異世界唯一のオメガ、恋を選ぶまでの90日

秋月真鳥

文字の大きさ
67 / 131
三章 オメガの神子、結婚する

7.ファウスト様の弟

しおりを挟む
 ヒートまで残り十五日。
 結婚式までは十四日で、残り二週間になっていた。

 その日、辺境伯領から客人が来た。
 朝食後に現れたその客人に、天井がドーム状になった祈りの部屋でおれは会うことになった。

「心配することはない、おれの弟だ」
「ファウスト様の弟君ですか。会うのが楽しみです」

 ファウスト様に手を引かれて祈りの部屋に向かうと、ファウスト様とよく似た雰囲気の褐色肌に黒髪、青い目の男性が椅子に座って待っていた。
 男性はおれたちを見ると、椅子から立ち上がって、すぐに膝を突いて深く頭を下げた。

「お久しぶりです、兄上。お初にお目にかかります、神子様。ヴィットリオ・ダリアと申します」
「ヴィットリオ、よく来てくれた。この方がおれの伴侶となる神子だ」
「初めまして、神子です」

 本来ならば名乗るべきなのだろうが、おれは伴侶以外に名前を呼ばれてはいけないと言い聞かされていた。ファウスト様の家族に自分のことを「神子」としか自己紹介できないのは寂しい気もするが、仕方がない。

「顔をあげて、立ってください」

 おれが促すと、ヴィットリオ様は立ち上がった。
 やはりファウスト様に雰囲気が似ている。身長も同じくらいで、体付きも同じくらいだろう。
 違うのは、ヴィットリオ様がアルファではないということだ。ヴィットリオ様からアルファのフェロモンは感じられないので、恐らくベータだろう。ベータとは優秀なアルファとも男女問わず子どもを産めるオメガとも違う、一般人で人口の中では一番多い第二性だ。
 ベータのヴィットリオ様にはおれのフェロモンも感じられないし、ファウスト様のフェロモンも感じられない。ヒートのときのようにフェロモンが大量に漏れているときには、ベータにもオメガのフェロモンが感じられるときはあるが、アルファのように誘われたりしないし、ラット状態になることもない。

 そんなことを考えていると、ヴィットリオ様がファウスト様にいくつか書類を渡していた。
 ファウスト様はそれに目を通している。

「辺境伯領で早急に判断が必要なものだけ持ってきました」
「すまないな、ヴィットリオ」
「神子様とお話ししてもよろしいですか? その間に兄上はその書類を」
「神子、すまないが離席してもいいか? 書類を片付けてくる」

 ファウスト様が早急に対応が必要な書類があるのならば、それをしてもらうのは当然だろう。

「どうぞ、行ってきてください」

 おれが促すと、ファウスト様は足早に自分の部屋に戻って行った。
 辺境伯領での機密事項もあるだろうし、人目のある所では対応できなかったに違いない。
 おれは神官さんを呼んで、お茶の用意をしてもらった。

「ヴィットリオ様、座られてください。ファウスト様のお話を伺いたいのですが」
「失礼します」

 おれが椅子を勧めると、ヴィットリオ様は一礼して椅子に腰かけた。
 ティーセットが用意されて、おれとヴィットリオ様はお茶を飲みながら話す。

「ファウスト様のことを教えてもらえますか?」
「兄上は真面目で尊敬する方です。辺境伯領を豊かにしながら、軍の総司令官としても働いています」
「ヴィットリオ様は?」
「わたしは副司令官です。兄上の代わりを引き受けていますが、兄上には敵いません。兄上は辺境伯領に必要な方です」

 ヴィットリオ様の表情が厳しい気がする。
 ファウスト様もおれと初めて出会ったころは表情が厳しかったので、緊張しているのだろうか。
 そう思っていると、ヴィットリオ様が椅子から立ち上がって床に膝を突いた。

「神子様にこのようなことを言うのは失礼にあたると分かっています。ですが、兄上は辺境伯領に必要な方。神子様は奇跡の力で子どもを産めるという話は聞いております。それでも、兄上には相応しい女性と結婚してほしいのです」
「ファウスト様が、女性と結婚……」
「国王陛下も認めた結婚だとは分かっています。けれど、兄上にも立場というものがあります。男性を伴侶として辺境伯領に戻ってきた兄上を認めないものも出て来るでしょう」

 神子という立場でおれはずっと神殿で敬われて、国王陛下にも認められて、勘違いしていたのかもしれない。
 神子ならばファウスト様を選んでも問題ないと思っていたが、やはり男性の神子に対する偏見は逃れられないものだった。ジェラルド殿下もオルランド閣下もファウスト様もおれを受け入れてくれていたから、おれはそれに気付いていなかった。
 神殿を出てみれば、ヴィットリオ様のような意見の方が強いのかもしれない。

 神子だからファウスト様を選んだが、おれはやはり選ぶ立場になかったのではないだろうか。

 足元が崩れていくような感覚に襲われるおれに、ヴィットリオ様が深く頭を下げて続ける。

「どうしても結婚相手が欲しいのでしたら、わたしが兄上の代わりになります。わたしと兄上は似ていますし、神子様をできる限り大切にすることは誓います。どうか、辺境伯領で兄上が後ろ指をさされないように判断をお願いします」

 ファウスト様と別れてヴィットリオ様と結婚する?
 そんなことができるわけがない。
 おれが好きなのはファウスト様だけだ。
 何より、ヴィットリオ様はアルファではないので、おれの番にはなれない。

 目の前が真っ暗になりそうになったおれに、ヴィットリオ様が声を抑えて頼んでくる。

「兄上を解放して差し上げてください」

 おれはファウスト様の枷にしかなれないのか。
 愕然としているおれに、ヴィットリオ様はそれ以上何も言わなかった。
 床に膝を突いて深く頭を下げているヴィットリオ様に、おれも何も言うことができない。

 どれくらい時間が経っただろう。

 ファウスト様が部屋に戻ってきた。

「ヴィットリオ、どうしたのだ? 神子、顔色が悪いようだが」
「神子様にご挨拶をしていました。わたしのようなものが神子様と同席するのは恐れ多いので」
「神子はそのようなことは気にしない。この神殿の神官にも心を配るし、他の神殿の孤児たちとも触れ合う広い心の持ち主なのだ」
「そうなのですね。失礼を致しました」
「ヴィットリオ、神子の顔色が悪いので部屋に送ってくる。その後でゆっくり話そう」

 ファウスト様に手を取られそうになって、おれは反射的にその手から逃げてしまった。
 おれはファウスト様に相応しくないかもしれない。
 考えるだけで体の血が下がって行って、頭に血が回らず呼吸が苦しくなる。

「一人で部屋に戻れます。ファウスト様はヴィットリオ様と久しぶりに会ったのですから、ゆっくりされてください」
「そういうわけにはいかない。神子のことが心配だ。部屋まで送らせてくれ」
「大丈夫です」
「神子はおれの婚約者で伴侶になる相手なのだ。誰よりも大事にしたい」

 ファウスト様の言葉に涙が滲みそうになる。
 今泣いてはいけないと分かっているのに、泣きそうになってしまったおれは、「大丈夫です」と繰り返して一人で廊下を歩きだした。ファウスト様が心配そうに後をついてくるが、速足で歩いて、部屋に戻って鍵をかけてしまった。

「ファウスト様……」

 寝室に入ると、ファウスト様が貸してくれた衣装類がベッドに配置されている。
 夏用の薄い掛け布団、軍服の上着、パジャマ、町へ行ったときに着ていた簡素な服、手袋。
 ベッドに倒れ込むとファウスト様の匂いが薄くなっているのを感じる。
 もっとファウスト様の匂いに包まれたいのに。
 そう思ってから、おれはファウスト様の夏用の薄い掛け布団をベッドから剥がした。
 こんなことではいけない。
 ファウスト様の邪魔になるのだったら、おれはファウスト様との結婚を取りやめにしてもらわなければいけない。

 おれは、ファウスト様とお別れした方がファウスト様のためになるのではないか。

 そもそも、オメガであるおれがアルファであるファウスト様を選ぶ立場だったというのがおかしいのだ。
 神子だから選ぶようにとずっと言われていたが、本音ではジェラルド殿下も、オルランド閣下も、ファウスト様も、ご家族や周囲の人間は選ばれないことを願っていたのではないだろうか。
 神子という存在に一生囚われて、妾も持てないなんて貴族として困るのではないか。

 おれはオメガだが、必ず子どもが産める保証はない。
 長く使い続けていた抑制剤は年々効きにくくなっていて、強いものに変えていた。そのたびに医者からは妊娠しにくくなるリスクは伝えられていた。
 これまでそんな風にしていたので、おれは子どもを産めないのではないだろうか。
 オメガやアルファという説明は難しいために、一部のひとたち以外には神子の奇跡で男性でも子どもが産めると説明していたが、それが信じられなくても仕方がない。

 考えていると、おれの部屋のドアが蹴破られた。

 何があったのかよく分からない。
 寝室にいたのでドアをノックした音が聞こえなかったようだ。
 ファウスト様が足早におれの部屋に入ってくる。

「神子、無事か!?」
「は、はひ!」

 まさか鍵をかけていたのにドアを蹴破られるだなんて、アルファの筋力、いや、ファウスト様の筋力怖い!

 寝室に入ってきたファウスト様は、医者を伴っていた。

「神子が顔色が悪くてドアをノックしても反応がなかったので、中で倒れているかと思って心配した。診察を受けてくれ」
「いえ、おれは病気なんかじゃないです」
「おれが心配なんだ。神子、体に異常がないか診てもらってくれ」

 強引に促されて、おれは寝室から連れ出されてソファに座って医者の診察を受けていた。
 医者はおれの胸や背中に聴診器を当てて音を聞いたり、口を開けさせて喉を見たりしたが、最終的にファウスト様に言った。

「異常は見当たりませんでしたね。もしかすると、急に立ったので立ちくらんだのかもしれません」
「立ち眩みか。貧血などはないか?」
「なさそうに思いますが」

 どう考えても健康体です。

 おれはそう主張したかったが、喉が詰まったようにファウスト様に声をかけることができない。
 俯いたおれに、ファウスト様が心配そうにおれを見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー
BL
ごく普通の会社員として日々を過ごしていた主人公、ヨウはその日も普通に残業で会社に残っていた。 ーーーそれが運命の分かれ道になるとも知らずに。 仕事を終え帰り際トイレに寄ると、唐突に便器から水が溢れ出した。勢い良く迫り来る水に飲み込まれた先で目を覚ますと、黒いローブの怪しげな集団に囲まれていた。 彼らは自分を"神子"だと言い、神の奇跡を起こす為とある儀式を行うようにと言ってきた。 神子を守護する神殿騎士×異世界から召喚された神子

魔王様と元 村人Aは一つ屋根の下

くろねこや
BL
橋の上で絶望してたらトラックが突っ込んできて、そのまま異世界へ落ちたオレ。 村人Aとしてスローライフを始めたものの、やはり元の世界に戻ることを諦めきれない。 ドラゴンも魔族も魔王もいるこの世界。 「あ、魔王を倒せば元の世界に帰れるんじゃね?」 ところが、倒すために探し出した魔王様はオレの記憶に興味津々で…。 「私もそなたと共に行く。そちらの世界はとても興味深い」 この時のオレは想像すらしていなかった。 そう遠くない未来、その“魔王様”と出会ったオレが、日本家屋で一つ屋根の下、一緒にのんびり暮らすことになるなんて。 ※こちらは『イライラしてますか?こちらへどうぞ』の世界と繋がっています。 ※『横書き』設定にてお読みください。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...