皇女サリ

冬野ハナヤ

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第10話 国軍区域Ⅱ

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「いらっしゃい!!」
酒屋のスタッフであろうポニーテールの活発そうな女性が空いてるテーブルに適当に座るように声をかける。
エリザベスはこういった賑やかな食事処は初めてなようでとても緊張していた。
昼間でもジョッキでビールをがぶ飲みする屈強な体つきの中年の集団が、「がっはっはっは」と大笑いしている。非番だろう。
皆、楽しそうだ。大戦が終わり、軍人も緊張が解け明るい。もちろん、いつまでもこんな平穏が続くことは決してない。恐らく、統一された他国では今も領土を取り戻すための画策が行われているに違いない。内乱もそのうち起こるだろう。
有事の時には活躍してもらわなければならない。その時のための小休憩、閑話休題といった時間。
不意に、右の拳を左胸に当てていた。
「サリ…様?」
シェーンがじっと私を見ていた。
「敬意を示さねばと思ってな」
酒に酔っている男たちは気づいていないがその必要もない。私たち、守られている側が大切にする気持ちなのだ。
「さて、何をいただこうかな」
メニューを開き、目についたものを頼むことにした。エリザベスがシェーンにおすすめを尋ねている。エリザベスにも慣れてきたシェーンが少し警戒を緩め、端的に答えている。
この賑やかさは懐かしい。離宮を思い出していた。
シェーンがスタッフに目配りをする。それに気づいたスタッフがメニューを聞きに来た。
「何にしますか?」
私はメニューを眺めながら、指をさす。
「このびっくりチキンのパンセットと、コーンスープ、パセリ抜きで」
スタッフを見上げると、動きが止まっていた。驚いているようだ。
変に思って周りをみると、さっきまでワイワイ賑やかだった軍人たちまでこちらを見ていた。
シェーンまでもが私を見つめている。
「え・・・と?」
スタッフが「すみません」と、共に止めていた息を吐き出しながら声に出した。
「懐かしいお客様を思い出してしまいました、気にしないで下さい」

「美味しいです、このコロコロビーフシチュー、お肉がホロホロで」
エリザベスは満足そうに頬に手を当て舌鼓を打った。
このテーブルマナーなんてないに等しい酒屋で私たちのテーブルだけ異様さを醸し出していた。特にエリザベスのナイフとフォークの使い方はまるで自分の体の一部のような器用で華麗な仕種だった。
「嬢ちゃんら、どこの子供だ、見かけない面だが」
先ほどの男たちが会計を済ませ帰りがけに声をかけてきた。
「ここで商いをしている親戚の手伝いに来たんだ、通行証だってここに、ほら」
首にかけた通行手形を見せた。念のために一般用の手形をもらっておいて助かった。
「ほほう、気を悪くしないでくれ、また新しい店が出るなら身内に宣伝してやろうと思ってな」
気の優しい軍人たちだ。気さくで親しみやすい。
エリザベスはまだこの空間に慣れていないようで警戒しているように顔を引きつらせていた。
「ちなみにどの店だ?」
・・・そこまでの話は詰めてなかった。
「ここ一番の商人協会の会長の孫にあたるお嬢様方です」
シェーンが声を出した。その声にエリザベスはナイフを皿の上に落してしまった。
「あ、あなた様は!!」
男たちの顔が強張る。そして、私の顔をもう一度見て、被っていたフードの隙間からこぼれた反射する髪を見てすべてを悟ったようだった。
「・・・こ、このお方は」
シェーンが立ち上がる。ビクッと男は口を動かすのをやめた。
「これは口外無用だ、もし広まったら、わかるな」
小声で彼ら以外には聞こえないドスの効いた声で忠告するシェーンを見て、国軍でも上の方の人物だったことを思い出した。

美味しい食事を終え、酒屋を出ようとしたところでスタッフに呼び止められた。
「賑やかしいとこですけど、良かったらまた来てくださいね!!」
私は手を上げながら「また来る!」と伝えた。
彼女も大きく手を振りながら、嬉しそうに微笑んだのだった。
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