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クーベルタン市編Ⅴ 幕間の章
2 ブートキャンプ
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「ほら脇が甘いわよ。足許もお留守になっている」
そう言いながらセレスが容赦ない突き技を繰り出してくる。俺はもちろん防戦一方──というか手加減されて尚、まったく太刀打ちできていない。
「いや、ちょっと待った、セレス。タンマ、タンマだってば」
「魔物が待ったなんて聞いてくれるはずがないでしょ。まだいくわよ」
訓練用の木剣とはいえ、当たると結構痛いので俺は必死だ。それでも情けないほどにやられまくっている。
息が上がって、足許がふらつく。自分でもこれほど使いものにならないとは思わなかった。以前の肉体が羨ましい。
「何だ、何だ。やられっぱなしじゃないか。一発くらいやり返せよ」
そんな無責任なことを口にしつつ俺とセレスが特訓している宿屋裏の空き地に現れたのはフィオナだ。恐らく冷やかしにでも来たんだろう。イングリッド嬢も一緒だった。
──っていうか、セレスに一発入れるとか普通に無理だから。
お前だってできないだろう、とのひと言を辛うじて呑み込むと、何とか最後まで立っていられたところで小休止となる。俺はその場にどっと腰を下ろした。
「それで物にはなりそうなのか?」
隣で汗一つ掻いていないセレスにフィオナがそう訊ねた。
「残念ながら近接武器を主体にするのは諦めた方が良さそうね」
「魔力は人並でしかなかったんだろ?」
今度はイングリッド嬢に水を向ける。
「ええ、私の見立てではそうなるけど」
フィオナは残念だったなと言いたげだが、俺としては人並に魔力があったことが僥倖だ。てっきり、向こう側の人間には無いと思っていたからね。
「魔法もダメ、近接もダメとなると、残るは飛び道具か。だったら、あたしの出番だな」
「ちょうど頼もうとは思っていたけど、ホントにいいの?」
「どうせヴァレリー達が復帰するまであたしらも暇だしな」
どうやら冷やかしに来たというのは俺の偏見だったみたいだ。初めから特訓を手伝うつもりで来てくれたらしい。
「よーし、じゃあ、今度はあたしが先生だ。ついでに斥候の手解きもしてやるよ。戦闘の腕前だけじゃなく、知識も重要だからな」
「あら座学は凄いわよ、ユウキって。今じゃ、私の方が教わることがあるくらい。たぶん、知識だけならもうフィオナを超えてるんじゃないかしら」
そりゃ、あっちでは詰め込み式教育の洗礼を受けた身だしね。教育が軽視されがちなこの世界の住人を基準にしたセレスの授業くらいなら、居眠りしててもラクショーだ。
「まさか。初めてまだたったの五日だろ?」
「だったら試してみたら?」
俺はフィオナの出す問題に次々と答えていき、途中彼女の思い込みによる勘違いまで正してやった。
「ユウキって実はどこかの王家出身とか貴族なんじゃないのか?」
降参とばかりにフィオナが呆れた様子で言った。こちらの世界では真っ当な教育を受けられるのはそれくらいという意味だろう。
「ふっふっふっ、想像にお任せするわ」
「王家の娘は人が食べている物を欲しがったりしないと思うけど……」
セレスがボソリと呟く。何日か前に彼女が食べていた物があまりに美味そうだったので、俺がシェアしないかと持ち掛けたことを言っているに違いない。どうやらこっちでは自分が頼んだ料理を分け合うという習慣はなかったみたいで、マナーが悪いと大いに怒られた。
でも、その後でセレスだってちゃっかり俺の料理に舌鼓を打っていたのだ。
「どこかの伯爵令嬢は違うみたいだけどねぇ」
そのことを思い出し、俺は言い返す。
「な、あれは……そう味見よ、味見」
「あー、わかったわかった。お前らが揃って下品だってのはな」
「うっ……」
俺もセレスも切り返すことができない。だが、よりにもよってフィオナに下品と言われるとは思わなかった。
「でも、飛び道具を使うとなると、ここでは手狭じゃないかしら?」
一人だけ冷静に蚊帳の外にいたイングリッド嬢が、そう言って話を戻す。
「だったら領軍の訓練所を借りようぜ」
フィオナが言い出した。
「そんなこと、できるの?」
俺が訊ねると、
「領軍の訓練の邪魔をしなければ貸してくれるわよ」
とセレスが請け負う。定期的に希望する市民には戦闘訓練を施したりもしているそうだ。
そんなわけで領軍の兵舎に向かう道すがら、訊きそびれていたことがあったのを思い出し、俺はその疑問を口にした。
「そういえば途中で狂乱猛虎に使ったあれは何?」
「ああ、魔封缶のことね。あれも一種の飛び道具よ。中に魔石を砕いたものが入っていて、魔力を流して点火するの。すると、時間を置いて炸裂するってわけ。必要な魔力は微々たるものだから大抵の人は使えるわ」
剣にプライドを持っていそうなセレスが飛び道具を使うのは意外だった、そういう意味のことを俺が言うと、プライドはもちろんあるわよ、と彼女は言った。
「ただ、魔物の中には剣の通用しにくいタイプの奴もいるし、相性の悪い相手と当たった時用に自分の得意武器以外の対抗策を用意しておくのは冒険者の常識ね。ユウキも一つくらいは持っておくのがいいわよ」
もっとも安価な消耗品ではないから気軽には使えないと言う。魔石とは「魔素溜まり」と呼ばれるような魔素の濃い場所や、稀に強力な魔物の体内から見つかる魔力を蓄えた結晶のことで、この採取は冒険者の貴重な収入源にもなっているらしい。塊のままなら安定しているが、細かく砕いて粉末状にするとちょっとした刺激でも一気に魔力を開放して破裂したりするので、扱いには注意が必要とのことだ。向こうの世界で言うニトログリセリンとダイナマイトの関係性が逆転したみたいなものだろう。
また、火山や氷河など特殊な環境下で見つかる魔石は周囲の状況に影響された属性付きとなって、高価な武器や日用品に多く利用されるそうである。例えばセレスが使った焼夷弾のような魔封缶には火石と呼ばれる火属性の魔石が封入されており、他にも雷石を詰めたスタングレネードっぽい雷撃弾や氷石を砕いた氷結弾などがあるようだ。なお、ゲームみたいなネーミングセンスはたぶん俺の語彙不足のせいだと思う。
そんな会話をしながら領軍の兵舎兼駐屯地にやって来ると、生憎ファビオ隊長達は領内巡回中とのことで不在だったが、訓練所は快く貸して貰えた。
早速、フィオナの指導で弩──いわゆるクロスボウの使い方を教わる。
「おっ、当たったな。やるじゃないか」
セレスと剣の稽古していた時と違い、自分でもしっくりくるのがわかる。元々、銃や弓には興味があったおかげだろう。
弦を引くのはゴーツフット式という足を掛けて梃子の原理でレバーを引く方法が主流のようで、非力なこの身体にも合っているみたいだ。
もっとも弓に比べれば連射性に劣るので、もし採用するなら巻き上げ機か以前に何かの動画で見た中折式のセルフコッキング機構を再現できないか試してみたい。ついでにこの世界にはコンパウンドボウなんて無いだろうから、それも取り入れられたら強力な武器になるのではないだろうか。滑車を使う仕組みは何となく憶えているので、どこかで試作の機会があれば良いと思う。
そんな調子でフィオナと練習を繰り返していると、手持無沙汰にしていたセレスに声を掛ける兵士がいた。
「あの、セレスさん。宜しければ我々と手合わせして貰えませんか?」
期待に満ちた眼差しでそう告げる。まるでどこかの会いに行けるアイドルを眼前にしたファンみたいだ。黄金級の冒険者である彼女は領軍の兵士にとっても羨望の的なのだろう。どちらかというと、惹かれているのは強さよりも美貌という気がしないでもないが。ブロマイドでも作って売ったら儲かりそうだ。
「私で良ければ喜んで」
そう言って兵士達と並んで闘技場のような場所に歩き出したセレスに、背後からフィオナが声を掛けた。
「どうせなら少しくらい本気出せよ。イングリッドもいることだし、骨折程度なら治せるんだからさ」
「そうねぇ。ここのところ冒険にも出ていなくてちょうど身体も鈍っていることだし、そうさせて貰おうかしら」
「ちょっと。人を水薬扱いしないで」
イングリッド嬢は不満そうだが、セレスは満更でもなさげだ。
フィオナが余計なことを口にしたばかりに、さっきまで和気藹々ムードだった兵士達の表情が見る見る蒼ざめ始める。
「さあ、早く行きましょうか」
そんなことはお構い無しにセレスは愉し気な足取りでずんずん進んで行く。
俺は心中で、彼らに「ご愁傷様」と告げた。
さすがに骨折者は出なかったけど、生傷だらけの兵士が大量発生してイングリッド嬢は大忙しだった。俺との訓練はあれで怪我をしないよう思いっきり気を遣われていたらしい。
「まったく。加減ってものを知らないんだから」
イングリッド嬢がブツブツと文句を言いながら、ようやく全員の手当てを終えた。
「いやー、今回は部下達にとって良い経験になりました。改めて礼を申し上げる」
サイラスというちょっと軽薄そうな中隊長が、鷹揚な口調でセレスに謝意を述べた。だが、彼自身があちらこちらに青痣を作っているのであまり説得力はない。
同僚ともこの経験を分かち合いたいので今度は是非ファビオ隊がいる時にいらしてください、との言葉を掛けられながら、俺達は兵舎を辞した。
そのまま特にやることがないというフィオナやイングリッド嬢と連れ立って、俺とセレスは冒険者ギルドに向かう。
改めてギルド長に先日の一件を報告し、パーティー申請に不正がなかったか根掘り葉掘り訊かれて、ようやく解放されたところで、受付係の女性に呼び止められた。彼女はヴァレリー達の未帰還を教えてくれたギルド職員だ。
「セレスさん達が見えたら、お渡しするものがあったんです」
そう言って、受付の奥から何やら布袋を持って来てカウンターに置いた。
「これは?」
許可を得て中身を確認すると、数枚の金貨と他の細かな通貨だった。
「領軍が回収した狂乱猛虎の素材を売却した代金です。討伐したのはセレスさん達なので、あなた方に権利があります。本来なら素材をどうするかは所有者が決めるのですが、今回は事情が事情ですし、素材も特殊な物だったので、ギルドの方で手配させて貰いました。もしご不満があるようでしたら市の審議会に申し出てください」
「私は別に不服はないわ。ユウキはどう?」
「セレスが良ければ構わないよ」
そんなわけで俺達は彼女に礼を言い、袋を受け取る。
「じゃあ、これは折半ってことで良いかしら?」
室内の隅に移動するなりセレスがそんなことを言い出した。俺は驚いて首を横に振る。
「二体とも斃したのはセレスなんだし、私は隠れていただけだもの。受け取れないよ」
初めから自分のものとは露ほども思っていない。セレスの申し出の方が予想外だ。
「ふーん。現場にはいたんだし、受け取る資格はあると思うけど、まあ、そういうことにしておきましょうか。だったら提案があるのだけど、ヴァレリー達の治療費に当ててはダメかしら? 元々、私の取り分はその予定だったし」
なるほど、セレスはそうする気だったのか。
こうして無事な彼女の姿を拝んでいられるのもナゼル氏が奮闘してくれたおかげだし、俺に異存のあるはずがなかった。
そう言いながらセレスが容赦ない突き技を繰り出してくる。俺はもちろん防戦一方──というか手加減されて尚、まったく太刀打ちできていない。
「いや、ちょっと待った、セレス。タンマ、タンマだってば」
「魔物が待ったなんて聞いてくれるはずがないでしょ。まだいくわよ」
訓練用の木剣とはいえ、当たると結構痛いので俺は必死だ。それでも情けないほどにやられまくっている。
息が上がって、足許がふらつく。自分でもこれほど使いものにならないとは思わなかった。以前の肉体が羨ましい。
「何だ、何だ。やられっぱなしじゃないか。一発くらいやり返せよ」
そんな無責任なことを口にしつつ俺とセレスが特訓している宿屋裏の空き地に現れたのはフィオナだ。恐らく冷やかしにでも来たんだろう。イングリッド嬢も一緒だった。
──っていうか、セレスに一発入れるとか普通に無理だから。
お前だってできないだろう、とのひと言を辛うじて呑み込むと、何とか最後まで立っていられたところで小休止となる。俺はその場にどっと腰を下ろした。
「それで物にはなりそうなのか?」
隣で汗一つ掻いていないセレスにフィオナがそう訊ねた。
「残念ながら近接武器を主体にするのは諦めた方が良さそうね」
「魔力は人並でしかなかったんだろ?」
今度はイングリッド嬢に水を向ける。
「ええ、私の見立てではそうなるけど」
フィオナは残念だったなと言いたげだが、俺としては人並に魔力があったことが僥倖だ。てっきり、向こう側の人間には無いと思っていたからね。
「魔法もダメ、近接もダメとなると、残るは飛び道具か。だったら、あたしの出番だな」
「ちょうど頼もうとは思っていたけど、ホントにいいの?」
「どうせヴァレリー達が復帰するまであたしらも暇だしな」
どうやら冷やかしに来たというのは俺の偏見だったみたいだ。初めから特訓を手伝うつもりで来てくれたらしい。
「よーし、じゃあ、今度はあたしが先生だ。ついでに斥候の手解きもしてやるよ。戦闘の腕前だけじゃなく、知識も重要だからな」
「あら座学は凄いわよ、ユウキって。今じゃ、私の方が教わることがあるくらい。たぶん、知識だけならもうフィオナを超えてるんじゃないかしら」
そりゃ、あっちでは詰め込み式教育の洗礼を受けた身だしね。教育が軽視されがちなこの世界の住人を基準にしたセレスの授業くらいなら、居眠りしててもラクショーだ。
「まさか。初めてまだたったの五日だろ?」
「だったら試してみたら?」
俺はフィオナの出す問題に次々と答えていき、途中彼女の思い込みによる勘違いまで正してやった。
「ユウキって実はどこかの王家出身とか貴族なんじゃないのか?」
降参とばかりにフィオナが呆れた様子で言った。こちらの世界では真っ当な教育を受けられるのはそれくらいという意味だろう。
「ふっふっふっ、想像にお任せするわ」
「王家の娘は人が食べている物を欲しがったりしないと思うけど……」
セレスがボソリと呟く。何日か前に彼女が食べていた物があまりに美味そうだったので、俺がシェアしないかと持ち掛けたことを言っているに違いない。どうやらこっちでは自分が頼んだ料理を分け合うという習慣はなかったみたいで、マナーが悪いと大いに怒られた。
でも、その後でセレスだってちゃっかり俺の料理に舌鼓を打っていたのだ。
「どこかの伯爵令嬢は違うみたいだけどねぇ」
そのことを思い出し、俺は言い返す。
「な、あれは……そう味見よ、味見」
「あー、わかったわかった。お前らが揃って下品だってのはな」
「うっ……」
俺もセレスも切り返すことができない。だが、よりにもよってフィオナに下品と言われるとは思わなかった。
「でも、飛び道具を使うとなると、ここでは手狭じゃないかしら?」
一人だけ冷静に蚊帳の外にいたイングリッド嬢が、そう言って話を戻す。
「だったら領軍の訓練所を借りようぜ」
フィオナが言い出した。
「そんなこと、できるの?」
俺が訊ねると、
「領軍の訓練の邪魔をしなければ貸してくれるわよ」
とセレスが請け負う。定期的に希望する市民には戦闘訓練を施したりもしているそうだ。
そんなわけで領軍の兵舎に向かう道すがら、訊きそびれていたことがあったのを思い出し、俺はその疑問を口にした。
「そういえば途中で狂乱猛虎に使ったあれは何?」
「ああ、魔封缶のことね。あれも一種の飛び道具よ。中に魔石を砕いたものが入っていて、魔力を流して点火するの。すると、時間を置いて炸裂するってわけ。必要な魔力は微々たるものだから大抵の人は使えるわ」
剣にプライドを持っていそうなセレスが飛び道具を使うのは意外だった、そういう意味のことを俺が言うと、プライドはもちろんあるわよ、と彼女は言った。
「ただ、魔物の中には剣の通用しにくいタイプの奴もいるし、相性の悪い相手と当たった時用に自分の得意武器以外の対抗策を用意しておくのは冒険者の常識ね。ユウキも一つくらいは持っておくのがいいわよ」
もっとも安価な消耗品ではないから気軽には使えないと言う。魔石とは「魔素溜まり」と呼ばれるような魔素の濃い場所や、稀に強力な魔物の体内から見つかる魔力を蓄えた結晶のことで、この採取は冒険者の貴重な収入源にもなっているらしい。塊のままなら安定しているが、細かく砕いて粉末状にするとちょっとした刺激でも一気に魔力を開放して破裂したりするので、扱いには注意が必要とのことだ。向こうの世界で言うニトログリセリンとダイナマイトの関係性が逆転したみたいなものだろう。
また、火山や氷河など特殊な環境下で見つかる魔石は周囲の状況に影響された属性付きとなって、高価な武器や日用品に多く利用されるそうである。例えばセレスが使った焼夷弾のような魔封缶には火石と呼ばれる火属性の魔石が封入されており、他にも雷石を詰めたスタングレネードっぽい雷撃弾や氷石を砕いた氷結弾などがあるようだ。なお、ゲームみたいなネーミングセンスはたぶん俺の語彙不足のせいだと思う。
そんな会話をしながら領軍の兵舎兼駐屯地にやって来ると、生憎ファビオ隊長達は領内巡回中とのことで不在だったが、訓練所は快く貸して貰えた。
早速、フィオナの指導で弩──いわゆるクロスボウの使い方を教わる。
「おっ、当たったな。やるじゃないか」
セレスと剣の稽古していた時と違い、自分でもしっくりくるのがわかる。元々、銃や弓には興味があったおかげだろう。
弦を引くのはゴーツフット式という足を掛けて梃子の原理でレバーを引く方法が主流のようで、非力なこの身体にも合っているみたいだ。
もっとも弓に比べれば連射性に劣るので、もし採用するなら巻き上げ機か以前に何かの動画で見た中折式のセルフコッキング機構を再現できないか試してみたい。ついでにこの世界にはコンパウンドボウなんて無いだろうから、それも取り入れられたら強力な武器になるのではないだろうか。滑車を使う仕組みは何となく憶えているので、どこかで試作の機会があれば良いと思う。
そんな調子でフィオナと練習を繰り返していると、手持無沙汰にしていたセレスに声を掛ける兵士がいた。
「あの、セレスさん。宜しければ我々と手合わせして貰えませんか?」
期待に満ちた眼差しでそう告げる。まるでどこかの会いに行けるアイドルを眼前にしたファンみたいだ。黄金級の冒険者である彼女は領軍の兵士にとっても羨望の的なのだろう。どちらかというと、惹かれているのは強さよりも美貌という気がしないでもないが。ブロマイドでも作って売ったら儲かりそうだ。
「私で良ければ喜んで」
そう言って兵士達と並んで闘技場のような場所に歩き出したセレスに、背後からフィオナが声を掛けた。
「どうせなら少しくらい本気出せよ。イングリッドもいることだし、骨折程度なら治せるんだからさ」
「そうねぇ。ここのところ冒険にも出ていなくてちょうど身体も鈍っていることだし、そうさせて貰おうかしら」
「ちょっと。人を水薬扱いしないで」
イングリッド嬢は不満そうだが、セレスは満更でもなさげだ。
フィオナが余計なことを口にしたばかりに、さっきまで和気藹々ムードだった兵士達の表情が見る見る蒼ざめ始める。
「さあ、早く行きましょうか」
そんなことはお構い無しにセレスは愉し気な足取りでずんずん進んで行く。
俺は心中で、彼らに「ご愁傷様」と告げた。
さすがに骨折者は出なかったけど、生傷だらけの兵士が大量発生してイングリッド嬢は大忙しだった。俺との訓練はあれで怪我をしないよう思いっきり気を遣われていたらしい。
「まったく。加減ってものを知らないんだから」
イングリッド嬢がブツブツと文句を言いながら、ようやく全員の手当てを終えた。
「いやー、今回は部下達にとって良い経験になりました。改めて礼を申し上げる」
サイラスというちょっと軽薄そうな中隊長が、鷹揚な口調でセレスに謝意を述べた。だが、彼自身があちらこちらに青痣を作っているのであまり説得力はない。
同僚ともこの経験を分かち合いたいので今度は是非ファビオ隊がいる時にいらしてください、との言葉を掛けられながら、俺達は兵舎を辞した。
そのまま特にやることがないというフィオナやイングリッド嬢と連れ立って、俺とセレスは冒険者ギルドに向かう。
改めてギルド長に先日の一件を報告し、パーティー申請に不正がなかったか根掘り葉掘り訊かれて、ようやく解放されたところで、受付係の女性に呼び止められた。彼女はヴァレリー達の未帰還を教えてくれたギルド職員だ。
「セレスさん達が見えたら、お渡しするものがあったんです」
そう言って、受付の奥から何やら布袋を持って来てカウンターに置いた。
「これは?」
許可を得て中身を確認すると、数枚の金貨と他の細かな通貨だった。
「領軍が回収した狂乱猛虎の素材を売却した代金です。討伐したのはセレスさん達なので、あなた方に権利があります。本来なら素材をどうするかは所有者が決めるのですが、今回は事情が事情ですし、素材も特殊な物だったので、ギルドの方で手配させて貰いました。もしご不満があるようでしたら市の審議会に申し出てください」
「私は別に不服はないわ。ユウキはどう?」
「セレスが良ければ構わないよ」
そんなわけで俺達は彼女に礼を言い、袋を受け取る。
「じゃあ、これは折半ってことで良いかしら?」
室内の隅に移動するなりセレスがそんなことを言い出した。俺は驚いて首を横に振る。
「二体とも斃したのはセレスなんだし、私は隠れていただけだもの。受け取れないよ」
初めから自分のものとは露ほども思っていない。セレスの申し出の方が予想外だ。
「ふーん。現場にはいたんだし、受け取る資格はあると思うけど、まあ、そういうことにしておきましょうか。だったら提案があるのだけど、ヴァレリー達の治療費に当ててはダメかしら? 元々、私の取り分はその予定だったし」
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