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春の宴の後に14

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 「頭を上げて。私は、そんなつもりで言ったんじゃない。」

 口先だけだとどうとでも言える。この場凌ぎの薄っぺらい、思いの込もっていない私の言葉に彼は気づくだろうか。
 私は、彼に私が親に受けた仕打ちを知らしめたかった気持ちがあった。女の命と言える、嫁入り前の若い娘の顔を傷つけようとするなど、普通の親ならあり得ない。私に怒り、手を挙げるのではなく、私を選ばなかった相手の親にこそ、その怒りを向けるべきだろう。だからこそ、私は、私の考えを清算する意味も込めて、彼に怒りを向けてしまった。けれど、どうだろうか。彼は、塩らしく、申し訳なさそうに、私に頭を下げるのだ。こんなことを言って、彼を傷つけて、満足しようとする私が心底、嫌になる。
 “そんなつもりで”言ったはずの言葉が、言う前よりもずっと私の心に負担をかける。
 
 「お前には、消えない傷を与えてしまった。」

 「そんな、大袈裟よ。こんな傷、あと数日もすれば消えちゃう。」

 腫れも治り、あとは、痣が引いていくのを待つだけだった。切り傷とは違って、後に残る傷など何一つない。

 「心のことだ。」

 「心?私は別に気にしてないわ……」

 「家との関係も、お前がここにいる以上、決して良いとは言えない。もしお前が父親にそんな仕打ちを受けなければ、ここにも来なかっただろう。恩着せがましいかもしれないが、俺は、助けになりたい。」

 「ありがとうございます。ですが……」

 言葉が浮かばない。彼を丁重に断るべきだろう。しかし、これだけ親身になっている彼にどう言葉を繋げば良いのか、今の私では判断できなかった。
 こういうとき、紅千華先生ならばどう答えるだろう。もしくは、凌雅ではなく、相手が爛だったならば、その申し出は快く受け入れられただろうか。
 ぐるぐると思考が空回りする。
 考えれば考えるほど、底なし沼に嵌っていくようだ。私は、いったいどうしたいのだろうか。私らしくない、私らしい私はどこへ行ったのだろうか。桃がいれば、私は、私らしくいれたのか。
 わからない、どうしようもできない、視界が次第に狭くなっていく。


 私は知らず知らずのうちに、闇の中に堕ちていた。
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