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58.王城の庭園
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うららかな日差しの下。
王城の庭園には色とりどりの花が咲き、柔らかな風が甘く爽やかな香りを運んでくる。
ノアは前方を歩く二人の姿を、そっと見守った。ライアンとアシェルだ。
応接間にアシェルを訪ねて来たライアンは、人目を避けるために先行して庭園に向かった。その姿を見ても躊躇うアシェルを促して庭園に出て来たノアたちは、こうして二人きりで話せるよう、距離をとって見守っているのだ。
「……お二人は上手く話せるでしょうか」
「大丈夫じゃない? ライアン殿下の表情を見るに、アシェル殿を拒絶しに来たわけではないようだからね」
ちらりと周囲を見渡し、人がいないのを確認した後、サミュエルがどうでもよさそうに答える。
サミュエルはライアンとアシェルの今後についてあまり興味がないらしい。とはいえ、臣下の務めとして、ライアンたちに余計な噂が立たないよう、警戒に余念はないようだけれど。
ここは王城にある庭園の中でもだいぶ奥まったところだ。王族の許しがなければ入れないため、一時噂の渦中にあったアシェルがライアンと話すには、絶好の場所でもあった。
「――それよりも、ほら、薔薇が綺麗だよ。ノアはこういう花は好き?」
あっさりと話題を変えるサミュエルを、ノアは思わずじとりと見つめた。
友人の一大事に、ノアはハラハラとしながら見守っているというのに、サミュエルのこのほのぼのとした感じはなんだろう。とても嬉しそうにも見える。
「……僕は、八重咲きの華やかな花よりも、どちらかというと、小さくて素朴な花が好きです」
「なるほど。確かに、ノアにはそちらの方が合う気がするね。――最近、青紫のかすみ草ができたらしいよ。ここにはないようだけど、たいそう儚げで美しいと評判みたいだ。今度贈るね」
「……ありがとうございます」
にこにこと笑うサミュエルに、ノアは文句を言う気が削がれた。
考えてみると、ノアがここでアシェルを心配したところで、何も変わらないわけで。それならば、二人を見守りつつも、滅多に来られない庭園を楽しんだ方がいい気がする。
(それに……サミュエル様と、こんな風に二人きりで歩くことなんて、初めてのことだし――)
ノアの腰に添えられたサミュエルの手。近すぎる体温には未だ慣れなくて、頬が赤らむ気がするけれど。こうして二人で外を散策するのは初めてで、くすぐったいような、浮き立つような、不思議な心地がする。
学園の裏庭で話している時とは少し違って、このように寄り添って散策するのは、なんだか逢い引きのようで――。
ノアが勝手にそう思っているだけなのかもしれないけれど、少し気恥ずかしくなってしまう。
「あ……」
前方の二人の姿に、思わず声が漏れた。
しばらく硬い雰囲気だった二人。それが今は、少し近くなった距離感で、穏やかに微笑み合っている。
どのような話をしたのかは分からないけれど、全く問題はなかったらしい。
これから長く共に過ごすはずの二人だ。その関係性を表す名はまだ定かではなくとも、二人にとって良いものになってくれるなら、ノアとしても嬉しい。
「……よそ見ばかりされるのは寂しいな」
不意に拗ねたような声が聞こえて、ノアはパチリと目を瞬かせた。横をそろりと窺うと、咎めるように僅かに目を細めて、サミュエルが口元に笑みを浮かべている。
ノアは少し反省した。言われてみれば確かに、婚約者と二人きりで散策している時に、他人ばかり気にしているのは失礼だ。
とはいえ、こうして散策しているのは、アシェルたちの様子を見守るのが主な目的なのだと、ノアは思っていたのだけれど。サミュエルは違うのだろうか。
(アシェルさんたちにあまり関心がないようだし、サミュエル様にとっては僕との語らいの方が大切……ということかな……?)
そう考えると、嬉しいような気恥ずかしいような。
火照る気がする頬を押さえる。まだ日差しが暑い季節ではないのに、なんだかのぼせたような気分だった。
「サミュエル様ばかり見ていたら、僕の方がどうにかなってしまいそうなので……少しよそ見をさせてください……」
赤くなった顔を見られたくなくて、ノアは俯きがちに答えた。
正直な気持ちを言葉にするのも恥ずかしいけれど、きちんと言わずに誤解されるのも嫌だ。ノアにとって、サミュエルと共に過ごし、お喋りを楽しむのは、心躍るほど楽しいことに違いはない。憧れの人が近すぎて、どうしても気後れしそうになるだけで。
「……ノアはたまに、殺し文句を言うよね。無自覚なんだろうけど……どうにかなってしまいそうなのは、私の方だと思うよ」
苦々しいような、それでいて楽しげなサミュエルの口調。その理由が分からなくて、ノアは思わずサミュエルの顔を覗き込む。
熱っぽい眼差しが注がれ、ノアは体温が一気に上がった気がした。
「っ、サミュエル様、そのような目で、見ないでください……」
「どんな目?」
慌てて再び俯こうとしたノアを、頬に手を添えてサミュエルが妨げる。ノアの頬以上に、サミュエルの手が熱く感じた。
「――ふっ……ノアに、こうしたいと思っているのが伝わったかな?」
手が添えられているのとは反対側の頬で、チュ……と音がする。何度されたって慣れないその感覚に、ノアはめまいを感じた気がしてぎゅっと目を瞑った。
王城の庭園には色とりどりの花が咲き、柔らかな風が甘く爽やかな香りを運んでくる。
ノアは前方を歩く二人の姿を、そっと見守った。ライアンとアシェルだ。
応接間にアシェルを訪ねて来たライアンは、人目を避けるために先行して庭園に向かった。その姿を見ても躊躇うアシェルを促して庭園に出て来たノアたちは、こうして二人きりで話せるよう、距離をとって見守っているのだ。
「……お二人は上手く話せるでしょうか」
「大丈夫じゃない? ライアン殿下の表情を見るに、アシェル殿を拒絶しに来たわけではないようだからね」
ちらりと周囲を見渡し、人がいないのを確認した後、サミュエルがどうでもよさそうに答える。
サミュエルはライアンとアシェルの今後についてあまり興味がないらしい。とはいえ、臣下の務めとして、ライアンたちに余計な噂が立たないよう、警戒に余念はないようだけれど。
ここは王城にある庭園の中でもだいぶ奥まったところだ。王族の許しがなければ入れないため、一時噂の渦中にあったアシェルがライアンと話すには、絶好の場所でもあった。
「――それよりも、ほら、薔薇が綺麗だよ。ノアはこういう花は好き?」
あっさりと話題を変えるサミュエルを、ノアは思わずじとりと見つめた。
友人の一大事に、ノアはハラハラとしながら見守っているというのに、サミュエルのこのほのぼのとした感じはなんだろう。とても嬉しそうにも見える。
「……僕は、八重咲きの華やかな花よりも、どちらかというと、小さくて素朴な花が好きです」
「なるほど。確かに、ノアにはそちらの方が合う気がするね。――最近、青紫のかすみ草ができたらしいよ。ここにはないようだけど、たいそう儚げで美しいと評判みたいだ。今度贈るね」
「……ありがとうございます」
にこにこと笑うサミュエルに、ノアは文句を言う気が削がれた。
考えてみると、ノアがここでアシェルを心配したところで、何も変わらないわけで。それならば、二人を見守りつつも、滅多に来られない庭園を楽しんだ方がいい気がする。
(それに……サミュエル様と、こんな風に二人きりで歩くことなんて、初めてのことだし――)
ノアの腰に添えられたサミュエルの手。近すぎる体温には未だ慣れなくて、頬が赤らむ気がするけれど。こうして二人で外を散策するのは初めてで、くすぐったいような、浮き立つような、不思議な心地がする。
学園の裏庭で話している時とは少し違って、このように寄り添って散策するのは、なんだか逢い引きのようで――。
ノアが勝手にそう思っているだけなのかもしれないけれど、少し気恥ずかしくなってしまう。
「あ……」
前方の二人の姿に、思わず声が漏れた。
しばらく硬い雰囲気だった二人。それが今は、少し近くなった距離感で、穏やかに微笑み合っている。
どのような話をしたのかは分からないけれど、全く問題はなかったらしい。
これから長く共に過ごすはずの二人だ。その関係性を表す名はまだ定かではなくとも、二人にとって良いものになってくれるなら、ノアとしても嬉しい。
「……よそ見ばかりされるのは寂しいな」
不意に拗ねたような声が聞こえて、ノアはパチリと目を瞬かせた。横をそろりと窺うと、咎めるように僅かに目を細めて、サミュエルが口元に笑みを浮かべている。
ノアは少し反省した。言われてみれば確かに、婚約者と二人きりで散策している時に、他人ばかり気にしているのは失礼だ。
とはいえ、こうして散策しているのは、アシェルたちの様子を見守るのが主な目的なのだと、ノアは思っていたのだけれど。サミュエルは違うのだろうか。
(アシェルさんたちにあまり関心がないようだし、サミュエル様にとっては僕との語らいの方が大切……ということかな……?)
そう考えると、嬉しいような気恥ずかしいような。
火照る気がする頬を押さえる。まだ日差しが暑い季節ではないのに、なんだかのぼせたような気分だった。
「サミュエル様ばかり見ていたら、僕の方がどうにかなってしまいそうなので……少しよそ見をさせてください……」
赤くなった顔を見られたくなくて、ノアは俯きがちに答えた。
正直な気持ちを言葉にするのも恥ずかしいけれど、きちんと言わずに誤解されるのも嫌だ。ノアにとって、サミュエルと共に過ごし、お喋りを楽しむのは、心躍るほど楽しいことに違いはない。憧れの人が近すぎて、どうしても気後れしそうになるだけで。
「……ノアはたまに、殺し文句を言うよね。無自覚なんだろうけど……どうにかなってしまいそうなのは、私の方だと思うよ」
苦々しいような、それでいて楽しげなサミュエルの口調。その理由が分からなくて、ノアは思わずサミュエルの顔を覗き込む。
熱っぽい眼差しが注がれ、ノアは体温が一気に上がった気がした。
「っ、サミュエル様、そのような目で、見ないでください……」
「どんな目?」
慌てて再び俯こうとしたノアを、頬に手を添えてサミュエルが妨げる。ノアの頬以上に、サミュエルの手が熱く感じた。
「――ふっ……ノアに、こうしたいと思っているのが伝わったかな?」
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