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24.本質
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「家族から解放されたいというのは、今アシェルさんは冷遇されているから、ということでいいですね?」
「はい……。元々、母は僕に冷たかったんです。母を好きな義父も、僕のことを嫌っているみたいで。おそらく本当の父のことが関係しているんでしょうけど、僕は詳しく知りません。ご飯を抜かれることも、無視されることもありました。暴力は……辛うじて使用人が庇ってくれましたけど……」
ノアは眉を寄せる。アシェルの現状を思うと助けてやりたいし、幸せになってほしい。でも、その手段にライアンを使うのは許容できなかった。
アシェルのやり方は国を乱す。貴族としてそれを受け入れるわけにはいかない。
「ライアン殿下のことはどう思っているのですか? 自分の望みを叶えるための駒の一つ?」
「……ライアンのことは好ましく思っています。僕を助けようとしてくれるから。そのやり方が、少し納得いかないことはありますけど」
「そうですか……」
多少の情はあるらしい。でも、ライアンの方が、アシェルのことをどう思っているのかは分からない。
この先、ライアンはアシェルをどうするつもりなのだろう。決して明るい未来があるようには思えないけれど。下手をすれば、騒動の責任をアシェルに負わせて、切り捨てる可能性がある。
「あの……サミュエルは、僕と同じ転生者だと思いますか?」
「テンセイシャというのは、あなたのように前世の記憶があるという意味ですね?」
「はい。転じて生を受けた者ってことで転生者です。サミュエルは、それに加えて、僕と同じBLゲームの記憶があって、断罪されないようにしてるのかなって思ったんですけど!」
アシェルが答えを求めて切実な眼差しをしている。でも、ノアとて明確な答えは持っていない。少なくとも、これまでサミュエルと話した中で、前世や転生者という話は出たことがない。
「サミュエル様が転生者であっても、そうでなくとも、あなたが今すべきことは、ライアン殿下と正しく距離をとることだと思いますが」
「でもっ、そうしたら僕はどうやってあの家を出たらいいんですか!? 学園を卒業したら、義父が決めた相手と結婚させるとか言われてるんですよ! そんなの、絶対にいい人じゃないでしょう? 僕はそんな結婚、嫌です!」
泣きそうな顔をするアシェル。ノアも可哀想になってくる。
「悪役令息がちゃんとしてくれればいいのに! どうして、僕の邪魔をするの! 自分が幸せなら、あの人は僕の境遇なんてどうでもいいんだ! 悪役って最初から決まってるの、可哀想だなってゲームの時は思ってたけど、ほんとに悪いヤツじゃないか……!」
ノアはそっと拳を握って怒りを堪えた。
アシェルが現実とBLゲームを上手く切り離せていないのは分かっている。そのせいでサミュエルが悪役令息と呼ばれていることも理解した。
でも、アシェルをいじめないから悪いヤツというのは、論理が破綻しているとしか思えなかった。おそらく、アシェルは自分の望みに囚われて、サミュエルが意思を持っている同じ人間だと忘れている。
それに、アシェルのやり方は、自分の代わりにサミュエルがとびきりの不幸になれ、と願っているようなものだ。現実として、そのような展開は起こり得ないとしても、ノアは不快感を覚えずにはいられなかった。
「……サミュエル様は、悪い方ではありません。そのような言い方をされているのを聞くのは……僕も傷つきます」
「え……。あ、もしかして、サミュエルと仲がいいんですか? そんな設定、ゲームになかった……。でも、ここは現実で。でも、キャラだし……でも――」
アシェルが自分を追い込むように呟き続ける。ノアは焦った。思った以上に、アシェルはBLゲームと現実の違いを理解できておらず、混乱したままの状態だったらしい。
「アシェルさん、落ち着いてください。僕はあなたを否定しているわけではありません」
縋るような目がノアを見つめた。それに努めて穏やかに微笑んで見せる。
アシェルが僅かに頬を緩める。混乱は少し鎮まったようだ。
「――辛かったですね。家族との関係も、現実と重なる前世の記憶も。受け入れるのが難しかったですね。僕もまだ正直、あなたの話の全てを理解できたわけではありません。だから、これからたくさんお話をしましょう。それで、あなたが救われる他の道を、一緒に探しましょう」
静かに語りかける。真剣な眼差しで聞いていたアシェルの目が、次第に潤んできた。最後の言葉で、ついに透明な雫が白い頬を伝い落ちていく。
「……一緒に、探してくれるん、ですか。ワケわかんない話だったはずなのに、僕を信じて、助けてくれるんですかっ?」
「はい。……それに、僕はあなたがご存じのように、話すのが苦手ですからね。少し、その改善のお手伝いをしてくださいませんか?」
アシェルが気に病まないようにと続けた言葉。それを聞いたアシェルは、パチリと瞬きをして、最後の雫をこぼした。口元に微かな笑みが浮かぶ。
「……十分、話せてるじゃないですか。……ノア様は、優しい方ですね」
その困ったような笑みは、これまでの表情のどれよりもアシェルらしく感じられた。根は素直で穏やかな性格なのだろう。
貴族として、一人の人間として、ノアはアシェルを手助けしてあげたくなった。
「はい……。元々、母は僕に冷たかったんです。母を好きな義父も、僕のことを嫌っているみたいで。おそらく本当の父のことが関係しているんでしょうけど、僕は詳しく知りません。ご飯を抜かれることも、無視されることもありました。暴力は……辛うじて使用人が庇ってくれましたけど……」
ノアは眉を寄せる。アシェルの現状を思うと助けてやりたいし、幸せになってほしい。でも、その手段にライアンを使うのは許容できなかった。
アシェルのやり方は国を乱す。貴族としてそれを受け入れるわけにはいかない。
「ライアン殿下のことはどう思っているのですか? 自分の望みを叶えるための駒の一つ?」
「……ライアンのことは好ましく思っています。僕を助けようとしてくれるから。そのやり方が、少し納得いかないことはありますけど」
「そうですか……」
多少の情はあるらしい。でも、ライアンの方が、アシェルのことをどう思っているのかは分からない。
この先、ライアンはアシェルをどうするつもりなのだろう。決して明るい未来があるようには思えないけれど。下手をすれば、騒動の責任をアシェルに負わせて、切り捨てる可能性がある。
「あの……サミュエルは、僕と同じ転生者だと思いますか?」
「テンセイシャというのは、あなたのように前世の記憶があるという意味ですね?」
「はい。転じて生を受けた者ってことで転生者です。サミュエルは、それに加えて、僕と同じBLゲームの記憶があって、断罪されないようにしてるのかなって思ったんですけど!」
アシェルが答えを求めて切実な眼差しをしている。でも、ノアとて明確な答えは持っていない。少なくとも、これまでサミュエルと話した中で、前世や転生者という話は出たことがない。
「サミュエル様が転生者であっても、そうでなくとも、あなたが今すべきことは、ライアン殿下と正しく距離をとることだと思いますが」
「でもっ、そうしたら僕はどうやってあの家を出たらいいんですか!? 学園を卒業したら、義父が決めた相手と結婚させるとか言われてるんですよ! そんなの、絶対にいい人じゃないでしょう? 僕はそんな結婚、嫌です!」
泣きそうな顔をするアシェル。ノアも可哀想になってくる。
「悪役令息がちゃんとしてくれればいいのに! どうして、僕の邪魔をするの! 自分が幸せなら、あの人は僕の境遇なんてどうでもいいんだ! 悪役って最初から決まってるの、可哀想だなってゲームの時は思ってたけど、ほんとに悪いヤツじゃないか……!」
ノアはそっと拳を握って怒りを堪えた。
アシェルが現実とBLゲームを上手く切り離せていないのは分かっている。そのせいでサミュエルが悪役令息と呼ばれていることも理解した。
でも、アシェルをいじめないから悪いヤツというのは、論理が破綻しているとしか思えなかった。おそらく、アシェルは自分の望みに囚われて、サミュエルが意思を持っている同じ人間だと忘れている。
それに、アシェルのやり方は、自分の代わりにサミュエルがとびきりの不幸になれ、と願っているようなものだ。現実として、そのような展開は起こり得ないとしても、ノアは不快感を覚えずにはいられなかった。
「……サミュエル様は、悪い方ではありません。そのような言い方をされているのを聞くのは……僕も傷つきます」
「え……。あ、もしかして、サミュエルと仲がいいんですか? そんな設定、ゲームになかった……。でも、ここは現実で。でも、キャラだし……でも――」
アシェルが自分を追い込むように呟き続ける。ノアは焦った。思った以上に、アシェルはBLゲームと現実の違いを理解できておらず、混乱したままの状態だったらしい。
「アシェルさん、落ち着いてください。僕はあなたを否定しているわけではありません」
縋るような目がノアを見つめた。それに努めて穏やかに微笑んで見せる。
アシェルが僅かに頬を緩める。混乱は少し鎮まったようだ。
「――辛かったですね。家族との関係も、現実と重なる前世の記憶も。受け入れるのが難しかったですね。僕もまだ正直、あなたの話の全てを理解できたわけではありません。だから、これからたくさんお話をしましょう。それで、あなたが救われる他の道を、一緒に探しましょう」
静かに語りかける。真剣な眼差しで聞いていたアシェルの目が、次第に潤んできた。最後の言葉で、ついに透明な雫が白い頬を伝い落ちていく。
「……一緒に、探してくれるん、ですか。ワケわかんない話だったはずなのに、僕を信じて、助けてくれるんですかっ?」
「はい。……それに、僕はあなたがご存じのように、話すのが苦手ですからね。少し、その改善のお手伝いをしてくださいませんか?」
アシェルが気に病まないようにと続けた言葉。それを聞いたアシェルは、パチリと瞬きをして、最後の雫をこぼした。口元に微かな笑みが浮かぶ。
「……十分、話せてるじゃないですか。……ノア様は、優しい方ですね」
その困ったような笑みは、これまでの表情のどれよりもアシェルらしく感じられた。根は素直で穏やかな性格なのだろう。
貴族として、一人の人間として、ノアはアシェルを手助けしてあげたくなった。
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