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本編
1.チーターは相棒と出会う
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耳に着けた特別なイヤフォンから音声が流れてくる。
『ルーカス、止まれ! 置いていくな!』
その言葉を無視して、ルーカスは人間とは思えない速度で角を曲がった。
「助ける……! 俺が絶対に助けてみせる!」
ルーカスの声は誰に聞かせるともなく消えていく。
人気のない夜の街角は血の臭いに溢れている。
大きなヤギのような漆黒の動物が角で執拗に相手を突き刺している。突き刺されている相手はアライグマのようだ。
「動くな! 警察人外課だ! 動くと攻撃対象とみなす!」
『ルーカス! 接触するな!』
イヤフォンから流れる音声は虚しく響くだけ。
紫色の目で睨みつけても動きを止めない漆黒の巨大なヤギに、ルーカスは飛び掛かった。
金色の髪を乱して掴みかかっていくが、角で跳ね飛ばされる。スーツには角についていた血痕がべっとりとついた。
瞬発力で身を翻し、地面に飛び降りた瞬間、ルーカスは金色の毛並みのチーターの姿になっていた。
猫科でもものすごい速度で走り、獲物を捕らえるチーターだが、そこには弱点がある。速く走るために限界まで体を絞っているので、大型の獣相手では太刀打ちできないのだ。
それでも金色の毛並みのチーターは巨大なヤギに飛び掛かる。
呼吸を止めようと口に食らい付くが頭を振られて吹っ飛ばされてしまう。空中で態勢を立て直し、着地した金色の毛並みのチーターは素早くヤギの横を通り過ぎて、血まみれのアライグマを咥えて壁を駆け上がる。
最初から敵うとは思っていなくて、アライグマからヤギを遠ざけるのが目的だったのだ。
壁を駆け上がったチーターは二階の開いている窓からアライグマを部屋の中に投げ入れた。
「ルーカス! いい加減にしろ!」
それと同時に銃を構えた『人外課』と書かれたジャンパー姿の男性が息を切らせてその場に追い付いてきた。
突進してこようとするヤギに銃弾を撃ち込む。
足を狙われてヤギはその場に崩れ落ちる。
「後は任せろ」
麻酔銃を持った男性も合流して、ヤギは無事に鎮静化させられた。
麻酔銃が効くと、ヤギは女性の姿になる。
「興奮しすぎて本性が出たようですね」
『人権もあるし、法律でも守られているからな。射殺せずに捕らえられて何よりだ』
イヤフォンからは課長の声が響いていた。
獣の本性を持つ人外が生活する世界。
そこには、警察に特別な人外課という課があって、人外を専門に取り扱ってきた。
人外課に所属できるのは獣の本性を持つ人外だけ。
人外は正体を現した時点で、普通の人間には認識できなくなって、人外同士しか干渉しあうことができなくなるのだ。
ルーカス・ソロウは人外課の若手警察官だった。
若手と言っても、人外は普通の人間と生きる年月が違うので、二十年は人外課に所属している。
金色の毛並みのチーターの本性を持つルーカスは、人間の姿でも足が速く誰よりも早く現場に駆け付ける。
それが問題だった。
「ルーカス・ソロウ、警察官は相棒との二人行動だと習わなかったか?」
「あいつが遅すぎるんです。今回の件も、俺が先に現場に着いていなければ、被害者は死んでいましたよ」
「遅かろうとなんだろうと、二人で行動する! そんな初歩も分からないのか!」
「人命を優先しただけです」
獣の正体を持つ人外とは言え、一応人間の中に数えられていて、人権もあれば法律でも守られる。人外の犯罪が起きたときには、人外の弁護士がついて、人外の検察官が訴え、人外の裁判官が裁くことになっている。それは普通の人間と手続きは変わらない。
ルーカスの担当した事件は被害者の生存率が非常に高くなっているが、代わりにルーカスの負傷率も高くなっている。
「今回も肋骨を折ったんじゃないのか?」
「折れていませんでした。痛めただけです」
「自信をもって言われてもなぁ……」
ルーカスの上司で人外課の課長、ジャンルカ・カンパニョーラは沈痛な面持ちで額に手をやる。ため息をついて、ルーカスにジャンルカは語りかけた。
「今回の件で、また君の相棒が君とは組めないと言っている」
「今回は早かったですね」
「早かったですねじゃないよ。これで何回目と思っているんだ」
毎回相棒を置いていくルーカスは何度も相棒にその任を降りられている。ルーカスとしては自分の信念を貫いているだけなのだが、相棒はそれを理解してくれないのだ。
「いい加減、自分の行動を見直さないと、二度と現場に出られなくなるぞ」
「それはないでしょう。俺は優秀ですから」
自信満々で告げるルーカスに、ジャンルカはきっちりとセットされた頭を掻く。前髪が乱れて、ジャンルカの額に落ちてきた。
大きな事件でない限りは後方で支援をするジャンルカの正体を、ルーカスはまだ知らない。人外にとって獣の本性はとてもデリケートな問題で、気軽に見せるものではないし、聞くのは失礼とされていた。
巨大な漆黒のヤギを捕まえる場面でも、人外の正体がありながら、人外課の警官たちは人間の姿で捕縛を行っていた。
ルーカスのように自分の正体を見せる方が珍しいのだ。
獣の本性は魂の姿。
見られているのは全裸を見せているような感覚なのだという。
仕事が円滑に進むことだけを考えているルーカスにとってみれば、もったいぶらなくて見せてしまえばいいのにという気持ちにもなる。
肋骨を痛めたということもあるが、相棒がいないということで、ルーカスはしばらくデスク仕事に回されてしまった。
現場で犯人を追い詰めて、被害者を助けることがルーカスの生きがいなのに。
前回の事件の聞き取りの資料もルーカスの元に回ってきた。
「ヤギの女性はアライグマの男性と交際関係にあったが、アライグマの男性が人間の女性と浮気をした挙句、別れ話を切り出してきたので本性で襲い掛かってしまったとのことだ。幸い命に別状はなかったが、今はアライグマの男性は絶対安静で聞き取りはできない」
ジャンルカの言葉に、ルーカスは被害者の欄を開けて書類を作っていく。
通報を受けたときには喧嘩の最中で、アライグマの男性はヤギの女性が本性になったことに危機感を覚えて通報したらしい。
アライグマの男性も重傷だが命に別状はないと聞いている。
「今流行りの人身売買の件じゃなくてよかったですけど」
「人身売買の件に関しては、相棒が来るまではお前さんは関わらせられない」
人外の特徴として、男女問わず妊娠できるというものがある。
人外自体の数は少ないのだが、男女問わず妊娠できるために、男女問わず子どもを攫って購買主の胤を植え付けるために育てるような犯罪が成り立ってしまうのだ。
人外の子どもは人外の胎からしか生まれてこない。
胤が人間のものであっても、胎が人外のものだったら人外が生まれてくるのだ。
「できればお前さんには人身売買は関わらせたくないんだが……」
「何を言うんですか。そういう子どもをこそ助けるために俺は警察官になったんです!」
心配そうなジャンルカにルーカスは真面目な顔で答えた。
人外は数が少なくとても希少だ。それ考えると、人外を増やすために人外の子どもを攫って、子どもを産ませるための道具として育てるという闇の取引が行われてしまうのもどうしようもない。
それを防ぐために人外課は人身売買を追っているのだが、ルーカスは相棒がいないためにチームから外されてしまった。
人外課に所属する人外の中で、ルーカスと組んでくれるようなものはいない。
もう全員がルーカスを見限ってしまった。
このままでは現場に戻ることができないとルーカスも焦らずにはいられなかった。
デスク仕事でルーカスは一生を終えるつもりはなかった。
そんなルーカスにジャンルカが紹介したいひとがいると言ってきたのは、ルーカスの肋骨がほとんど治ったころだった。
「隣の州の人外課から来てもらった、エルネスト・デュマだ。ルーカスと組んでもらう」
ルーカスがどれだけ規則を破るようなことをしても、現場に喜んで出ていくような警察官はほとんどいないのだし、ルーカスに新しい相棒を与えてでもジャンルカはルーカスを現場に出す他の選択肢がない。
「初めまして、エルネスト・デュマだよ。よろしくね」
穏やかに微笑むエルネストは白銀の髪に金色の目の長身の男性だった。
握手を求められて、ルーカスはその大きな手を握る。
エルネストもいつまでルーカスと組むことに我慢できるのか。
そんなことを考えながら。
『ルーカス、止まれ! 置いていくな!』
その言葉を無視して、ルーカスは人間とは思えない速度で角を曲がった。
「助ける……! 俺が絶対に助けてみせる!」
ルーカスの声は誰に聞かせるともなく消えていく。
人気のない夜の街角は血の臭いに溢れている。
大きなヤギのような漆黒の動物が角で執拗に相手を突き刺している。突き刺されている相手はアライグマのようだ。
「動くな! 警察人外課だ! 動くと攻撃対象とみなす!」
『ルーカス! 接触するな!』
イヤフォンから流れる音声は虚しく響くだけ。
紫色の目で睨みつけても動きを止めない漆黒の巨大なヤギに、ルーカスは飛び掛かった。
金色の髪を乱して掴みかかっていくが、角で跳ね飛ばされる。スーツには角についていた血痕がべっとりとついた。
瞬発力で身を翻し、地面に飛び降りた瞬間、ルーカスは金色の毛並みのチーターの姿になっていた。
猫科でもものすごい速度で走り、獲物を捕らえるチーターだが、そこには弱点がある。速く走るために限界まで体を絞っているので、大型の獣相手では太刀打ちできないのだ。
それでも金色の毛並みのチーターは巨大なヤギに飛び掛かる。
呼吸を止めようと口に食らい付くが頭を振られて吹っ飛ばされてしまう。空中で態勢を立て直し、着地した金色の毛並みのチーターは素早くヤギの横を通り過ぎて、血まみれのアライグマを咥えて壁を駆け上がる。
最初から敵うとは思っていなくて、アライグマからヤギを遠ざけるのが目的だったのだ。
壁を駆け上がったチーターは二階の開いている窓からアライグマを部屋の中に投げ入れた。
「ルーカス! いい加減にしろ!」
それと同時に銃を構えた『人外課』と書かれたジャンパー姿の男性が息を切らせてその場に追い付いてきた。
突進してこようとするヤギに銃弾を撃ち込む。
足を狙われてヤギはその場に崩れ落ちる。
「後は任せろ」
麻酔銃を持った男性も合流して、ヤギは無事に鎮静化させられた。
麻酔銃が効くと、ヤギは女性の姿になる。
「興奮しすぎて本性が出たようですね」
『人権もあるし、法律でも守られているからな。射殺せずに捕らえられて何よりだ』
イヤフォンからは課長の声が響いていた。
獣の本性を持つ人外が生活する世界。
そこには、警察に特別な人外課という課があって、人外を専門に取り扱ってきた。
人外課に所属できるのは獣の本性を持つ人外だけ。
人外は正体を現した時点で、普通の人間には認識できなくなって、人外同士しか干渉しあうことができなくなるのだ。
ルーカス・ソロウは人外課の若手警察官だった。
若手と言っても、人外は普通の人間と生きる年月が違うので、二十年は人外課に所属している。
金色の毛並みのチーターの本性を持つルーカスは、人間の姿でも足が速く誰よりも早く現場に駆け付ける。
それが問題だった。
「ルーカス・ソロウ、警察官は相棒との二人行動だと習わなかったか?」
「あいつが遅すぎるんです。今回の件も、俺が先に現場に着いていなければ、被害者は死んでいましたよ」
「遅かろうとなんだろうと、二人で行動する! そんな初歩も分からないのか!」
「人命を優先しただけです」
獣の正体を持つ人外とは言え、一応人間の中に数えられていて、人権もあれば法律でも守られる。人外の犯罪が起きたときには、人外の弁護士がついて、人外の検察官が訴え、人外の裁判官が裁くことになっている。それは普通の人間と手続きは変わらない。
ルーカスの担当した事件は被害者の生存率が非常に高くなっているが、代わりにルーカスの負傷率も高くなっている。
「今回も肋骨を折ったんじゃないのか?」
「折れていませんでした。痛めただけです」
「自信をもって言われてもなぁ……」
ルーカスの上司で人外課の課長、ジャンルカ・カンパニョーラは沈痛な面持ちで額に手をやる。ため息をついて、ルーカスにジャンルカは語りかけた。
「今回の件で、また君の相棒が君とは組めないと言っている」
「今回は早かったですね」
「早かったですねじゃないよ。これで何回目と思っているんだ」
毎回相棒を置いていくルーカスは何度も相棒にその任を降りられている。ルーカスとしては自分の信念を貫いているだけなのだが、相棒はそれを理解してくれないのだ。
「いい加減、自分の行動を見直さないと、二度と現場に出られなくなるぞ」
「それはないでしょう。俺は優秀ですから」
自信満々で告げるルーカスに、ジャンルカはきっちりとセットされた頭を掻く。前髪が乱れて、ジャンルカの額に落ちてきた。
大きな事件でない限りは後方で支援をするジャンルカの正体を、ルーカスはまだ知らない。人外にとって獣の本性はとてもデリケートな問題で、気軽に見せるものではないし、聞くのは失礼とされていた。
巨大な漆黒のヤギを捕まえる場面でも、人外の正体がありながら、人外課の警官たちは人間の姿で捕縛を行っていた。
ルーカスのように自分の正体を見せる方が珍しいのだ。
獣の本性は魂の姿。
見られているのは全裸を見せているような感覚なのだという。
仕事が円滑に進むことだけを考えているルーカスにとってみれば、もったいぶらなくて見せてしまえばいいのにという気持ちにもなる。
肋骨を痛めたということもあるが、相棒がいないということで、ルーカスはしばらくデスク仕事に回されてしまった。
現場で犯人を追い詰めて、被害者を助けることがルーカスの生きがいなのに。
前回の事件の聞き取りの資料もルーカスの元に回ってきた。
「ヤギの女性はアライグマの男性と交際関係にあったが、アライグマの男性が人間の女性と浮気をした挙句、別れ話を切り出してきたので本性で襲い掛かってしまったとのことだ。幸い命に別状はなかったが、今はアライグマの男性は絶対安静で聞き取りはできない」
ジャンルカの言葉に、ルーカスは被害者の欄を開けて書類を作っていく。
通報を受けたときには喧嘩の最中で、アライグマの男性はヤギの女性が本性になったことに危機感を覚えて通報したらしい。
アライグマの男性も重傷だが命に別状はないと聞いている。
「今流行りの人身売買の件じゃなくてよかったですけど」
「人身売買の件に関しては、相棒が来るまではお前さんは関わらせられない」
人外の特徴として、男女問わず妊娠できるというものがある。
人外自体の数は少ないのだが、男女問わず妊娠できるために、男女問わず子どもを攫って購買主の胤を植え付けるために育てるような犯罪が成り立ってしまうのだ。
人外の子どもは人外の胎からしか生まれてこない。
胤が人間のものであっても、胎が人外のものだったら人外が生まれてくるのだ。
「できればお前さんには人身売買は関わらせたくないんだが……」
「何を言うんですか。そういう子どもをこそ助けるために俺は警察官になったんです!」
心配そうなジャンルカにルーカスは真面目な顔で答えた。
人外は数が少なくとても希少だ。それ考えると、人外を増やすために人外の子どもを攫って、子どもを産ませるための道具として育てるという闇の取引が行われてしまうのもどうしようもない。
それを防ぐために人外課は人身売買を追っているのだが、ルーカスは相棒がいないためにチームから外されてしまった。
人外課に所属する人外の中で、ルーカスと組んでくれるようなものはいない。
もう全員がルーカスを見限ってしまった。
このままでは現場に戻ることができないとルーカスも焦らずにはいられなかった。
デスク仕事でルーカスは一生を終えるつもりはなかった。
そんなルーカスにジャンルカが紹介したいひとがいると言ってきたのは、ルーカスの肋骨がほとんど治ったころだった。
「隣の州の人外課から来てもらった、エルネスト・デュマだ。ルーカスと組んでもらう」
ルーカスがどれだけ規則を破るようなことをしても、現場に喜んで出ていくような警察官はほとんどいないのだし、ルーカスに新しい相棒を与えてでもジャンルカはルーカスを現場に出す他の選択肢がない。
「初めまして、エルネスト・デュマだよ。よろしくね」
穏やかに微笑むエルネストは白銀の髪に金色の目の長身の男性だった。
握手を求められて、ルーカスはその大きな手を握る。
エルネストもいつまでルーカスと組むことに我慢できるのか。
そんなことを考えながら。
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