267 / 277
267.侍従たちの苦労
人混みを抜け、予約していた料理店に辿り着いた頃には、すっかり日が暮れていた。早く食事を取りたいところだったのだけれど、奥の個室に腰を落ち着けたノアたちは、先にロウから説教を受けることになる。
「――いいですか。お祝いのために、街には人が溢れているんです。くれぐれも、目立つような真似をしないよう、注意してありましたよね? なに、街中で、キスなんてしているんですか!」
久しぶりのお怒りだ。ノアは少し申し訳なくて、首をすくめて口を閉ざした。こういう時は、言い訳すらも怒りを増す原因になる。
反省しているノアとは違い、サミュエルは涼しい顔で聞き流している様子だったので、思わず腕をつねってしまったけれど。
「ノア様は、状況に流されたから仕方ないとはいえ、サミュエル様はもっと反省してくださらないと! 警護の者がどれだけ大変か、ご存知ですか!?」
「彼らはそれが仕事だろう」
「そうですが、上に立つ者として、配慮してください。それが、ランドロフ侯爵家での、当然の在り方です」
厳しい口調で叱りつけるロウに、サミュエルが片眉を上げる。
ノアは「仕方ない」と評されてしまった自分に些か情けなさを感じながらも、ロウの言葉に頷いた。サミュエルはそれを見て、少し態度を変えた様子だ。
「そうだね。ランドロフ侯爵家の一員になったからには、その在り方に倣うよう今後気をつける。悪かったね」
「……分かってくださったのでしたら、これ以上は何も言いません」
ロウが謝罪を受け入れて引き下がったことで、部屋の緊張が緩まり、ノアはホッと息をついた。
我関せずという態度で食事の手配を済ませたザクが、お茶を淹れてくれたので、気分転換を兼ねて手を伸ばす。
「後で、警護の皆さんにお菓子でも差し入れましょうか」
「それより、酒とかつまみがいいんじゃないかい?」
「甘いものは、食べないのでしょうか」
ノアがきょとんと目を丸くして問い掛けると、サミュエルはロウやザクに視線を向ける。二人共首を傾げているので、なんの参考にもならなかったようだけれど。
「……あまり、騎士たちが甘いものを好むとは聞いたことがないけど、好きな人もいるかもね?」
「つまり、少数派なんですね?」
じとりとした目でサミュエルを見据えて言葉を返す。別に、否定するなら真っ向から否定してくれていいのだ。変なところで気遣われても意味がない。
ノアはテーブルの上のフルーツを見て、『こういうのも鍛えている男性は好まないのだろうか』と少し疑問に思った。ノアはわりと甘いものが好きで、フルーツはこうしてあらかじめ用意してもらうくらいだ。
「……宿の人にお酒を用意してもらうよう、伝えましょう」
「拗ねてないかい?」
「いいえ、まったく。僕が子供っぽいとか、女性っぽいとか、言われたわけじゃないですし?」
「ふふっ」
少し顔を背けて言うと、軽やかな笑い声が響いた。続けて、「可愛いね」と言われると、この態度の方が子供っぽいことに気づかされて、頬が熱くなる。
そっと視線を戻すと、サミュエルの目が愛おしげに細められていた。胸がくすぐられるような、温かな幸福感を覚える。
「……サミュエル様は、甘いものお嫌いじゃないですよね?」
今さらの問いに、サミュエルは呆れることなく頷いた。
「ああ。別に嫌いではないよ。ノアと一緒に食べるのは大好きなくらいだ。ノアの幸せそうな顔が見られるからね」
「え。……僕、そんな顔をしていますか?」
「うん。可愛いよ」
ノアの頬を撫でたと思ったら、口元にフルーツを差し出してくる。その仕草が、夜を共に過ごした後の朝、サミュエルが見せる姿と重なって、ノアはかぁっと顔を赤くした。
小さく口を開けると、笑みを深めたサミュエルが口の中にフルーツを放り込む。それを噛もうとしたノアは、指が出ていかないことに気づいて目を丸くした。
「んんっ!?」
「……美味しいかい」
呻くように声を出し、目で抗議しても、サミュエルは蕩けるような笑みでノアを見つめ返すばかりだ。その目に熱が滲んでいるのに気づいて、ノアは無性に焦る。まさか、食事をとりにきたところで、このような悪戯をされるとは思わなかった。
指がノアの舌をつつき、弄る。それから必死に逃げようとしても、あっさり捕まってしまう。
どうしようと混乱していたノアは、もっとも簡単な逃げ道を忘れていた。
「――サミュエル様」
グイッと肩を引かれて、サミュエルと離れる。ノアの肩を掴んだロウは、少し怖い顔をしてサミュエルを見据えていた。これは、相当苛立っている。
ノアは慌ててフルーツを噛んで飲み込み、ついでに口元をナフキンで拭った。
「残念」
「いついかなる場合でもそちらの方へとノア様を導こうとするのには、感心さえ覚えてしまいそうです」
「それはいいね。そのまま、私の意思を尊重してくれないかい?」
「お断りします」
からかうように微笑むサミュエルの言葉を、ロウがきっぱりと拒否する。サミュエルは予想の内だったようで、楽しそうに笑っていた。
「サミュエル様……僕も、あまり遊ばれるのは、困ってしまいますよ」
「もう少し慣れたら、楽しくなってくると思うけど」
その返事に思わず呆れてしまったノアが何か言うよりも先に、ロウが「少しは反省してください!」と叱る。ノアも同意だったので頷いた。
サミュエルは微笑んで「ノアがそう言うなら気をつけよう」と返すだけだ。
「――お食事を運び入れてもいいでしょうか」
ザクの感情を排除したような声が響く。少し疲れた顔が、ザクもロウ同様、ノアたちの雰囲気にあてられていることを告げていた。
「――いいですか。お祝いのために、街には人が溢れているんです。くれぐれも、目立つような真似をしないよう、注意してありましたよね? なに、街中で、キスなんてしているんですか!」
久しぶりのお怒りだ。ノアは少し申し訳なくて、首をすくめて口を閉ざした。こういう時は、言い訳すらも怒りを増す原因になる。
反省しているノアとは違い、サミュエルは涼しい顔で聞き流している様子だったので、思わず腕をつねってしまったけれど。
「ノア様は、状況に流されたから仕方ないとはいえ、サミュエル様はもっと反省してくださらないと! 警護の者がどれだけ大変か、ご存知ですか!?」
「彼らはそれが仕事だろう」
「そうですが、上に立つ者として、配慮してください。それが、ランドロフ侯爵家での、当然の在り方です」
厳しい口調で叱りつけるロウに、サミュエルが片眉を上げる。
ノアは「仕方ない」と評されてしまった自分に些か情けなさを感じながらも、ロウの言葉に頷いた。サミュエルはそれを見て、少し態度を変えた様子だ。
「そうだね。ランドロフ侯爵家の一員になったからには、その在り方に倣うよう今後気をつける。悪かったね」
「……分かってくださったのでしたら、これ以上は何も言いません」
ロウが謝罪を受け入れて引き下がったことで、部屋の緊張が緩まり、ノアはホッと息をついた。
我関せずという態度で食事の手配を済ませたザクが、お茶を淹れてくれたので、気分転換を兼ねて手を伸ばす。
「後で、警護の皆さんにお菓子でも差し入れましょうか」
「それより、酒とかつまみがいいんじゃないかい?」
「甘いものは、食べないのでしょうか」
ノアがきょとんと目を丸くして問い掛けると、サミュエルはロウやザクに視線を向ける。二人共首を傾げているので、なんの参考にもならなかったようだけれど。
「……あまり、騎士たちが甘いものを好むとは聞いたことがないけど、好きな人もいるかもね?」
「つまり、少数派なんですね?」
じとりとした目でサミュエルを見据えて言葉を返す。別に、否定するなら真っ向から否定してくれていいのだ。変なところで気遣われても意味がない。
ノアはテーブルの上のフルーツを見て、『こういうのも鍛えている男性は好まないのだろうか』と少し疑問に思った。ノアはわりと甘いものが好きで、フルーツはこうしてあらかじめ用意してもらうくらいだ。
「……宿の人にお酒を用意してもらうよう、伝えましょう」
「拗ねてないかい?」
「いいえ、まったく。僕が子供っぽいとか、女性っぽいとか、言われたわけじゃないですし?」
「ふふっ」
少し顔を背けて言うと、軽やかな笑い声が響いた。続けて、「可愛いね」と言われると、この態度の方が子供っぽいことに気づかされて、頬が熱くなる。
そっと視線を戻すと、サミュエルの目が愛おしげに細められていた。胸がくすぐられるような、温かな幸福感を覚える。
「……サミュエル様は、甘いものお嫌いじゃないですよね?」
今さらの問いに、サミュエルは呆れることなく頷いた。
「ああ。別に嫌いではないよ。ノアと一緒に食べるのは大好きなくらいだ。ノアの幸せそうな顔が見られるからね」
「え。……僕、そんな顔をしていますか?」
「うん。可愛いよ」
ノアの頬を撫でたと思ったら、口元にフルーツを差し出してくる。その仕草が、夜を共に過ごした後の朝、サミュエルが見せる姿と重なって、ノアはかぁっと顔を赤くした。
小さく口を開けると、笑みを深めたサミュエルが口の中にフルーツを放り込む。それを噛もうとしたノアは、指が出ていかないことに気づいて目を丸くした。
「んんっ!?」
「……美味しいかい」
呻くように声を出し、目で抗議しても、サミュエルは蕩けるような笑みでノアを見つめ返すばかりだ。その目に熱が滲んでいるのに気づいて、ノアは無性に焦る。まさか、食事をとりにきたところで、このような悪戯をされるとは思わなかった。
指がノアの舌をつつき、弄る。それから必死に逃げようとしても、あっさり捕まってしまう。
どうしようと混乱していたノアは、もっとも簡単な逃げ道を忘れていた。
「――サミュエル様」
グイッと肩を引かれて、サミュエルと離れる。ノアの肩を掴んだロウは、少し怖い顔をしてサミュエルを見据えていた。これは、相当苛立っている。
ノアは慌ててフルーツを噛んで飲み込み、ついでに口元をナフキンで拭った。
「残念」
「いついかなる場合でもそちらの方へとノア様を導こうとするのには、感心さえ覚えてしまいそうです」
「それはいいね。そのまま、私の意思を尊重してくれないかい?」
「お断りします」
からかうように微笑むサミュエルの言葉を、ロウがきっぱりと拒否する。サミュエルは予想の内だったようで、楽しそうに笑っていた。
「サミュエル様……僕も、あまり遊ばれるのは、困ってしまいますよ」
「もう少し慣れたら、楽しくなってくると思うけど」
その返事に思わず呆れてしまったノアが何か言うよりも先に、ロウが「少しは反省してください!」と叱る。ノアも同意だったので頷いた。
サミュエルは微笑んで「ノアがそう言うなら気をつけよう」と返すだけだ。
「――お食事を運び入れてもいいでしょうか」
ザクの感情を排除したような声が響く。少し疲れた顔が、ザクもロウ同様、ノアたちの雰囲気にあてられていることを告げていた。
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。