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159.執着と恋情
トクントクンと穏やかな心音が聞こえる。一切の動揺もなく泰然としたサミュエルの様子を間近で感じて、話に吞まれてしまったノアも次第に落ち着いてきた。
(……色々と事情はあるだろうけど、遥か昔の人のことは分からないし、僕が気に掛けることでもないよね)
マーティンの感情と、初代国王の感情が重なるように思えても、それはノアが初代国王の配偶者と同じような立場になることを示しているわけではない。サミュエルが傍にいる現状で、ノアが怯える必要はないはずだ。
「――初代国王とその配偶者に関するお話は分かりました。カールトン国の王族方が、その配偶者に似ているノアを同一視し、神聖化しているのは、それが理由ということでよろしいですね」
「ああ。神聖化して……執着しているのも、な。初代国王の血を持つ者は、どれほど時間が経っていようと、どうにも執着してしまうらしい」
サミュエルが確認すると、マーティンは苦々しい表情で補足した。執着心を、マーティンは認めた上で、疎ましく思っているようだ。ノアが予想した通りである。
「執着、ね。……殿下自身は、どうなんですか」
「どう? ……どうなんだろうな」
マーティンがノアを見つめる。その目には先ほどのような複雑で強い感情は浮かんでおらず、空虚感が滲んでいるように見えた。
自身の感情に関する話をしたことで、マーティンは初代国王から続く呪縛のような感情から解放されつつあるのかもしれない。
(ということは、やっぱり、マーティン殿下自身は、僕に対して恋心があったわけではないのか……)
その事実に気づき、ノアは密かにホッと安堵する。見知らぬ他国の王族から婚約を申し込まれていたという事実は、ノアを少しばかり落ち着かなくさせていたのだ。それが、恋心とは全く違う感情だと分かると、ようやく納得できた気がしてすっきりする。
とはいえ、王族の多くから執着心を抱かれているかもしれないという事実は、軽く考えていいものではないので、頭を悩ませることになるけれど。
「――サミュエルは、俺がノア殿に婚約を申し込んだ理由を聞いてきたな」
「ええ」
「正直、俺もよく分かっていなかったんだ。初代国王から続く、執着心の表れだと思っていたという方が正しいか。……だが、今はなんだか少し解放された気分だ。それで分かったことがある」
「ほう……なんでしょう?」
空虚だったマーティンの目に、少しずつ力が宿る。それはノアが初めの頃に感じた、マーティンらしい快活な雰囲気に思えた。
サミュエルもその変化に気づいたのか、意外そうに首を傾げる。
「……俺はノア殿が他の王族に捕まらないようにしたかった。あぁ、これもある種の執着心か……あるいは恋心なのかもしれないが……。それでも俺以外の王族に捕まれば、ノア殿の自由はなくなると思って……いち早く打った手が、婚約の申し込みだったんだ」
「なるほど?」
次第に熱っぽくなる眼差しに、ノアは思わず顔を引き攣らせた。安堵するには早かったらしい。
初代国王から続く思いは、マーティンにしっかりと根付いていたのだろう。他の王族とは少し違った形なのかもしれないけれど、マーティンの眼差しからはしっかりと執着心が感じられた。
サミュエルは返す言葉に不快感を滲ませ、マーティンを睨んでいる。その眼差しをマーティンは一切気にせず、ノアを見つめ続けていた。
(開き直った方が、たちが悪いのかもしれない……)
これまで初代国王の呪縛とばかり思い込んでいた感情が、自身の中から生まれたものだと自覚したマーティンは、その感情を疎む必要もなくなった。つまり我慢が効かなくなった状態とも言えるのではないだろうか。
「――私を前にして、そのようなことを宣うとは、いい度胸ですね」
完全に喧嘩を売るような、刺々しい声で呟きながら、サミュエルが首を傾げる。
傍でルーカスが額を押さえて天を仰いでいた。「あちゃー……」という声が聞こえてきそうな様子である。正直、ノアもルーカスと同じ気持ちだった。
元々サミュエルはマーティンに対して堪忍袋の緒が切れた状態だったにもかかわらず、また一つ怒りが積み上がってしまったのだ。
サミュエルがマーティンに対して何を仕返そうと応援するつもりだったとはいえ、さすがにやりすぎは良くないのではないかと、ノアは真剣に頭を悩ませる。
(この調子だと、マーティン殿下がいつ亡くなられても、不思議ではないような……?)
そこまでしないだろうと思う一方で、サミュエルならばしかねないという思いもなくならない。
(――あぁ……考えたくない……)
ノアは現実逃避だと自覚しながらも、新たな議題で意識を逸らすことにした。ルーカスもサミュエルも、話を進めるつもりがないようだから、ノアが口を挟まねばこの話の輪から解放されない。
「……あの、結局、マーティン殿下が感じておられた違和とは、なんだったのでしょうか? それは初代国王のこととは関係ないですよね?」
一瞬で空気が変わる。サミュエルやルーカスはノアへの気遣いから努めて冷静さを取り繕ったようだけれど、マーティンは何かに気づいたように考え込んだ様子だ。
「……いや、無関係では、ないかもしれない」
静かな空間を破るようにマーティンが呟く。
それは誰にとっても意外な言葉で、マーティンに視線が集まった。
(……色々と事情はあるだろうけど、遥か昔の人のことは分からないし、僕が気に掛けることでもないよね)
マーティンの感情と、初代国王の感情が重なるように思えても、それはノアが初代国王の配偶者と同じような立場になることを示しているわけではない。サミュエルが傍にいる現状で、ノアが怯える必要はないはずだ。
「――初代国王とその配偶者に関するお話は分かりました。カールトン国の王族方が、その配偶者に似ているノアを同一視し、神聖化しているのは、それが理由ということでよろしいですね」
「ああ。神聖化して……執着しているのも、な。初代国王の血を持つ者は、どれほど時間が経っていようと、どうにも執着してしまうらしい」
サミュエルが確認すると、マーティンは苦々しい表情で補足した。執着心を、マーティンは認めた上で、疎ましく思っているようだ。ノアが予想した通りである。
「執着、ね。……殿下自身は、どうなんですか」
「どう? ……どうなんだろうな」
マーティンがノアを見つめる。その目には先ほどのような複雑で強い感情は浮かんでおらず、空虚感が滲んでいるように見えた。
自身の感情に関する話をしたことで、マーティンは初代国王から続く呪縛のような感情から解放されつつあるのかもしれない。
(ということは、やっぱり、マーティン殿下自身は、僕に対して恋心があったわけではないのか……)
その事実に気づき、ノアは密かにホッと安堵する。見知らぬ他国の王族から婚約を申し込まれていたという事実は、ノアを少しばかり落ち着かなくさせていたのだ。それが、恋心とは全く違う感情だと分かると、ようやく納得できた気がしてすっきりする。
とはいえ、王族の多くから執着心を抱かれているかもしれないという事実は、軽く考えていいものではないので、頭を悩ませることになるけれど。
「――サミュエルは、俺がノア殿に婚約を申し込んだ理由を聞いてきたな」
「ええ」
「正直、俺もよく分かっていなかったんだ。初代国王から続く、執着心の表れだと思っていたという方が正しいか。……だが、今はなんだか少し解放された気分だ。それで分かったことがある」
「ほう……なんでしょう?」
空虚だったマーティンの目に、少しずつ力が宿る。それはノアが初めの頃に感じた、マーティンらしい快活な雰囲気に思えた。
サミュエルもその変化に気づいたのか、意外そうに首を傾げる。
「……俺はノア殿が他の王族に捕まらないようにしたかった。あぁ、これもある種の執着心か……あるいは恋心なのかもしれないが……。それでも俺以外の王族に捕まれば、ノア殿の自由はなくなると思って……いち早く打った手が、婚約の申し込みだったんだ」
「なるほど?」
次第に熱っぽくなる眼差しに、ノアは思わず顔を引き攣らせた。安堵するには早かったらしい。
初代国王から続く思いは、マーティンにしっかりと根付いていたのだろう。他の王族とは少し違った形なのかもしれないけれど、マーティンの眼差しからはしっかりと執着心が感じられた。
サミュエルは返す言葉に不快感を滲ませ、マーティンを睨んでいる。その眼差しをマーティンは一切気にせず、ノアを見つめ続けていた。
(開き直った方が、たちが悪いのかもしれない……)
これまで初代国王の呪縛とばかり思い込んでいた感情が、自身の中から生まれたものだと自覚したマーティンは、その感情を疎む必要もなくなった。つまり我慢が効かなくなった状態とも言えるのではないだろうか。
「――私を前にして、そのようなことを宣うとは、いい度胸ですね」
完全に喧嘩を売るような、刺々しい声で呟きながら、サミュエルが首を傾げる。
傍でルーカスが額を押さえて天を仰いでいた。「あちゃー……」という声が聞こえてきそうな様子である。正直、ノアもルーカスと同じ気持ちだった。
元々サミュエルはマーティンに対して堪忍袋の緒が切れた状態だったにもかかわらず、また一つ怒りが積み上がってしまったのだ。
サミュエルがマーティンに対して何を仕返そうと応援するつもりだったとはいえ、さすがにやりすぎは良くないのではないかと、ノアは真剣に頭を悩ませる。
(この調子だと、マーティン殿下がいつ亡くなられても、不思議ではないような……?)
そこまでしないだろうと思う一方で、サミュエルならばしかねないという思いもなくならない。
(――あぁ……考えたくない……)
ノアは現実逃避だと自覚しながらも、新たな議題で意識を逸らすことにした。ルーカスもサミュエルも、話を進めるつもりがないようだから、ノアが口を挟まねばこの話の輪から解放されない。
「……あの、結局、マーティン殿下が感じておられた違和とは、なんだったのでしょうか? それは初代国王のこととは関係ないですよね?」
一瞬で空気が変わる。サミュエルやルーカスはノアへの気遣いから努めて冷静さを取り繕ったようだけれど、マーティンは何かに気づいたように考え込んだ様子だ。
「……いや、無関係では、ないかもしれない」
静かな空間を破るようにマーティンが呟く。
それは誰にとっても意外な言葉で、マーティンに視線が集まった。
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