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166.一旦解散
「――く、ふっ……」
「なんです? その笑い方、性格の悪さが滲み出ていますよ」
ふきだして笑うのを堪えるように、ルーカスが拳を口元に押し当てた。まったく抑えられていなかったから、サミュエルの冷たい声音が向けられることになっているけれど、笑いの衝動はそうそうなくならないようだ。
(何かおかしいことがあったかな……?)
ノアは首を傾げて様子を見守る。
サミュエルが呆れた表情になり、ため息をついて視線を逸らすまで、ルーカスの笑いの発作は止まらなかった。ここまできたら、堪えずに笑ってしまえばいいのにと、ノアは苦笑してしまう。
「はぁ……笑った、笑った。サミュエルはノア殿の前じゃ形無しだな」
「うるさいですよ」
にやりと笑うルーカスに、憮然とした様子のサミュエルがピシャリと返す。
どうやらルーカスが笑った原因には、ノアが関わっているらしい。心当たりがなくて、ノアはきょとんと目を瞬かせた。
「ああ、ノア殿は気にせず。どうぞそのまま、サミュエルを制御してほしい」
「制御、ですか……?」
ルーカスが笑い出す前の会話を思い返しても、ノアはサミュエルの味方であると示したことしか思い当たらない。
戸惑うノアに、ルーカスは笑みを深めただけだった。
「サミュエル、それで結局、あのお馬鹿王子にはどう対応するんだ? ノア殿の信頼を裏切るつもりはないだろう?」
「……そうですね。彼のノアへの執着は邪魔なので、私の方で手を打っておきます」
「おい、ここで言わないつもりか?」
何も明言しないサミュエルを、ルーカスは厳しい眼差しで見据える。サミュエルは肩をすくめて受け流し、軽く手を振った。
「国に迷惑はかけませんよ。うちの責任でやります。ノアに関してのことなのですから、否やは言わせませんよ。騒動被害の補填の借りを返すと思っていただければ――」
「……ふん。勝手にしろ」
ルーカスは腹立たしそうに顔を歪めるも、サミュエルの言を受け入れ、顔を背けた。
王侯貴族の世界で、貸し借りは弱みになりえるという点で非常に大きな意味を持つ。サミュエルの提案を受け入れさえすれば、国に被害なく貸し借りを帳消しできるというのは、為政者として拒否できないものだろう。
「いったい、何をなさるおつもりですか?」
ノアはサミュエルにそっと囁きかけた。当事者なのだから、知るべきだと思うのだ。でも、サミュエルに笑顔ではぐらかされてしまう。
「大丈夫だよ、ノア。何も問題は起こらない。万事上手くいくし、やりすぎることもないよ」
「……教えていただけないのですか?」
ノアがじぃっと見つめると、サミュエルは息を飲み、視線を逸らす。その様子が、嘘を言っていることを示しているのではないかとノアは疑ってしまった。
「そんな目で見つめられたら、我慢できなくなるから、今はやめてほしいな」
「え……?」
サミュエルの手が伸びてきて、ノアの目を覆い隠す。突然訪れた薄暗闇の中で、ノアは目を瞬かせた。正直、サミュエルが何を言いたいのか、よく分からない。
「……ふ、これ以上一緒にいると、余計なものを見てしまいそうだ。サミュエルのそんな姿、笑いを通り越して背筋が冷える。――アダム殿、ハミルトン殿、この場は解散だ。長い時間拘束して悪かったな。また何か聞くことがあれば声を掛けるから」
「ええ、分かりました。アダム、行きましょうか」
「は、はい……」
ノアが固まっている間に、状況が変わっていく。ルーカスやアダムたちが立ち去る気配を感じて、挨拶をしようと慌ててサミュエルの手を掴んだ。
戻った視界に、苦笑したルーカスとハミルトン、赤面したアダムの姿が映る。
「……ごきげんよう、殿下、ハミルトン殿、アダムさん」
「ああ。――サミュエル、報告はいつでもいいが、忘れるなよ」
ノアに手を挙げて応えたルーカスが、下ろす際にサミュエルの胸を突くように人差し指を向ける。わざとらしく顰めた顔で念押ししているけれど、サミュエルは手を翻して軽く受け流すだけだ。
アダムとハミルトンは、苦笑しながらノアに丁寧に挨拶し、さっさと立ち去る。
諦念混じりのため息をついたルーカスが退室すると、一気に部屋の中が静かになった。
「……サミュエル様、僕たちも帰りましょうか」
問題にひと段落ついたことを感じて、ノアはホッとしながらサミュエルに提案する。その綻んだ顔に、サミュエルの手が伸びてきた。頬を擽られ、ノアは微笑みながらすり寄る。なんだか甘えたい気分だった。
「……可愛い。――多くの人を惹きつけるのは、だからなのかな」
「え?」
サミュエルの甘い眼差しに、僅かに翳りが見えた気がして、ノアはじっと見つめ返した。
サミュエルの手がノアの頬を包み込む。近づいてくる翠の目に、思いがけないほど強い熱が滾っていた。
ノアは自然と目を閉じていたけれど、予想に反して唇に触れるものはなく、代わりに耳元に熱い息がかかった。
「――ノアが誰に好かれようと、君の傍にいるのは私だよ。誰にも、渡さない……」
「ぁ……」
耳たぶを噛まれる。痛みはない。ただ、甘い疼きが身体に生まれて、ノアは戸惑いのまま吐息を零した。サミュエルの力強い声が、包み込んでくる身体の熱さが、ノアを捕らえて離さない。
(僕が、サミュエル様以外を、望むはずがないのに――)
嫉妬か、独占欲か。綺麗とは言えない感情の発露であっても、ノアはそれを嬉しいと感じる。サミュエルの望みは、ノアも望んでいることだった。
「……誰にも、渡さないでください。僕は、ずっと、サミュエル様のお傍に――」
ノアの言葉は、サミュエルの唇に呑み込まれる。熱く激しい口づけに応えながら、ノアはサミュエルの背にすがりついた。
「なんです? その笑い方、性格の悪さが滲み出ていますよ」
ふきだして笑うのを堪えるように、ルーカスが拳を口元に押し当てた。まったく抑えられていなかったから、サミュエルの冷たい声音が向けられることになっているけれど、笑いの衝動はそうそうなくならないようだ。
(何かおかしいことがあったかな……?)
ノアは首を傾げて様子を見守る。
サミュエルが呆れた表情になり、ため息をついて視線を逸らすまで、ルーカスの笑いの発作は止まらなかった。ここまできたら、堪えずに笑ってしまえばいいのにと、ノアは苦笑してしまう。
「はぁ……笑った、笑った。サミュエルはノア殿の前じゃ形無しだな」
「うるさいですよ」
にやりと笑うルーカスに、憮然とした様子のサミュエルがピシャリと返す。
どうやらルーカスが笑った原因には、ノアが関わっているらしい。心当たりがなくて、ノアはきょとんと目を瞬かせた。
「ああ、ノア殿は気にせず。どうぞそのまま、サミュエルを制御してほしい」
「制御、ですか……?」
ルーカスが笑い出す前の会話を思い返しても、ノアはサミュエルの味方であると示したことしか思い当たらない。
戸惑うノアに、ルーカスは笑みを深めただけだった。
「サミュエル、それで結局、あのお馬鹿王子にはどう対応するんだ? ノア殿の信頼を裏切るつもりはないだろう?」
「……そうですね。彼のノアへの執着は邪魔なので、私の方で手を打っておきます」
「おい、ここで言わないつもりか?」
何も明言しないサミュエルを、ルーカスは厳しい眼差しで見据える。サミュエルは肩をすくめて受け流し、軽く手を振った。
「国に迷惑はかけませんよ。うちの責任でやります。ノアに関してのことなのですから、否やは言わせませんよ。騒動被害の補填の借りを返すと思っていただければ――」
「……ふん。勝手にしろ」
ルーカスは腹立たしそうに顔を歪めるも、サミュエルの言を受け入れ、顔を背けた。
王侯貴族の世界で、貸し借りは弱みになりえるという点で非常に大きな意味を持つ。サミュエルの提案を受け入れさえすれば、国に被害なく貸し借りを帳消しできるというのは、為政者として拒否できないものだろう。
「いったい、何をなさるおつもりですか?」
ノアはサミュエルにそっと囁きかけた。当事者なのだから、知るべきだと思うのだ。でも、サミュエルに笑顔ではぐらかされてしまう。
「大丈夫だよ、ノア。何も問題は起こらない。万事上手くいくし、やりすぎることもないよ」
「……教えていただけないのですか?」
ノアがじぃっと見つめると、サミュエルは息を飲み、視線を逸らす。その様子が、嘘を言っていることを示しているのではないかとノアは疑ってしまった。
「そんな目で見つめられたら、我慢できなくなるから、今はやめてほしいな」
「え……?」
サミュエルの手が伸びてきて、ノアの目を覆い隠す。突然訪れた薄暗闇の中で、ノアは目を瞬かせた。正直、サミュエルが何を言いたいのか、よく分からない。
「……ふ、これ以上一緒にいると、余計なものを見てしまいそうだ。サミュエルのそんな姿、笑いを通り越して背筋が冷える。――アダム殿、ハミルトン殿、この場は解散だ。長い時間拘束して悪かったな。また何か聞くことがあれば声を掛けるから」
「ええ、分かりました。アダム、行きましょうか」
「は、はい……」
ノアが固まっている間に、状況が変わっていく。ルーカスやアダムたちが立ち去る気配を感じて、挨拶をしようと慌ててサミュエルの手を掴んだ。
戻った視界に、苦笑したルーカスとハミルトン、赤面したアダムの姿が映る。
「……ごきげんよう、殿下、ハミルトン殿、アダムさん」
「ああ。――サミュエル、報告はいつでもいいが、忘れるなよ」
ノアに手を挙げて応えたルーカスが、下ろす際にサミュエルの胸を突くように人差し指を向ける。わざとらしく顰めた顔で念押ししているけれど、サミュエルは手を翻して軽く受け流すだけだ。
アダムとハミルトンは、苦笑しながらノアに丁寧に挨拶し、さっさと立ち去る。
諦念混じりのため息をついたルーカスが退室すると、一気に部屋の中が静かになった。
「……サミュエル様、僕たちも帰りましょうか」
問題にひと段落ついたことを感じて、ノアはホッとしながらサミュエルに提案する。その綻んだ顔に、サミュエルの手が伸びてきた。頬を擽られ、ノアは微笑みながらすり寄る。なんだか甘えたい気分だった。
「……可愛い。――多くの人を惹きつけるのは、だからなのかな」
「え?」
サミュエルの甘い眼差しに、僅かに翳りが見えた気がして、ノアはじっと見つめ返した。
サミュエルの手がノアの頬を包み込む。近づいてくる翠の目に、思いがけないほど強い熱が滾っていた。
ノアは自然と目を閉じていたけれど、予想に反して唇に触れるものはなく、代わりに耳元に熱い息がかかった。
「――ノアが誰に好かれようと、君の傍にいるのは私だよ。誰にも、渡さない……」
「ぁ……」
耳たぶを噛まれる。痛みはない。ただ、甘い疼きが身体に生まれて、ノアは戸惑いのまま吐息を零した。サミュエルの力強い声が、包み込んでくる身体の熱さが、ノアを捕らえて離さない。
(僕が、サミュエル様以外を、望むはずがないのに――)
嫉妬か、独占欲か。綺麗とは言えない感情の発露であっても、ノアはそれを嬉しいと感じる。サミュエルの望みは、ノアも望んでいることだった。
「……誰にも、渡さないでください。僕は、ずっと、サミュエル様のお傍に――」
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