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春の宴の後に12
「お前は、姜家の。まさかこんなところで会うとは思っていなかった。こんなところで立ち話もあれだ、お茶でも飲もう。」
「いや、私は、彼女について来ただけですので……」
せっかく彼からの誘いだったが、到底、それを受ける気にはならなかった。彼は、知らないかもしれないが、私の元婚約者でもあるのだから。関われば関わるほど、私の正体が知られる可能性があるので、できれば早々と退散したかった。
「姫様、私は気になさらず、どうぞご一緒してください。私は近くに用がありますので、また適当にお迎えにあがります。くれぐれもこの屋敷からお一人で、街にふらりと出ないでくださいまし。では、凌雅様、姫様をよろしくお願いしますね。」
淡々とそう言った黒仕は、凌雅に手にしていた風呂敷を渡し、身を翻す。彼女にあそこまで言われれば、私はどうしようもなく、立ち尽くすしかできなかった。
「天気もいい、庭に出よう。」
凌雅に促され、連れてこられたのは、桜の木の下だった。長椅子に2人で並び、腰掛ける。2人の間には、彼の家で働く侍女が運んでくれた花の浮かんだお茶と淡い桃色の砂糖菓子が置かれた。
見事に咲き乱れている桜を見ると春の宴をどうしても思い出す。黙って庭を見つめていると、先に口を開いたのは、凌雅の方だった。
「その頬の傷は。」
どきり、とする。触れられたくないわけではないが、やはり説明するのが億劫になる。特に彼には、どういった気持ちで接すればいいかわからない。実際、本当の原因は、王家からの婚約破棄なのだから。だが、彼に罪はない。父親同士の思いつきの口約束が悪いのだ。子どもに罪はない。父親は、爛と私が仲が良いからだと思っているが、そんなのも関係ない。全ては父だ。私の家の横暴な父親、姜家の当主が。
「あなたなら察していると思いますけど、殴られましたの。でも、そういうことはあり得ますでしょ。私は、侍女ですもの。」
何食わぬ顔で、告げる。侍女や下女などは、権力ある者に虐げられる世の中なのだ。暴力を振るわれたって珍しくはない。武家出身である姜家にも、特に珍しいことではない。
兄が幼い頃、散々父親に躾という名の暴力を受けていたのを近くで見ている。きっと、凌雅も経験しているだろう。
「お前は。」
彼は、言葉に詰まっているようだ。何を迷うことがあるのだろう。私が女だからあり得ないとでも、綺麗事を言うのだろうか。きっと、重い荷物を持つ私を手助けした彼ならあり得ない話ではない。
「姜家の一人娘。」
誰のことを言っているのだろうか。私は、姜家の一人娘ではあるが、彼は、私のことを侍女と思っているはずだ。では、なぜ、その言葉が出るのか。
「私の主人がどうしました?」
「いつまで続ける。それは、お前のことだろう。姜苑。」
「え。」
どうして彼は、知っているのだろう。私は、彼の前では、私が姜家の人間であることは言っていない。彼の前では、私はあくまで、姜家の一人娘に当てがわれた侍女。いわゆる桃の立場として振る舞っているのだから。
「お前と城で会っただろう。その時に知った。紅千華は、うちによく出入りしている。彼女と会うたびに、姜家のお前の話は聞いていたしな。隠したがっていたようだから、詮索はしなかったが、お前が怪我をさせられたとなれば別だ。」
「怪我させられたって、大袈裟よ。父親に殴られただけですもの。」
「お前は、女だ。力も弱い。」
「だから、殴られるのはおかしいって言いたいの?お優しいのね。でも、心配は無用です。私は、私なりに反抗していますの。実は家出中よ。」
ふふふ、そう笑うと、凌雅は、むっとした表情をする。
「もっと自分を大事にしろ。」
「……こうなったのは、どうしてかご存知?」
「いや、私は、彼女について来ただけですので……」
せっかく彼からの誘いだったが、到底、それを受ける気にはならなかった。彼は、知らないかもしれないが、私の元婚約者でもあるのだから。関われば関わるほど、私の正体が知られる可能性があるので、できれば早々と退散したかった。
「姫様、私は気になさらず、どうぞご一緒してください。私は近くに用がありますので、また適当にお迎えにあがります。くれぐれもこの屋敷からお一人で、街にふらりと出ないでくださいまし。では、凌雅様、姫様をよろしくお願いしますね。」
淡々とそう言った黒仕は、凌雅に手にしていた風呂敷を渡し、身を翻す。彼女にあそこまで言われれば、私はどうしようもなく、立ち尽くすしかできなかった。
「天気もいい、庭に出よう。」
凌雅に促され、連れてこられたのは、桜の木の下だった。長椅子に2人で並び、腰掛ける。2人の間には、彼の家で働く侍女が運んでくれた花の浮かんだお茶と淡い桃色の砂糖菓子が置かれた。
見事に咲き乱れている桜を見ると春の宴をどうしても思い出す。黙って庭を見つめていると、先に口を開いたのは、凌雅の方だった。
「その頬の傷は。」
どきり、とする。触れられたくないわけではないが、やはり説明するのが億劫になる。特に彼には、どういった気持ちで接すればいいかわからない。実際、本当の原因は、王家からの婚約破棄なのだから。だが、彼に罪はない。父親同士の思いつきの口約束が悪いのだ。子どもに罪はない。父親は、爛と私が仲が良いからだと思っているが、そんなのも関係ない。全ては父だ。私の家の横暴な父親、姜家の当主が。
「あなたなら察していると思いますけど、殴られましたの。でも、そういうことはあり得ますでしょ。私は、侍女ですもの。」
何食わぬ顔で、告げる。侍女や下女などは、権力ある者に虐げられる世の中なのだ。暴力を振るわれたって珍しくはない。武家出身である姜家にも、特に珍しいことではない。
兄が幼い頃、散々父親に躾という名の暴力を受けていたのを近くで見ている。きっと、凌雅も経験しているだろう。
「お前は。」
彼は、言葉に詰まっているようだ。何を迷うことがあるのだろう。私が女だからあり得ないとでも、綺麗事を言うのだろうか。きっと、重い荷物を持つ私を手助けした彼ならあり得ない話ではない。
「姜家の一人娘。」
誰のことを言っているのだろうか。私は、姜家の一人娘ではあるが、彼は、私のことを侍女と思っているはずだ。では、なぜ、その言葉が出るのか。
「私の主人がどうしました?」
「いつまで続ける。それは、お前のことだろう。姜苑。」
「え。」
どうして彼は、知っているのだろう。私は、彼の前では、私が姜家の人間であることは言っていない。彼の前では、私はあくまで、姜家の一人娘に当てがわれた侍女。いわゆる桃の立場として振る舞っているのだから。
「お前と城で会っただろう。その時に知った。紅千華は、うちによく出入りしている。彼女と会うたびに、姜家のお前の話は聞いていたしな。隠したがっていたようだから、詮索はしなかったが、お前が怪我をさせられたとなれば別だ。」
「怪我させられたって、大袈裟よ。父親に殴られただけですもの。」
「お前は、女だ。力も弱い。」
「だから、殴られるのはおかしいって言いたいの?お優しいのね。でも、心配は無用です。私は、私なりに反抗していますの。実は家出中よ。」
ふふふ、そう笑うと、凌雅は、むっとした表情をする。
「もっと自分を大事にしろ。」
「……こうなったのは、どうしてかご存知?」
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