異能力と妖と短編集

彩茸

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犬耳親子

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―――夏、早朝の境内で人間姿の真悟しんごは掃除をしていた。
早朝は涼しくて過ごしやすいな・・・なんて考えながら、せっせと箒を動かす。

「お父さん、おはよ~!」

 そんな声が聞こえて真悟が振り向くと、そこには私服姿のまことが居た。

「おはよう。今日は早起きだな」

 真悟がそう言うと、誠は小さく欠伸をしながら言った。

「昨日早く寝たら、何か早く目が覚めたんだ」

「そっか。・・・一緒に掃除するか?」

 箒を少し持ち上げて真悟が聞くと、誠はうん!と頷く。
 真悟は倉庫から箒を取り出すと、誠に渡しながら言った。

「久々だな、誠と掃除するの」

「いっつも寝てるからね~」

 誠はそう言ってえへへと笑う。そして、二人仲良く掃き掃除を始めた。



―――掃除を始めて少し経った頃。真悟と誠の耳に、誰かが階段を上ってくる音が
聞こえる。
真悟は誠を自分の背に隠すように立つと、階段を上ってきたランニング中であろう
男性に向かって言った。

「おはようございます」

「おはようございます、神主さん」

 男性はそう言ってニッコリと笑う。すると、真悟の後ろから誠が出てきて言った。

「おはようございます!」

 真悟は驚いて誠を見る。ニコニコと笑う誠の犬耳は消えており、代わりに人間の
 耳が生えていた。

「おや、おはようございます。息子さんですか?」

 男性はそう言って真悟を見る。

「ええ、掃除を手伝ってくれていまして」

 真悟はそう言って誠の頭に手を乗せる。嬉しそうな誠を見て男性は微笑むと、
 それではと階段を下りていった。
 男性の足音が遠ざかった後、真悟は誠を見る。誠の頭にはいつもの犬耳が生えて
 おり、真悟を見た誠は少し自慢げに言った。

「ボクも変化できるようになったんだよ!」

 そうか、凄いぞ!と笑顔で言った真悟は、誠の頭を優しく撫でる。

「お父さんも、誰かに変化習ったの?」

 誠が聞くと、真悟は苦笑いを浮かべて言った。

「親父が変化したのを真似てみたり、お袋にここが違うよって教えてもらったり
 してね。俺が誠くらいのときに、遊ぶ相手もいなくてひたすら練習してたんだ」

「え、お父さん友達いなかったの?!」

 誠が驚いたように言う。すると真悟は、色々と事情があってねと笑った。

「気になるじゃん」

「知りたい?」

 誠の言葉に真悟が言うと、誠はコクコクと頷く。
 真悟は箒を賽銭箱の前の階段に立てかけると、その横に腰掛けて誠を手招きした。
 誠が真悟の隣に座ると、真悟は懐かしそうな目をしながら言った。

「俺さ、半妖だからって妖にも人間にも除け者にされてたんだ。強かったら話は別
 だったんだろうけど、体術は苦手だし、神通力の才能もない、唯一得意だったのは
 妖術だけって感じでさ。親父の信者から、『狗神いぬがみ様の息子なのに何で神通力を
 まともに使えないんだ』なんて言われたりもしてた」

「何かボクより悲しい生活送ってない・・・?」

 誠の言葉にそうかもねと真悟は笑う。

「人間の姿に変化できるようになってから、人間の友達は少しできたんだ。まあ、
 皆とっくに死んじゃってるけど。・・・誠は、今の友達大事にしなよ?人間なんて
 いつ死ぬか分からないんだし」

 真悟がそう言うと、誠は悲しそうな顔でうんと頷く。真悟は誠の頭を撫でると、
 言った。

「・・・誠にだけ、特別に見せてあげる」

「え?」

 誠が首を傾げると、真悟は微笑んで立ち上がる。そして真悟が誠の前でクルリと
 一回転すると人間の耳が消え、彼の髪色と同じ焦げ茶色の犬耳が頭に生えた。
 ・・・犬耳だけではない。彼には尻尾も生えており、目は狗神と同じ黄色になって
 いた。

「え、お父さん・・・?」

 誠は信じられないといった顔で真悟を見る。
 それもそのはず、誠の知っている真悟は焦げ茶色の犬耳に茶色い目を持った姿で、
 尻尾なんて生えていなかった。 
 毛の色は違えど祖父の狗神そっくりであるその姿に、誠は言葉を失っていた。

「驚いた?」

 真悟はそう言ってニヤリと笑う。その姿も狗神そっくりで、誠は首がもげるんじゃ
 ないかというほど激しく首を縦に振った。

「俺、いつも耳だけ変化解いて生活してるんだ。・・・この姿は、あんまり好きじゃ
 なくてね」

「えっ、どうして?」

 誠は首を傾げる。真悟は再び人間の姿になると、誠の隣に座って言った。

「あの姿だと、皆が親父と比べるから。耳の変化が一番面倒だから、耳は妥協した
 けどね」

 苦笑いを浮かべる真悟に、誠は何も言えず俯く。

「・・・だから、俺のあの姿を知ってるのはごく一部。皆には秘密な?」

「うん、秘密」

 唇に人差し指を当てて微笑んだ真悟を見て、誠は同じように唇に人差し指を当て
 ながら頷く。
 ・・・家の方から、朱美あけみの声がする。どうやら朝食ができたようだ。

「行こうか」

 そう言って立ち上がった真悟に続くように誠も立ち上がり、二人仲良く家に戻るの
 だった。
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