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本編
2.相棒の名はエルネスト
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事件のないときにはルーカスもエルネストも書類仕事になる。
人外は人間と生きる年月が違うので、若手とはいえ人外課に勤めて二十年は経っているが、ルーカスはデスク仕事が苦手だった。
現場に駆け付けて犯人を追う方がずっと性に合っている。
苦手なデスク仕事なのに、前の州とやり方が違うのか、エルネストは遠慮なくルーカスに聞いてくる。
「検察官との連絡はどうなっているのかな?」
「それは、俺じゃなくてジャンルカ課長に聞け」
「君は僕の相棒でしょう? 課のことはルーカスに聞けと言われているよ。それに、ルーカスに課の案内もしてもらえと言われているし」
相棒が見つからなかったからといって、隣りの州から連れてこられたエルネストがルーカスに人懐っこく話しかけるのに、ルーカスは嫌気がさしてしまう。
事件のときだけ車の隣りの席に乗っていてくれればいいだけで、相棒というものをルーカスはそれほど大事なものだとは考えていなかった。
「デュマ、俺は忙しいんだ」
「それは僕が仕事ができていないから忙しいんだと思うよ。僕が仕事ができるようになれば、ルーカスは楽になるはずだ」
「俺の仕事を取るつもりか?」
「忙しいのが不満なのに、仕事を僕に割り振るのは嫌なの? それに、僕はデュマと呼ばれるより、エルネストと呼ばれた方がいいな」
「うるさい、デュマ」
口の回るエルネストに言い負かされそうになって、ルーカスはパソコンの画面に向き直る。これ以上エルネストが何を言ってきても反応しない構えだった。
「ルーカスはいつもそんな感じだから、気にしないでいいわよ」
「ありがとう。僕はエルネスト・デュマ。君は?」
「私は、アーリン・バウンド。同じ課になったし、席も近いし、分からないことがあったら何でも聞いて」
赤毛にそばかすに緑の目のアーリンに手を差し出されて、エルネストが握手をしている。
アーリンはルーカスよりも少し年上で、先に人外課に入った警察官だった。現場に出るのを嫌がらない、ルーカスと同じタイプの警察官だ。
「私もルーカスと組んだことはあるけど、ルーカスは相棒を助手席に置くぬいぐるみくらいにしか考えてないから。エルネストもすぐにルーカスと相棒を解消したくなるわよ」
以前にルーカスとアーリンで相棒を組んだことがあったが、相手のことを全く思いやらないルーカスにアーリンがキレて、すぐに解消になった。
仕事は好きだがルーカスは他人を尊重することができない、協調性がないと評判だった。
「そうかな。僕は意外と気が合うんじゃないかと思ってるんだけどな」
「それなら賭ける?」
「僕はルーカスと相棒関係が続くことに賭けるよ」
「私は二週間もたない方に賭けるわ」
冗談でも軽口でもなく、アーリンが心の底からそう思っていることをルーカスは知っている。それだけアーリンはルーカスと組んでいた時期不満を持っていたのだから。
「ルーカスに割り振られた仕事のうち半分は僕が担当するはずなんだけど、彼、協力してくれなくて」
「ルーカス、また残業するつもり? 迷惑だからやめてよね」
アーリンに言われて渋々ルーカスがエルネストに仕事を分ける。分けてもらった仕事を、エルネストはアーリンに聞いて仕上げるつもりのようだ。
「アーリン、すっかり仲良くなっちゃって。僕はパーシー・フィー。アーリンの相棒だよ」
「よろしく、パーシー。僕はエルネスト・デュマ」
「聞いてるよ、隣りの州での活躍も聞いてる」
トウモロコシの髭のような柔い金髪のパーシーがエルネストと握手をしている。パソコンで事件の調書を作りながら、ルーカスは耳だけはそちらに傾けていた。
エルネストに興味があるわけではないが、自分の相棒となる男がどのような相手なのか知っておきたい気持ちはある。
「粘り強く何十時間もの張り込みにも耐える。かと思えば、迅速に犯人逮捕に動く。とても優秀な警察官で、隣りの州の警察署は君を手放したがらなかったって聞いているよ」
「そんな、過大評価だよ。僕はマニュアル通りにやっただけ」
「相棒が怪我をしたんだって? それでこっちの警察官を隣りの州に送り出す代わりに来てくれたらしいけど」
「命には別条はない怪我だったけど、現場には出られなくなって。それで、相棒がいなくなって、僕はルーカスと組むことにしたんだ」
命の別状はない怪我だが、エルネストの元相棒は現場に出られなくなったという。
現場に出られなくなるということはルーカスには考えられない。ずっと現場第一主義でやってきたし、現場で働くことこそがルーカスの生きがいのようなものだった。
仕事で認められることだけを考えて、警察学校を卒業してから二十年以上人外課に勤めている。
この州の人外課だけではなく、他の州の人外課に勤めたこともあるが、一番長く続いたのはこの州の人外課だった。すぐに相棒に見限られるルーカスを、課長のジャンルカがなんとか宥めて、新しい相棒を見つけてきてくれたからだ。
ジャンルカに対しては忠誠心もあるし、感謝もしている。
ジャンルカの命令でなければ、嫌いなデスク仕事もしていないだろう。ジャンルカの命令ならば、嫌いなデスク仕事も残業してまで終わらせる。
ジャンルカをルーカスは信頼していたし、尊敬もしていた。
「ルーカス、休憩を取らないの? 休憩室を案内してほしいんだけど」
「そういうことは俺以外のやつに言え」
「ルーカスは僕の相棒なんだから、僕はルーカスに教えてもらうのが正しいと思うんだ。それに、休憩を取らないのは、逆に効率を悪くするよ?」
しつこく言われるのも嫌だったので、エルネストを休憩室に押し込んで、また仕事に戻ろうと、ルーカスは椅子から立ち上がった。
立ち上がるとエルネストが体付きがしっかりとしていて、長身で、ルーカスよりも十センチ近く大きいことが分かる。胸の厚みなど、痩せ形で細身のルーカスと比べ物にならないくらいがっしりとしている。
「ついてこい」
「ありがとう、ルーカス」
そっけなく言ったつもりなのに、微笑んでお礼を言われてルーカスは戸惑ってしまう。相棒になった相手はルーカスの初対面からの態度に呆れて、初日からルーカスに嫌な態度を取るものが多かったのだ。
そうでなくても、そのうちはルーカスに愛想を尽かす。エルネストもそうだろうとルーカスは思っていた。
「昼食は?」
「食べない主義だ」
「それはよくないよ。食べないからそんなに痩せているんじゃないの?」
「食べると仕事ができなくなる」
「お腹がいっぱいになると眠気が来るからね。でも、それも休憩時間で落ち着くくらいじゃないのかな?」
「休憩したくないんだ」
仕事に没頭していたい。
ルーカスの物言いに、エルネストは休憩室の椅子に座って持っていたカバンから紙袋を取り出した。
「少しなら眠くならないと思うよ」
差し出されたのはサンドイッチ。
受け取るつもりのないルーカスの手を取って、エルネストは無理やりサンドイッチをルーカスに握らせた。
「安心して。僕の分もあるから」
「なんで二人分持ってきてるんだ?」
「二人分じゃないよ。僕一人分だけど、今日は一個分けてあげるんだよ。必要なら、明日から作ってくるよ」
「必要ない」
「遠慮することないって。前の職場でも相棒の分は作っていたんだ」
相棒という言葉が出たときにエルネストの表情に陰りがあったような気がして、ルーカスはそれ以上文句を言う気が失せてしまう。
怪我をして前線から離脱した相棒がいたなんて、エルネストにとってはつらい記憶だろう。
相棒が怪我をしたときにエルネストはどんな表情をしていたのだろう。
考えを振り払うように首を左右に振って、ルーカスは仕方なく手渡されたサンドイッチを手にもって、休憩室に備え付けてあるコーヒーメーカーでコーヒーを入れて椅子に座った。
人外は人間と生きる年月が違うので、若手とはいえ人外課に勤めて二十年は経っているが、ルーカスはデスク仕事が苦手だった。
現場に駆け付けて犯人を追う方がずっと性に合っている。
苦手なデスク仕事なのに、前の州とやり方が違うのか、エルネストは遠慮なくルーカスに聞いてくる。
「検察官との連絡はどうなっているのかな?」
「それは、俺じゃなくてジャンルカ課長に聞け」
「君は僕の相棒でしょう? 課のことはルーカスに聞けと言われているよ。それに、ルーカスに課の案内もしてもらえと言われているし」
相棒が見つからなかったからといって、隣りの州から連れてこられたエルネストがルーカスに人懐っこく話しかけるのに、ルーカスは嫌気がさしてしまう。
事件のときだけ車の隣りの席に乗っていてくれればいいだけで、相棒というものをルーカスはそれほど大事なものだとは考えていなかった。
「デュマ、俺は忙しいんだ」
「それは僕が仕事ができていないから忙しいんだと思うよ。僕が仕事ができるようになれば、ルーカスは楽になるはずだ」
「俺の仕事を取るつもりか?」
「忙しいのが不満なのに、仕事を僕に割り振るのは嫌なの? それに、僕はデュマと呼ばれるより、エルネストと呼ばれた方がいいな」
「うるさい、デュマ」
口の回るエルネストに言い負かされそうになって、ルーカスはパソコンの画面に向き直る。これ以上エルネストが何を言ってきても反応しない構えだった。
「ルーカスはいつもそんな感じだから、気にしないでいいわよ」
「ありがとう。僕はエルネスト・デュマ。君は?」
「私は、アーリン・バウンド。同じ課になったし、席も近いし、分からないことがあったら何でも聞いて」
赤毛にそばかすに緑の目のアーリンに手を差し出されて、エルネストが握手をしている。
アーリンはルーカスよりも少し年上で、先に人外課に入った警察官だった。現場に出るのを嫌がらない、ルーカスと同じタイプの警察官だ。
「私もルーカスと組んだことはあるけど、ルーカスは相棒を助手席に置くぬいぐるみくらいにしか考えてないから。エルネストもすぐにルーカスと相棒を解消したくなるわよ」
以前にルーカスとアーリンで相棒を組んだことがあったが、相手のことを全く思いやらないルーカスにアーリンがキレて、すぐに解消になった。
仕事は好きだがルーカスは他人を尊重することができない、協調性がないと評判だった。
「そうかな。僕は意外と気が合うんじゃないかと思ってるんだけどな」
「それなら賭ける?」
「僕はルーカスと相棒関係が続くことに賭けるよ」
「私は二週間もたない方に賭けるわ」
冗談でも軽口でもなく、アーリンが心の底からそう思っていることをルーカスは知っている。それだけアーリンはルーカスと組んでいた時期不満を持っていたのだから。
「ルーカスに割り振られた仕事のうち半分は僕が担当するはずなんだけど、彼、協力してくれなくて」
「ルーカス、また残業するつもり? 迷惑だからやめてよね」
アーリンに言われて渋々ルーカスがエルネストに仕事を分ける。分けてもらった仕事を、エルネストはアーリンに聞いて仕上げるつもりのようだ。
「アーリン、すっかり仲良くなっちゃって。僕はパーシー・フィー。アーリンの相棒だよ」
「よろしく、パーシー。僕はエルネスト・デュマ」
「聞いてるよ、隣りの州での活躍も聞いてる」
トウモロコシの髭のような柔い金髪のパーシーがエルネストと握手をしている。パソコンで事件の調書を作りながら、ルーカスは耳だけはそちらに傾けていた。
エルネストに興味があるわけではないが、自分の相棒となる男がどのような相手なのか知っておきたい気持ちはある。
「粘り強く何十時間もの張り込みにも耐える。かと思えば、迅速に犯人逮捕に動く。とても優秀な警察官で、隣りの州の警察署は君を手放したがらなかったって聞いているよ」
「そんな、過大評価だよ。僕はマニュアル通りにやっただけ」
「相棒が怪我をしたんだって? それでこっちの警察官を隣りの州に送り出す代わりに来てくれたらしいけど」
「命には別条はない怪我だったけど、現場には出られなくなって。それで、相棒がいなくなって、僕はルーカスと組むことにしたんだ」
命の別状はない怪我だが、エルネストの元相棒は現場に出られなくなったという。
現場に出られなくなるということはルーカスには考えられない。ずっと現場第一主義でやってきたし、現場で働くことこそがルーカスの生きがいのようなものだった。
仕事で認められることだけを考えて、警察学校を卒業してから二十年以上人外課に勤めている。
この州の人外課だけではなく、他の州の人外課に勤めたこともあるが、一番長く続いたのはこの州の人外課だった。すぐに相棒に見限られるルーカスを、課長のジャンルカがなんとか宥めて、新しい相棒を見つけてきてくれたからだ。
ジャンルカに対しては忠誠心もあるし、感謝もしている。
ジャンルカの命令でなければ、嫌いなデスク仕事もしていないだろう。ジャンルカの命令ならば、嫌いなデスク仕事も残業してまで終わらせる。
ジャンルカをルーカスは信頼していたし、尊敬もしていた。
「ルーカス、休憩を取らないの? 休憩室を案内してほしいんだけど」
「そういうことは俺以外のやつに言え」
「ルーカスは僕の相棒なんだから、僕はルーカスに教えてもらうのが正しいと思うんだ。それに、休憩を取らないのは、逆に効率を悪くするよ?」
しつこく言われるのも嫌だったので、エルネストを休憩室に押し込んで、また仕事に戻ろうと、ルーカスは椅子から立ち上がった。
立ち上がるとエルネストが体付きがしっかりとしていて、長身で、ルーカスよりも十センチ近く大きいことが分かる。胸の厚みなど、痩せ形で細身のルーカスと比べ物にならないくらいがっしりとしている。
「ついてこい」
「ありがとう、ルーカス」
そっけなく言ったつもりなのに、微笑んでお礼を言われてルーカスは戸惑ってしまう。相棒になった相手はルーカスの初対面からの態度に呆れて、初日からルーカスに嫌な態度を取るものが多かったのだ。
そうでなくても、そのうちはルーカスに愛想を尽かす。エルネストもそうだろうとルーカスは思っていた。
「昼食は?」
「食べない主義だ」
「それはよくないよ。食べないからそんなに痩せているんじゃないの?」
「食べると仕事ができなくなる」
「お腹がいっぱいになると眠気が来るからね。でも、それも休憩時間で落ち着くくらいじゃないのかな?」
「休憩したくないんだ」
仕事に没頭していたい。
ルーカスの物言いに、エルネストは休憩室の椅子に座って持っていたカバンから紙袋を取り出した。
「少しなら眠くならないと思うよ」
差し出されたのはサンドイッチ。
受け取るつもりのないルーカスの手を取って、エルネストは無理やりサンドイッチをルーカスに握らせた。
「安心して。僕の分もあるから」
「なんで二人分持ってきてるんだ?」
「二人分じゃないよ。僕一人分だけど、今日は一個分けてあげるんだよ。必要なら、明日から作ってくるよ」
「必要ない」
「遠慮することないって。前の職場でも相棒の分は作っていたんだ」
相棒という言葉が出たときにエルネストの表情に陰りがあったような気がして、ルーカスはそれ以上文句を言う気が失せてしまう。
怪我をして前線から離脱した相棒がいたなんて、エルネストにとってはつらい記憶だろう。
相棒が怪我をしたときにエルネストはどんな表情をしていたのだろう。
考えを振り払うように首を左右に振って、ルーカスは仕方なく手渡されたサンドイッチを手にもって、休憩室に備え付けてあるコーヒーメーカーでコーヒーを入れて椅子に座った。
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