内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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172.共に悩める関係に

 サミュエルがノアの肩を抱き寄せ、耳元で囁きかける。

「途中になっていた話だけど――」
「結婚についてですね」
「うん。前に話をしたことがある気がするし、私も結婚したことがあるわけではないから、ノアの不安を解消できるようなことは言えない」
「……経験から話をされたら、その方が衝撃ですね」

 既にサミュエルと話をしているだけで、ある程度不安感が和らいでいたノアは、茶化すように返した。サミュエルがフッと軽く笑う気配がする。

 サミュエルの肩に頭を預け、ノアは目を瞑った。
 こうして二人で体温を分かち合える距離にいられれば、悩みも不安もなくなる気がした。少なくとも一人で将来を悩んでいるときよりも、よほど建設的な考えが生まれそうだ。

「結婚したら何が変わると思う?」
「なんでしょう……。サミュエル様と会うことが増えます……? いや、学園で会うことがなくなるから、むしろ減るかもしれない……?」

 学園では必ず顔を合わせていたけれど、卒業後はそれぞれに務めがある。ノアは領地運営に本格的に関わるし、サミュエルはルーカスの側近としての務めが忙しくなるだろう。

 そう考えると、今よりも共にいる時間が減る気がしてならない。ノアは領地、サミュエルは王都で、離れて暮らすこともありえる。

 ノアは思わず真顔で悩んだ。結婚したら四六時中共にいるだろうと考えていたわけではないけれど、思ったよりサミュエルと共に過ごす時間は少なそうだ。

 サミュエルはノアの顔を覗き込み、軽く睨んだ。目が笑っているので、怒っているわけではないようだ。

「ひどいな。私と一緒に寝てくれないつもりかい?」
「っ……そ、そうでしたね……たぶん、王都で過ごしている時は、よく顔を合わせるでしょうね……」
「毎日ね」

 ノアは一瞬で顔が熱くなった。サミュエルから目を逸らし、できる限り平静を装って答える。だが、「毎日」と駄目押しされて、ビクッと身体が震えてしまったので、動揺を隠せているとは思えない。

 なんとなく分かってはいたけれど、やはりサミュエルはノアと結婚した後、毎日共寝をするつもりらしい。

 当然後継ぎは必要だけれど、そのためだけなら毎日共に寝る必要はない。なにせ、男同士であるノアたちの場合、教会で宮種をもらわなければ、子どもを作れないのだから。

 そして、寝るだけなら、一人で寝る方がきっとよく休めると思う。そう考えるのはノアだけなのかもしれないけれど。ノアは隣にサミュエルがいると思ったら、熟睡できない自信がある。

「嫌なのかい?」
「い、いや、という、わけでは……」

 躊躇いつつ答えるノアの頬に、サミュエルの手が添えられる。軽く力が籠められると、視線を逸らしているのも限界で、ノアはそろそろとサミュエルの顔を見上げた。

「だよね。まぁ、私だって、毎日ノアを襲うほど獣ではないつもりだから、安心していいよ」
「あ、安心、できません、けど……!?」

 優雅な微笑みを浮かべたまま、とんでもないことを言うサミュエルに、ノアは顔から火が出そうな気分だった。

 こういう話題には慣れていないし、どう振る舞うのが正しいのかいまいち分からない。だから、もう少し手加減してほしかった。せめて追い打ちを掛けてくるような言動は控えてほしい。

「本当は毎日したいって言った方が良かったかい?」
「サミュエル様!」

 ついに悲鳴のような声で諫めるノアに、サミュエルは軽やかな笑い声を上げる。どう考えても、ノアをからかっている。
 真剣に悩んでいるのが馬鹿らしくなったのはいいことなのだろうけれど、こんなやり方を許してもいいものか。

 ノアはジトリとサミュエルを睨み、頬に添えられている手の甲を抓って、気持ちばかりの反撃をしてみた。でも、サミュエルには全く効果がなかったようだ。

「子猫みたいで可愛いね。そういえば、学園の猫にも久しぶりに会いたいな。前に猫を飼う話をしなかったっけ?」
「……サミュエル様。ちゃんとお話してくださる気があります?」
「もちろん。ただ、将来について悩んだところで、今はどうしようもないことがある。結婚への不安もそれだよ。ああしよう、こうしようって、期待をする方が楽しくないかな?」

 サミュエルはノアの頬にキスを落とし、慈しみに満ちた眼差しを向ける。ノアはその姿に温かな愛情を感じて、乱れていた心が落ち着いていった。

「――実際に結婚してみたら、今感じている不安はどうでもいいことだったと笑い飛ばせるかもしれない。問題が起きて悩むことになる可能性もあるけれど、それはその時に、二人で話し合い、解決法を見出すべき問題だ」
「そうですね……」
「私はノアと共に悩むことを、大切な営みだと思っているよ。それが結婚して、配偶者になること、家族になるということだと思うし」
「サミュエル様……」

 何事も未然に防げると考えるのは傲慢である。完璧に近いサミュエルとの結婚生活であろうと、思いがけない問題が起こる可能性は十分あるけれど、サミュエルが言う通り、それは二人で言葉を尽くして解決させるべきことだ。

 もし、ノアが一人で悩んでいるときは、今回のようにサミュエルが声を掛けてくれるのだろう。包み込んで、愛を囁いて、一緒に頭を悩ませ、言葉を尽くしてくれるはずだ。

 ノアは、それはなんと幸せなことだろう、と思った。貴族に多い政略結婚が悪いとは言わないけれど、想い合っているからこそ生まれる素晴らしい関係が、ノアとサミュエルにはあるのだと、素直に信じられた。

「――結婚とは、家族になることなのですね。サミュエル様が相手なら、何が起きても大丈夫だと思えてきました」

 柔らかく微笑むノアに、サミュエルが強気の笑みを見せる。

「もちろん、私がノアの期待を裏切ることはないよ。全力でノアとの生活を幸せにするからね」
「……そこまで言われると、少し怖いですね?」
「なんで?」
「なんでと言われましても……」

 これまでのサミュエルの行動を考えてみると、二人の結婚生活のために、周囲が大いに振り回される気がしてならない。それを悪気なくやるのがサミュエルであると、既に学んでいたので、ノアは苦笑するしかなかった。

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