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2人の期待

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 俺、月城悠翔は学園長室に来ていた。

 教会の地下に召喚されて老人から色々と説明を受けた後、馬車に乗せられてこの街にある唯一の王立の学校に連れてこられた。

 馬車を降りる時には老人は降りてこず、学校の前で待っていた20代くらいの教員らしき女性に案内されて
学園長室であろうこの部屋に入室した。

 そこまでは良かったのだが…。

 学園長室に扉を開けた視界の先には1人の男性が座っていた。見た目としては20代後半から30代前半くらいに見える。いわゆるアラサーというやつだろう。
 黒髪でところどころツンツンした感じの髪型をしていてかなり決まっている。
 学園長室で椅子に座って待っていたのだからこの人が学園長なのだろう。

 俺が想像してた学園長って言ったら年寄りのイメージが強かったから少し驚きはしたけどここは俺が知っている世界じゃない。
 この世界ではこれが普通なのかな。

 そして問題は、その学園長がニコニコしながらひたすら俺のことを見ているということである。
 俺が入ってからは「よろしく」の一言しか発しておらずひたすらに俺のことを見ている。
  案内してくれた女性はこの部屋には入ってこずにどこかに行ってしまったためこの部屋にいるのは俺と学園長の二人だけとなってしまった。

 これはあれですか? にらめっこですか?

 初対面の人といきなりというのはいくら何でもレベルが高すぎる。
 というかさっきから何回か苦笑いとかしてみてるんだけど学園長はずっと同じ表情のままなんだよね…。
 とりあえず俺の方から話しかけてみるか。

「は、初めまして。月城悠翔です」
「初めまして」

 俺が話しかけたら一応は返答してくれるのか。
 新手の圧迫面接でもされてる? 自分からアピールできる人材の発掘とかしちゃってるのかな?
 生憎と俺にはアピールできるのもはないよ。ハズレの英雄なもんで。

「ふーん」

 何かに納得したのか軽く数回頷きながら俺の全身を見渡した。
 今何の時間なのかさっぱり分からない…。
 しかし困惑する俺を余所に学園長は話し始めた。

「大体のことは分かったかな。じゃあ改めまして。僕の名前はルイス・イグラムス。呼び方は何でもいいよ」

 なんか話し方からすごい軽そうな人に見えてしまう。
 イグラムス先生って呼べばいいのか? それとも無難に学園長とか?
 何でもいいってのが結局のところ一番難しかったりするんだよな。

 学園長は表情を崩さずに話を続ける。

「僕もこの世界には英雄として召喚されたから君の先輩だったりするんだよね。とは言ってももう20年以上も前のことだけどね」

 この人も英雄だったのか。俺とは違って相当強い力を持ってたからこの若さで学園長に上りつめたのかな。
 俺とは違って皆の期待通りの英雄とかちょっと嫉妬しちゃいそうになってしまう。
 そんな俺の心を見透かしたかのように学園長は少しにやりと笑った。

「大丈夫だよ。君には凄い力があるから」
「でも俺が持ってるのってただのアクセサリーだけですよ」

 そう言って俺はポケットにしまっておいた赤い石を取り出して見せた。
 俺がこの世界に来る直前に引いたガチャで当てたものだ。

 あのガチャが俺からしたら異世界生活の初回無料ガチャ的なものだったのでスタートダッシュは失敗に終わってしまった。
 リセマラもできない。
 難易度が高すぎて泣けてきちゃうよ…。

「まあその内分かると思うよ。君も。周りも」

 これは信じていいのか? それとも励ましで言ってるのか?
 学園長の内心が全く読めなくて恐怖すら覚えるレベルだ。

「さて、召喚された時に老師から説明は受けてると思うけどもう一度説明しておくよ」

 老師?
 あのローブ着てた老人のことかな。

 確かにあの老人からは説明は受けたな。英雄のこととかこの世界のこととか。
 まあもう一度説明してくれるのなら聞いておいた方がいいだろう。

「君はこの世界に英雄として召喚された。そして英雄として僕たちが期待することは1つ。『武闘競技祭ストラグル』で我が都市、アステリアを勝利に導くことだ」

 この街ってアステリアっていう名前なんだ。
 その老師とやらも言ってたけど『武闘競技祭』っていうのは結局何なんだよ。
 ていうか勝利に導くも何も俺が持ってるのってアクセサリーだけなんだってば。
 しかしそんな風に思っている俺など気にする素振りもなく学園長は続ける。

「そしてこの世界がガチャの世界を呼ばれている所以だけど、この世界にはガチャがあってそのガチャは我々の常識を超える現象を起こすことが出来る。超能力や伝説の武器だったりね」

 つまり俺がいた世界ではゲームの中でしか引けなかったガチャをこの世界では現実で引くことが出来るということか。
 そうとなれば引きまくりたいのだがどこにガチャはあるんだ?
 とりあえず学園長に聞いてみることにする。

「ガチャってどこにでもあるもんなんですか?」
「ガチャは基本的には街の外にあるダンジョンの一番奥にある。ダンジョンは物凄く危険だからガチャを引くのはとても困難だけどその代わりにすごい力を手に入れることが出来るんだよ」

 まあそうだよな。いつでも引けるようなガチャからはレアアイテムなんて出ないだろうし、レアアイテムが出るなら引くのは相当難しいんだろうな。
 じゃあますます俺の力じゃガチャ引けないじゃん。
 負のスパイラルにはまっちゃってるのね、俺。
 
「君が今持っているのはただのアクセサリーだけ。のはずなんだけど君からは何か得体の知れないものを感じるんだよね。ただの直感だけど」

 ただの直感ですか…。
 ここはガチャの世界なわけだし俺のガチャに懸ける思いが何かを引き起こす的な展開になるんですかね。

「まあ直感ではあるんだけど僕は君を信じてみる事にするよ。ということで君にはエリートクラスに入ってもらうことにするよ」

 相変わらずニコニコした表情を崩さずにそう告げてきた。
 信じてくれるのはありがたいんだけどさ…、エリートクラスに入れられても付いていける気がしないんだよね。
 ていうかそもそもエリートクラスとは?って思ってしまう。

 学園長の言ってることや俺自身について色々と考えてる時だった。
 俺と学園長の2人きりだったこの部屋にコンコンと扉をノックする音が鳴り響いた。

「お、ちょうど来たみたいだね。どうぞ」
「失礼します。オリビア・シュワールト入ります」

 扉が開かれ誰かがこの部屋に入ってきたようだった。
 扉の方へ視線を向けるとそこには茶色の髪を後ろで1つ結びにした短めのポニーテールがよく似合った目がクリっとした感じの可愛い系の少女の姿があった。
 オリビア・シュワールトさんだっけか。この場合はシュワールトの方が苗字なのかな?

「彼女はシュワールトさん。君が入ることになった2年1組の委員長をしている子だよ」
「オリビア・シュワールトです。よろしくね」

 学園長の紹介に続いてシュワールトさんが自己紹介をしてペコリと軽く頭を下げた。
 なんか礼儀正しくて優しそうな子だな。

「お、俺は月城悠翔です。よろしくお願いします」

 とりあえず俺も名乗らなければと思って少し堅苦しい感じになってしまった。
 そんな俺を見たシュワールトさんはクスっと笑った。
 笑った顔も可愛らしいな。なんか見てるだけで癒されてしまう。

「私たち同い年みたいだから敬語とか使わなくていいよ。これからクラスメイトにもなるわけだし」

 同い年だったのか。
 こんな可愛い子とこれからクラスメイトになれるっていうにはご褒美な気がする。
 やっと俺にもいい事があったかもしれない。

「君には1組に入ってもらうわけだけど各学年の1組は『武闘競技祭』において優秀な成績を残すことが出来ると我々が判断した生徒たちが通う、言わばエリートが通うクラスなわけだよ。君はそんな1組に通うにふさわしい人だと僕は判断した」

 学園長の言葉でシュワールトさんはこれは頼もしいとでも言いたげな表情で俺のことをまじまじと見ていた。
 まあこんだけのこと言われたらそういう反応になるよね。

「シュワールトさん、月城君がこの世界の生活に慣れるまで色々と助けてあげてほしいんだ」
「わかりました」

 シュワールトさんは学園長に頼まれてキリっとした顔つきに変わった。
 彼女が俺の教育係的なことをするのかな。
 なるべく迷惑かけないように頑張ります。

「月城君は今のところ何の能力も持ってないけどいずれは我が校を、いや我が都市を代表する存在になってくれるだろうからくれぐれも去年のようにならないようにね」
「はい」

 学園長の言葉を聞いたシュワールトさんの顔が一瞬少しこわばったような気がした。
 去年何かあったのかな。
 後で聞いてみよう。

「今日はもう授業は終わっちゃったから学校生活が始まるのは明日からだね。シュワールトさん、月城君の部屋まで案内してあげて」
「わかりました。月城君着いて来て」

 シュワールトさんが歩き出したので俺はその後に続いて歩きだした。
 部屋を出る時にシュワールトさんは振り返って学園長に深く頭を下げたので俺もそれをまねて一礼した。

 部屋を出て廊下を歩いている途中、シュワールトさんが色々と説明してくれた。
 この街の名前は『アステリア』というらしく俺はアステリアの代表として戦うべくこの世界というかこの街に召喚されたらしい。
 そして俺が明日から通うことになるのが『王立アストルフ学園』。この街で唯一の王立の学校らしい。

 そして彼女は確信を付く質問をしてきた。

「月城君ってどんな力を持っているの?」

 やっぱりそこ気になるよね。
 何て言えばいいか分からずに言葉に詰まってしまう。
 でも誤魔化したとしてもいずれバレるだろうしここは正直に話しておくか。

「実は…、ただのアクセサリーしか持ってないんだよね。どうやら俺はハズレの勇者らしい」
「ふーん」

 もっと幻滅したような反応するかなとも思ったけど案外素っ気なくてちょっと意外だった。
 ていうかそもそもあんまり興味ないのかな。
 まあ俺的には無関心でいてくれた方が気が楽かもしれない。

「学園長の言うことは結構当たってるからあんまり焦って無理しちゃだめだよ。それに私も月城君には何かある気がする」

 シュワールトさんも気を使ってそう言ってくれてるのかな。
 彼女と話しながら歩いているうちに校舎の外に出て中庭へと行きついた。
 中庭の真ん中には大きな噴水がありその周りには芝生と道が綺麗に整備されていた。
 さすがは王立といったところだろうか。
 校舎とは反対側にもいくつか建物がありシュワールトさんはそっちの方に向かって歩いていた。

 シュワールトさんって優しそうだしさっきの学園長の発言も気になっていた俺は思い切って聞いてみることにした。

「シュワールトさん、1つ質問していい?」
「ん? どうしたの?」

 さっきのシュワールトさんのこわばったような表情を思い出して少し聞きづらいことなのかと思って去年のこととやらについて聞くのを躊躇ってしまう。
 それでもやっぱり気になる物は気になるし結局は聞いてしまった。

「学園長が言ってた去年のことって何のこと?」

 今まで普通に歩いていたシュワールトさんの足が止まった。
 すこし表情に陰りが見える気もするけど、やっぱり聞いちゃいけないことだったのかな。

「やっぱり気になるよね。そのことは私も話しておかなきゃとは思ってたんだけどちょっと言い出しづらくて…」

 そう言って彼女は茜色に染まった空を見つめながらぽつりと話し出した。

「この世界には私たちの想像を遥かに超える奇跡の力を授けてくれるガチャがあるんだけどそのガチャはダンジョンの一番奥にあるの」

 それなら学園長も言ってたな。
 確か…、

「物凄く危険なんだっけ」
「そう。だから1人で行ったらまず間違いなく帰ってこれないの。でも去年召喚された英雄は1人で行っちゃって…」

 そんな危険なところに1人で行っちゃったのか。
 ん? 待てよ? ていうことは…。

「まさか…」
「たぶん予想している通りだと思う。英雄が1人でダンジョンに行ったことに気が付いて急いで救援部隊を編成してダンジョンに行ったんだけど英雄を見つけた時にはもう手遅れだったの」

 そんなことがあったのか。
 なんか重い話聞いちゃったな。
 2人の間に何とも言えない気まずい空気が流れる。

 静かに空を見上げていたシュワールトさんは俺の方に向き直って真っ直ぐに俺の目を見てきた。
 なんか決意に満ちたみたいな目をしている。

「月城君は絶対に1人で行ったりしないでね! 絶対だよ!」

 語尾がすごく強くシュワールトさんの思いそのものをぶつけられているような気さえした。

「うん。わかった」

 有無を言わさない彼女の気迫に押されて気が付いたら俺はイエスの返答をしていた。
 まあここで彼女の発言を否定できるような度胸を俺は持ち合わせていなかった。

 俺が頷いたのを見た彼女の表情は一気に明るくなり可愛らしい笑顔へと変わった。
 学園長室でも思ったけどこのシュワールトさんの笑顔って癒されるよな。
 裏表がなさそうなこの子のことなら信頼できる気がする。
 出会ってまだ1日も経ってないけどそんな気がした。
 
「それと私のことは気軽にリヴィって呼んで。皆そう呼んでるわ」
「わかったよリヴィ。俺のことは悠翔ゆうとって読んでくれ」
「うん。これからよろしくね、悠翔」

 2人の距離が少し縮まったような気がした。
 こんな可愛い子ともっと仲良くなれたらいいな。
 なんて下心丸出しな俺の感情なんて露知らず、リヴィはまた歩き出した。

 そして少し離れたところにあった建物の前に到着した。
 校舎もそうだったがこの建物も洋風建築でイメージで言うなら東京駅の駅舎に近いかもしれない。

「ここは英雄専用の寮よ」
「英雄専用の寮なんてあるんだ」

 思わず感心してしまう。
 なんで英雄専用なんだろう。
 そんな風に内心で考えていた俺の疑問にリヴィが答えてくれた。

「英雄と私達じゃ待遇が全然違うから住む場所から違うのよ」

 英雄に対してそこまでしてくれるのか。
 俺ハズレの勇者だけど本当にこんな待遇受けちゃっていいんですかね。

「ちなみに私達の寮はそっちよ」

 そう言ってリヴィはすぐ隣にある英雄の寮と同じような外見をした建物を指さした。

「見た目こそ同じような感じだけど中身は全然違うのよ」

 やっぱり豪華さとか一部屋の広さとかが違うのかな。
 百聞は一見に如かずということで早速入ってみることにした。

 扉を開いて中に足を踏み入れ。
 内装は思ったよりは普通な感じだった。
 リヴィたちの寮ってこれよりもひどいのかな?

「こっちよ」

 リヴィは入ってすぐの十字路の奥にある階段をのぼっていった。
 十字路の右も左も廊下が続いており何部屋もあるようだった。
 少し気になりはしたが別に明日以降でもいいだろうと思い俺も階段をのぼって2階へと向かう。

 2階にも長い廊下があり右にも左にも部屋がずらりと並んでいる。
 右側の部屋には何やら番号が振ってあった。
 おそらく部屋番号だろう。
 そしてリヴィは203号室の前で足を止めた。

「ここが悠翔の部屋よ」

 そう言ってリヴィは部屋のドアを開けてくれた。
 部屋の中は10畳ほどのワンルームでベッドと机が既に用意されていた。
 高校生の1人暮らしと考えるとかなり贅沢な広さだ。

「渡したいものがあるからそれを取ってくるからちょっと待てて」

 そう言ってリヴィは部屋へは入らずに階段を降りていったしまった。
 とりあえず色々ありすぎて疲れた俺はベッドにダイブした。
 ふかふかでとても気持ちいい。

 俺はベッドに寝転がりながら今日1日の出来事を思い返していた。
 半日前までは自分の部屋でゲームをしていた俺がまさかこんなことになるなんてな。
 ガチャのこと。老師とか呼ばれてた老人に説明されたこと。学園長に説明されたこと。リヴィに説明されたこと。
 説明されてばっかりだったな。

 そんな風に考えていた俺だったがベッドの気持ちよさと疲労からか急激にまぶたが重くなってきた…。

 リヴィはまだ用があるようだったし起きてなきゃ…。

 必死に睡魔と戦っていた俺だったが意識は徐々に薄れていき、結局1分と持たずに深い眠りへとついてしまった。 
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