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76.意外な攻略対象
しおりを挟む「――何故隠す必要があるのですか……?」
真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。
現王妃に不貞疑惑があり、第一王子の血筋に疑義が生じていることは知っていた。でも、王の場合は、そもそも基本的に不貞という概念がない。
王は王家の血を繋げる務めがある。それゆえに、王は王妃以外にも妻を持つ一夫多妻制だ。
婚姻を結ばないまま子を作ってしまったなら、多少外聞は悪いけれど、そのまま妾にすればいいはず。その場合、子が隠されるということはありえない。
「さぁ……ゲームではそこまで解説されていなかったので。国を乗っ取ろうとするストーリーで、王の隠し子がキーマンっていうのは、鉄板のストーリーですし。……でも、改めて現実で考えると、嫌な気分になりますね」
アシェルが僅かに顔を顰める。ノアはサミュエルを横目で窺った。答えは知りたいけれど、恐らく厳重に隠されている事柄なので尋ねにくい。
サミュエルは暫く腕を組んで考え込んでいたものの、ノアの視線に気づいて肩をすくめた。
「……今後、どの情報が役に立つか分からないから、教えるのは構わないけど、他言無用で頼むよ」
「はい、もちろんです」
「王の隠し子を知ってるっていうだけで、まずい状況ですからねー。今更秘密が増えたところで、どんとこいってやつですよ」
真剣に頷いたノアとは対照的に、アシェルの言葉は少し軽く感じた。
サミュエルは僅かに眉を顰めたものの、アシェルのことは信頼しているのか、咎めずに話を続ける。
「陛下がまだ王妃殿下と婚約中だった時に、侍女に手を出してしまったんだよ。第一王子は王妃との間の子でなくてはならない。王妃と婚姻を結んでいて、既に王子がいれば、その侍女を妾にすることもできたんだけど。結局、うちが秘密裏に子どもを引き取って、ディーガー伯爵家の養子にさせたんだ」
「……その侍女の方はどうされたのですか?」
理解できなくはない話だ。でも、王が手を出した女性のその後について語られないことに、少し嫌な予感を抱いてしまう。
「侍女として雇い入れる予定だったけど、産後の肥立ちが悪くて亡くなってしまったらしい」
「それは……お気の毒に」
痛ましいと思いつつ、サミュエルの言葉を反芻していて、ふとあることに気づいた。
王が王妃と婚姻前にできた子ということは、少なくともノアたちより年上ということだ。それに名前がハミルトンとは……どこかで聞いた覚えがある。
「――ハミルトン、殿……? もしかして、図書室の司書さんでは?」
学園が舞台でストーリーが展開されるならば、主人公の兄も学園にいる可能性が高い。でも、ノアの記憶を遡っても、学園には現在ディーガー伯爵家の者は学生として存在していない。
唯一思い浮かぶのは、ノアが比較的話すことができる司書の存在だった。学園では基本的に教師陣は爵位を名乗らないから、司書がディーガー伯爵家の者でも不思議はない。
「そうだね。……アシェル殿は知っていたようだけど」
「それは知ってるに決まってますよ。ゲーム第二弾の中で、主人公がハミルトンに会いに行くのは、基本的に図書室でしたから」
サミュエルとアシェルがあっさり頷くので、ノアも素直に納得した。
それにしても、あの司書に、王の隠し子という裏事情があったとは、こうして聞かされるまで全く気付かなかった。ノアが多少話せるくらい、ハミルトンは穏やかで理知的な雰囲気で、暗い印象はなかったから。もちろん、王の隠し子だからといって、それを思い悩んでいるとは限らないけれど。
「……それにしても、ライアン殿下よりだいぶ年上ですね」
「陛下が学園に在学中にできた子だからね」
苦笑しながら頷くサミュエルに、ノアも苦い思いを隠せず口を引き結んだ。
王妃の不貞疑惑を知った際に、王はどうしてそれを知らないふりをしているのかと思ったけれど、もしかしたら王自身にも負い目があったからなのかもしれないと理解してしまった。
なんというか、王ならば、もう少し人として真っ当に生きてほしいと思うのは、ノアの我儘だろうか。王家は貴族家よりも正しさが求められる立場だと思う。
「――さて、カールトン国の第三王子に関係する話はこれくらいかい? アシェル殿がもう情報を持っていないようなら、今後のことを考えたいと思うんだけど」
サミュエルが明るい声で、少し沈んだ空気を切り替えさせた。ノアも王家に対する思考を打ち切り、姿勢を正す。
ノアにとって、ハミルトンの情報は所詮他人事である。留学してくる第三王子に対してどう行動すべきかが、今一番考えなければならないことだった。
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