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第三章 魅了王子は嫌われたい イライアスとシュゼット

29.化けの皮(side イライアス)

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会場に着き、シュゼットの姿を懸命に探せば。
まさに今、一人の男が彼女の手をとらんとするところだった。


「シュゼット、探したよ!!」

息せき切らせ駆け寄り、間一髪間に合って。
自らの長躯で彼女に触れようとした男から、シュゼットを隠し、ボクだけがその細い手に触れた。


「随分遅くなってしまったけれど……夜に会いに来たよ」

彼女と初めて会った、幼かったあの日、掴めなかった手を、今度こそちゃんと握れたことが嬉しくて。
ホッと詰めていた息を吐いた時だ。


「彼女をどこに連れて行くつもりだ? 今宵彼女をエスコートしているのは僕だ。勝手な真似は止めてもらおう!」

そう言って、ボクの邪魔をしてみせたのは……。
ボクが完全に存在を忘れていたリュシアンだった。


別にリュシアンに飽きて、彼とはもう遊びたくないとか、そういう訳ではないのだけれど。
ようやくシュゼットと会えたのだ。
今ばかりは少し遠慮して欲しい。

そんな実に勝手な事を思い、のらりくらり、心ここにあらずと言った感じでリュシアンの言葉を躱していたら。


「もう限界だ!!!! シュゼット嬢、これ以上コイツの相手をしていたらバカが移ります。行きましょう!」

そう言って、リュシアンが許可なくボクの・・・シュゼットの手に触れた。


それだけでも十分に度し難いのに。

「っ!!」

シュゼットが痛みにより声にならない悲鳴を上げるのを聞いた瞬間、怒りで目の前が真っ赤になる。


「リュシアン! その手を離せ!!」

思わず腹の底から洩れた自らの怒声に煽られ。
自分を止められなくなって、衝動のまま怒気と共にありったけの魔力を放ってしまった時だった。

その瞬間、これまでボクに好意的な視線を向けていた周囲の人々が恐怖に凍り付き、まるで恐ろしくもおどろおどろしい化け物を見るかのような怯えた表情を、一斉にボクに向けた。


ボクがこの醜く歪んだ本性を晒せば、うわべだけを精一杯取り繕ったのボクを慕ってくれている人達が皆、離れていくだろう事など分かっていたはずのに。

強い劣等感から、途端に息の仕方が分からなくなる。






******


シュゼットを連れ歩き去るリュシアンの背中を硬直したまま見送って。
どれだけの間、そうやって突っ立っていただろう。

再び上がった花火のドン!! という音で、ボクの魔力にあてられていた皆はハッとしたように硬直を解くと、蜘蛛の子を散らす様にボクの傍から逃げて行った。


『馬鹿な奴だとは思っていたが。お前は本当に愚かだな』

シュゼットを連れ去る間際、噛み含めるようにそう言ったリュシアンの言葉がグルグルと頭の中を回る。

「……愚か、か」

そんな事、改めて言われずとも分かっている。

ボクだって、なれるものなら父の様にこの国を守れる賢き王になりたいと、ずっと、ずっと、ずっと、そう思っていた。

でも、不器用で軽薄なボクは、綿密に立てられた計画を、いつだって気まぐれで全て穴だらけにしてしまうものだから、どうやっても父やリュシアンの様には上手く立ち回れない。




『この大事な局面で、自分が勝つ事よりも見ず知らずの生徒を助ける事を優先するなんて。……はぁ。貴方ってば本当にしょうがない人ね』

そう呆れながら。
いつだって最後までボクを見捨てず、ボクが穴だらけにしてしまったその計画の穴埋めを手伝ってくれるのがクラリッサで、

『全く、お前らはどうしていつもいつもそうなんだ?!!』

ボロボロになったボクとクラリッサを間一髪のところで救い出しては、実に口煩く母親か何かのように世話を焼いてくれるのがチェスターだっ
た。

二人がいれば、どんな無茶も怖くなかった。
二人がいてくれて、初めてボクは自らの暗い本性と欠点を上手く隠し、皆の期待する王太子として振る舞う事が出来た。

だから、今でもあの二人がボクの傍にいてくれたのならと、過去の愚かな振る舞いを悔やまなかった日はなかったというのに。




シュゼットの前でボクの化けの皮をこんなにも無残に剥いで、リュシアンはこれで満足だろうか。

そんな事をグルグル考えていた時だった。
またドン!と音がし、空に光が差して、足元に暗い暗いボクの影が落ちた。


もう一度ドン!と響いた音がして。
足元に、そして生皮を剥がされた心から血の様にドロドロと溢れてくる漆黒の思考に、ボクの影が落ちるのを見た瞬間だ。

ボクは、ボクの胸の中にも、シュゼットが暮らしているのであろう清廉な月光が降り注ぐ静かな夜とは異なる、大きな大きな真っ暗闇が、堕ちて来たのを感じた。
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