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22.記憶
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ノアたちは場所を移した。向かったのは図書室の隣にある資料室。
人気はないけれど、貴重な資料があるため、監視カメラが置かれている。万が一にも変な噂を立てられないようにここを選んだのだ。
「……」
「……」
資料室の扉を閉めて、置かれているソファに座る。向かいに腰かけたアシェルが口を開かず、ノアは困ってしまった。
ノアの方から話を促すべきなのだろうか。アシェルに提案をして、それを受け入れてもらったところで、ノアの気力は尽きかけている。これ以上、話の主導権を握るのは難しい。
「……まず言いたいんですけど」
アシェルが話し始めた。ノアは内心でホッとしながら、話を促すように見守る。
「――僕は頭がおかしいわけじゃないんです。それは、信じてください!」
「分かりました。信じましょう」
「え……そんな、簡単に……?」
ノアの返答が軽く感じられたようだ。疑わしげに目を細めるアシェルに苦笑する。
ノアなりの信念にそって、誠実に対応した返事のつもりなのだけれど。
「……僕があなたの話を聞かせてほしいと言ったのです。それならば、あなたのことを信じなければ始まらないでしょう。その上で疑問や矛盾があれば質問をしますが、あなたの今の言葉に疑う点はありませんでした」
「どうして、そう思ったんですか?」
「あなたは不思議なことを言いますが、頭がおかしいと言われるほどには思えませんから。嘘をつくようにも感じられません」
アシェルはポカンと口を開いていた。でも、次第にゆるゆると頬が緩んで、安堵したように頷く。ノアの誠意は伝わったようだ。
「……ありがとうございます」
感謝されるほどのことではない。でも、それだけアシェルは自身を否定されることを危惧していたのだろう。
アシェルはどんな事情を抱えているのだろうか。
「では、お話します――僕は今のアシェルとして生まれる前に、日本という異世界の国で生きていました」
「異世界……。この世界ではないということですか? そもそも、今の生の前ということは、あなたは前世を覚えているということになりますが……」
ノアは困惑しながら理解に努めた。
教会の教えでは、亡くなった魂は天に向かい、安寧の眠りにつくということになっている。でも、一部の民族では、魂は再び命を得るのだと言われていることは、書物で読んだことがあった。
「そうです。と言っても、前世を思い出したのは、この学園に編入する直前ですけど……」
「……なるほど。それは大変でしたね」
ノアは自分に置き換えて考えてみた。
ある日突然身に覚えのない記憶が頭を巡ったら。ノアは混乱して絶望するだろう。記憶を信じられず、そして最終的には何も信じられなくなる気がする。
それを考えたら、周りに悟られないで過ごしているアシェルは、とても精神力が強いと思う。
「分かってもらえて嬉しいです。思い出した時は、凄く混乱して、泣きたくなりました。それは、ここがBLゲームの世界だと気づいた時もです」
「ビーエルゲーム……それが、前世をこことは違う世界だと思った理由ですか?」
「はい。まあ、貴族とかいる時点で、僕の前世の世界とはまるで違ったんですけど。――それで、BLゲームというのは、えぇっと……男性同士の恋愛を中心に展開される物語のようなもので……読者が主人公になって、様々な恋愛相手との話を楽しむ感じですね。会話や行動に選択肢があって、どれを選ぶかで結ばれる相手や展開が変わるんです」
正直難しい話だ。劇を進行しながら、観劇者の投票により展開が変わっていく感じだろうか。
「――この世界は、僕が前世でしていたBLゲームそのもので、この学園はその主な舞台になってるんです。僕の境遇は主人公と同じだし、ライアンたちの名前や性格もほとんど一緒です。……サミュエルとかノアが全然違っていて、変なんですけど」
「変と言われても……僕は僕でしかありませんし」
謂われなき非難だと暗に伝えると、アシェルは渋々といった感じで頷く。
それにしても、舞台となる学園に編入する直前に前世を思い出すとは、なにがしかの意思が働いたように感じる。決してアシェルの利点にならない記憶だろうに。
人気はないけれど、貴重な資料があるため、監視カメラが置かれている。万が一にも変な噂を立てられないようにここを選んだのだ。
「……」
「……」
資料室の扉を閉めて、置かれているソファに座る。向かいに腰かけたアシェルが口を開かず、ノアは困ってしまった。
ノアの方から話を促すべきなのだろうか。アシェルに提案をして、それを受け入れてもらったところで、ノアの気力は尽きかけている。これ以上、話の主導権を握るのは難しい。
「……まず言いたいんですけど」
アシェルが話し始めた。ノアは内心でホッとしながら、話を促すように見守る。
「――僕は頭がおかしいわけじゃないんです。それは、信じてください!」
「分かりました。信じましょう」
「え……そんな、簡単に……?」
ノアの返答が軽く感じられたようだ。疑わしげに目を細めるアシェルに苦笑する。
ノアなりの信念にそって、誠実に対応した返事のつもりなのだけれど。
「……僕があなたの話を聞かせてほしいと言ったのです。それならば、あなたのことを信じなければ始まらないでしょう。その上で疑問や矛盾があれば質問をしますが、あなたの今の言葉に疑う点はありませんでした」
「どうして、そう思ったんですか?」
「あなたは不思議なことを言いますが、頭がおかしいと言われるほどには思えませんから。嘘をつくようにも感じられません」
アシェルはポカンと口を開いていた。でも、次第にゆるゆると頬が緩んで、安堵したように頷く。ノアの誠意は伝わったようだ。
「……ありがとうございます」
感謝されるほどのことではない。でも、それだけアシェルは自身を否定されることを危惧していたのだろう。
アシェルはどんな事情を抱えているのだろうか。
「では、お話します――僕は今のアシェルとして生まれる前に、日本という異世界の国で生きていました」
「異世界……。この世界ではないということですか? そもそも、今の生の前ということは、あなたは前世を覚えているということになりますが……」
ノアは困惑しながら理解に努めた。
教会の教えでは、亡くなった魂は天に向かい、安寧の眠りにつくということになっている。でも、一部の民族では、魂は再び命を得るのだと言われていることは、書物で読んだことがあった。
「そうです。と言っても、前世を思い出したのは、この学園に編入する直前ですけど……」
「……なるほど。それは大変でしたね」
ノアは自分に置き換えて考えてみた。
ある日突然身に覚えのない記憶が頭を巡ったら。ノアは混乱して絶望するだろう。記憶を信じられず、そして最終的には何も信じられなくなる気がする。
それを考えたら、周りに悟られないで過ごしているアシェルは、とても精神力が強いと思う。
「分かってもらえて嬉しいです。思い出した時は、凄く混乱して、泣きたくなりました。それは、ここがBLゲームの世界だと気づいた時もです」
「ビーエルゲーム……それが、前世をこことは違う世界だと思った理由ですか?」
「はい。まあ、貴族とかいる時点で、僕の前世の世界とはまるで違ったんですけど。――それで、BLゲームというのは、えぇっと……男性同士の恋愛を中心に展開される物語のようなもので……読者が主人公になって、様々な恋愛相手との話を楽しむ感じですね。会話や行動に選択肢があって、どれを選ぶかで結ばれる相手や展開が変わるんです」
正直難しい話だ。劇を進行しながら、観劇者の投票により展開が変わっていく感じだろうか。
「――この世界は、僕が前世でしていたBLゲームそのもので、この学園はその主な舞台になってるんです。僕の境遇は主人公と同じだし、ライアンたちの名前や性格もほとんど一緒です。……サミュエルとかノアが全然違っていて、変なんですけど」
「変と言われても……僕は僕でしかありませんし」
謂われなき非難だと暗に伝えると、アシェルは渋々といった感じで頷く。
それにしても、舞台となる学園に編入する直前に前世を思い出すとは、なにがしかの意思が働いたように感じる。決してアシェルの利点にならない記憶だろうに。
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