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104.青天の霹靂
本題に入るまでに少し脱線してしまったけれど、ルーカスは気を取り直した様子で口を開いた。
「マーティン殿下がノア殿に興味を持った理由が分かった……かもしれない」
「かもしれない?」
曖昧な言葉尻を捕らえて、サミュエルが片眉を上げる。ルーカスが軽く両手を挙げてひらひらと振った。
「本人に確かめたわけじゃないから、確実ではないな」
「では、どこからそんな情報を得たのですか?」
不思議そうに尋ねるサミュエルは、『私も入手できなかった情報なのに』と言いたげな表情だった。ノアもてっきりルーカスがマーティンと話した結果得られた情報なのだろうと思っていたので、首を傾げてしまう。
「王妃殿下だ」
ノアは息を飲んだ。サミュエルが少し雰囲気を硬くして、ルーカスを真剣な眼差しで見据える。
王妃はカールトン国出身だ。マーティンの叔母にあたる。だから、王妃がマーティンに関して情報を持っていてもおかしくはない。
でも、ライアンに関しての王妃の噂を知っている者として、王妃の名に少し身構えてしまうのも仕方なかった。
「――知っているだろうが、王妃殿下はカールトン国王家の出身だ。個人的にそちらの国の者と連絡をとってもいる。そのやり取りの中で、ノア殿の名を出したことがあったようだ」
「僕の名を、ですか? 僕自身は王妃殿下とお会いしたことは、数えるほどしかありませんし、親しく会話したこともありませんが……」
ノアは困惑しながら呟いた。
王妃が国元との連絡の中で、ノアの名前を出す状況が理解できない。
「……もしや、あの問題になった女性に関して、ですか?」
サミュエルが嫌そうな雰囲気を漂わせてルーカスに問いかける。それだけで、ノアにもなんのことを言っているかがすぐに分かった。
幼いノアを監禁状態にして襲おうとした王女のことだ。確かに、ノアにはカールトン国との表沙汰にできない繫がりがあった。
「そうだ。王妃殿下にとっては、あの王女は末の妹にあたる。問題を起こした当初に、王族籍を剥奪すべき、という我が国の要求を抑え込んだのは王妃殿下だったらしい。そのくらい可愛がっている妹御のようだな」
「その話は私も存じ上げておりますよ。……なんともふざけた話だと思いましたが」
「当時、グレイ公爵家はランドロフ侯爵家と共に、厳罰を訴えていたようだな……」
不快そうに呟くサミュエルに、ルーカスが少し申し訳なさそうに目を伏せた。
当時のルーカスは、まだ物心もつかない頃だっただろうから、彼に責任は一切ないとノアは思う。でも、王族としての責任感からか、ルーカスはノアに謝罪したがっている様子だった。頭を下げることは、その立場上不可能だけれど。
(一国の王女が幽閉という時点で、僕は随分と厳しい罰だと思っていたのに……)
ノアはほとんど覚えていない事件だ。確かに恐怖は心に刻み込まれているけれど、問題を起こした王女に対して厳罰を求めるほどの恨みはない。
でも、おそらく事件の詳細を知る二人は深刻そうな表情だ。事件の現場がグレイ公爵邸だったことも、貴族の名誉を傷つけられたようなものだから、厳罰を求めた理由なのかもしれない。
「――その事件に関して僕の名がカールトン王家に伝わり、マーティン殿下の耳にまで届いたということですか?」
サミュエルとルーカスが黙り込んでしまったので、ノアが話を進めた。ノアを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、このままでは話の終わりが見えそうになかったから。
「……ああ、そうだな。事件自体は多くの者に伏せられているんだ。王女は病により表に出られないということになっているしな。だが、その状況を疑問に思ったマーティン殿下は、独自に調査をしたらしい。第三王子は気楽な立場だから、面白半分だったんだろう」
ルーカスの言葉には少し毒があるように感じられた。
双方の国がなんとか妥協して辿り着いた状況を、第三王子なんて中途半端な立場でほじくり返すんじゃない、と言わんばかりの表情だ。
サミュエルが同意するように肩をすくめながらノアに視線を向けるので、ノアは苦笑を返しておく。マーティンと少なからず交流をしているため、面白がって藪をつつくような真似をする様子が目に見えるように想像できた。
「それで、ノアに興味を持ったということですか。婚約を打診する理由としては、弱いように思いますが」
「僕も同感です。確かにマーティン殿下は少し享楽主義な傾向があるように感じられますが、賢い方でもあると思いますよ。事件を知っていたなら、婚約が難しいことも理解されるはずです」
サミュエルに続いてノアがマーティンについて話すと、ルーカスは興味深げな表情で頷いた。
「なるほど。マーティン殿下はそういうタイプか。俺はまだあまり話せていないんだが……。二人の言う通り、事件を知っただけでは、ノア殿に多少関心を抱く程度だったんだろう。だが――」
ルーカスが意味深に言葉を切るので、ノアはなんだか嫌な予感がした。
「――どうしてだか、向こうの国にノア殿の姿絵があるらしい。王妃殿下曰く、マーティン殿下はそれを見て一目惚れしたのではないか、と……」
「なんですって……?」
低い声が横から聞こえた。サミュエルの不機嫌そうな様子が見なくても分かる。
ノアは予想外の情報に混乱するより先に、サミュエルの機嫌をどう直せばいいかと頭を悩ましてしまった。
「マーティン殿下がノア殿に興味を持った理由が分かった……かもしれない」
「かもしれない?」
曖昧な言葉尻を捕らえて、サミュエルが片眉を上げる。ルーカスが軽く両手を挙げてひらひらと振った。
「本人に確かめたわけじゃないから、確実ではないな」
「では、どこからそんな情報を得たのですか?」
不思議そうに尋ねるサミュエルは、『私も入手できなかった情報なのに』と言いたげな表情だった。ノアもてっきりルーカスがマーティンと話した結果得られた情報なのだろうと思っていたので、首を傾げてしまう。
「王妃殿下だ」
ノアは息を飲んだ。サミュエルが少し雰囲気を硬くして、ルーカスを真剣な眼差しで見据える。
王妃はカールトン国出身だ。マーティンの叔母にあたる。だから、王妃がマーティンに関して情報を持っていてもおかしくはない。
でも、ライアンに関しての王妃の噂を知っている者として、王妃の名に少し身構えてしまうのも仕方なかった。
「――知っているだろうが、王妃殿下はカールトン国王家の出身だ。個人的にそちらの国の者と連絡をとってもいる。そのやり取りの中で、ノア殿の名を出したことがあったようだ」
「僕の名を、ですか? 僕自身は王妃殿下とお会いしたことは、数えるほどしかありませんし、親しく会話したこともありませんが……」
ノアは困惑しながら呟いた。
王妃が国元との連絡の中で、ノアの名前を出す状況が理解できない。
「……もしや、あの問題になった女性に関して、ですか?」
サミュエルが嫌そうな雰囲気を漂わせてルーカスに問いかける。それだけで、ノアにもなんのことを言っているかがすぐに分かった。
幼いノアを監禁状態にして襲おうとした王女のことだ。確かに、ノアにはカールトン国との表沙汰にできない繫がりがあった。
「そうだ。王妃殿下にとっては、あの王女は末の妹にあたる。問題を起こした当初に、王族籍を剥奪すべき、という我が国の要求を抑え込んだのは王妃殿下だったらしい。そのくらい可愛がっている妹御のようだな」
「その話は私も存じ上げておりますよ。……なんともふざけた話だと思いましたが」
「当時、グレイ公爵家はランドロフ侯爵家と共に、厳罰を訴えていたようだな……」
不快そうに呟くサミュエルに、ルーカスが少し申し訳なさそうに目を伏せた。
当時のルーカスは、まだ物心もつかない頃だっただろうから、彼に責任は一切ないとノアは思う。でも、王族としての責任感からか、ルーカスはノアに謝罪したがっている様子だった。頭を下げることは、その立場上不可能だけれど。
(一国の王女が幽閉という時点で、僕は随分と厳しい罰だと思っていたのに……)
ノアはほとんど覚えていない事件だ。確かに恐怖は心に刻み込まれているけれど、問題を起こした王女に対して厳罰を求めるほどの恨みはない。
でも、おそらく事件の詳細を知る二人は深刻そうな表情だ。事件の現場がグレイ公爵邸だったことも、貴族の名誉を傷つけられたようなものだから、厳罰を求めた理由なのかもしれない。
「――その事件に関して僕の名がカールトン王家に伝わり、マーティン殿下の耳にまで届いたということですか?」
サミュエルとルーカスが黙り込んでしまったので、ノアが話を進めた。ノアを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、このままでは話の終わりが見えそうになかったから。
「……ああ、そうだな。事件自体は多くの者に伏せられているんだ。王女は病により表に出られないということになっているしな。だが、その状況を疑問に思ったマーティン殿下は、独自に調査をしたらしい。第三王子は気楽な立場だから、面白半分だったんだろう」
ルーカスの言葉には少し毒があるように感じられた。
双方の国がなんとか妥協して辿り着いた状況を、第三王子なんて中途半端な立場でほじくり返すんじゃない、と言わんばかりの表情だ。
サミュエルが同意するように肩をすくめながらノアに視線を向けるので、ノアは苦笑を返しておく。マーティンと少なからず交流をしているため、面白がって藪をつつくような真似をする様子が目に見えるように想像できた。
「それで、ノアに興味を持ったということですか。婚約を打診する理由としては、弱いように思いますが」
「僕も同感です。確かにマーティン殿下は少し享楽主義な傾向があるように感じられますが、賢い方でもあると思いますよ。事件を知っていたなら、婚約が難しいことも理解されるはずです」
サミュエルに続いてノアがマーティンについて話すと、ルーカスは興味深げな表情で頷いた。
「なるほど。マーティン殿下はそういうタイプか。俺はまだあまり話せていないんだが……。二人の言う通り、事件を知っただけでは、ノア殿に多少関心を抱く程度だったんだろう。だが――」
ルーカスが意味深に言葉を切るので、ノアはなんだか嫌な予感がした。
「――どうしてだか、向こうの国にノア殿の姿絵があるらしい。王妃殿下曰く、マーティン殿下はそれを見て一目惚れしたのではないか、と……」
「なんですって……?」
低い声が横から聞こえた。サミュエルの不機嫌そうな様子が見なくても分かる。
ノアは予想外の情報に混乱するより先に、サミュエルの機嫌をどう直せばいいかと頭を悩ましてしまった。
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