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86.溢れる愛おしさ
ノアが領地に発って一週間。ランドロフ侯爵領は王都から二日の距離で、比較的近いけれど、そうそう簡単に会えない状況はサミュエルにとってなかなか辛かった。
サミュエルはルーカスの側近を務めながら、少しずつ溜まっていく苛立ちを隠していたつもりだ。でも、ザクやルーカスにはお見通しだったようで、ルーカスには特に呆れが混じった目を向けられた。
『そんなになるなら、領地に帰らないでくれと言えば良かったじゃないか』
『私がノアの望みを妨げるとお思いですか? 殿下、ランドロフ侯爵領と王都間の道路整備をしませんか。できる限り直線で道を作ればぎりぎり一日の距離に短縮できます』
『その間にある領地をいくつ潰すつもりだ。できるわけがないだろう。……俺は時々、サミュエルのノア殿至上主義が怖くなる。兄上の婚約者だった時、よく隠し通せたな』
『ノアの迷惑になることはしませんよ』
仕事を薙ぎ倒す勢いで片づけていたサミュエルとルーカスの会話だ。
ザクは「サミュエル様の予定に振り回される殿下はお可哀想……」と呟きながら、ルーカスの机に書類の山を積んでいた。ザクの中に『王太子殿下への配慮』という感情はない。
ルーカスに「似た者主従め。そもそもなんでお前が城の仕事の補佐までやっているんだ」とため息をつかれていたけれど。
そんなわけで、サミュエルはおそらくノアが想像している何十倍も再会を心待ちにしていたのだ。
だから、ランドロフ侯爵邸に着いてからの行動は仕方ないとしか言えない。
ルーカスから「ノア殿に関すること以外は完璧超人」だとか、ザクから「ノア様に関すること以外は情緒欠落人」だとか評されるサミュエルは、ノアに対してだけは、ごく普通の若い男なので――。
「サミュエル様、遠いところをよくいらっしゃいました。お疲れではな――っ!?」
「ノア……」
玄関ホールで出迎えてくれたノアを見た瞬間に、サミュエルの理性のタガが外れた。
ふわりとした優しい笑み。喜びと甘えが滲む瞳で上目遣いで恋人に見つめられて、我慢できる男がいるだろうか。
いつの間にかノアの身体はサミュエルの腕の中にあったし、驚いてポカンと開いた口に、サミュエルは噛みつくように口づけていた。
サミュエルを迎えるために、たくさんの使用人が揃っている中でのことである。
「ん!? っ、ふ……ぁ……」
控えめに背中を引っ張るノアの仕草が可愛い。全然抵抗になっていないし、なんなら「拒否したら、サミュエル様を傷つけてしまうかな……?」と思っていそうなところが、いっそ憐れなほどに愛おしい。
「……やりやがったよ、この人……」
ザクが背後で絶望したように呟いたのが聞こえた。ついでに、声を上げないけれど動揺した雰囲気を漂わせる使用人たちに気づいて、サミュエルは少しまずいかなとは思う。すぐに、どうとでもなるか、と口づけに集中したけれど。
「――サミュエル様はお疲れのようですね」
「……ロウ。そうでもないよ。ノアに会えたからね」
グイッと肩を掴まれて、ノアから引き離された。ロウがこめかみに青筋を浮かべている。もはや見慣れた表情である。
ノアは知らないだろうけれど、ロウはこれまで何度も「ノア様にご無体をされるなら、屋敷の者一丸となって、サミュエル様の訪問を拒みますからね?」と注意してきた。
その我慢の限界を見極めることは、サミュエルにとって容易いので、実行されることのない警告だ。
今も、これ以上続けたら侯爵に報告されて、暫く接近禁止令が出されるだろうと分かったので、大人しくノアから離れる。だいぶ名残惜しいけれど。
(早く結婚したいものだ……)
あと一年という時間が、憎らしいほど長い。
「……サミュエル様……僕、ちゃんとお出迎えをしようと思っていましたのに……」
「もちろん、心尽くしの歓迎を受け取ったよ。ありがとう、ノア」
少し落ち込んだ様子を見せるノアに、サミュエルは微笑んだ。内心少し慌てていたけれど。
ノアがサミュエルを迎えるために、色々とシミュレーションしていたことをなんとなく察した。
対人関係のスキルが低いノアは、突発的な出来事に弱い。おそらくサミュエルを迎えてから、その後どう過ごすかまで、綿密に計画を練っていたはずだ。
そんなノアの計画を、サミュエルは顔を合わせた途端に崩してしまったのだろう。
ロウの冷たい視線も、ザクの呆れた目も、サミュエルにとっては全くの無価値だけれど、ノアが少しでも悲しむのは駄目だ。
サミュエルはノアの白く滑らかな頬に手を添え、慰めるように額にキスを落とす。
「この一週間、ノアに会えなくて寂しかったんだ。つい自分を抑えられなかった。……許してくれるかい?」
「……はい、もちろん。僕も、サミュエル様にお会いできなくて寂しかったです。だから、来ていただけて、とても嬉しい……」
頬を染めて潤んだ瞳のまま、ノアが幸せそうに微笑んだ。
再び熱い口づけを求めなかったサミュエルは、褒められるべきだと思う。さすがにそれをしたら、ノアが拗ねてしまうだろうから。
「……ノア様がお許しにならなければ、叩き出してやるのに……」
「どうでもいいですけど、いつまで玄関でラブシーンを繰り広げるんです?」
ロウとザクが呟く声が聞こえる。
揃っている使用人たちが『なるほど。これからこの感じが暫く続くのか……』と遠い目をしているのも、サミュエルは気づいている。
でも、今は、ノアを見つめて愛を囁くことにしか、意識を向けるつもりはなかった。
サミュエルはルーカスの側近を務めながら、少しずつ溜まっていく苛立ちを隠していたつもりだ。でも、ザクやルーカスにはお見通しだったようで、ルーカスには特に呆れが混じった目を向けられた。
『そんなになるなら、領地に帰らないでくれと言えば良かったじゃないか』
『私がノアの望みを妨げるとお思いですか? 殿下、ランドロフ侯爵領と王都間の道路整備をしませんか。できる限り直線で道を作ればぎりぎり一日の距離に短縮できます』
『その間にある領地をいくつ潰すつもりだ。できるわけがないだろう。……俺は時々、サミュエルのノア殿至上主義が怖くなる。兄上の婚約者だった時、よく隠し通せたな』
『ノアの迷惑になることはしませんよ』
仕事を薙ぎ倒す勢いで片づけていたサミュエルとルーカスの会話だ。
ザクは「サミュエル様の予定に振り回される殿下はお可哀想……」と呟きながら、ルーカスの机に書類の山を積んでいた。ザクの中に『王太子殿下への配慮』という感情はない。
ルーカスに「似た者主従め。そもそもなんでお前が城の仕事の補佐までやっているんだ」とため息をつかれていたけれど。
そんなわけで、サミュエルはおそらくノアが想像している何十倍も再会を心待ちにしていたのだ。
だから、ランドロフ侯爵邸に着いてからの行動は仕方ないとしか言えない。
ルーカスから「ノア殿に関すること以外は完璧超人」だとか、ザクから「ノア様に関すること以外は情緒欠落人」だとか評されるサミュエルは、ノアに対してだけは、ごく普通の若い男なので――。
「サミュエル様、遠いところをよくいらっしゃいました。お疲れではな――っ!?」
「ノア……」
玄関ホールで出迎えてくれたノアを見た瞬間に、サミュエルの理性のタガが外れた。
ふわりとした優しい笑み。喜びと甘えが滲む瞳で上目遣いで恋人に見つめられて、我慢できる男がいるだろうか。
いつの間にかノアの身体はサミュエルの腕の中にあったし、驚いてポカンと開いた口に、サミュエルは噛みつくように口づけていた。
サミュエルを迎えるために、たくさんの使用人が揃っている中でのことである。
「ん!? っ、ふ……ぁ……」
控えめに背中を引っ張るノアの仕草が可愛い。全然抵抗になっていないし、なんなら「拒否したら、サミュエル様を傷つけてしまうかな……?」と思っていそうなところが、いっそ憐れなほどに愛おしい。
「……やりやがったよ、この人……」
ザクが背後で絶望したように呟いたのが聞こえた。ついでに、声を上げないけれど動揺した雰囲気を漂わせる使用人たちに気づいて、サミュエルは少しまずいかなとは思う。すぐに、どうとでもなるか、と口づけに集中したけれど。
「――サミュエル様はお疲れのようですね」
「……ロウ。そうでもないよ。ノアに会えたからね」
グイッと肩を掴まれて、ノアから引き離された。ロウがこめかみに青筋を浮かべている。もはや見慣れた表情である。
ノアは知らないだろうけれど、ロウはこれまで何度も「ノア様にご無体をされるなら、屋敷の者一丸となって、サミュエル様の訪問を拒みますからね?」と注意してきた。
その我慢の限界を見極めることは、サミュエルにとって容易いので、実行されることのない警告だ。
今も、これ以上続けたら侯爵に報告されて、暫く接近禁止令が出されるだろうと分かったので、大人しくノアから離れる。だいぶ名残惜しいけれど。
(早く結婚したいものだ……)
あと一年という時間が、憎らしいほど長い。
「……サミュエル様……僕、ちゃんとお出迎えをしようと思っていましたのに……」
「もちろん、心尽くしの歓迎を受け取ったよ。ありがとう、ノア」
少し落ち込んだ様子を見せるノアに、サミュエルは微笑んだ。内心少し慌てていたけれど。
ノアがサミュエルを迎えるために、色々とシミュレーションしていたことをなんとなく察した。
対人関係のスキルが低いノアは、突発的な出来事に弱い。おそらくサミュエルを迎えてから、その後どう過ごすかまで、綿密に計画を練っていたはずだ。
そんなノアの計画を、サミュエルは顔を合わせた途端に崩してしまったのだろう。
ロウの冷たい視線も、ザクの呆れた目も、サミュエルにとっては全くの無価値だけれど、ノアが少しでも悲しむのは駄目だ。
サミュエルはノアの白く滑らかな頬に手を添え、慰めるように額にキスを落とす。
「この一週間、ノアに会えなくて寂しかったんだ。つい自分を抑えられなかった。……許してくれるかい?」
「……はい、もちろん。僕も、サミュエル様にお会いできなくて寂しかったです。だから、来ていただけて、とても嬉しい……」
頬を染めて潤んだ瞳のまま、ノアが幸せそうに微笑んだ。
再び熱い口づけを求めなかったサミュエルは、褒められるべきだと思う。さすがにそれをしたら、ノアが拗ねてしまうだろうから。
「……ノア様がお許しにならなければ、叩き出してやるのに……」
「どうでもいいですけど、いつまで玄関でラブシーンを繰り広げるんです?」
ロウとザクが呟く声が聞こえる。
揃っている使用人たちが『なるほど。これからこの感じが暫く続くのか……』と遠い目をしているのも、サミュエルは気づいている。
でも、今は、ノアを見つめて愛を囁くことにしか、意識を向けるつもりはなかった。
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