136 / 277
136.埋めがたい溝
しおりを挟む
「……その話の流れで我々に協力を求めるということは、マーティン殿下だけではなく、カールトン国に対して制裁を行いたいと思っているということかい?」
グレイ公爵が顔を顰めながら首を傾げる。サミュエルは穏やかに微笑み頷いた。
「はい。元凶を断たなければ安心できないでしょう?」
さも当然と言いたげな口調だけれど、その内容は軽々しく言葉にしてはならないものだとノアは思う。止めるべきなのかは迷うところだ。
「……ルーカス殿下は、何かおっしゃっていないのですか?」
難しい表情で黙り込む両親とグレイ公爵夫妻に先んじて、ノアは判断材料にすべく尋ねた。
ルーカスは色々と王族らしくない性格ではあるけれど、常識は備わっている。サミュエルの行動が国際問題になるようなことならば、知っていればすぐに止めるはずだ。少なくとも、抑制のためにノアに話をしてくると思う。
「殿下にはご報告したけれど『やり過ぎたりバレたりしなければ良し』との返事だったよ。まあ、実際に行動を起こす前に、もう少し情報を探ろうとは言われたけどね」
「……それは、妥協の末の返事ではありませんか?」
サミュエルがどんな風に報告して、どんな行動を起こすつもりなのか分からないけれど、『バレなければ』と前置きしている時点で嫌な予感がする。それに、どう考えてもルーカスがすんなりとそのような結論を出したとは思えない。
「大変迷っておられてはいたようだけど、これ以上迷惑を掛けられるのも被害が大きくなりそうだと判断されたのではないかな」
「つまり、やっぱり妥協ですよね? その被害というのは、マーティン殿下によるものより、サミュエル様によるものを危惧されているのでは?」
「ノア、心配いらないよ。私がそのようにバレるような被害を出すわけがないだろう?」
「それは、バレるバレないの問題ではないと思います」
思わず真剣に語り掛けたけれど、サミュエルは穏やかに笑って「そうかな」と呟くだけである。全く話がかみ合っている気がしない。
グレイ公爵は「おやおや、やんちゃだね」なんて笑っているし、夫人は「元気ね」なんて微笑ましそうにしている。サミュエルのこの言動は、グレイ公爵家では驚くようなことではないのだろうか。ノアの両親の引き攣った顔をちゃんと見てほしい。
ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の間に、埋められない認識の溝があるように感じて、ノアは思わず遠くを見つめた。今後姻戚となる相手の理解できない点からは、積極的に目を逸らしていきたい。
「――とりあえず、ルーカス殿下からある程度は対処の許可が出ているということかな」
ノアの父が気を取り直して呟くと、サミュエルが頷く。グレイ公爵は少し楽しそうな表情だった。
「それはいいことを聞いた。私は常々あちらの国とは気が合わないと思っていたんだ。この際、まとめてやり返しても構わないかな」
「バレないならばいいのではありませんか?」
「バレないという定義がよく分からないんですけど」
グレイ公爵に些か投げやりな返答をするサミュエルの腕を掴んで、ノアは真剣に尋ねた。ゲシュタルト崩壊しそうなレベルでバレないという言葉が出ているけれど、その言葉に対する認識の違いが思わぬ落とし穴になりそうな予感がする。ノアの精神に対する影響という意味で。
「うん? それはもちろん、カールトン国になんらかの被害が生じたとして、それを引き起こした者が誰かというのがバレなければいいということだよ」
「あ、そうなんですね。なんらかの被害という言葉がどの程度を指すのかとても気になりますが、バレないという定義の認識は僕と相違なかったようです」
サミュエルの返事にノアは少しホッとした。ノアの両親も納得した様子で頷いている。
しかし、そんな緩んだ雰囲気を壊すように、グレイ公爵が残念そうな表情で口を開いた。
「あ、そういう意味だったのかい? 私はてっきり、王妃の暗殺許可が――」
「聞かれてはいけない単語が出た気がしますので、お黙りください」
すかさずサミュエルが止めたけれど、既に決定的な言葉が放たれてしまっている。ノアを含めランドロフ侯爵家の者が黙り込む中で、少々危険思考の傾向があるのではないかと疑われる二人は、飄々とした雰囲気で会話を続けた。
「だが、カールトン国の行動の元凶はどう考えても王妃だろう。彼女、うちの国の情報をあちらに流しているよね。そろそろ見過ごせる範囲を超えそうなんだが」
「だからといって、暗殺はまずいでしょう。バレないためには、下手人を仕立て上げなければなりません。王族暗殺の咎を負わせるに値するほどの罪人は、私たちの手元にいませんよ。それに、そこまでの許可は、ルーカス殿下から出ていません」
ノアは思わず耳を手で塞いだ。絶対に聞いてはならない暗部の話が出てきた気がする。そういう話はノアたちがいないところでしてもらいたい。
実際に行動を起こすわけではないようだけれど、もし本当に起きたら、黒幕の存在にいち早く気づいてしまって、精神的負荷が大きすぎるので。
グレイ公爵が顔を顰めながら首を傾げる。サミュエルは穏やかに微笑み頷いた。
「はい。元凶を断たなければ安心できないでしょう?」
さも当然と言いたげな口調だけれど、その内容は軽々しく言葉にしてはならないものだとノアは思う。止めるべきなのかは迷うところだ。
「……ルーカス殿下は、何かおっしゃっていないのですか?」
難しい表情で黙り込む両親とグレイ公爵夫妻に先んじて、ノアは判断材料にすべく尋ねた。
ルーカスは色々と王族らしくない性格ではあるけれど、常識は備わっている。サミュエルの行動が国際問題になるようなことならば、知っていればすぐに止めるはずだ。少なくとも、抑制のためにノアに話をしてくると思う。
「殿下にはご報告したけれど『やり過ぎたりバレたりしなければ良し』との返事だったよ。まあ、実際に行動を起こす前に、もう少し情報を探ろうとは言われたけどね」
「……それは、妥協の末の返事ではありませんか?」
サミュエルがどんな風に報告して、どんな行動を起こすつもりなのか分からないけれど、『バレなければ』と前置きしている時点で嫌な予感がする。それに、どう考えてもルーカスがすんなりとそのような結論を出したとは思えない。
「大変迷っておられてはいたようだけど、これ以上迷惑を掛けられるのも被害が大きくなりそうだと判断されたのではないかな」
「つまり、やっぱり妥協ですよね? その被害というのは、マーティン殿下によるものより、サミュエル様によるものを危惧されているのでは?」
「ノア、心配いらないよ。私がそのようにバレるような被害を出すわけがないだろう?」
「それは、バレるバレないの問題ではないと思います」
思わず真剣に語り掛けたけれど、サミュエルは穏やかに笑って「そうかな」と呟くだけである。全く話がかみ合っている気がしない。
グレイ公爵は「おやおや、やんちゃだね」なんて笑っているし、夫人は「元気ね」なんて微笑ましそうにしている。サミュエルのこの言動は、グレイ公爵家では驚くようなことではないのだろうか。ノアの両親の引き攣った顔をちゃんと見てほしい。
ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の間に、埋められない認識の溝があるように感じて、ノアは思わず遠くを見つめた。今後姻戚となる相手の理解できない点からは、積極的に目を逸らしていきたい。
「――とりあえず、ルーカス殿下からある程度は対処の許可が出ているということかな」
ノアの父が気を取り直して呟くと、サミュエルが頷く。グレイ公爵は少し楽しそうな表情だった。
「それはいいことを聞いた。私は常々あちらの国とは気が合わないと思っていたんだ。この際、まとめてやり返しても構わないかな」
「バレないならばいいのではありませんか?」
「バレないという定義がよく分からないんですけど」
グレイ公爵に些か投げやりな返答をするサミュエルの腕を掴んで、ノアは真剣に尋ねた。ゲシュタルト崩壊しそうなレベルでバレないという言葉が出ているけれど、その言葉に対する認識の違いが思わぬ落とし穴になりそうな予感がする。ノアの精神に対する影響という意味で。
「うん? それはもちろん、カールトン国になんらかの被害が生じたとして、それを引き起こした者が誰かというのがバレなければいいということだよ」
「あ、そうなんですね。なんらかの被害という言葉がどの程度を指すのかとても気になりますが、バレないという定義の認識は僕と相違なかったようです」
サミュエルの返事にノアは少しホッとした。ノアの両親も納得した様子で頷いている。
しかし、そんな緩んだ雰囲気を壊すように、グレイ公爵が残念そうな表情で口を開いた。
「あ、そういう意味だったのかい? 私はてっきり、王妃の暗殺許可が――」
「聞かれてはいけない単語が出た気がしますので、お黙りください」
すかさずサミュエルが止めたけれど、既に決定的な言葉が放たれてしまっている。ノアを含めランドロフ侯爵家の者が黙り込む中で、少々危険思考の傾向があるのではないかと疑われる二人は、飄々とした雰囲気で会話を続けた。
「だが、カールトン国の行動の元凶はどう考えても王妃だろう。彼女、うちの国の情報をあちらに流しているよね。そろそろ見過ごせる範囲を超えそうなんだが」
「だからといって、暗殺はまずいでしょう。バレないためには、下手人を仕立て上げなければなりません。王族暗殺の咎を負わせるに値するほどの罪人は、私たちの手元にいませんよ。それに、そこまでの許可は、ルーカス殿下から出ていません」
ノアは思わず耳を手で塞いだ。絶対に聞いてはならない暗部の話が出てきた気がする。そういう話はノアたちがいないところでしてもらいたい。
実際に行動を起こすわけではないようだけれど、もし本当に起きたら、黒幕の存在にいち早く気づいてしまって、精神的負荷が大きすぎるので。
207
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
月・木更新
第13回BL大賞エントリーしています。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる