Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

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本編

9.エルネストの部屋で

 茶葉から入れた紅茶をお上品にティーカップに入れて飲むだなんて、ルーカスにとっては初めての経験だった。
 飲み物と言えば、コーヒーショップで買った紙コップ入りのコーヒーか、ペットボトル入りの水くらいで、紅茶など本格的に入れたことがない。ティーポットからソーサー付きの美しい花模様の入ったティーカップに注がれる紅茶に、ルーカスは落ち着かない気分になっていた。
 ティーカップにスプーンを添えて、エルネストがルーカスに差し出してくれる。受け取ってから添えられたスプーンはテーブルの上に置いてあるミルクポットから牛乳を入れるときに使うのだと理解する。
 入れたての紅茶は熱くて、真剣に吹き冷ましていると、エルネストは優雅に紅茶を一口飲んで、ルーカスを見た。

 金色の目の白銀の狼。
 本性を思わせる目の色と髪の色に見入っていると、エルネストがため息をついてティーカップとソーサーをテーブルに置いた。

「今日は君の動きを制限してしまって悪かった」
「そのことについて謝ってほしいわけじゃない」
「君が保護対象者を助けたいと思っているのは分かったんだけど、僕は君に怪我をしてほしくなかった」

 すまない、と謝るエルネストに、ルーカスはエルネストの元相棒が怪我で現場に出られなくなったことを思い出した。
 相棒は基本的に行動をいつも共にするから、エルネストは目の前で相棒が怪我をした姿を見せつけられたのだろう。

「エルネストは大丈夫なのか?」
「僕?」
「前の相棒のこと……」

 どこまで聞いていいのか分からないので探り探り口に出せば、エルネストが額に手をやる。

「本当は、参っているんだと思う。とにかく前に進もうとこの州に来て、人外課でルーカスの相棒になったけれど、前の相棒が目の前で撃たれて倒れたときには、心臓が止まるかと思った」

 正直に弱音を吐いてくれるエルネストのことをルーカスは愛しいと思った。
 思ってから、愛しいってなんだと思い返す。
 エルネストにはもう特別な相手がいるのだ。ルーカスにこんな感情を持たれても迷惑なだけだろう。

「治療をして、リハビリをして、今は杖を使えば日常生活には支障がなくなったけれど、前の相棒が目の前で撃たれたことは僕の心の傷になっているんだと思う。それで、君が怪我をしないように動きを止めてしまった」
「その件に関しては、俺は怒ってない。お前が俺のことを思ってしてくれたんだろうと分かっている」
「それならよかった。君とまで妙なわだかまりを持ちたくない」

 わだかまりを持ちたくないと言われて、ルーカスは思わず聞き返してしまう。

「前の相棒とは、そのせいで……」
「お互いに遠慮しあうようになったというか、これまで気軽に接していたのができなくなったというか……」
「そうだったのか」

 特別な関係だっただけに、お互いの接し方がおかしくなってしまったのはエルネストにとっても元相棒にとってもつらかったのだろう。エルネストは相棒と離れる決意をして、この州に引っ越してきて、この州の人外課に異動になった。

「俺は、エルネストに出会って、間違っていたのかもしれないと思い始めた」
「君が?」
「そうだ。これまで相棒を大事にしなかったが、エルネストは俺のことを大事にしてくれる。俺が置いて行って気付かなかっただけで、これまでの相棒も俺のことを大事に思ってくれてたんじゃないかと思い直してる」

 正直な今の心境を口に出せば、エスネストが身を乗り出す。

「そうだよ。君に単独行動をさせたくないのも、君が怪我をしてほしくなかったんだと思うよ」
「確かに、俺は怪我が多かった。俺以外の誰かが傷付くくらいなら、俺が傷付いた方がいいと思っていたから」
「そんなのよくないよ。相棒と協力すれば、君も誰も傷付かなくて済んだかもしれない」
「エルネスト、お前と組んでから、そう思ってきた」

 懐柔されたわけではないが、エルネストは不思議とルーカスの心を溶かす。頑なに自分一人で事件を解決しようとしていたルーカスが愚かだったことを、エルネストの存在が教えてくれる。
 気付いてみれば自分ばかり先走って、一人で平気だと強がって、挙句に怪我をしても自分が被害者を守ったのだと誇っていたのが、独りよがりでとても恥ずかしく感じられてくる。
 カップとソーサーを置いて両手で顔を覆ったルーカスに、エルネストは不思議そうに首を傾げていた。

「どうしたの? 耳が赤いけど」

 手を伸ばしてエルネストがルーカスの手に触れようとした瞬間、ルーカスは思い切りエルネストの手を振り払ってしまった。
 振り払われてエルネストが戸惑っている。

「ごめん。僕、大きいし、ルーカスには怖いよね」

 時刻はまだ遅くはなっていないが、エルネストの部屋でルーカスとエルネスト二人きり。高級そうなマンションは作り的に防音がしっかりとされているだろう。

「エルネストが、俺を? 冗談だろう?」
「そう言って笑ってもらえるとありがたいんだけどね」

 特別な相手のいるエルネストの欲望の対象に自分はなり得ないとルーカスが言えば、エルネストも緊張を解いたようだった。

「保護対象者のことを考えると、俺はどうしようもない気持ちになる。俺が人身売買組織に囚われたままだったら、あの姿が俺だったかもしれないと思ってしまうんだ」

 弱音を吐き出したルーカスに、エルネストは紅茶を飲みながら黙って聞いていてくれる。

「妊娠と出産を繰り返させられて、逃げようとすれば処分される。彼女は俺だったかもしれない」

 幼いころに人身売買組織に囚われたルーカス。人外課が助けに来なければ、ルーカスも保護対象の女性と同じ運命を辿っていたかもしれない。そう思うだけに今回彼女を助けられなかったのはルーカスにとって大きな後悔となった。

「彼女を助けられなかったのは君のせいじゃないよ」
「分かってる。でも、何かできたんじゃないかと思うんだ」
「ルーカス、起きてしまったものはどうしようもない。これから、彼女の意志を継いで、人身売買組織を取り締まろう」

 エルネストの大きな手がルーカスの筋張った手を握った。両手で手を包み込まれて、ルーカスはエルネストの手を温かいと感じる。それと同時に自分の手が冷え切っていたことにも気づく。緊張と後悔でルーカスの手は冷えていたようだ。

 席を立ったエルネストが紅茶をもう一度入れてきてくれて、チョコレートをお皿に乗せてテーブルの上に置いた。
 紅茶のお代わりをもらって、ルーカスはチョコレートを摘まむ。
 甘いものなど普段あまり口にしないが、エルネストに出されると美味しいような気分になる。

「エルネストは、部屋にひとを招くのに慣れてるんだな」
「学生時代から寮の部屋には友人が入り浸ってたし、警察官になってからは、相棒がよく来ていたよ」

 元相棒の話をするエルネストに、ルーカスは胸のあたりに痛みを感じるような気がする。
 エルネストはどんな顔をして元相棒を迎えたのだろう。
 どんな顔をして元相棒と愛を確かめたのだろう。

 恋愛経験のないまだ若いルーカスにとっては、想像もつかない世界だ。
 ルーカスにとって自分の部屋は帰って寝るだけの場所だったし、誰かを招いたこともない。
 誰かと愛を育んだこともない。

 目の前にいるエルネストのことが、ルーカスは気になっている。
 エルネストは元相棒と関係がこじれて別れてしまったのだろうか。それとも、狼の番の絆は強いので、まだ続いているのだろうか。

 エルネストが好きだ。

 自覚した瞬間に、ルーカスは絶望的な気分になる。
 エルネストが元相棒と関係が続いているのかどうかも、怖くて聞くことができない。
 聞いてしまえば、取り返しのつかない答えが返ってくるかもしれない。
 好きだからこそ、今の関係を崩したくない。

 ルーカスは、エルネストへの想いに蓋をした。
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