177 / 277
177.見惚れる
サミュエルと話をしているうちに、馬車は服飾店に着いていた。サミュエルにエスコートされて馬車を降りたところを、馴染みの服飾店のオーナーが笑顔で出迎える。
「わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」
「いえ、こちらが気になっただけですから」
微笑みを返すと、早速店内に招かれた。通されたのは、豪奢な応接間だ。この隣は試着室にもなっていて、ノアは何度か利用したことがある。
応接間のソファに腰を下ろしたところで、香りのよい紅茶が運ばれてきた。
「本日は結婚式のご衣裳のご確認ということで――」
オーナーはノアたちと話し合って作られたデザインをテーブルに広げながら、応接セット横にあるトルソーを示す。白い布が掛かっていたけれど、店員がすぐに取り払った。
白い正装が二着並んでいる。
かっちりとしたシルエットの方は、サミュエルのもの。装飾に使われている金糸が、サミュエルの髪とよく調和する色合いだ。
これを着たサミュエルを想像して、ノアは思わずうっとりと目を細めた。
「……あぁ、素敵だね。ノアによく合いそうだ」
サミュエルの甘い声が聞こえて、ノアはハッとして、状況を忘れて想像に浸ってしまっていたのを自戒した。
慌てて隣に目を移すと、柔らかなシルエットの正装が目に入る。サミュエルのものと比べると、明らかに華奢なスタイルだ。装飾は控えめだけれど、よく見ると、生地には光沢のある白糸で細やかな刺繡が施されていた。光を受けて白い花の模様が浮かび上がるのが、なんとも美しくて雅やかである。
「綺麗……」
思わず見惚れて呟くと、サミュエルに抱き寄せられた。
「禁欲的な美しさだね。控えめで、奥ゆかしく、それでいて凛とした輝きがある。ノアが身に纏ったら、さらに素晴らしいものになるよ」
「……そうでしょうか」
サミュエルの肩に頭を預け、ノアはぽつりと呟いた。衣装は素晴らしいけれど、それを着るのが自分だと思うと、少し気後れした。この美しい服に自分が相応しいのか、自信がない。
「当然だろう。……これでは、私の方が完全に負けてしまうな。ノアの美しさの引き立て役になるのは光栄だけど、そのせいで私がノアに相応しくないと思われるのは駄目だ」
真剣な声音で冗談を言うサミュエルに、ノアは思わず笑ってしまった。ノアに自信をつけさせようとしているのだろうけれど、あまりにお世辞がすぎる。
「そんなことを思う人はいませんよ」
「いや、真剣に悩んでいるんだけどね。――君はどう思う?」
笑いながら冗談を咎めるノアに、サミュエルはあくまでも本気の声音で、オーナーに問いかけた。
微笑ましげにノアたちのやり取りを眺めていたオーナーは、自信ありげな様子で胸を張る。
「グレイ様の危惧されていることは、わたくしもよく分かります。ノア様はこの上なくお美しい方ですから。……グレイ様の装飾を、もう少し増やしますか?」
「白じゃなくて、金の服になりそうだな」
「それはいけませんね」
真剣な表情で冗談を言い合う二人は、なんとも楽しそうである。ノアは金綺羅の服を纏っているサミュエルを想像して、思わず吹きだして笑いそうになるのを堪えた。
さすがのサミュエルであっても、似合わないものがある。というか、そんな服が似合う人は嫌だ。
「ふふっ、サミュエル様は、十分に格好いい方ですよ。この服を纏っている姿は、絶対に素敵です」
「そうかい? ちょっと、ノアの横に立つには、見合っていない気がするんだけど」
あくまでも主張を曲げないサミュエルを、ノアはまじまじと見上げた。どうも冗談の様子がない。
少し困って、ノアは目を伏せる。あまりサミュエルが素敵すぎると、隣に立つのを恥じてしまう気がするのだけれど。
「……婚約披露のパーティーでは、お互いの色を取り入れました。この正装にも、そうしましょうか?」
「お互いの色?」
「ええ。僕のカフスを翠玉で、サミュエル様のカフスを紫玉で作らせるのはどうです?」
ちらりと様子を窺いつつ提案すると、サミュエルの表情が一気に明るくなるのが分かった。まるで光を放っているような輝かしさで、喜んでいるのが伝わってくる。
「それはいいね! とっておきの宝石で作らせよう」
「かしこまりました」
オーナーがすぐさま反応し、控えていた従業員に目配せする。すぐに、いくつかの宝石箱が運ばれてきた。
「こちらはこの店で取り扱っている宝石です。時間をいただけましたら、他にも探してきます」
開かれた宝石箱の中では、翠と紫の宝石が眩しい光を放っていた。どれもカフスにちょうどよい大きさである。
「ここは品ぞろえがいいね」
早速品定めを始めるサミュエルに、ノアは苦笑した。展開が早すぎて、少しついていけないけれど、サミュエルが楽しそうでノアも嬉しい。
「デザインはお二人の衣装に合わせたものを、いくつか考えておきます。ご希望はございますか?」
「希望……」
ノアは何も考えていなかったので、暫く考え込む。でも、この店のデザイナーを信頼しているし、ひとまず任せることにした。
「普段使いできるデザインも考えておいてくれるかい?」
「サミュエル様?」
突然言い出したサミュエルを、ノアは目を丸くして見つめる。サミュエルの横では、指示を受けた従業員がいくつかの宝石を取り出していた。正装用のカフスにしては、あまりにも数が多い。というか、紫色の宝石が多すぎる。
「城で務めている時の服にも、ノアの色を取り入れたい。カフスもいいし、他の装飾品でも構わないよ。作れるかい?」
「もちろんです。いくつでも、ご用意いたします」
オーナーがホクホクした顔で請け負った。その表情の理由は明確である。
サミュエルが選んでいる宝石の価格だけで、既に小さな領地の収益を軽く超える。どれも驚くほどの高品質揃いなのだから、当然ではあるけれど――。
(……大貴族の金銭感覚、凄い……)
ノア自身だって、十分このくらいの買い物は可能だ。でも、改めてサミュエルが国内一の貴族の子息なのだと実感して、少し顔が引き攣ってしまった。
「わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」
「いえ、こちらが気になっただけですから」
微笑みを返すと、早速店内に招かれた。通されたのは、豪奢な応接間だ。この隣は試着室にもなっていて、ノアは何度か利用したことがある。
応接間のソファに腰を下ろしたところで、香りのよい紅茶が運ばれてきた。
「本日は結婚式のご衣裳のご確認ということで――」
オーナーはノアたちと話し合って作られたデザインをテーブルに広げながら、応接セット横にあるトルソーを示す。白い布が掛かっていたけれど、店員がすぐに取り払った。
白い正装が二着並んでいる。
かっちりとしたシルエットの方は、サミュエルのもの。装飾に使われている金糸が、サミュエルの髪とよく調和する色合いだ。
これを着たサミュエルを想像して、ノアは思わずうっとりと目を細めた。
「……あぁ、素敵だね。ノアによく合いそうだ」
サミュエルの甘い声が聞こえて、ノアはハッとして、状況を忘れて想像に浸ってしまっていたのを自戒した。
慌てて隣に目を移すと、柔らかなシルエットの正装が目に入る。サミュエルのものと比べると、明らかに華奢なスタイルだ。装飾は控えめだけれど、よく見ると、生地には光沢のある白糸で細やかな刺繡が施されていた。光を受けて白い花の模様が浮かび上がるのが、なんとも美しくて雅やかである。
「綺麗……」
思わず見惚れて呟くと、サミュエルに抱き寄せられた。
「禁欲的な美しさだね。控えめで、奥ゆかしく、それでいて凛とした輝きがある。ノアが身に纏ったら、さらに素晴らしいものになるよ」
「……そうでしょうか」
サミュエルの肩に頭を預け、ノアはぽつりと呟いた。衣装は素晴らしいけれど、それを着るのが自分だと思うと、少し気後れした。この美しい服に自分が相応しいのか、自信がない。
「当然だろう。……これでは、私の方が完全に負けてしまうな。ノアの美しさの引き立て役になるのは光栄だけど、そのせいで私がノアに相応しくないと思われるのは駄目だ」
真剣な声音で冗談を言うサミュエルに、ノアは思わず笑ってしまった。ノアに自信をつけさせようとしているのだろうけれど、あまりにお世辞がすぎる。
「そんなことを思う人はいませんよ」
「いや、真剣に悩んでいるんだけどね。――君はどう思う?」
笑いながら冗談を咎めるノアに、サミュエルはあくまでも本気の声音で、オーナーに問いかけた。
微笑ましげにノアたちのやり取りを眺めていたオーナーは、自信ありげな様子で胸を張る。
「グレイ様の危惧されていることは、わたくしもよく分かります。ノア様はこの上なくお美しい方ですから。……グレイ様の装飾を、もう少し増やしますか?」
「白じゃなくて、金の服になりそうだな」
「それはいけませんね」
真剣な表情で冗談を言い合う二人は、なんとも楽しそうである。ノアは金綺羅の服を纏っているサミュエルを想像して、思わず吹きだして笑いそうになるのを堪えた。
さすがのサミュエルであっても、似合わないものがある。というか、そんな服が似合う人は嫌だ。
「ふふっ、サミュエル様は、十分に格好いい方ですよ。この服を纏っている姿は、絶対に素敵です」
「そうかい? ちょっと、ノアの横に立つには、見合っていない気がするんだけど」
あくまでも主張を曲げないサミュエルを、ノアはまじまじと見上げた。どうも冗談の様子がない。
少し困って、ノアは目を伏せる。あまりサミュエルが素敵すぎると、隣に立つのを恥じてしまう気がするのだけれど。
「……婚約披露のパーティーでは、お互いの色を取り入れました。この正装にも、そうしましょうか?」
「お互いの色?」
「ええ。僕のカフスを翠玉で、サミュエル様のカフスを紫玉で作らせるのはどうです?」
ちらりと様子を窺いつつ提案すると、サミュエルの表情が一気に明るくなるのが分かった。まるで光を放っているような輝かしさで、喜んでいるのが伝わってくる。
「それはいいね! とっておきの宝石で作らせよう」
「かしこまりました」
オーナーがすぐさま反応し、控えていた従業員に目配せする。すぐに、いくつかの宝石箱が運ばれてきた。
「こちらはこの店で取り扱っている宝石です。時間をいただけましたら、他にも探してきます」
開かれた宝石箱の中では、翠と紫の宝石が眩しい光を放っていた。どれもカフスにちょうどよい大きさである。
「ここは品ぞろえがいいね」
早速品定めを始めるサミュエルに、ノアは苦笑した。展開が早すぎて、少しついていけないけれど、サミュエルが楽しそうでノアも嬉しい。
「デザインはお二人の衣装に合わせたものを、いくつか考えておきます。ご希望はございますか?」
「希望……」
ノアは何も考えていなかったので、暫く考え込む。でも、この店のデザイナーを信頼しているし、ひとまず任せることにした。
「普段使いできるデザインも考えておいてくれるかい?」
「サミュエル様?」
突然言い出したサミュエルを、ノアは目を丸くして見つめる。サミュエルの横では、指示を受けた従業員がいくつかの宝石を取り出していた。正装用のカフスにしては、あまりにも数が多い。というか、紫色の宝石が多すぎる。
「城で務めている時の服にも、ノアの色を取り入れたい。カフスもいいし、他の装飾品でも構わないよ。作れるかい?」
「もちろんです。いくつでも、ご用意いたします」
オーナーがホクホクした顔で請け負った。その表情の理由は明確である。
サミュエルが選んでいる宝石の価格だけで、既に小さな領地の収益を軽く超える。どれも驚くほどの高品質揃いなのだから、当然ではあるけれど――。
(……大貴族の金銭感覚、凄い……)
ノア自身だって、十分このくらいの買い物は可能だ。でも、改めてサミュエルが国内一の貴族の子息なのだと実感して、少し顔が引き攣ってしまった。
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。