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268.嬉しい先触れ
運び入れられた料理は、どれもこの地方独特の調理法を使ったものだ。使用する食材も周辺地域で採れたものばかり。
ノアは領主館で食べたことがあるけれど、おそらくサミュエルは初めて食べるはず。食事を始めながら密かにサミュエルを窺う。
「――へぇ、この蒸し料理はシンプルだけど、美味しいね。野菜や肉の質が良いからこそできる」
「分かっていただけましたか。この調理法は、この地域独特なもので、お野菜やお肉の甘さや旨味を最大限に感じられるように、ただ蒸すだけでなく、少し炙ったり、茹でたりと、下ごしらえにも手間をかけているんですよ。各種ソースはシェフそれぞれで工夫を凝らしていて――」
自分の領の料理を褒められたことが嬉しくて、珍しくノアは喜々と解説してしまった。サミュエルが楽しそうに頷きながら聞いてくれるので、やめ時が見つからない。
でも、ロウやザクにまで微笑ましげに眺められているのに気づいて、少し恥ずかしくなった。
「……ま、まぁ……そんな感じで、独自の調理法を、維持して発展させられるよう、領政でも支援しているんです……」
「うん、素晴らしいと思うよ。昔からの技術を活かしながら、さらに新たな特産を生み出していけたら、より領は発展していくだろうしね」
話を結んだノアに、サミュエルが微笑む。
ノアは認めてもらえたのが嬉しくて、微笑み返した。
「次の料理は――」
空いた皿を下げて、次の料理を給仕しようとしたザクの言葉が止まる。扉が控えめに叩かれていた。
ロウがすぐに扉を開け、外で控えていた騎士と小声で何か話をする。
「何かあったのでしょうか?」
「どうだろうね?」
首を傾げたサミュエルとノアは顔を見合わせた。予定とは違ったことが起きているようだ。
ザクが並べた料理に手を付けながら、ロウの方へと意識を割く。
「――分かりました。少しお待ちを」
ロウは騎士にそう指示した後、ノアの方へと近づいてくる。
「……お客様が宿を訪ねて来られたようです。ノア様にお目通りしたい、と」
「それをここまで報告しに来たということは、重要な立場の方なの?」
食器を置いてノアが真剣な表情で尋ねると、ロウの顔が僅かに緩む。
「そうですね。世間一般というより、ノア様にとって重要な方でしょう」
「え? 誰だろう……」
はぐらかすように告げるロウの言葉に、ノアは頭を悩ませた。
ノアにとって重要な人というと、個人的な知り合いという可能性が高い。でも、ノアは自分の交友関係の狭さをよく知っている。その限られた人の中で、ここまで会いに来る人となると――。
「もしかして……?」
ふと脳裏に思い浮かんだ顔がある。ノアは目を見張り、ロウを凝視した。
「……アシェルです」
微笑みと共にそっともたらされた答えに、じわじわと喜びが湧いてきた。
「会うよ! アシェルさんは今、宿にいるの?」
「そうお答えになられると思って、こちらに向かってもらっています。この後、食事に同席させますか?」
「もちろん、そうしてもらって……って、あ……サミュエル様、それで、よろしいですか?」
サミュエルが黙ったままであることに気づいて、ノアは顔を窺うようにして許可を求める。
せっかく二人きりの食事の時間に、突然他者をいれることはマナー違反だ。そんなことでサミュエルが怒るとは思わないけれど。
「そんな上目遣いで懇願しなくたって、私がノアの望みを退けるわけがないだろう? まぁ、可愛いノアを見られるのは、嬉しいけど」
サミュエルがクスリと微笑み、ノアの頬を撫でる。親指で目尻をくすぐられてノアは少し気恥ずかしくなった。
懇願というほどのことをしたとは思わないし、その様子を可愛いと評するのは、サミュエルだけな気がする。惚れた欲目、というものだ。
「……ありがとうございます。では、アシェルさんの分の料理も用意してもらって――」
「もう一方、ご一緒にいらっしゃいます」
指示を出したノアに、ロウが頷きながら補足する。その言葉がどこか恭しげなので、ノアはアシェルと共に来るという人に検討がついた。
「ライアン大公閣下?」
「はい。一応、アシェル付添の騎士という変装をしていらっしゃるようですが」
「それは……」
なんと返すべきか困る。ライアンがいくら変装しようと、騎士に成り代わるのは難しいように思えた。
「面白いね。ぜひ、その変装を見せてもらおう」
ノアの代わりにそう言って、二人分の料理の追加を指示したのはサミュエルだ。ライアンをからかおうとしているように見えて、ノアは止めるべきか迷う。
結局、ロウがすぐに指示通りに動き始めたので、何かを言うタイミングを逃してしまったけれど。
ロウが部屋の外にいる騎士に指示しているのを横目に捉えながら、ノアはサミュエルの様子を窺う。
「……もしかして、アシェルさんをこの地に呼んだのは、サミュエル様ですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
サミュエルが口元に微笑みを浮かべる。愛おしそうな眼差しを受けて、ノアは頬を緩めた。
答えをはぐらかされても、その表情だけで察することはできる。それくらい、ノアはサミュエルのことを理解していると自負していた。
「……アシェルさんたちがいらっしゃる大公領はここから遠いのですから、僕たちがここにいる時にちょうど到着するのは難しいはずです。でも、随分前から計画されていたことなら可能でしょう。事前に僕たちの予定を知っている人は限られていて、なおかつアシェルさんたちと繋がりがある人はさらに少ないです」
微笑みながら根拠を並べると、サミュエルが愉快そうに頷く。そして、ノアの肩を抱き寄せると、頬に口づけを落とした。
「……正解。ノアが会いたがっていたから、呼んだんだよ。ハミルトンを通じて、予定を空けさせて、ね」
「あぁ、ハミルトン殿もご協力してくださっていたのですね」
ハミルトンとは結婚式の後のパーティーで顔を合わせた。アダムと共に参加してくれていたのだ。その際に、ライアン大公領の手伝いで忙しいと、サミュエルに文句を言っていた姿を思い出す。
その文句には、領主が不在となる間の領内をまとめるのは大変だという苦情も含まれていたのだろう。結婚式が行われている頃には、アシェルたちはランドロフ領に向けて出立していたはずだ。
「――後で、ハミルトン殿に謝罪と感謝の意を籠めて、贈り物をしておきましょう」
「気にしなくてもいいと思うけどね。彼にとって利益となるものは、既に提供しているし」
あっさりと言ってのけるサミュエルに、さすがの手回しの良さだと認めたけれど、それではノアの気が収まらない。
微笑むノアに、サミュエルは肩をすくめ、それ以上何も言わなかった。
ノアは領主館で食べたことがあるけれど、おそらくサミュエルは初めて食べるはず。食事を始めながら密かにサミュエルを窺う。
「――へぇ、この蒸し料理はシンプルだけど、美味しいね。野菜や肉の質が良いからこそできる」
「分かっていただけましたか。この調理法は、この地域独特なもので、お野菜やお肉の甘さや旨味を最大限に感じられるように、ただ蒸すだけでなく、少し炙ったり、茹でたりと、下ごしらえにも手間をかけているんですよ。各種ソースはシェフそれぞれで工夫を凝らしていて――」
自分の領の料理を褒められたことが嬉しくて、珍しくノアは喜々と解説してしまった。サミュエルが楽しそうに頷きながら聞いてくれるので、やめ時が見つからない。
でも、ロウやザクにまで微笑ましげに眺められているのに気づいて、少し恥ずかしくなった。
「……ま、まぁ……そんな感じで、独自の調理法を、維持して発展させられるよう、領政でも支援しているんです……」
「うん、素晴らしいと思うよ。昔からの技術を活かしながら、さらに新たな特産を生み出していけたら、より領は発展していくだろうしね」
話を結んだノアに、サミュエルが微笑む。
ノアは認めてもらえたのが嬉しくて、微笑み返した。
「次の料理は――」
空いた皿を下げて、次の料理を給仕しようとしたザクの言葉が止まる。扉が控えめに叩かれていた。
ロウがすぐに扉を開け、外で控えていた騎士と小声で何か話をする。
「何かあったのでしょうか?」
「どうだろうね?」
首を傾げたサミュエルとノアは顔を見合わせた。予定とは違ったことが起きているようだ。
ザクが並べた料理に手を付けながら、ロウの方へと意識を割く。
「――分かりました。少しお待ちを」
ロウは騎士にそう指示した後、ノアの方へと近づいてくる。
「……お客様が宿を訪ねて来られたようです。ノア様にお目通りしたい、と」
「それをここまで報告しに来たということは、重要な立場の方なの?」
食器を置いてノアが真剣な表情で尋ねると、ロウの顔が僅かに緩む。
「そうですね。世間一般というより、ノア様にとって重要な方でしょう」
「え? 誰だろう……」
はぐらかすように告げるロウの言葉に、ノアは頭を悩ませた。
ノアにとって重要な人というと、個人的な知り合いという可能性が高い。でも、ノアは自分の交友関係の狭さをよく知っている。その限られた人の中で、ここまで会いに来る人となると――。
「もしかして……?」
ふと脳裏に思い浮かんだ顔がある。ノアは目を見張り、ロウを凝視した。
「……アシェルです」
微笑みと共にそっともたらされた答えに、じわじわと喜びが湧いてきた。
「会うよ! アシェルさんは今、宿にいるの?」
「そうお答えになられると思って、こちらに向かってもらっています。この後、食事に同席させますか?」
「もちろん、そうしてもらって……って、あ……サミュエル様、それで、よろしいですか?」
サミュエルが黙ったままであることに気づいて、ノアは顔を窺うようにして許可を求める。
せっかく二人きりの食事の時間に、突然他者をいれることはマナー違反だ。そんなことでサミュエルが怒るとは思わないけれど。
「そんな上目遣いで懇願しなくたって、私がノアの望みを退けるわけがないだろう? まぁ、可愛いノアを見られるのは、嬉しいけど」
サミュエルがクスリと微笑み、ノアの頬を撫でる。親指で目尻をくすぐられてノアは少し気恥ずかしくなった。
懇願というほどのことをしたとは思わないし、その様子を可愛いと評するのは、サミュエルだけな気がする。惚れた欲目、というものだ。
「……ありがとうございます。では、アシェルさんの分の料理も用意してもらって――」
「もう一方、ご一緒にいらっしゃいます」
指示を出したノアに、ロウが頷きながら補足する。その言葉がどこか恭しげなので、ノアはアシェルと共に来るという人に検討がついた。
「ライアン大公閣下?」
「はい。一応、アシェル付添の騎士という変装をしていらっしゃるようですが」
「それは……」
なんと返すべきか困る。ライアンがいくら変装しようと、騎士に成り代わるのは難しいように思えた。
「面白いね。ぜひ、その変装を見せてもらおう」
ノアの代わりにそう言って、二人分の料理の追加を指示したのはサミュエルだ。ライアンをからかおうとしているように見えて、ノアは止めるべきか迷う。
結局、ロウがすぐに指示通りに動き始めたので、何かを言うタイミングを逃してしまったけれど。
ロウが部屋の外にいる騎士に指示しているのを横目に捉えながら、ノアはサミュエルの様子を窺う。
「……もしかして、アシェルさんをこの地に呼んだのは、サミュエル様ですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
サミュエルが口元に微笑みを浮かべる。愛おしそうな眼差しを受けて、ノアは頬を緩めた。
答えをはぐらかされても、その表情だけで察することはできる。それくらい、ノアはサミュエルのことを理解していると自負していた。
「……アシェルさんたちがいらっしゃる大公領はここから遠いのですから、僕たちがここにいる時にちょうど到着するのは難しいはずです。でも、随分前から計画されていたことなら可能でしょう。事前に僕たちの予定を知っている人は限られていて、なおかつアシェルさんたちと繋がりがある人はさらに少ないです」
微笑みながら根拠を並べると、サミュエルが愉快そうに頷く。そして、ノアの肩を抱き寄せると、頬に口づけを落とした。
「……正解。ノアが会いたがっていたから、呼んだんだよ。ハミルトンを通じて、予定を空けさせて、ね」
「あぁ、ハミルトン殿もご協力してくださっていたのですね」
ハミルトンとは結婚式の後のパーティーで顔を合わせた。アダムと共に参加してくれていたのだ。その際に、ライアン大公領の手伝いで忙しいと、サミュエルに文句を言っていた姿を思い出す。
その文句には、領主が不在となる間の領内をまとめるのは大変だという苦情も含まれていたのだろう。結婚式が行われている頃には、アシェルたちはランドロフ領に向けて出立していたはずだ。
「――後で、ハミルトン殿に謝罪と感謝の意を籠めて、贈り物をしておきましょう」
「気にしなくてもいいと思うけどね。彼にとって利益となるものは、既に提供しているし」
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