172 / 277
172.共に悩める関係に
サミュエルがノアの肩を抱き寄せ、耳元で囁きかける。
「途中になっていた話だけど――」
「結婚についてですね」
「うん。前に話をしたことがある気がするし、私も結婚したことがあるわけではないから、ノアの不安を解消できるようなことは言えない」
「……経験から話をされたら、その方が衝撃ですね」
既にサミュエルと話をしているだけで、ある程度不安感が和らいでいたノアは、茶化すように返した。サミュエルがフッと軽く笑う気配がする。
サミュエルの肩に頭を預け、ノアは目を瞑った。
こうして二人で体温を分かち合える距離にいられれば、悩みも不安もなくなる気がした。少なくとも一人で将来を悩んでいるときよりも、よほど建設的な考えが生まれそうだ。
「結婚したら何が変わると思う?」
「なんでしょう……。サミュエル様と会うことが増えます……? いや、学園で会うことがなくなるから、むしろ減るかもしれない……?」
学園では必ず顔を合わせていたけれど、卒業後はそれぞれに務めがある。ノアは領地運営に本格的に関わるし、サミュエルはルーカスの側近としての務めが忙しくなるだろう。
そう考えると、今よりも共にいる時間が減る気がしてならない。ノアは領地、サミュエルは王都で、離れて暮らすこともありえる。
ノアは思わず真顔で悩んだ。結婚したら四六時中共にいるだろうと考えていたわけではないけれど、思ったよりサミュエルと共に過ごす時間は少なそうだ。
サミュエルはノアの顔を覗き込み、軽く睨んだ。目が笑っているので、怒っているわけではないようだ。
「ひどいな。私と一緒に寝てくれないつもりかい?」
「っ……そ、そうでしたね……たぶん、王都で過ごしている時は、よく顔を合わせるでしょうね……」
「毎日ね」
ノアは一瞬で顔が熱くなった。サミュエルから目を逸らし、できる限り平静を装って答える。だが、「毎日」と駄目押しされて、ビクッと身体が震えてしまったので、動揺を隠せているとは思えない。
なんとなく分かってはいたけれど、やはりサミュエルはノアと結婚した後、毎日共寝をするつもりらしい。
当然後継ぎは必要だけれど、そのためだけなら毎日共に寝る必要はない。なにせ、男同士であるノアたちの場合、教会で宮種をもらわなければ、子どもを作れないのだから。
そして、寝るだけなら、一人で寝る方がきっとよく休めると思う。そう考えるのはノアだけなのかもしれないけれど。ノアは隣にサミュエルがいると思ったら、熟睡できない自信がある。
「嫌なのかい?」
「い、いや、という、わけでは……」
躊躇いつつ答えるノアの頬に、サミュエルの手が添えられる。軽く力が籠められると、視線を逸らしているのも限界で、ノアはそろそろとサミュエルの顔を見上げた。
「だよね。まぁ、私だって、毎日ノアを襲うほど獣ではないつもりだから、安心していいよ」
「あ、安心、できません、けど……!?」
優雅な微笑みを浮かべたまま、とんでもないことを言うサミュエルに、ノアは顔から火が出そうな気分だった。
こういう話題には慣れていないし、どう振る舞うのが正しいのかいまいち分からない。だから、もう少し手加減してほしかった。せめて追い打ちを掛けてくるような言動は控えてほしい。
「本当は毎日したいって言った方が良かったかい?」
「サミュエル様!」
ついに悲鳴のような声で諫めるノアに、サミュエルは軽やかな笑い声を上げる。どう考えても、ノアをからかっている。
真剣に悩んでいるのが馬鹿らしくなったのはいいことなのだろうけれど、こんなやり方を許してもいいものか。
ノアはジトリとサミュエルを睨み、頬に添えられている手の甲を抓って、気持ちばかりの反撃をしてみた。でも、サミュエルには全く効果がなかったようだ。
「子猫みたいで可愛いね。そういえば、学園の猫にも久しぶりに会いたいな。前に猫を飼う話をしなかったっけ?」
「……サミュエル様。ちゃんとお話してくださる気があります?」
「もちろん。ただ、将来について悩んだところで、今はどうしようもないことがある。結婚への不安もそれだよ。ああしよう、こうしようって、期待をする方が楽しくないかな?」
サミュエルはノアの頬にキスを落とし、慈しみに満ちた眼差しを向ける。ノアはその姿に温かな愛情を感じて、乱れていた心が落ち着いていった。
「――実際に結婚してみたら、今感じている不安はどうでもいいことだったと笑い飛ばせるかもしれない。問題が起きて悩むことになる可能性もあるけれど、それはその時に、二人で話し合い、解決法を見出すべき問題だ」
「そうですね……」
「私はノアと共に悩むことを、大切な営みだと思っているよ。それが結婚して、配偶者になること、家族になるということだと思うし」
「サミュエル様……」
何事も未然に防げると考えるのは傲慢である。完璧に近いサミュエルとの結婚生活であろうと、思いがけない問題が起こる可能性は十分あるけれど、サミュエルが言う通り、それは二人で言葉を尽くして解決させるべきことだ。
もし、ノアが一人で悩んでいるときは、今回のようにサミュエルが声を掛けてくれるのだろう。包み込んで、愛を囁いて、一緒に頭を悩ませ、言葉を尽くしてくれるはずだ。
ノアは、それはなんと幸せなことだろう、と思った。貴族に多い政略結婚が悪いとは言わないけれど、想い合っているからこそ生まれる素晴らしい関係が、ノアとサミュエルにはあるのだと、素直に信じられた。
「――結婚とは、家族になることなのですね。サミュエル様が相手なら、何が起きても大丈夫だと思えてきました」
柔らかく微笑むノアに、サミュエルが強気の笑みを見せる。
「もちろん、私がノアの期待を裏切ることはないよ。全力でノアとの生活を幸せにするからね」
「……そこまで言われると、少し怖いですね?」
「なんで?」
「なんでと言われましても……」
これまでのサミュエルの行動を考えてみると、二人の結婚生活のために、周囲が大いに振り回される気がしてならない。それを悪気なくやるのがサミュエルであると、既に学んでいたので、ノアは苦笑するしかなかった。
「途中になっていた話だけど――」
「結婚についてですね」
「うん。前に話をしたことがある気がするし、私も結婚したことがあるわけではないから、ノアの不安を解消できるようなことは言えない」
「……経験から話をされたら、その方が衝撃ですね」
既にサミュエルと話をしているだけで、ある程度不安感が和らいでいたノアは、茶化すように返した。サミュエルがフッと軽く笑う気配がする。
サミュエルの肩に頭を預け、ノアは目を瞑った。
こうして二人で体温を分かち合える距離にいられれば、悩みも不安もなくなる気がした。少なくとも一人で将来を悩んでいるときよりも、よほど建設的な考えが生まれそうだ。
「結婚したら何が変わると思う?」
「なんでしょう……。サミュエル様と会うことが増えます……? いや、学園で会うことがなくなるから、むしろ減るかもしれない……?」
学園では必ず顔を合わせていたけれど、卒業後はそれぞれに務めがある。ノアは領地運営に本格的に関わるし、サミュエルはルーカスの側近としての務めが忙しくなるだろう。
そう考えると、今よりも共にいる時間が減る気がしてならない。ノアは領地、サミュエルは王都で、離れて暮らすこともありえる。
ノアは思わず真顔で悩んだ。結婚したら四六時中共にいるだろうと考えていたわけではないけれど、思ったよりサミュエルと共に過ごす時間は少なそうだ。
サミュエルはノアの顔を覗き込み、軽く睨んだ。目が笑っているので、怒っているわけではないようだ。
「ひどいな。私と一緒に寝てくれないつもりかい?」
「っ……そ、そうでしたね……たぶん、王都で過ごしている時は、よく顔を合わせるでしょうね……」
「毎日ね」
ノアは一瞬で顔が熱くなった。サミュエルから目を逸らし、できる限り平静を装って答える。だが、「毎日」と駄目押しされて、ビクッと身体が震えてしまったので、動揺を隠せているとは思えない。
なんとなく分かってはいたけれど、やはりサミュエルはノアと結婚した後、毎日共寝をするつもりらしい。
当然後継ぎは必要だけれど、そのためだけなら毎日共に寝る必要はない。なにせ、男同士であるノアたちの場合、教会で宮種をもらわなければ、子どもを作れないのだから。
そして、寝るだけなら、一人で寝る方がきっとよく休めると思う。そう考えるのはノアだけなのかもしれないけれど。ノアは隣にサミュエルがいると思ったら、熟睡できない自信がある。
「嫌なのかい?」
「い、いや、という、わけでは……」
躊躇いつつ答えるノアの頬に、サミュエルの手が添えられる。軽く力が籠められると、視線を逸らしているのも限界で、ノアはそろそろとサミュエルの顔を見上げた。
「だよね。まぁ、私だって、毎日ノアを襲うほど獣ではないつもりだから、安心していいよ」
「あ、安心、できません、けど……!?」
優雅な微笑みを浮かべたまま、とんでもないことを言うサミュエルに、ノアは顔から火が出そうな気分だった。
こういう話題には慣れていないし、どう振る舞うのが正しいのかいまいち分からない。だから、もう少し手加減してほしかった。せめて追い打ちを掛けてくるような言動は控えてほしい。
「本当は毎日したいって言った方が良かったかい?」
「サミュエル様!」
ついに悲鳴のような声で諫めるノアに、サミュエルは軽やかな笑い声を上げる。どう考えても、ノアをからかっている。
真剣に悩んでいるのが馬鹿らしくなったのはいいことなのだろうけれど、こんなやり方を許してもいいものか。
ノアはジトリとサミュエルを睨み、頬に添えられている手の甲を抓って、気持ちばかりの反撃をしてみた。でも、サミュエルには全く効果がなかったようだ。
「子猫みたいで可愛いね。そういえば、学園の猫にも久しぶりに会いたいな。前に猫を飼う話をしなかったっけ?」
「……サミュエル様。ちゃんとお話してくださる気があります?」
「もちろん。ただ、将来について悩んだところで、今はどうしようもないことがある。結婚への不安もそれだよ。ああしよう、こうしようって、期待をする方が楽しくないかな?」
サミュエルはノアの頬にキスを落とし、慈しみに満ちた眼差しを向ける。ノアはその姿に温かな愛情を感じて、乱れていた心が落ち着いていった。
「――実際に結婚してみたら、今感じている不安はどうでもいいことだったと笑い飛ばせるかもしれない。問題が起きて悩むことになる可能性もあるけれど、それはその時に、二人で話し合い、解決法を見出すべき問題だ」
「そうですね……」
「私はノアと共に悩むことを、大切な営みだと思っているよ。それが結婚して、配偶者になること、家族になるということだと思うし」
「サミュエル様……」
何事も未然に防げると考えるのは傲慢である。完璧に近いサミュエルとの結婚生活であろうと、思いがけない問題が起こる可能性は十分あるけれど、サミュエルが言う通り、それは二人で言葉を尽くして解決させるべきことだ。
もし、ノアが一人で悩んでいるときは、今回のようにサミュエルが声を掛けてくれるのだろう。包み込んで、愛を囁いて、一緒に頭を悩ませ、言葉を尽くしてくれるはずだ。
ノアは、それはなんと幸せなことだろう、と思った。貴族に多い政略結婚が悪いとは言わないけれど、想い合っているからこそ生まれる素晴らしい関係が、ノアとサミュエルにはあるのだと、素直に信じられた。
「――結婚とは、家族になることなのですね。サミュエル様が相手なら、何が起きても大丈夫だと思えてきました」
柔らかく微笑むノアに、サミュエルが強気の笑みを見せる。
「もちろん、私がノアの期待を裏切ることはないよ。全力でノアとの生活を幸せにするからね」
「……そこまで言われると、少し怖いですね?」
「なんで?」
「なんでと言われましても……」
これまでのサミュエルの行動を考えてみると、二人の結婚生活のために、周囲が大いに振り回される気がしてならない。それを悪気なくやるのがサミュエルであると、既に学んでいたので、ノアは苦笑するしかなかった。
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。