静兄の馬鹿、また無茶したでしょ」

 晴樹がそう言ってムスッとした顔をする。

「おー、ハルちんおはよ~」

 雨谷がそう言ってヘラヘラと笑う。

「・・・雨谷、静兄このままだと失血死するんだけど」

 晴樹がそう言って雨谷を睨みつけると、雨谷は少し驚いた顔で人間ってこの程度で
 死ぬんだ・・・と呟いた。

「早く」

「待って待って、雪華呼ぶからさあ」

 語気を強めて言った晴樹に雨谷は苦笑いを浮かべ、懐から親指ほどの大きさの
 白い鈴を取り出す。揺らしても音の鳴らないその鈴に向かって、雨谷は凛とした
 声で言った。

「来い、雪華」

 リンッと鈴の音がする。その瞬間、雨谷の後ろに雪華が立っていた。

「どうされました?雨谷様」

 そう言って首を傾げた雪華に、振り向いた雨谷は困ったような顔をして言った。

「いや~、色々あってさあ。シズちんとハルちん、あとこの子も一緒に運んでくれ
 ない?」

 雪華は血塗れになっている静也と晴樹を見て心配そうな顔をしつつ頷き、言った。

「かしこまりました」
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