異世界唯一のオメガ、恋を選ぶまでの90日

秋月真鳥

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三章 オメガの神子、結婚する

18.妊娠の可能性

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 汽車の旅は快適だった。
 季節も秋口でそれほど暑くなかったし、窓の外を流れていく景色がおれの目には新鮮に映る。
 実りの時期を迎えようとして、窓から見える麦畑は黄金に輝いていた。

「ファウスト様、麦畑です! よく実っていますよ!」
「ナツキ殿が召喚されてから麦だけでなく畑の作物もよく育っていると聞く」
「あそこにあるのは水路ではないですか?」
「水路の水も枯れていたのが潤沢に流れるようになっている。ナツキ殿のおかげだ」

 おれのおかげだと言われても、おれは何もしていないと思ってしまうのだが、おれが祈ったり、幸せに過ごしたりすることでこの世界は変わって行く。そう考えると、おれだけのおかげではないような気がする。

「おれが幸せなのはファウスト様のおかげだから、半分ずつですね」
「おれはナツキ殿のような祝福は持っていない」
「でも、おれはファウスト様に愛されて幸せです」

 これから先もファウスト様はおれを幸せにしてくれるのだろうと思うと、胸がいっぱいになる。本当におれはファウスト様と結婚して、番になったのだ。
 クラバットで隠れるうなじにそっと触れてみると、ファウスト様の熱が残っているような気がした。

 番になった印である噛み跡は生涯消えない。
 おれはファウスト様の噛み跡をうなじに刻んで、一生生きていくのだ。

「元の世界でおれは結婚も恋愛も縁がないものだと思っていました。自分がオメガだということも明かさずに生涯生きていくのだと。この世界に召喚されて、多少強引ではありましたがアルファの誰かを選ばなければいけない状況になって、理不尽に感じたこともありましたが、ファウスト様を選んでよかったと心から思います」
「おれも、ナツキ殿に選ばれてよかったと思う。愛している、ナツキ殿」

 抱き寄せられて、口付けられる。深い口付けに目を閉じていると、ファウスト様が唇を離して考えるような素振りをしている。その意味が分からなくて、おれは何かしてしまったかと焦ったが、ファウスト様はすぐにその理由を話してくれた。

「ナツキ殿からフェロモンの香りがしない」
「そうですか? ヒートが終わったからかな? 番になったので他のアルファにフェロモンは感じられなくなっているはずなのですが、ファウスト様には感じられるはずなんですが」

 戸惑いつつ、おれも自分のフェロモンを感じられるか嗅いでみると、確かにフェロモンが感じられない。
 ヒートが終わった後はフェロモンの名残があるはずなのに、それが完全に消えていた。

「ファウスト様にもおれにもフェロモンが感じられないなんて……どうしたんでしょう」

 この世界には抑制剤がないので、オメガのフェロモンは多少なりとも漏れ出ているはずなのだ。それが全く感じられないとなると、おれの体に何か起こったに違いない。
 番になったから感じられなくなったというのは少し違う気がする。番になったら特に相手のアルファを誘うフェロモンが出ていてもおかしくないはずなのだ。

「ナツキ殿、確認させてほしい。オメガのフェロモンとは、アルファを誘うために出ているのだったな?」
「そうです。番になると、番のアルファしか誘わなくなります」
「ナツキ殿は現在、フェロモンが全く出ていない。これも間違いないな?」
「そのようです。番になったから出なくなったのでしょうか」

 不安になってくるおれに、ファウスト様がおれの体をしっかりと抱き締めた。汽車の椅子に横並びで座っているので、ちょっと体勢的に苦しいが、おれはファウスト様に抱き締められたままにする。

「どうしましたか?」
「アルファを誘わなくてよくなった。つまり、ナツキ殿は妊娠しているのではないか?」
「えぇ!?」

 言われてみて初めて気付く。
 オメガとはいえ、妊娠中にアルファを誘うことはありえない。元々妊娠するためにアルファを誘うのだから、妊娠が達成されてしまえばフェロモンを出す必要はない。

 平たいおれの腹を撫でて、実感なくおれは呟く。

「ここに、ファウスト様の赤ちゃんが?」
「その可能性は高いと思う。ナツキ殿の腹にはおれの子が宿っている」

 結婚後初めてのヒートで妊娠するだなんて考えもしなかったが、おれも二十八歳なのだし、子どもを産むのは早い方がいいのは確かだ。なにより、ヒート期間中にあれだけファウスト様と激しく体を重ねたのだ。できていない方がおかしいような気がしてきた。

「ファウスト様、どうしましょう……」
「ナツキ殿は不安か?」
「いえ、嬉しくて」

 幸せで涙が滲んでくるおれの目じりをファウスト様が指先で拭う。おれはファウスト様に抱き着いてしっかりと抱き返された。
 ファウスト様の子どもは欲しいと思っていたが、長く抑制剤を飲んでいたし、抑制剤の副作用で不妊になるオメガも少なくないと聞いていただけに喜びの涙が止まらない。
 おれがファウスト様に抱き着いて泣いていると、ファウスト様はおれの背中を優しく撫でて宥めてくれた。

 辺境伯領に汽車が着いたのは、夕暮れに近い時間だった。
 長時間の移動で疲れていたし、たくさん泣いたので、途中でおれは眠ってしまっていたが、辺境伯領に着いたらファウスト様が起こしてくれた。
 ファウスト様に手を取られて汽車から降りて馬車まで歩いて行く。
 護衛が民衆が一定距離より中に入らないように規制線を張ってくれているが、辺境伯領の民衆はおれとファウスト様の到着にわいていた。

「神子様、万歳!」
「辺境伯領へようこそ、神子様!」
「辺境伯様、神子様との結婚おめでとうございます!」
「辺境伯領に神子様の加護がありますように!」

 おれが男性であることは伝えられているし、実際に見てみると間違いなく男性でごつくてでかくて厳ついのに、辺境伯領の民衆はおれを歓迎してくれている。
 感動していると、ファウスト様がおれの手を引いて、手の甲に口付けた。
 民衆からどっと歓声が上がる。

「辺境伯様、お熱いことで!」
「神子様と辺境伯様のお二人に祝福を!」
「おめでとうございます!」

 多分おれは顔が真っ赤だっただろう。
 ファウスト様がこんなことを人前でするとは思わなかった。
 馬車のところに行くと、ヴィットリオ様が待っていてくれた。

「神子様、ようこそ、辺境伯領へ。お待ちしていました」
「ヴィットリオ様、これからよろしくお願いします」
「ヴィットリオ、神子は大事なお体だ。護衛たちに心して守るように伝えろ」
「大事なお体……もしかして、神子様は……」
「確定ではないが、恐らく」

 言外におれが妊娠したことを伝えるファウスト様に、気が早いと言いたかったが、おれも幸せだったし、ファウスト様もヴィットリオ様に言いたくてたまらない気持ちは分からなくもなかったので、たしなめるのは諦めた。

 おれは馬車に乗せられて、ファウスト様も一緒に乗ってくれる。
 本来ならばファウスト様は馬で行くところだったのだろうが、おれに妊娠の可能性があると分かったので予定変更したのだろう。

 ファウスト様は馬車の中でもずっとおれの手を握っていてくれた。

「屋敷に着いたら、すぐに医者の手配をする。この国一の名医に来てもらえるように交渉するつもりだ」
「気が早いですよ。まだ妊娠の兆候も表れていないのに」
「フェロモンが感じられないというのは確かな兆候だろう」
「それはそうかもしれませんけど、おれとファウスト様にしか分からないことです」

 妊娠初期で悪阻もないし、体に違和感もないので、全く気にしていないが、ファウスト様はおれの体調をものすごく気にしている様子だった。
 ヒートの三日間で妊娠したとしても、まだ妊娠から一日も経っていないのではないだろうか。
 おれがオメガでフェロモンが出るから分かっただけで、普通は分からない時期に違いない。

「ファウスト様、気にしすぎないでくださいね?」
「気にするに決まっている。おれの初めての子どもだ。神子が産む初めての子どもでもある。この世界に幸福をもたらす子どもだ」
「おれとファウスト様の初めての子ども……」

 初めてということは、次もあるのだろうか。
 おれはファウスト様との子どもなら何人でも欲しいけれど、ファウスト様はどうなのだろう。

「ファウスト様は子どもは何人ほしいですか?」
「ナツキ殿の体に無理のない程度に」
「具体的には?」
「おれが二人兄弟なので、二人は欲しいな」

 二人か。
 それくらいならば頑張れるかもしれない。
 元の世界では四十歳を超えて妊娠、出産するひともいたが、この世界ではそれは難しいかもしれないので、おれが四十歳まで子どもを産めるとして、残り十二年。

 子どもは授かりものだが、おれは二人といわず、産めるだけ産みたい気分になっていた。
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