内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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266.賑やかな街でデート

 サージュについての謎は深まった気がするけれど、それを解明するすべもない。ということで、気分転換がてら、お忍びで街に出ることにした。ちょうど、夕飯をとるのにいい頃合いである。

「お忍びだからって、どうしてこのような格好を……?」

 ノアは深く被った帽子のつばを指先で上げながら、サミュエルに問い掛ける。
 お忍び用のノアの装いは、大きなつばのあるキャスケット帽とセーター、綿パンツという、貴族の子息にしてはラフすぎる印象があった。

 これでノアだと知れたら、引かれてしまいそうだ。せめてジャケットとシャツがほしい。セーターの襟ぐりが大きめに開いているのも、スースーする感じで落ち着かない。

「これだけたくさん人がいるんだから、これくらいの格好の方が紛れて騒ぎにならないだろう?」

 サミュエルが楽しそうに笑う。
 そう言うサミュエルの格好は、襟元を開けたシャツに綿パンツ、首元には深い藍色のストールで、ノアよりも少しかっちりした印象だ。
 それでも、普段と比べたら目を瞠るほどの違いがある。煌めく髪はどうあっても目立つので、つば付きのニット帽にしまい込んでいて、新鮮な感じがした。

「それは、そうですけど」

 ノアはサミュエルに腰を抱かれて身を寄せながら、周囲に視線を向ける。ところどころにひっそりと警護の者がいるけれど、その他はみな、ノアたちに気づきもせずいつも通りの日常を過ごしているように見えた。

「ノア様とサミュエル様のご結婚記念価格だよ! ほら、そこのお姉さん、ちょっと見ていきなよ!」
「パレードを見に行くなら、目立つ帽子を被っていくべきだ。手を振ってもらえるかもしれないぞ! これは生花を特殊な技法で硬質化した飾りをつけてある。生地はこの明るい紫! ノア様の瞳のお色だよ。綺麗だろう? 安くしとくよ!」

 そこかしこで、客引きをする商売人の声が響く。売る側も、それを見る側も、なんとも楽しげな雰囲気で、ノアも嬉しくなってきた。
 彼らは話題の張本人がこんなに近くにいるなんて夢にも思っていないのだろうと考えると、少し愉快な気がする。

「幸せそうですね」
「そうだね。賑わっていていいことだ。夕食をとるところは、予約を入れさせているから、行こうか」

 ノアたちの少し前を、ザクが先導するように歩いていく。人混みに戸惑うことなく、スイスイと進む後ろ姿に少し感心した。ノアはサミュエルにエスコートしてもらわなかったら、誰かにぶつかって立ち往生してしまいそうなのに。

 不意に冷たい風が吹いて、ノアは首をすくめた。日が沈んでくると、途端に気温が下がった気がする。
 ノアの仕草を見たサミュエルが、首元のストールに手を掛けた時、横手から声が掛かった。

「そこのお兄さん! 麗しい恋人にストールをプレゼントしないかい?」
「……どういう品がある?」

 足を留めた後、サミュエルが近くの出店に寄っていく。そこは生地を扱っている店が出しているようで、品揃え豊富な布製品が並んでいた。

 ノアは『麗しい恋人』と呼ばれたことに頬を染め、顔を俯けながらサミュエルに寄り添う。もう結婚しているから恋人ではないのだけれど、そう言われて悪い気はしない。というより、嬉しい。

「……おや、まぁ、よく見れば、びっくりするほど別嬪さんと、カッコ良い兄さんじゃないか」
「それはどうも。彼が綺麗なのは当たり前の事実だけどね」
「ハハッ、こんなおじさんにまで惚気けるたぁ、アンタ、相当惚れ込んでるな? 若いって、いいねぇ」

 思っていたよりも自然に店主と会話しているサミュエルに、ノアは驚いた。こんなフランクな会話を、サミュエルがこれまでにしたことがあるとは思えないのだけれど。

(――まさか、お忍びでのお出かけが、初めてではない?)

 頭にもたげた疑問の答えを探すように、引き返してきたザクに視線を向けると、ヤレヤレと言いたげにため息をついている姿が目に入った。
 これは、絶対、サミュエルは常習犯だし、ザクはそれに付き合わされてきたに違いない。だから、人混みを歩くのも慣れているのだ。

「……これは随分と質がいいね」

 灰色と紫色の糸で織られたストールを手に取ったサミュエルが、感心した様子で呟く。ノアはそのストールを触り頷いた。
 色味は淡くて落ち着いた雰囲気だ。手触りは絹のように滑らかなのに柔らかく、触れているだけで暖かい。僅かな光沢があるのも美しい。

 正直、このような生地に触れたことがなくて、ノアは首を傾げた。

「おお、お目が高い! それは、特殊なヤギの毛を使ったもので、ストールというよりマフラーだが、これからの季節にピッタリだぞ。ただ、ヤギを育てるのも、十分な品質で織るのも難しいもんで、あまり出回らないんだ」
「へぇ……これなら、貴族も欲しがりそうだけど」
「ハハッ、そうさなぁ、まずはご領主様に献上するかねぇ。本当に数が少ないから、まだそこまでできないんだが」

 商人の男の話に感心する。領内の報告は随時受けていたけれど、このような製品が生み出されていたとは知らなかった。これは早い内に調査させて、投資をしておくべきかもしれない。

「じゃあ、これをもらおう」

 ノアがそのストールを買おうと声を上げる前に、サミュエルが財布を取り出した。きょとんとするノアを置き去りにして、あっさりと売買交渉がまとまる。
 希少価値が高い品物だったから、なかなか高い金額だったけれど、サミュエルがそんなことを気にするわけがない。

「ノア様の結婚記念でおまけしとくよ。別嬪さんも見れたしな!」

 そう言った商人がくれたのは、布製の花のブローチだった。これは普段の装いにも合いそうな質だ。それぞれの瞳に合わせたのか、翠の葉と紫の花の色合いが美しい。

「ありがとう」

 微笑んで受け取ったサミュエルは、店から少し離れたところで、ノアの首元にストールをまく。優しい肌触りと温もりが心地よい。

「サミュエル様、ありがとうございます」
「お礼は、キスでいいよ」
「もう、こんな外で、そんなこと……」

 茶目っ気のある笑みを浮かべたサミュエルが、ノアに頬を差し出してくる。ノアは言葉では断りつつも、周囲をそっと窺った。
 ノアたちに注目している人はいなさそうだと見て取り、そっと背伸びをする。軽く頬に触れて離れるというだけなのに、頬が熱くてたまらなかった。

「……ふふっ、ノアは可愛いね」
「ちょっ――」

 素早く唇に触れた熱に、抗議しかけたけれど、サミュエルが心底嬉しそうに微笑んでいたから、自然と声は消えていってしまった。

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