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ハンマーフェロー編Ⅰ 開幕の章
1 自由都市
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眼の前には三メートルは優にあろうかという天井に、今にも頭を擦り付けんばかりの巨大な石の守護者が立ち塞がり、俺とセレスを無表情に見下ろしていた。その手に握られたあたかも丸太の如きこん棒が無造作に振り上げられ、俺達を狙って地面に叩き付けられようとする。それを左右に避けながら、次にセレスが繰り出す必殺の一撃をフォローすべく、俺は奴の弱点である額の紋章目がけて引き金に掛けた指先に力を込めた。
と、まあ、本来ならそうなるはずだったのだが──。
「よお、ネエちゃん。細っこい身体しとるのぉ。女はああじゃなきゃ、モテんぞい」
そう言いながら奥のテーブル席で接客する女性従業員を指差すのは、言わずと知れたドワーフ族の男性客だ。身長は高学年の小学生くらいながら樽のようなウエスト周りをしているのはお約束通り。そして男性客が示した似たような体型の彼女もまたドワーフで、その中では至って標準的な部類に入るらしい。
「バッカ言え。この娘はヒト族じゃねえか。ヒト族じゃ、凹凸がある方が良いことになっとるんじゃ。まあ、この娘にはちょいと足りとらんがの」
向こうの世界でなら明らかなセクハラ発言に内心で余計なお世話だと罵りつつ、ニッコリと微笑んで腰の辺りに伸びてきた男の手を少々乱暴に払い除ける。が、ここではその程度のあしらいで腹を立てる客は誰もいない。
「何じゃと? あのはち切れそうで今にも零れ落ちそうな豊満さがわからんとはドワーフ族の風上にも置けん奴じゃ」
「わからんとは言うてない。細身には細身の魅力があると話してるだけじゃわい。そんなことを言うならドワーフ族のおなごを指名したら良かろうが」
「ふん。たまにはお前の痩せっぽち趣味に付き合ってやるのも一興よ」
うーん、何と言うかこの会話。まるで巨乳派と貧乳派の言い争いを聞いているみたいだ。
俺は普段着ることのない真っ赤なパーティードレスの心許なさに不安を覚えつつ、何とか愛想笑いを浮かべる。
少し離れた席では同じく白いドレス姿のセレスが、こちらは貴族の娘だけあってそれなりの着こなしながら慣れない客商売に悪戦苦闘している様子が垣間見えた。
この店は着飾った女の子が隣で接客しながら酒を出す店、いわゆる現代で言うところのキャバクラだ。
元の世界と違うのは、客と従業員の約六割がこの都市の人口比を反映してドワーフ族で、残りをヒト族と獣人族が占めているということくらい。
一応、店のルールとしてお触りは禁止だが、どうも職人や冒険者を中心とした客層は総じて上品とは言い難く、あまり守られていない。その分、こちらが少々乱雑な扱いをしても文句は出ないので、それらを含めての接客スタイルなのだろう。
まあ、周りを見ても元冒険者であるドワーフのお姉さんにちょっかいを掛けた挙句腕を捻り上げられて悲鳴を上げる酔客がいたり、筋肉もりもりで屈強な虎人のお姉さんの尻尾を鷲掴んでしばかれ半泣きで酒をすする常連客の姿があったりで、賑やかなことこの上ない。その点はセレスも如才なく順応できているようなので、とりあえずは安心だ。
そもそもどうして俺達がこんなキャバ嬢の真似事をする羽目になったかというと、そこにはこんな深いわけ(?)があった──。
「へぇ、あれがドワーフの国、ハンマーフォローなの?」
俺達がクーベルタン領を旅立って六日目。やっとのことで目的地であるハンマーフェローの城壁が見えるところまで辿り着いた。
セレスの説明によるとハンマーフェローは国と言ってもここ以外に領土を持たない、いわゆる都市国家だ。
それ自体が天然の鉱物資源の宝庫である岩山を背景に、高さ二十メートルはあろうかという城壁を半円状に張り巡らせた天嶮の要塞、それがハンマーフェローの姿だった。
元々はドワーフの英雄、「鋼鉄王」こと不滅のアルヴィオンが、この地で真銀鉱山を切り開いたことが始まりとされる。ただし、その場所は同時に地下深くの魔素溜まりから湧き出す魔物の巣窟で、一筋縄ではいかなかったらしい。
結果、この地には抗夫やミスリルを扱う鍛冶職人とそれらを相手にする商売人、そして魔物の討伐で一旗揚げようという冒険者達が集まることになった。
また、地政学的にもルタ王国、ウェザリス帝国、イスタニア連合と三国の国境地帯のほぼ中間点に位置し、各国が支配領域を拡大させると、ミスリルの戦略物資としての重要性と相まって、かつては幾度かの進攻を受けたという歴史を持つ。その都度、鋼鉄王を中心としたドワーフと他種族の混成義勇兵団が退けたそうだ。
その不滅のアルヴィオンもこの世を去って数百年。彼の遺体は鉱山入口近くの霊廟に安置され、特別な魔法処理により今も尚、朽ちることなくこの地を護り続けると信じられているのだとか。
今日、都市が要塞化されているのはこうした経緯によるという。
「ウェザリス帝国もイスタニア連合もルタ王国に引けを取らない大国なんでしょ? よくそんな国々を相手に護り抜くことができたわね」
俺は思い付いた疑問を口にする。
「まあ、進攻する国側も下手に大きな損害を被れば他の二国に攻め入られる口実を与えることになるから、そこまで本腰を入れていなかったってこともあるでしょうけど、ハンマーフェローとの取引で利益を得ていた各国の商人達が陰に陽に支援していたっていうのも大きいそうよ」
なるほど。戦争に兵站は欠かせないものだ。その兵站を担うのは軍内部であっても肝心の物資が調達できなければどうしようもあるまい。
そんな歴史のあるハンマーフェローは、別名「自由都市」とも呼ばれているのだとセレスが教えてくれた。
王や君主はおらず、職人ギルド、商人ギルド、冒険者ギルトの各長が共同して運営に当たる、いわゆる三頭政治体制が敷かれている。その中でも伝統的に職人ギルド長が行政機関の議長を務めるのが習わしだそうだ。
そこからもわかるようにハンマーフェローは職人や商人、冒険者など抑圧を嫌う人々の国だ。当然ながらルタ王国にあったような階級制度は存在しない。
誰でも自由に入国できる半面、腕一本が頼りで、そうでない者は途端に食い詰めることにもなりかねない。犯罪に手を染めようものなら即座に追放され、家族や友人がいようと二度と足を踏み入れることが許されないという情け容赦ない一面も持っている。
そしてこの都市最大の特色は、武具防具の製造と輸出。特にミスリル製の装備はこの周辺国ではほとんどがハンマーフェローで造られる。それだけにどの国とどれくらいの取引を行うかは、地域のパワーバランスを左右する上で重要な意味を持ち、その決定を下す機関の面々、特に議長である職人ギルド長が負うべき責任と役割は過酷と言えよう。
現在は周辺三国と平等な取引を行うことで、一応の平穏を保っているらしい。
「ギリルの工房ならとっくに閉鎖しちまったよ」
眼の前の恰幅の良い男性──といってもドワーフ族の中では平均的な体型であろう職人が、ハンマーを振るう手を休めずにそう言った。
彼の名はドリル。ここは彼の工房の一角で、以前にセレスが話していた彼女の愛剣を鍛えたというドワーフの名匠だ。
工房には彼のほか、弟子と思われる職人が何人かいた。中にはドワーフ以外にヒト族の姿も少数ながら見受けられる。当然彼らは皆若い。ドリル自身もドワーフ族の基準ではまだ若手の職人らしいが、これだけの弟子を抱えるのはさすがに昨今で一番と評判なだけはある。
「お久しぶりです、ドリルさん」
そうセレスが言いながら工房を訪ねたのがついさっき。俺達の姿を一瞥すると、セレスの嬢ちゃんか、活躍ぶりはこっちでも聞いているよ、とドリルが応じた。
「悪いが今はちょっと手が離せねえんだ。急ぎの用なら作業しながら聞くが、俺が打った剣に何が問題でもあったかい?」
「いいえ、そういうわけではありません。急ぎというわけでもないので、手が空くまで待ちますが、以前聞いた変り者の職人さんについて教えて頂きたくて」
その返答が冒頭の科白となる。
「どうして閉鎖を?」
ドリルの作業がひと段落ついて手を休めるのを待ってから、再びセレスが口を開いた。
「その前にそっちの黒髪の嬢ちゃんは誰だい? 身なりは冒険者のようだが、その割に華奢な身体付きだな」
「これは紹介が遅れました。彼女は私の現在のパーティーメンバーでユウキと言います」
セレスがそう説明してくれたので、俺は軽く会釈しながら自己紹介する。
「ユウキです。セレスからドリルさんの評判は伺っています。知り合いに変わった物を作る鍛冶職人さんがいると聞いて、是非とも会ってみたいと言い出したのは私なんです」
ドリルが物珍しいものでも見るかのような目付きで、俺を眺めた。
「間違っていたらすまないが、俺の見立てじゃ冒険者としての経験は浅いんじゃないか? セレスの嬢ちゃんに釣り合うほどの腕には見えないんだがな。失礼なことを言ったのなら謝る」
セレスが何か言おうとしたのをやんわりと制して、俺は答えた。
「おっしゃる通りです。私はつい先日、黒曜級になったばかりの駆け出しの冒険者に過ぎません。本来なら黄金級であるセレスとパーティーを組める立場ではないのですが、偶然が重なって今はこのように行動を共にしています」
セレスもこれだけは言っておきたいというように付け足す。
「ユウキは確かに経験は少ないですが、決して役に立たないわけではありません。実際に危ない場面で助けられたこともあります」
ある意味、それは嘘ではないのだが、大半は魔眼によるものなのであまり人に自慢できることではない。
俺とセレスの話を聞き、少し思案したのち、ドリルが、そうか、と言った。
「セレスの嬢ちゃんが言うなら間違いないだろう。不躾なことを言って悪かった。最近は良い武具を持てば腕まで上がると勘違いしている奴らが多くてな。名品ほど使い手を選ぶものなのに。先日も録に魔力も流せないくせに真銀の剣を売れとしつこく迫る奴がいてな。お前には百年早いと追い返したところだったのさ。パーティーを組む相手にも似たようなことが言えると思ったんだが、余計な世話だったようだな。それでギリルのことだったか。あのアホアニキ、いい歳してキャバクラ通いなんぞに嵌りやがって。只でさえ、売れもしない物ばかり作っていた上に店にツケまでして通い詰めたものだから、借金で首が回らなくなってとうとう強制的に働かされる羽目になったのよ。今は自分の工房を閉鎖して表通りの『精霊の園』って店で下働きの真っ最中さ」
お目当ての変り者職人は、どうやらドリルの兄だったようだ。
「お知り合いってお兄さんだったんですね。でも、それだったら助けなくていいんですか?」
セレスが至極真っ当な疑問を口にする。
「ふん、アニキにはいい薬だろうよ。これに懲りて少しは心を入れ替えて真面目に働いてくれりゃいいが」
「? ユウキ、どうかした?」
俺の落ち着きのない態度を見て、不思議そうにセレスがそう訊ねた。
何でもない、と言葉を濁したが、自分にも一時期キャバクラに嵌った時期があるだけに、ドリルの言葉が耳に痛かったのだ。
「それにしてもアニキに何の用だ? まともな装備品ならうちに、とは言わないが、他の者に頼んだ方が安心だぞ。あいつはおかしなものしか引き受けないからな」
その言葉に俺とセレスは顔を見合わせる。代表して俺が理由を話すことにした。
「実は銃を作るか売って貰えないかと思って。他の職人さんには引き受けて貰えそうにないですから」
と、まあ、本来ならそうなるはずだったのだが──。
「よお、ネエちゃん。細っこい身体しとるのぉ。女はああじゃなきゃ、モテんぞい」
そう言いながら奥のテーブル席で接客する女性従業員を指差すのは、言わずと知れたドワーフ族の男性客だ。身長は高学年の小学生くらいながら樽のようなウエスト周りをしているのはお約束通り。そして男性客が示した似たような体型の彼女もまたドワーフで、その中では至って標準的な部類に入るらしい。
「バッカ言え。この娘はヒト族じゃねえか。ヒト族じゃ、凹凸がある方が良いことになっとるんじゃ。まあ、この娘にはちょいと足りとらんがの」
向こうの世界でなら明らかなセクハラ発言に内心で余計なお世話だと罵りつつ、ニッコリと微笑んで腰の辺りに伸びてきた男の手を少々乱暴に払い除ける。が、ここではその程度のあしらいで腹を立てる客は誰もいない。
「何じゃと? あのはち切れそうで今にも零れ落ちそうな豊満さがわからんとはドワーフ族の風上にも置けん奴じゃ」
「わからんとは言うてない。細身には細身の魅力があると話してるだけじゃわい。そんなことを言うならドワーフ族のおなごを指名したら良かろうが」
「ふん。たまにはお前の痩せっぽち趣味に付き合ってやるのも一興よ」
うーん、何と言うかこの会話。まるで巨乳派と貧乳派の言い争いを聞いているみたいだ。
俺は普段着ることのない真っ赤なパーティードレスの心許なさに不安を覚えつつ、何とか愛想笑いを浮かべる。
少し離れた席では同じく白いドレス姿のセレスが、こちらは貴族の娘だけあってそれなりの着こなしながら慣れない客商売に悪戦苦闘している様子が垣間見えた。
この店は着飾った女の子が隣で接客しながら酒を出す店、いわゆる現代で言うところのキャバクラだ。
元の世界と違うのは、客と従業員の約六割がこの都市の人口比を反映してドワーフ族で、残りをヒト族と獣人族が占めているということくらい。
一応、店のルールとしてお触りは禁止だが、どうも職人や冒険者を中心とした客層は総じて上品とは言い難く、あまり守られていない。その分、こちらが少々乱雑な扱いをしても文句は出ないので、それらを含めての接客スタイルなのだろう。
まあ、周りを見ても元冒険者であるドワーフのお姉さんにちょっかいを掛けた挙句腕を捻り上げられて悲鳴を上げる酔客がいたり、筋肉もりもりで屈強な虎人のお姉さんの尻尾を鷲掴んでしばかれ半泣きで酒をすする常連客の姿があったりで、賑やかなことこの上ない。その点はセレスも如才なく順応できているようなので、とりあえずは安心だ。
そもそもどうして俺達がこんなキャバ嬢の真似事をする羽目になったかというと、そこにはこんな深いわけ(?)があった──。
「へぇ、あれがドワーフの国、ハンマーフォローなの?」
俺達がクーベルタン領を旅立って六日目。やっとのことで目的地であるハンマーフェローの城壁が見えるところまで辿り着いた。
セレスの説明によるとハンマーフェローは国と言ってもここ以外に領土を持たない、いわゆる都市国家だ。
それ自体が天然の鉱物資源の宝庫である岩山を背景に、高さ二十メートルはあろうかという城壁を半円状に張り巡らせた天嶮の要塞、それがハンマーフェローの姿だった。
元々はドワーフの英雄、「鋼鉄王」こと不滅のアルヴィオンが、この地で真銀鉱山を切り開いたことが始まりとされる。ただし、その場所は同時に地下深くの魔素溜まりから湧き出す魔物の巣窟で、一筋縄ではいかなかったらしい。
結果、この地には抗夫やミスリルを扱う鍛冶職人とそれらを相手にする商売人、そして魔物の討伐で一旗揚げようという冒険者達が集まることになった。
また、地政学的にもルタ王国、ウェザリス帝国、イスタニア連合と三国の国境地帯のほぼ中間点に位置し、各国が支配領域を拡大させると、ミスリルの戦略物資としての重要性と相まって、かつては幾度かの進攻を受けたという歴史を持つ。その都度、鋼鉄王を中心としたドワーフと他種族の混成義勇兵団が退けたそうだ。
その不滅のアルヴィオンもこの世を去って数百年。彼の遺体は鉱山入口近くの霊廟に安置され、特別な魔法処理により今も尚、朽ちることなくこの地を護り続けると信じられているのだとか。
今日、都市が要塞化されているのはこうした経緯によるという。
「ウェザリス帝国もイスタニア連合もルタ王国に引けを取らない大国なんでしょ? よくそんな国々を相手に護り抜くことができたわね」
俺は思い付いた疑問を口にする。
「まあ、進攻する国側も下手に大きな損害を被れば他の二国に攻め入られる口実を与えることになるから、そこまで本腰を入れていなかったってこともあるでしょうけど、ハンマーフェローとの取引で利益を得ていた各国の商人達が陰に陽に支援していたっていうのも大きいそうよ」
なるほど。戦争に兵站は欠かせないものだ。その兵站を担うのは軍内部であっても肝心の物資が調達できなければどうしようもあるまい。
そんな歴史のあるハンマーフェローは、別名「自由都市」とも呼ばれているのだとセレスが教えてくれた。
王や君主はおらず、職人ギルド、商人ギルド、冒険者ギルトの各長が共同して運営に当たる、いわゆる三頭政治体制が敷かれている。その中でも伝統的に職人ギルド長が行政機関の議長を務めるのが習わしだそうだ。
そこからもわかるようにハンマーフェローは職人や商人、冒険者など抑圧を嫌う人々の国だ。当然ながらルタ王国にあったような階級制度は存在しない。
誰でも自由に入国できる半面、腕一本が頼りで、そうでない者は途端に食い詰めることにもなりかねない。犯罪に手を染めようものなら即座に追放され、家族や友人がいようと二度と足を踏み入れることが許されないという情け容赦ない一面も持っている。
そしてこの都市最大の特色は、武具防具の製造と輸出。特にミスリル製の装備はこの周辺国ではほとんどがハンマーフェローで造られる。それだけにどの国とどれくらいの取引を行うかは、地域のパワーバランスを左右する上で重要な意味を持ち、その決定を下す機関の面々、特に議長である職人ギルド長が負うべき責任と役割は過酷と言えよう。
現在は周辺三国と平等な取引を行うことで、一応の平穏を保っているらしい。
「ギリルの工房ならとっくに閉鎖しちまったよ」
眼の前の恰幅の良い男性──といってもドワーフ族の中では平均的な体型であろう職人が、ハンマーを振るう手を休めずにそう言った。
彼の名はドリル。ここは彼の工房の一角で、以前にセレスが話していた彼女の愛剣を鍛えたというドワーフの名匠だ。
工房には彼のほか、弟子と思われる職人が何人かいた。中にはドワーフ以外にヒト族の姿も少数ながら見受けられる。当然彼らは皆若い。ドリル自身もドワーフ族の基準ではまだ若手の職人らしいが、これだけの弟子を抱えるのはさすがに昨今で一番と評判なだけはある。
「お久しぶりです、ドリルさん」
そうセレスが言いながら工房を訪ねたのがついさっき。俺達の姿を一瞥すると、セレスの嬢ちゃんか、活躍ぶりはこっちでも聞いているよ、とドリルが応じた。
「悪いが今はちょっと手が離せねえんだ。急ぎの用なら作業しながら聞くが、俺が打った剣に何が問題でもあったかい?」
「いいえ、そういうわけではありません。急ぎというわけでもないので、手が空くまで待ちますが、以前聞いた変り者の職人さんについて教えて頂きたくて」
その返答が冒頭の科白となる。
「どうして閉鎖を?」
ドリルの作業がひと段落ついて手を休めるのを待ってから、再びセレスが口を開いた。
「その前にそっちの黒髪の嬢ちゃんは誰だい? 身なりは冒険者のようだが、その割に華奢な身体付きだな」
「これは紹介が遅れました。彼女は私の現在のパーティーメンバーでユウキと言います」
セレスがそう説明してくれたので、俺は軽く会釈しながら自己紹介する。
「ユウキです。セレスからドリルさんの評判は伺っています。知り合いに変わった物を作る鍛冶職人さんがいると聞いて、是非とも会ってみたいと言い出したのは私なんです」
ドリルが物珍しいものでも見るかのような目付きで、俺を眺めた。
「間違っていたらすまないが、俺の見立てじゃ冒険者としての経験は浅いんじゃないか? セレスの嬢ちゃんに釣り合うほどの腕には見えないんだがな。失礼なことを言ったのなら謝る」
セレスが何か言おうとしたのをやんわりと制して、俺は答えた。
「おっしゃる通りです。私はつい先日、黒曜級になったばかりの駆け出しの冒険者に過ぎません。本来なら黄金級であるセレスとパーティーを組める立場ではないのですが、偶然が重なって今はこのように行動を共にしています」
セレスもこれだけは言っておきたいというように付け足す。
「ユウキは確かに経験は少ないですが、決して役に立たないわけではありません。実際に危ない場面で助けられたこともあります」
ある意味、それは嘘ではないのだが、大半は魔眼によるものなのであまり人に自慢できることではない。
俺とセレスの話を聞き、少し思案したのち、ドリルが、そうか、と言った。
「セレスの嬢ちゃんが言うなら間違いないだろう。不躾なことを言って悪かった。最近は良い武具を持てば腕まで上がると勘違いしている奴らが多くてな。名品ほど使い手を選ぶものなのに。先日も録に魔力も流せないくせに真銀の剣を売れとしつこく迫る奴がいてな。お前には百年早いと追い返したところだったのさ。パーティーを組む相手にも似たようなことが言えると思ったんだが、余計な世話だったようだな。それでギリルのことだったか。あのアホアニキ、いい歳してキャバクラ通いなんぞに嵌りやがって。只でさえ、売れもしない物ばかり作っていた上に店にツケまでして通い詰めたものだから、借金で首が回らなくなってとうとう強制的に働かされる羽目になったのよ。今は自分の工房を閉鎖して表通りの『精霊の園』って店で下働きの真っ最中さ」
お目当ての変り者職人は、どうやらドリルの兄だったようだ。
「お知り合いってお兄さんだったんですね。でも、それだったら助けなくていいんですか?」
セレスが至極真っ当な疑問を口にする。
「ふん、アニキにはいい薬だろうよ。これに懲りて少しは心を入れ替えて真面目に働いてくれりゃいいが」
「? ユウキ、どうかした?」
俺の落ち着きのない態度を見て、不思議そうにセレスがそう訊ねた。
何でもない、と言葉を濁したが、自分にも一時期キャバクラに嵌った時期があるだけに、ドリルの言葉が耳に痛かったのだ。
「それにしてもアニキに何の用だ? まともな装備品ならうちに、とは言わないが、他の者に頼んだ方が安心だぞ。あいつはおかしなものしか引き受けないからな」
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