異世界唯一のオメガ、恋を選ぶまでの90日

秋月真鳥

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二章 オメガの神子、選択する

15.ヒートが近くなるにつれて

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 ヒートまで残り四十三日の日は、一日中雨が降っていた。
 雨音を聞きながらおれは自分の部屋でファウスト様と雨除けのコートを着て牧場に行った日のことを思い出していた。
 他の二人は許してくれそうになかったので、護衛はいたが二人きりで馬の世話をしに行った牧場。馬房の中でファウスト様はおれに丁寧に馬の世話の仕方を教えてくれた。
 遠巻きに護衛が見ていたが、馬房の中はファウスト様とおれと二人きりだった。

 あのときにはファウスト様の告白を聞いていなかったので自然に振る舞えていたが、あのときからもうファウスト様がおれのことを思っていたのだとしたら、おれはどんな振る舞いをしてしまっただろうと恥ずかしくなる。
 フェロモンが漏れ出てしまっていても、ファウスト様なら鉄壁の理性で乗り切ってくれていたと思うが、おれのフェロモンは日に日に不安定になっていく気がする。

 ヒートまで残り四十二日になった日に、おれはオルランド閣下に全員を集めてもらって相談をすることにした。
 天井がドーム状になっている祈りの間で、おれはオルランド閣下、ジェラルド殿下、ファウスト様を前にしていた。
 今日も雨で、天井を雨粒が打つ音が響いている。

「おれがオメガという第二の性を持っていて、ヒートというアルファ……ジェラルド殿下とオルランド閣下とファウスト様を誘うようなフェロモンを出して、発情状態になるのはお伝えしたと思います。その件で、ご相談があってお三方をお呼びしました」

 おれが話し出すと、ジェラルド殿下もオルランド閣下もファウスト様も静かにおれの話を聞いてくれる。

「おれがいた世界では、抑制剤というものがあって、それを飲んでいればオメガのフェロモンは漏れることもなく、ヒートも一人でしのげるくらい軽く済みました。でも、この世界には抑制剤がない。そもそも、オメガやアルファという概念すらなかったのです」
「それは神子から聞いていたので知っています」
「今は、オメガやアルファのことも少しは分かります」
「神子から相談ということは、何か心配なことがあるのか?」

 ジェラルド殿下とオルランド閣下とファウスト様に言われて、おれは正直に現状を話すことにした。

「抑制剤を使っていないので、ヒートが近付くにつれて、おれのフェロモンは不安定になり、濃くなっていくと思います。特にアルファに囲まれて、アルファのフェロモンを受け続けている状態だと、その状態は顕著になるでしょう」

 もうヒートまでの期間は折り返し地点を過ぎている。
 ヒートが近くなってくるにつれて、ずっと抑制剤を飲んでいないので、おれが不安定になるのは当然ともいえた。
 おれの言葉に、ジェラルド殿下が顔を赤くしている。

「これ以上神子の甘い香りが強くなるのですか。ぼくは我慢ができなくなるかもしれない」
「それが一番怖いのです。おれのヒートは九十日周期でずれたことはありませんが、アルファの強いフェロモンに晒されたら、突発的なヒートを起こしてしまうかもしれない」

 そのときに無理やりに抱かれてしまって、うなじに噛み付かれれば、おれはそのアルファの番になってしまう。
 事故で番になるのだけは絶対に嫌だ。
 番になるのならば、相手を選んで、お互いに気持ちを確かめ合って、同意の上でなりたい。

 おれが正直に話せば、オルランド閣下がジェラルド殿下とファウスト様に視線を向けた。

「神子の望みがこの世界で一番尊重されなければなりません。神子のために、お互いに見張るだけではなくて、神子に常に一人護衛をつけましょう。護衛はどんなときも神子のそばを離れず、夜も寝ずの番をさせます。一人では無理なので、数人で交代で勤務に当たらせますが、神子のそばには常に護衛がいること、その護衛は神子が助けを求めれば王太子であろうとも、宰相であろうとも、辺境伯であろうとも、絶対に止めること、それが不可能であれば、即座に他の誰かを呼びに行くことを徹底させます」

 オルランド閣下の提案に対して、ジェラルド殿下とファウスト様も声を上げる。

「神子を傷付けないように気を付けます。神子の選択が一番だと常に心に刻みます」
「暴走しないように気を付けるが、どうしようもなかったら、護衛にオルランド閣下を呼んでもらうようにしよう。オルランド閣下ならば、おれを止められるかもしれない」

 そうだった。
 ファウスト様は一人で盗賊を倒してしまうくらい強いのだ。
 護衛が止めたところでどうしようもないかもしれない。
 鉄壁の理性を持っていると信じていたファウスト様でも、おれに口付けてしまったことがあった。それだけおれのオメガのフェロモンは強いのだと自覚しなければいけない。

「よろしくお願いします」

 頭を下げて、部屋に戻ろうとすると、ファウスト様がおれの手を取った。
 一昨日がオルランド閣下、昨日がジェラルド殿下だったので、今日はファウスト様がおれをエスコートする番なのだ。

 ファウスト様の後ろには、オルランド閣下がついてきて見張ってくださっている。
 ファウスト様の手に手が触れると、心拍数が上がる気がするのだが、これはなんなのだろう。ファウスト様の方も僅かにアルファのフェロモンを漂わせていて、それが心地よく感じられる。

 ちらりとファウスト様を見れば、おれの方を青い瞳で見つめていた。

 褐色の肌に黒髪に青い瞳。
 どんな芸術家が作った彫刻よりも美しいファウスト様。アルファの三人はそれぞれにとても美しいのだが、ジェラルド殿下は美しさの中にも若々しさがあって、瑞々しい感じがする。オルランド閣下は美しさの中にも落ち着きがあって、見ていると安心するような気がする。ファウスト様は美しいのだが、非常に男性的な魅力があって、それが色香漂う感じがしておれは直視できない。

「オルランド閣下はファウスト様に勝てますか?」

 沈黙が怖くて、エスコートしてくださっているファウスト様ではなくオルランド閣下に話しかけてしまった。オルランド閣下の方が話しかけやすい雰囲気を持っているので仕方がない。

「正直勝てる気はしませんね。ファウスト殿が我を失って神子に襲い掛かったら、護衛全員とわたしで何とか止められるでしょうか」
「止めてもらわねば困ります。わたしも自我を失うようなことはないように気を付けたいと思っていますが、神子のフェロモンを嗅ぐと、どうしようもない気持ちになってしまうことがあります」

 やはり、おれのフェロモンは危険だ。
 どうしておれはオメガに生まれてしまったのだろう。
 両親に産んでくれたことを恨んだことはないが、オメガでなければよかったと思ったことは何度もあった。
 高校の最後の甲子園の準決勝。おれがオメガでなければ勝てていたのではないだろうか。

 後悔を胸に抱いていると、ファウスト様が足を止めてファウスト様の片手に乗せているおれの手にもう片方の手を重ねてきた。

「神子は、おれが怖いのか?」
「え? 違います」
「憂い顔をしていた」
「それは、昔のことを思い出していたのです。おれがオメガでなければよかったのにと」

 心のままに自分の気持ちを吐き出せば、ファウスト様はおれの手の甲を撫でた。

「神子がオメガでなければこの世界に召喚されることはなかった。おれと出会うこともなかった。おれは神子がオメガでよかったと思っている」

 それはどういう意味なのだろうか。
 初めて男性が召喚された状態で、子どもが作れないと絶望した後に、オメガだから妊娠、出産が可能だと分かったから、よかったということなのだろうか。
 混乱していると、オルランド閣下が咳払いをしている。

「ファウスト殿、廊下で神子を口説くのはどうかと思います」
「口説かれている方は自覚がないようですがね」
「くどっ!? えぇ!?」

 おれは口説かれていたのか!?
 驚きのあまり変な声が出てしまった。
 そのまま部屋まで送ってもらって、ドアの前で手を離されると、ドアの横に護衛がついてくれていた。

「今日はわたくしが担当いたします。辺境伯様のように強くはありませんが、護衛の中では屈指の腕と自負しております」
「よろしくお願いします」
「おれが暴走したら、止めようと考えずに、すぐにオルランド閣下を呼びに行くように」
「心得ました」

 暴走なんてするのだろうか。
 そう思ってから、ファウスト様に口付けられたことを思い出し、油断はよくないと思い直すおれ。
 あの口付けを思い出すと、体温が上がってきて、フェロモンが漏れそうになったので、急いで部屋の中に入って鍵をかけた。

 アルファは頭脳面だけでなく肉体面でも優れている。
 おれもアルファと思われるくらい肉体を鍛えていたが、それでもアルファの本気には敵うわけがない。なによりフェロモンを出されるとおれはオメガとして本能的に従ってしまう。

 アルファの三人が怖いわけではないが、抑制剤なしの生活はおれにとっては恐怖だった。
 これからヒートが近付いてくるにしたがって、フェロモンはますます不安定になり、漏れやすくなるだろう。それに反応したアルファの誰かが強いフェロモンを出したら、突発的なヒートに陥るかもしれない。

 アルファの三人はおれに敬意を払ってくれているが、フェロモンに突き動かされたとき、本能的におれを襲ってしまうのはアルファなのだから避けようがない。

「おれがオメガでなければ……」

 おれがオメガでなければ神子として召喚されることはなかったし、あり得ない話なのだが、それでも考えてしまう。
 おれがベータやアルファだったら、最初から結婚相手候補ということではなくて、ジェラルド殿下とオルランド閣下とファウスト様と、対等に男同士として出会うことができたのではないか。
 そうだったら、友情も築けたかもしれない。

 あり得ないことを考えて、おれは虚しくなっていた。
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