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182.訪問理由
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混乱のまま慌てて向かった応接室には、サミュエルに並んで、確かに不審者そのものの姿をしている人がいた。
「やぁ、ノア。急に訪ねてきてしまって、申し訳なかったね」
「……いえ、それは問題ありませんが」
サミュエルが近づいてきて、ノアを抱きすくめる。ノアは頬にキスを受けながら、サミュエルとソファから立ち上がった不審者とを見比べた。
「ああ、彼を無理やり連れ込んだのも謝罪するよ。少々人目を気にしなければならないお方でね」
「むしろ、人目を集めるのでは?」
ノアは思わず真顔で指摘した。途端にサミュエルが可笑しそうに口元を歪める。
サミュエルの笑い声が上がる前に、不審者の方が動いた。
「……その指摘、そいつにもっと強く言ってくれないか」
ばさりとフードを下ろし、乱れた髪を撫でつけながら不機嫌そうに呟くのは、ライアンだった。
久しぶりの再会だけれど、見た目は元気そうでなによりである。アシェルからも聞いていたから、そこはあまり心配していなかったけれど。
「お久しぶりでございます、ライアン大公閣下。突然のご訪問で、きちんと出迎えられなかったことを謝罪いたします」
ノアはサミュエルから離れ、頭を下げる。正直、ノアに悪いところはないのだけれど、謝罪するのは貴族としてのマナーである。
「ああ、気にしないでくれ。というか、俺の方が迷惑を掛けている。申し訳ない」
ライアンの言葉に頭を上げると、すかさずサミュエルが背を押して促すので、逆らわずにソファに向かう。
サミュエルと並んで腰かけたところで、ライアンと目が合った。
「――まず、この格好の理由を説明するか」
「お願いいたします」
なんとも気まずそうなライアンに、ノアは真剣に頼む。正直、状況が理解できなくて、どう対応すべきかまるで分からない。
「私が押しつけたんだよ。ノアの元を訪ねたいなら、それくらい身元を隠してくれって。ライアン大公と会っているなんてバレたら、ノアにどんな噂が立つか分かったものではないんだから、ね」
「そうだな。言いたいことは分かるが、この格好は受け入れてない」
穏やかに楽しそうな笑みを見せるサミュエルとは対照的に、ライアンは苦々しい表情だ。
二人を見比べて、ノアは内心でなるほどと頷く。
おそらく、サミュエルがライアンに不審者そのものの格好を強いたのは、ノアの元を訪ねることを諦めさせる意思を示したつもりだったのだろう。でも、ライアンは不本意な恰好をしてでも、ノアに会うことを選んだ。
問題は、何故そこまでしてノアに会おうとしたか、だけれど――。
「……まぁ、こうやって会わせてもらえたのだから、いつまでも文句は言わない。ノア殿、話を聞いてくれるだろうか」
真剣な表情のライアンを見て、ノアはサミュエルを横目で窺う。
サミュエルはライアンの訪問目的を理解しているはずだ。そして、サミュエルがノアにとって悪いことになる判断をするはずがない。
サミュエルはライアンを見据えながら、微かに頷く。それを見て、ノアはすぐに決心した。どのような問題を持ち込まれようと、サミュエルが傍にいてくれるならば安心である。
「お伺いいたします」
「ありがとう。話というのは、ミルトン伯爵家のことなんだが」
唐突に、最近の悩みの種である名が聞こえて、ノアは目を丸くした。まさかライアンからその名を聞くとは思わなかったのだ。
「……ミルトン伯爵家、ですか。ライアン大公閣下がなぜ……?」
「ああ、困惑するのも当然だろう。だが、実は、俺の領地の運営に、ミルトン伯爵家が力を貸してくれていたんだ。領地がそれなりに近いし、グレイ公爵家との関係がさほど悪くないと示すのに、絶妙な立場の相手だったからな」
「なるほど……」
聞けば納得である。ライアン大公領とミルトン伯爵領は、二つほど領地を挟んでいるとはいえ、交流するのに不便はない距離だ。そして、グレイ公爵家の縁戚であるミルトン伯爵家と交流があれば、ライアンとグレイ公爵家に軋轢が残っていないことを示すことにも繋がる。
そうなると、今回ランドロフ侯爵家がとった施策は、ミルトン伯爵家だけでなく、ライアンにとってもあまり望ましくないものだというのは、想像に難くない。
ノアはサミュエルを見つめる。ランドロフ侯爵家のミルトン伯爵家への対応は、事前にグレイ公爵家に了解をとっている。貴族が水面下でやり取りをして根回しするのは、ごく当たり前のことだからだ。
その際、ライアンに影響が生じる可能性については、一切聞いていなかった。
「正直に言うと、ライアン大公を慮る必要性はないと、父も私も判断したんだよ」
サミュエルがノアの疑問を察して、あっさりと答える。正面で苦々しい表情をしているライアンとは対照的に、穏やかな雰囲気だ。
「――うちはミルトン伯爵家を切り捨てる決定をしたんだ。当然だよね。私の婚約者の家に迷惑を掛けたんだから」
サミュエルは微笑み、「何か問題でも?」と言いたげな眼差しをライアンに向ける。ライアンはじろりと睨み返した後、大きくため息をついた。
「その迷惑の詳細を知らないんだが、あいつらはいったい何をしでかしたんだ?」
冷静さを取り繕って尋ねるライアンに、ノアは暫し逡巡したけれど、隠す必要性を感じず説明をすることにした。
話を聞いたライアンが、馬鹿馬鹿しそうに呆れたため息をつき、小声でミルトン伯爵家令息を罵ったのは、貴族の礼儀として聞かなかったことにする。
「やぁ、ノア。急に訪ねてきてしまって、申し訳なかったね」
「……いえ、それは問題ありませんが」
サミュエルが近づいてきて、ノアを抱きすくめる。ノアは頬にキスを受けながら、サミュエルとソファから立ち上がった不審者とを見比べた。
「ああ、彼を無理やり連れ込んだのも謝罪するよ。少々人目を気にしなければならないお方でね」
「むしろ、人目を集めるのでは?」
ノアは思わず真顔で指摘した。途端にサミュエルが可笑しそうに口元を歪める。
サミュエルの笑い声が上がる前に、不審者の方が動いた。
「……その指摘、そいつにもっと強く言ってくれないか」
ばさりとフードを下ろし、乱れた髪を撫でつけながら不機嫌そうに呟くのは、ライアンだった。
久しぶりの再会だけれど、見た目は元気そうでなによりである。アシェルからも聞いていたから、そこはあまり心配していなかったけれど。
「お久しぶりでございます、ライアン大公閣下。突然のご訪問で、きちんと出迎えられなかったことを謝罪いたします」
ノアはサミュエルから離れ、頭を下げる。正直、ノアに悪いところはないのだけれど、謝罪するのは貴族としてのマナーである。
「ああ、気にしないでくれ。というか、俺の方が迷惑を掛けている。申し訳ない」
ライアンの言葉に頭を上げると、すかさずサミュエルが背を押して促すので、逆らわずにソファに向かう。
サミュエルと並んで腰かけたところで、ライアンと目が合った。
「――まず、この格好の理由を説明するか」
「お願いいたします」
なんとも気まずそうなライアンに、ノアは真剣に頼む。正直、状況が理解できなくて、どう対応すべきかまるで分からない。
「私が押しつけたんだよ。ノアの元を訪ねたいなら、それくらい身元を隠してくれって。ライアン大公と会っているなんてバレたら、ノアにどんな噂が立つか分かったものではないんだから、ね」
「そうだな。言いたいことは分かるが、この格好は受け入れてない」
穏やかに楽しそうな笑みを見せるサミュエルとは対照的に、ライアンは苦々しい表情だ。
二人を見比べて、ノアは内心でなるほどと頷く。
おそらく、サミュエルがライアンに不審者そのものの格好を強いたのは、ノアの元を訪ねることを諦めさせる意思を示したつもりだったのだろう。でも、ライアンは不本意な恰好をしてでも、ノアに会うことを選んだ。
問題は、何故そこまでしてノアに会おうとしたか、だけれど――。
「……まぁ、こうやって会わせてもらえたのだから、いつまでも文句は言わない。ノア殿、話を聞いてくれるだろうか」
真剣な表情のライアンを見て、ノアはサミュエルを横目で窺う。
サミュエルはライアンの訪問目的を理解しているはずだ。そして、サミュエルがノアにとって悪いことになる判断をするはずがない。
サミュエルはライアンを見据えながら、微かに頷く。それを見て、ノアはすぐに決心した。どのような問題を持ち込まれようと、サミュエルが傍にいてくれるならば安心である。
「お伺いいたします」
「ありがとう。話というのは、ミルトン伯爵家のことなんだが」
唐突に、最近の悩みの種である名が聞こえて、ノアは目を丸くした。まさかライアンからその名を聞くとは思わなかったのだ。
「……ミルトン伯爵家、ですか。ライアン大公閣下がなぜ……?」
「ああ、困惑するのも当然だろう。だが、実は、俺の領地の運営に、ミルトン伯爵家が力を貸してくれていたんだ。領地がそれなりに近いし、グレイ公爵家との関係がさほど悪くないと示すのに、絶妙な立場の相手だったからな」
「なるほど……」
聞けば納得である。ライアン大公領とミルトン伯爵領は、二つほど領地を挟んでいるとはいえ、交流するのに不便はない距離だ。そして、グレイ公爵家の縁戚であるミルトン伯爵家と交流があれば、ライアンとグレイ公爵家に軋轢が残っていないことを示すことにも繋がる。
そうなると、今回ランドロフ侯爵家がとった施策は、ミルトン伯爵家だけでなく、ライアンにとってもあまり望ましくないものだというのは、想像に難くない。
ノアはサミュエルを見つめる。ランドロフ侯爵家のミルトン伯爵家への対応は、事前にグレイ公爵家に了解をとっている。貴族が水面下でやり取りをして根回しするのは、ごく当たり前のことだからだ。
その際、ライアンに影響が生じる可能性については、一切聞いていなかった。
「正直に言うと、ライアン大公を慮る必要性はないと、父も私も判断したんだよ」
サミュエルがノアの疑問を察して、あっさりと答える。正面で苦々しい表情をしているライアンとは対照的に、穏やかな雰囲気だ。
「――うちはミルトン伯爵家を切り捨てる決定をしたんだ。当然だよね。私の婚約者の家に迷惑を掛けたんだから」
サミュエルは微笑み、「何か問題でも?」と言いたげな眼差しをライアンに向ける。ライアンはじろりと睨み返した後、大きくため息をついた。
「その迷惑の詳細を知らないんだが、あいつらはいったい何をしでかしたんだ?」
冷静さを取り繕って尋ねるライアンに、ノアは暫し逡巡したけれど、隠す必要性を感じず説明をすることにした。
話を聞いたライアンが、馬鹿馬鹿しそうに呆れたため息をつき、小声でミルトン伯爵家令息を罵ったのは、貴族の礼儀として聞かなかったことにする。
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