内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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173.ノアと使用人

 ノアを屋敷に送り届けたサミュエルが王城に向かう。その馬車を見送ったノアが自室に向かっている途中で、屋敷の執事長に声を掛けられた。

「ノア様、アシェル様よりお手紙が届いております」
「えっ……ありがとう」

 手渡された封筒には、確かにアシェルの名が書かれていた。久しぶりの手紙に心が躍る。
 顔を綻ばせるノアに、執事長が微笑ましげな眼差しを向けた。

「お顔色が良いご様子でなによりです」
「……もしかして、心配してくれていた?」

 父が小さい頃から、この執事長はこの屋敷で務めている。ノアにとっては祖父のような感覚があった。執事長の方も、ノアをただ仕えるべき相手ではなく、愛情を注ぐ相手として見ているだろう。
 そんな執事長に心配を掛けていたということに初めて気づき、ノアは窺うように見上げる。

「たくさんの方に愛されているノア様でしたら、私が出しゃばる必要はないと思っておりましたが、最近大きな問題もありましたので……」
「そうだね。心配してくれてありがとう。まぁ、大体はサミュエル様が解決してくれたのだけど」
「さすがサミュエル様でございますね。そうでなくては、ノア様の相手として、みなが受け入れることはないでしょうが」
「みんな……?」

 誰を指しての言葉か分からずに、ノアは首を傾げる。
 執事長は微笑み、自分を指さした後、ノアの背後にいるロウを指し、ついで廊下や庭にいる使用人たちを示す。

「みんなです」
「……サミュエル様が、僕の大好きな人たちに受け入れられていると、喜んでいいんだよね?」
「もちろん。ノア様に相応しくない方でしたら、とっくの昔に、闇夜に乗じて――」

 微笑みながらであっても、恐ろしいことを示唆されて、ノアはギョッと目を見開く。完璧な笑みを浮かべる執事長が、心の中で何を考えているか読み取れない。冗談だろうと思うし、そうであってほしいと全力で望んでいるけれど――。

「冗談だよね?」
「どうでしょうね」

 全く否定しない執事長を見て、ノアは『ランドロフ侯爵家に裏の顔が……?』と真剣に考え込んでしまった。
 途端に背後で、吹き出して笑うのを堪える音がする。堪えきれていないから、なんだか苦しそうだ。

「……ロウ」
「いえ……ノア様は、生まれた時から今日に至るまで、相変わらず素直でお可愛らしい方だと、惚れ惚れしただけですので」
「褒めていないよね?」

 ノアがジトリと睨んでも、ロウは「賛美していますとも」と答える。その頬がぴくぴくと動き、笑いを噛み殺していることが伝わってくるので、なんとも信ぴょう性がない。

「戯言はともかく、ノア様のお顔色が曇るなんて、人類の絶望、耐え難き苦難でありますれば、何かお悩みのことがありましたら、遠慮なくお声がけくださいませ。わたくし共が、全力でその憂いを払ってみせます」
「……ありがとう」

 ノアの気分が優れないことに対しての感情表現が、あまりに規模が大きすぎて笑いを狙っているとしか思えない。でも、ノアを心から思いやっていることは伝わってきたので、ノアは複雑な表情で礼を告げた。

 正直、悩み事を告げたら、使用人たちはサミュエル以上に力技で、解決に導こうとする気がして、あまり頼る気になれない。

 そんなノアの気持ちを察したのか、執事長は「それこそサミュエル様がすぐに手を打たれるでしょうが」と言って微笑んだ。
 それに苦笑と頷きを返して、ノアが歩を進めようとすると、執事長が再び声を掛ける。

「――明日は結婚式のご衣裳の確認に赴かれるご予定ですが、変更はございませんか?」
「ああ……サミュエル様もご一緒していただけることになったよ。たぶん、後で予定を確認する連絡がくると思う」
「承知いたしました。では、先方にも伝えておきます」
「うん、頼んだよ」

 執事長と別れ、ノアは封筒に視線を落とす。
 アシェルからの手紙は心から嬉しい。でも、これにはノアたちの結婚式への参加可否も書かれているはずだ。アシェルがどのような選択をしたのか考えると、僅かに気が塞ぐ。

「……アシェルを結婚式に招待されたのですよね」
「うん、そうだけど……」

 ロウの囁きに頷く。ロウはアシェルの教育係を務めていた関係で、呼び捨てをする仲になっていた。
 ノアはロウをちらりと見て、目を逸らす。ロウがノアの決定をあまり歓迎していないことは知っていた。

「――分かっているよ。アシェルさんは、ライアン大公閣下と領地に籠ることと引き換えに、恩赦を得たようなものだ。結婚式に呼ぶことで、王家と軋轢を生む可能性がある」
「そうですね。それでも、呼びたいのですね?」
「……うん、初めての友達だから――」

 子どもっぽい言い訳に聞こえて、ノアの声は自信なさげに途切れた。

「ノア様とサミュエル様のご結婚は、王家が率先してお祝いになるでしょう。王家が貴族との関係改善を求めるために。式に参加されるのはルーカス王太子殿下でしょうし、例えライアン大公閣下がお越しになろうと、見て見ぬふりをする度量はおありでしょう。ですが、そのような事態が起こること自体が、決して褒められることではありません。晴れの日に影を落とすことになりかねないのですよ?」
「そうだね……」

 ロウがノアを真剣に思いやって言ってくれていることは分かっている。だからといって、ノアはその意見をすんなり受け入れられないのだけれど。

「……サミュエル様はなんとおっしゃっておられるのですか?」
「君が望むならいいよ、って。どうとでもなるからね、と言われたけど、どうするつもりだろう?」
「さぁ……平凡なる私と違い、サミュエル様なら本当にどうとでもできるのでしょう。そうならば、私がこうして口うるさく言うのは、ノア様を虐めているようなもので――」
「そんな風には思わないよ!」

 自虐的な口調になるロウを慌てて振り返り、ノアはその手を掴んで訴えた。

「――ロウが僕の味方であることは知っている。こうして厳しいことでも言ってくれる人がいることは、僕は凄く恵まれていると思っているよ。いつもありがとう」

 じっと見つめていると、ロウの頬が次第に赤くなっていく。

「……こちらこそ、ありがとうございます。素晴らしい主人を持てて、幸せです。ただ、従者をたぶらかすのもほどほどにしていただけませんと、サミュエル様に打ち首にされることになりそうです」
「ロウの中の、サミュエル様像が極悪人すぎる……」

 とんでもないことを言うロウに、最近はギロチンやら打ち首やらを冗談に混ぜるのが流行っているのだろうかと、ノアは真剣に考え込んでしまった。

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